彩る世界に絵筆をのせて   作:保泉

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ジョナサンの語り・ディオの独白

 

 ん?なんだいスピードワゴン。

 

 ああ……ありがとう、拾ってくれて。大事なものだったんだ。

 

 

 これはね、写真なのさ。

 

 

 違う違う。この時代のものじゃなくて、ずっと未来で撮った写真だ。

 

 

 そうだね、ひとつ昔話をしようか。昔と言っても七年前なんだけどね。

 

 

 

 

 七年前、僕とディオは突然百年後の世界に迷い込んだことがあった。

 

 冗談じゃないよ?何よりこの写真が証拠だから。

 

 

 

 迷い込んだ家の持ち主はヘーマ、この真ん中に移っている青年だよ。この写真はメガネをかけているから分かり辛いけど、ディオにそっくりな顔をしているんだよ。

 

 

 うん、僕はけっこう本気でヘーマがディオの子孫じゃないかって考えていたよ。

 

 

 

 彼は僕達が過去から来たことをあっさり信じて、家に置いてくれたんだ。

 

 

 そんな、ヘーマがお人よしなのは同意するけど、僕は違うよ。

 

 

 ヘーマは画家でね、とても素晴らしい絵を描いていたよ。ほら、僕の家に飾ってある湖の絵があるだろう?あれはヘーマが描いたのを貰ったんだ。

 

 

 初めて彼の絵を見たときは見惚れてしまって、自分だけで楽しむのがもったいなくて……読書中だったディオを引きずってアトリエまで行ったっけ。

 

 

 そう。あの時のディオの呆気に取られた顔は忘れられないなぁ。

 

 

 ディオは無理やり連れてこられて怒っていたけど、ヘーマの絵を見た途端、大人しくなってね。今考えるとヘーマの絵って物凄い効果があったんだなぁって。ディオも大人しくさせるのだからね。

 

 

 ディオはヘーマにも心を許していたから。

 

 

 見てすぐ分かるくらい、ディオはヘーマといると穏やかだった。妙にほっとけない雰囲気の彼を、ディオは罵って、苛めて、からかってた。酷い内容なんか一切なかったよ。全部、冗談みたいな気安い言葉だった。

 

 

 僕にとってもヘーマは兄が出来たみたいで、ずっと一緒にいられたらと思っていたよ。

 

 

 短い間だったよ。ほんの、五日間の時間だった。でも、何より眩しい五日間だった。

 

 

 

 

 ディオと僕は、彼と離れたくなかったから、彼をイギリスに連れて行こうと思った。

 

 でも、彼には断られてしまったよ。

 

 僕達がいる世界は自分の世界じゃないから、って。

 

 

 

 

 

 

 

 帰る直前、最後の最後に、ディオはヘーマの手を掴んだんだ。ディオは最後までヘーマを諦めなかった。

 

 でも、連れてくることは出来なかった。彼が渡してくれたクッキーや、絵は持ってこれたのに。

 

 

 

 ジョースター邸に戻ってきたとき、物凄く後悔をしたよ。どうして僕もヘーマの手を掴まなかったのかって。

 

 ディオだけじゃなくて僕も行動していれば、何かが変わったかもしれない。やらない後悔がこんなに苦しいものなんて、初めて知ったな。

 

 

 

 ああ、僕は今でも後悔しているよ。もしヘーマを連れてこれていたら、こんな結末にはならなかったんじゃないか、って。

 

 

 根拠はね、向こうでは僕とディオは本当の友人のように話していたからだよ。

 

 間にヘーマがいたとはいえ、ディオの言葉に一切の裏を感じなかったのは、あの五日間だけ。

 

 

 彼がいたら、ディオは穏やかに暮らしていただろうな。

 

 

 そうしたら、父さんも、ツェペリさんも、ダイアーさんも……皆で笑いあえていたんじゃないかって。

 

 たまに、そんな幸せな夢を見るよ。

 

 

 

 ごめん、暗くなってしまったな。少し思い出に浸りすぎたみたいだ。

 

 

 

 

 出発かい?三日後に予定しているよ。

 ああ、ありがとう。帰ってきたらお土産持ってくるから。

 

 

 スピードワゴンにはいろいろ世話になっているし、楽しみにしていてくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この密閉された鉄の棺の中で、何度眠りから覚めただろうか。

 

 暗く静かなこの空間は、自分自身の身じろぎする音以外、無音だ。

 

 

 腕に抱えた頭蓋骨を見つめる。

 

 

 殺意と尊敬と侮蔑と友愛を感じた相手だった。手を尽くしても策を張り巡らせても、乗り越えてくる男だった。

 

 そんな相手の身体を奪い、頭部が腐って頭蓋骨になるまでどれほどの時間が流れたか。

 

