後日談 ウンガロの心境
後日談 ウンガロの心境
「承太郎兄ちゃん、ヘーマパパは?」
携帯の画面をじっと見つめたままの兄貴分を見て、リキエルが俺の口を塞ぎながら問いかけた。くそ、ドナテロに羽交い締めにされているから、身動きどころか目しか動かせないんだが!
「ハイハイ、ウンガロ兄ちゃんどうどう」
「むぐー!」
「ドナテロ、そのままお願いするよ。で、承太郎兄ちゃん?」
「ああ……あの馬鹿、問題発言だけ残して切りやがった」
眉間に皺を寄せているのはデフォルトだとしても、ひどく頭が痛そうな兄貴分は非常にレアだ。ヘーマパパ関連だと出てきやすい……ああ、いや、思考がズレている。俺の可愛いユーインについてヘーマパパは何か言っていたのか?!
「問題発言って?」
「……いなくなったのは自分だから問題ないと」
「え?」
え?
言葉の意味がわからず、疑問を浮かべる俺たちに向かって、承太郎兄ちゃんは深々と息を吐いた。これは俺たちの理解力へのため息ではなく、ヘーマパパへのものだろう、うん。
「平馬が元々この世界の住人で、赤ん坊の頃にあの世界に行っていたことは知っているな」
「ああ、前に聞いたな」
「……あー、なるほど。それで」
素直に頷くドナテロと、何か感づいたらしいリキエル。ちょっと兄ちゃんにも詳しく教えて欲しいんだが!
「気づかないのかい、ウンガロ。……ユーインってさ、生まれたときDパパに似てるって皆大笑いしてただろう?」
リキエルの振りに首を縦に動かす。保育器に寝ているユーインに皆が会いに来たとき、ジョセフじいちゃんとレオーネ兄ちゃんが盛大に吹き出し、即座に写真を共有され、体調が悪くてアメリカに来られなかったヘーマパパ達からも、文章からにじみでる笑い混じりの返信が届いた。
ディオの遺伝子強いなー、なんて、見舞いに行ってからも言われたものだ。
「Dパパに似てるってことはさ、ヘーマパパにも似てるってことだろう」
リキエルはジャケットの内ポケットから手帳を取り出し、一枚の写真を引き抜いた。ぴらりと裏返されたそれは、十数年前の杜王町で撮影したもの。学校が始まるため一足先に帰る俺達と丈助兄ちゃん達、そしてヘーマパパ達が一緒の写真。嫌がるヘーマパパをなだめて、本来の赤ん坊の姿で撮影していた。
見ればわかる。
ヘーマパパとユーインはそっくりだった。写真が古くなければ、同一人物だと疑いもしないほどに。
「ヘーマパパは、ユーインなのか」
写真を凝視しているドナテロが手を離したから、俺の声がやけに鮮明に響いた。
「……ウンガロ」
「つまり俺がイタリアで一緒に住んでも問題ないってことか」
「待って、予想と反応が違う」
うきうきと目を輝かせた俺に、もうちょっと葛藤とかで呆然としてると思ったぞ?!と、ドナテロが肩を掴んできた。確かに驚いたし葛藤がないとは言わないが、それよりも。
「大好きなヘーマパパと大好きなユーインが同一人物で何か問題でもあるか?」
「いや、父親と息子が同一人物なんてケース、普通の家庭はないから」
「ユーインはまだ小さいから、親子で暮らすのが当然だし、よーし早速移住の準備しなくちゃな」
「うわぁ、ヘーマパパとウンガロの血のつながりをスゴく実感したよ僕」
「こっちの言葉聞いてねえしな」
ヒソヒソと話し合う弟達の横で、いそいそと奥さんに連絡しようと携帯をポケットから取り出した俺に、承太郎兄ちゃんの拳骨が落ちた。
* * *
「やってきましたイタリア!」
「落ち着け」
「いたい!」
「うわぁ……」
空港の外に出て早々、湧き上がる高揚感の赴くまま、浮かれまくった俺を承太郎兄ちゃんが鉄拳で沈めた。うぐ、頭と弟たちの冷めた目が少し心に痛い。
「ウンガロ、よぉーく思い出して。もっと君はしっかり者だったはずだよ」
「わ、わるい。どうも心が落ち着かなくて」
「気持ちはわからないでもないけどさぁ」
「こうしている間にも何処かに逃亡してないかと思うと……まさかまた誘拐されてたり……今度こそ出さないようにしたほうが」
「承太郎兄ちゃん、もう一発お願い」
「へぐぅッ!?」
