ディオがドッピオを強制的に連れていき、しばらく時間が経過した後承太郎が扉を開けて入ってきた。何故か、腕に美女を絡み付かせた状態ではあったが。
「……承太郎、お前……浮気し」
「スタ――」
「なんでもありません冗談です」
浮気か、と軽い気持ちで騒ぎ立てようとすれば、鋭い眼光に無表情でスタンドを構えられたため、素早く両手を上げる。ええ、決して徐倫に密告とかいたしませんので、どうかその拳を下ろしてください。
承太郎の腕にしどけなく細い腕をからめている女性は、そんな俺達の様子に艶やかに笑い、腕を解いて俺の目の前まで歩いてくると身を屈めて膝をついた。……魅惑の谷間が視界にッ!
「お目にかかるのは、初めてですわね。私はミドラー、DIO様の部下でございます。噂の君にお会いできて光栄ですわ」
「……その噂はなに? 発信源は誰だ」
「私はアレッシーから。聞いていた通り、可愛らしい御方」
アレッシー、そう、彼か。
やり返したいがピクテルが先に彼に暴挙を行っているため、どうも責めづらい。だが、次は覚えていろよ。誰が可愛らしいか、三十路の男に向かってなんたる暴言だ。
褐色の肌に薄手の布を纏ったミドラーは、その衣装の露出度もあってメリハリのあるスタイルが目の毒だ。ついつい胸に向かう目線を慌てて逸らした先に、美女の登場に目の色が変わっているイタリア男共を見つける……おい、おまえ達気付け、トリッシュの冷えた視線に。え、俺も該当ですか、すいません。
「ふふ、本当にDIO様に似ていらっしゃるのね。平馬様……今宵、閨で私の舞などいかが?」
「ハハ……ええと……み、ミドラーはどうして承太郎と一緒に?」
囁くように色気たっぷりに言われ、娘の刺すような視線も感じて俺は慌てて話をそらす。おいおい断るのかよ勿体ねえ、変わりに俺とかどう、とか横でうるさいぞ野郎共。娘の前でそんなこと言えるか馬鹿野郎。
「ウブな方……少しお掃除をして参りましたの。酷いカビがしつこくて」
野郎共に流し目を送り、悩ましげに息を吐くミドラー。彼女が言う『掃除』がどうしても物騒な言葉に聞こえるのだが、承太郎と一緒にいたとなると、物騒な方で確定だろう。ふむ、怖いのであえて触れるまい。
しかし、承太郎が女性に腕を捕られてそのままにするとは、彼女はディオの部下だそうだが……以前から仲が良かったのだろうか。
そこを指摘すると、承太郎は眉間の皺が深くなり、ミドラーは笑みを深めた。
「傷物にされた責任をとって貰っていますの」
「誤解を招く言い方をするな」
耳に届いた聞き捨てならない言葉に、目をむいた俺の反応を見て吐き捨てるように彼は言う。苦笑いをしているシーザーのフォローによると、十二年前の戦いで承太郎達への刺客として現れたミドラーに、重傷を負わせたということだった。
「女性の歯を全部折る、という重傷ではあるが」
「スタンドのフィードバック、というものですわ。直接手をあげられたということではないのだけれど、ツェペリ様が治療してくださらなければ、私、思いあまって命を絶っていたかも――」
「承太郎……」
敵とは言え女性相手に容赦ないな。手加減する余裕がないほど、ミドラーがスタンド使いとして優秀なのだろうが……承太郎を見れば、流石に気まずいのか顔を背けている。彼女が受けただろう衝撃を想像してしまい、震えがはしった腕をさすった。
まじまじとミドラーの顔を眺めるが、透けた布で口元を覆っているとはいえ、傷一つ見当たらない。流石だ波紋、便利だな波紋。俺は恩恵に預かることは出来ないが。
ニッコリと微笑んだミドラーにへらりと笑い返していると、なにやらドナテロが駆け寄ってきた。
「ヘーマパパッ! レオーネ兄ちゃんが二人になった!」
「うん? とうとう分裂出来るようになったのか?」
「ねえ、マジでヘーマさんの中だと、俺はどういう存在になってるのよ?」
飛びついてきたドナテロを支えながら軽く返すと、レオーネが肩を落とした。冗談に決まっているだろう。
いつまでも素直な反応を返す彼……俺は頬を緩めて目を細めた。
「お前が生まれたことを喜んだのは、シーザー……両親の次に俺だろうさ」
「は?」
聞き取れなかったのか、目を丸くしているレオーネを見て俺は喉を鳴らす。彼の存在に俺が救われていることなど、考えもしないだろう。
変えることができた喜びを、俺が誰かに告げない限り。それは今を生きる彼らには不要なものだ。
「んで、レオーネが二人とはどういうことだ?」
「アバッキオも名前がレオーネなんですよ」
「どう呼べばいいかなあ?」
「簡単だろ。レオーネ1号と2号、はい決定」
「異議ありッ! 流石にそれは嫌だ!」
その内三人目も出てくるかもしれないだろう。金と銀ときて次は何色だろうか、赤っぽい髪色が来るとよし。想像して半笑いをしている俺を、じっとりした目で見つめる者が一人。