 もとより朝日を浴びることなど二度と叶わない身ではあるが、太陽の動きが確認できない鉄の棺の中では、時間の経過がまったく分からなかった。

 

 

 再び身じろぎしたときに、上着の一部が破れたようだ。なにか平たいものが転がり、空間に軽い音を響かせる。

 

 

 これは、ジョジョの手帳か。

 

 

 ぱらぱらと中身を見てみると、どうやら旅行中の予定を記入したもののようだった。まあ、彼は二度とこの予定をこなすことは不可能だが。

 

 

 背表紙のところに、なにか挟まっていることに気づく。

 

 そっとそれを引き抜いてみると。

 

 

 

 慌てた表情のジョジョ、嫌そうな顔の自分。

 

 そして。

 

 心から楽しそうな、彼の不可思議な青年の笑顔。

 

 

 

 あまりにも懐かしい写真だった。

 

 

 これはジョジョが貰ったものだろうか。自分のものは自室に飾っていたため、ジョースター邸と共に焼け落ちているはずだ。

 

 そう思って写真を裏返してみると、「Dear Dio」の文字。

 

 

 

 ――これは、俺が貰った写真だ。

 

 

 

 何故ジョナサンが持っていたのだろうか。運よく燃えることがなかったとすれば、さっさと拾いにいけばよかった。

 

 

 ちょっとした後悔をしつつ写真を眺める。

 

 

 まだ十三歳のころだった。ジョジョに思わぬ反撃を食らってから、それほど時間がたっていない時か。

 

 

 初対面の印象は良くなかった。

 

 突然知らない家に閉じ込められ、不審な男を拘束した後だったということもあり、家に帰ってきた彼を不意打ちで攻撃した。

 

 そこであっさり返り討ちにあったのも原因のひとつだろう。

 

 

 絵のモデルをすることを条件にとはいえ、簡単に家への滞在を許可したヘーマ。ジョースター卿と同じような人間かと見下していたのは、当時の俺としては当然だった。

 

 

 

 翌日には何故か突然日本食の箸の講座を受けさせられ、なのに昼はオムライスというスプーンで食べる料理を出されジョジョと一緒にヘーマを怒り。

 

 午後にはジョジョに引きずられながら入ったアトリエで、生まれて初めて絵に意識を奪われるという体験をし……怒涛の体験のせいで俺の警戒心の一部が麻痺でもしてしまったのか、ヘーマに対して素で対応するようになってしまっていた。

 

 

 途中で気づくが、今更態度を変えるのはヘーマはもちろんジョジョにも不審に思われてしまう。これからどれほどこの家にいるのか分からないが、ジョジョにこれ以上不信感を持たれては今後に支障が出てくる。

 

 

 そう考え、態度をそのままにしていたが。

 

 

 それが心地よく感じたのは何日目のときだろうか。

 

 

 

 ヘーマが一人いるだけで、ジョジョとの会話も穏やかに進んだ。時折俺の言葉にくってかかろうとするジョジョを、ヘーマが言葉を挟んで流していたことも理由だろう。

 

 

 ヘーマとの会話は、一々反応を返す彼を俺がからかっていたのが大半だ。年上なのに妙に子供っぽい彼は、何をするにも反応が良かったから、苛め甲斐があったともいえる。

 

 

 

 彼と話すのは楽しかった。ずっと続いて欲しい五日間だった。

 

 

 

 

 

 結局、俺は彼に拒絶されたのだろうか。

 

 ゲームの弱い彼に、イギリスに連れて行くと言った。負けたら連れて行く、ゲームの弱い君に拒否権は無いと告げるつもりで。

 

 

 だが、最後の最後で彼はゲームの勝者となった。

 

 

 もし彼が俺の言葉を拒絶していなかったら。俺はどんな人生を送っていただろうか。

 

 

 法学の専門家として、弁護士や教授になっていただろうか。それともジョジョと一緒にジョースター卿の仕事を手伝っていただろうか。

 

 

 

 俺は吸血鬼にならず、人間のまま一生を終えたのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 自嘲の笑みを口元に浮かべる。

 

 

 何を馬鹿な事を。このディオが知人の人間一人増えた程度で歩む道を違えるはずがない。

 

 もしヘーマをイギリスに連れて来れていたら。

 俺は真っ先に彼を吸血鬼にしていただろう。

 

 

 

 彼はお気に入りだったのだから。

 

 

 

 

 写真を手帳に戻し、そっと頭の横に置く。

 

 彼がいた時代まで相当な時間がある。身体も完全に馴染んではいないし、多少寝過ごしても問題ないだろう。

 

 

 

 次に会ったときは逃がさん。

 

 

 

 そう考えて何度目かも分からない、眠りについた。

 

 


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