避ける間もなく承太郎兄ちゃんはスタープラチナの拳を振り下ろしていた。まって、これ、端から見たら俺だけ不審な行動しているやつだろ。承太郎兄ちゃんの俺たちへの対応が、年々手荒くなっているのは気のせいではないらしい。今回でフォローすら無くなったようだ。
「あー……そうか、ヘーマパパは息子だけど、Dパパも父親なんだよなぁ」
「超絶マイペースとヤンデレは合わせちゃいけないと思う」
「ヒドイミックスを見た」
弟達は携帯端末を操作しながら、頭頂部を押さえる俺を遠い目で見ている。あれ、何だろうこのデジャビュ。早急に兄としての尊厳を取り戻さないと非常にまずい気がする。深く息を吐き、ゆっくりと吸う。これはあれだ、ヘーマパパが言っていた変なテンションってやつだ。
「で、いつまで空港にいるつもりだ? 本当に平馬が逃げて会えないかもしれんぞ」
「ヘイ、タクシー!」
「ウンガロ、そっちはぼったくりの可能性が高いから戻ってきなよー」
* * *
結局、タクシーは使わずにハルノ兄ちゃんからの迎えに乗車して、私用で使っているという家に着いた。使用人がゆっくり開けたドアの先にあるホールには、長椅子に腰掛けるDパパとJパパがいた。
「いらっしゃい、皆。よく来てくれたね」
「悪いが、これ以降は侵入禁止だ」
ちょっとそこに座りなさい、と手のひらで示した向かいの長椅子に座ると、出てきたコーヒーに口をつける。いい豆使ってるなあ。なお、ハルノ兄ちゃんはブチャラティさんが連れ帰ったらしい。また抜け出し見舞いをしていたな。
「今、ヘーマに来客が来ていてね。無理に乗り込んで盛大に沈められる前に、現状を説明しておこうと思ったんだ」
Jパパは、俺たちがコーヒーに添えられた菓子まで食べたことを確認して、困ったような顔でそう言った。沈められるとは何だ。どこにだ。
「ヘーマの素性は理解しているな? ……よし、では詳細は省くことにする。……いいから聞け、来客についてだ」
物言いたげな俺たちを制して、Dパパは話を進める。もの凄く嫌そうな顔だ。基本、ヘーマパパがトラブルに巻き込まれることを大歓迎するDパパなのに、一体何事が起きているのだろうか。
「来客はヘーマの義姉だ。承太郎とウンガロは見たことがあるのだろう?」
「……あるけど、その人未来の人じゃあ」
「スタンド使いでな」
「把握」
スタンド使いなら仕方ない。あり得ない現象の大半が説明できる。だからこそ、スタンドを知らない人には何も話すことができないのだが。
俺の奥さんへの説明もそりゃあ最初は難しかった。人型のヴィジョンを持つスタンドなら、マグカップを持たせてサイコキネシスと説明がしやすいが、俺のスタンドにはヴィジョンがない。親密度が低いときに能力を説明すると、脱出不可能な異空間への拉致監禁と疑われる可能性がある……つらい。
「次に説明するのは関係性。ヘーマの初恋相手、両想い、時空を越えた別れ、再会。あとは察しろ」
「省略しすぎじゃない!?」
「よくよく考えずとも、何故私たちがあの馬鹿の恋愛事情を説明せねばならんのだ」
面倒くさいという気持ちが勝ったのか、疲れたようにDパパがカップを持ったまま背もたれに身を預ける。いやまあ、父親の恋愛事情とか普通は聞きたくないだろうけど、あのヘーマパパだぞ? この十数年女の影がまったく無かったヘーマパパだぞ? もしかしたら同性が、と実際に聞いてみたら、微妙な表情をしていたヘーマパパだぞ?
めっちゃ聞きたいんだけど?
「沈められるって、ヘーマパパが口説いてる最中だから、邪魔すると怒るってこと?」
「違う」
「相手の女性、ミキは恥ずかしがり屋なんだ」
「ああ、彼女に配慮してってこと?」
「違う」
否定される回答を受け、なぜ俺たちは沈められるんだ、と顔が正直な俺たちへ、Jパパはそれはね、と微笑んだ。
「ミキが恥ずかしさのあまり手がでるだろうね、いやクッションかな」
「わからんぞ、手頃な質量のあるヘーマかもしれん」
「ないとは、言い切れないなぁ」
「え、ヘーマパパどうなるの」
「投げられる」
どういうことだ。恥ずかしさのあまり成人男性を投げる女性……いやどういうことだ。
「ああ、スタンドを使ってか」
「素手だな」
Dパパの声に沈黙する一同。重量挙げの選手か何かなのか?