「どうした1号」
「定着させるつもりなのか……? ちょっとそこのアバッキオ君、ちゃんと拒否しないと其の儘で通るぞ? ヘーマさんは本気でそれをやる人だ」
「な」
「2号の髪って長いよなー、ちょっと編み込みしてもいいか?」
「ほらァ……」
「お、オレもその呼び方は嫌ですボス!」
アバッキオへのレオーネの脅しに悪乗りしたら、焦りの表情と声で彼は拒否してきた。冗談だって。
「いいじゃんか、似合ってるぜ2号」
「ボスがせっかくつけてくれたあだ名ですよ、光栄に思ったらどうですか2号」
「テメェラ……ッ!」
「まったく、あまり2号をからかうな」
「ブチャラティ、アンタまで……ッ!」
「冗談だ」
それなりに人の悪い同チームの面々が、嬉々としてアバッキオ君をからかう。流石の連携に彼の顳顬がすごいことになっているが、付き合いの深い仲であれば大丈夫なのだろう。
ジョセフ達が言うには、俺もディオに対する態度というか応答は冷や汗ものとのことである。構えなければなんて事はないと思うのだが。
ぐったりしたドッピオを抱えて戻ってきたディオと、それに駆け寄るウンガロ達。寄るべきかどうか迷っているブチャラティ達とじっと観察しているリゾット達。
出会いが違えば、殺し合っていただろう面々。完全に和解とはいかないが、争う構図は崩すことができた。組織の方向性で考えが対立することがあっても、意見が伝わるとなれば力尽くで行動を起こそうとはしないだろう。
俺がボスに就かされる、という想定外はあったものの、これでもうパッショーネからトリッシュが狙われることはなくなった。むしろパッショーネから護衛を出せるくらいだ。ドッピオとの関係には頭を悩ませるが、本人達の気持ちを無視して仲良くしろとは言えないしな。
外で遊ぶことに決定したのか、ボールを抱えた子供達と引っ張られるドッピオとナランチャの姿に、どうか穏やかに暮らせるように心から祈る。……きっとまた何か騒動が起きそうな気もするが。
* * *
天気のよい暖かな日差しが窓から射し、柔らかく部屋を照らす。心地よい温もりに誘われて、俺はがらりと窓を開けてその縁に足をかけた。
「――どこに行くつもりですか、ボス?」
背後からかけられた冷ややかな声に俺は肩を揺らす。おそるおそる振り向けば、両手に書類を抱えた赤い髪の男こと、ドッピオがいつの間にやら立っていた。おいおい、本当にスタンド使えないんだよな?
彼はスタンドを封じたことで人格の統合が起きたらしく、精神年齢的には二十代前半で人格としてはどことなくディアボロよりもドッピオに傾いているようないないような。ぶっちゃけるとディアボロとしての彼と話したことがないので、俺には判断がつかないのだ。
「い、いやあ。天気がいいからちょっと散歩に」
「まだ午前中の仕事が終わっていないのにか」
ちらりとドッピオが机の上の書類を見る。それはまだセンチ単位で測れるほどには厚さが残っており、ボスである俺の承認が必要なものばかりだった。俺はそれから目を逸らしつつ、そしてドッピオの目も見ないように顔をそむけた。
折角今日はディオもジョナサンもそれぞれの仕事で別室へと離れているというのに……もう少し早く脱出を決断すべきだったようだ。
「緊急なものは終わってるし」
「重要なものは残っているだろう。早急に終わらせないから緊急なものになると何度言ったら理解できるんだ?」
追加の書類を机に置かれ、厚みを増したそれを俺は情けない表情で見ていたのだろう、ドッピオは深いため息をついた。
「『ディアボロ』に比べれば数分の一だ、ボスにはきっちりやりきってもらう」
「ちくしょう、有能さを舐めてたッ!」
パッショーネのボスに据えられてから一月、重々理解させられたのはドッピオの優秀さだった。まったく仕事が速いこと速いこと。
考えてみれば、今まで彼は正体を隠しながら仕事をしていたのだ。拠点も転々としていたであろうし、使える時間は少なかったはず。その状態で万全にボスを務めていたという……縛りプレイにも程がある。
「表の福祉関係はジョナサンが、裏関連はディオが。組織の再構築はボスが担当すると当座は決まっただろう。あまり長引けばリゾット達が反乱を起こすかもしれないが」
「うぐ、絵を描きたいのにな……」
「休暇は一週間前に申請が必要だ」
「俺も!?」
誰に申請すればいいのかと思案して、目の前の男だと気づく。おいおい、却下されそうなんだけど。
もしかしたらすごいブラックな労働環境に就職してしまったのではないかと頭をよぎり、ギャングに何を求めているのかと乾いた笑いが出てきた。ふふ、ハルノや……お父さんすでにお前にボスを譲りたくなっているよ。
てきぱきと書類を配置するドッピオの手招きに、のろのろと俺は椅子へと歩いた。