「ちなみに、僕とミキが戦って、確実に勝てる自信はないよ」
「は?」
「一体どんなゴリラなんだよ」
「華奢で小柄な美人だよ」
「嘘だぁ」
微笑むJパパも口の端を吊り上げるDパパも、目線をそっと逸らした承太郎兄ちゃんも、それ以上は語るつもりがないようだ。俺たちは顔を見合わせて、とりあえずヘーマパパが部屋から出てくるのを待つことにした。
* * *
ひさしぶり、とやたら妖しい雰囲気を纏うヘーマパパも気になるが、その横で顔を赤くして、ヘーマパパを睨んでいる女性を、俺は凝視する。
Jパパの言うとおり、華奢で小柄な美人だ。顔立ちは日本人だろうか、民族的な体格の細さが、Dパパ達の話の信憑性を一層損ねている。え、この人が素の腕力でヘーマパパ投げられるの?
ヘーマパパの彼女ってことは、ユーインの彼女ってことで、ん? もしかしてこの女性は俺の娘になるのか? 可愛らしい人だから、奥さんも喜びそうだ。なにせ、ヘーマパパがユーインだと伝えて、将来有望だと確信していたのは間違いなかったわ、と微笑んだからな。流石俺の世界一の奥さんだ。
そんな風に俺がぼんやりしている間に、互いの自己紹介が済んでいたようだ。ヘーマパパが俺をジッと見つめている。
表情は、固い。
――ヘーマパパ自身が、本当はどう接すればいいのか、わからないのかもしれない。俺は、ヘーマパパもユーインも知っている。父親と息子、それぞれの関係性を認識している。
でもヘーマパパは、息子(ウンガロ)は知っていても、父親(俺)は知らない。赤ん坊の頃に離れてしまったから、あまりにも幼かったから、父親(俺)を覚えていない。
俺と奥さんは、息子の成長を傍で見守ることは出来なかった。ユーインも、両親の顔を、笑って、叱られて、泣いて、甘えて、抱きしめられることが出来なかった。
なら、最初にすることは決まっている。でもその前に――。
「ヘーマパパ、ユーイン。俺はどちらで呼べばいい?」
「……俺に聞いちゃうんだ」
「だってさ、両方大切ってことは変わらないからな。ヘーマパパは大好きな父親で、ユーインは愛する息子で。無事であれば、それでいいんだ」
笑う俺を、ヘーマパパは困惑した目で、頼りなさげに見る。戸惑っているなあ、なんて、穏やかな気持ちのままで、俺はそれを見返す。
「じゃあ、そうだな。ヘーマパパ、ちょっとデフォルトの年齢サイズになって」
ちょいちょい、と手で招く俺に、ヘーマパパはおどおどと近づき、俺の傍に来たとき、ピクテルがキャンバスへとヘーマパパを仕舞った。
そしてキャンバスから出てきたのは、十二、三歳ほどの少年。大きくなったなあ、と両脇に手を差し込み、抱き上げ、まだ俺に比べて小さな身体を膝の上に乗せた。
「な」
「よし、デフォルトのときはユーインな。大きくなってたらヘーマパパにしよう」
「ちょ、デフォルトでも12歳ほどなんだけ、ど……」
抱きしめたユーインの頭を撫でる。少し髪の癖が強くなったなあ、あんなに細い髪の毛だったのに、しっかり生えてるや。身体も大きくなったなあ、小さくて、ふよふよで、首がなかなか座らなくて、すぐ飲んだミルクを吐いちゃうから、どうなるかと思ってたんだ。
「――よかった、本当によかった」
俺の息子は、ちゃんと生きてた。随分数奇な人生を送っているみたいだけど、元気で、健康で、好きなことがあって、好きな女の子もいて、色んな人達に好かれるような、そんな自慢の息子になっていた。
ぼたぼたとあふれる涙は、ユーインの細い肩を濡らしていく。抱きしめられるがままの彼は、そおっと、俺の背中に腕を回した。
「――ありがとう、お父さん」
耳元で聞こえる、震えた声に、俺はくしゃりと笑った。