翔鶴が赤城を叩きのめしてから1時間後、俺は瑞鶴と共に食堂にいた。要件は言うまでもなく昼食を取るためである。この母港ではKAN-SENの食事は生活班に割り当てられたKAN-SEN達が作っている。というのも母港の機能自体、KAN-SEN達の手によって運営されているのだ。まぁ、それだけだと手が足りない所もでてくるので、饅頭と呼ばれる奇妙な生物の手も借りているのだが…。
何はともあれ、ここで『普通の人間』と言えるのは俺しかいない。何故そんなことになっているのか、理由はあるのだが今語ることでは無いだろう。
そんなことより今は飯だ。生きていれば何もしなくても腹は減る。少し前にアップルパイを食べたばかりだが、俺の腹はグーグー鳴っていた。それは向かいに座っている瑞鶴も同じようで、翔鶴が来るのを今か今かと待っていた。
「翔鶴姉遅いねー。」
唐突に瑞鶴から不満が漏れる。それもそのはず、昼食開始予定時間から既に20分以上経っていた。それは翔鶴が
『汗を流してくるので、先に食堂に行っててください。』
と言ってから50分経過したことになる。如何に女性の支度が時間かかるとはいえ、これは少しかかり過ぎではないだろうか。常に心に余裕を持つことを信条にしている俺でも、今回ばかりは瑞鶴に同意したくなる。おかげで他のKAN-SEN達がご飯を食べに来る時間と被ってしまうぞ。
「そうだなー。」
そんなことを思いながら、ウォーターサーバーから取ってきた水を飲み、適当に相槌をした。それから更に数分後、ようやく待ち人が食堂に現れた。
「お待たせしました2人とも。お色直しに手間取ちゃって…。」
そう言った翔鶴の呼吸は少し乱れていた。もしかして走って来たのだろうか。
「もー遅いよ翔鶴ねー。化粧なんてどうでもいいじゃんかー。翔鶴姉美人なんだからさ、そんなもの無くても大丈夫だって。」
テーブルに突っ伏して、完全に不機嫌モードの瑞鶴。
「瑞鶴。そう言う問題じゃないの。女の子にとってお化粧は最低限の身だしなみであり、マナーであり、エチケットで…。」
「ね!指揮官もそう思うよね!」
姉の言葉を遮って、勢いよく顔を上げて俺に同意を求めてくる。やめてくれ、こういう繊細な話題を振らないで欲しい。一歩間違えればセクハラにもなりかねない、地雷のような質問だぞそれ。
「あ、ああ。俺も翔鶴は美人だと思うぞ。」
無難な回答でお茶を濁す。この程度なら問題あるまい。
「だよね!」「もう…指揮官…。」
そんな場当たり的な言葉にも関わらず瑞鶴は嬉しそうに笑い、翔鶴の頬はほんのり赤くなった。
「そんな瑞鶴に合わせなくても…。」
「こんな嘘はつかないよ。本心から言っている。」
KAN-SEN達は皆可愛かったり、美しかったりするが、とりわけ翔鶴はその中でも郡を抜いていると思う。初対面のとき、その美しさに見とれたことを今でも鮮明に覚えている。
そんなことを思いながら真っ直ぐ翔鶴を見つめると、彼女は恥ずかしそうに目を伏せ、瑞鶴は更に嬉しそうに笑った。
「ん、んん!さて!お昼を頂く時間から時がかなり経過しています!食堂も結構混んで来ましたので、早くご飯を取りに行きましょう!」
急にまくし立てるように翔鶴は話をする。普段の彼女ならば、まず見ることはできない非常に焦った様子だ。
「指揮官の分はお姉ちゃんが取ってきますので、座って待っててください!さ、行きましょう瑞鶴!!」
一方的に言い切ったのち、ずけずけと歩き出した翔鶴の後ろを「待ってよ翔鶴ねぇ~!」と瑞鶴が追いかける。彼女達の向かう先、配膳を行っているカウンターの方を見てみると、既に大蛇のごとく行列ができていた。これはまだまだ飯にありつけそうにないようだ。
閑話休題、完全に1人になった俺だが、暇を持て余しているのかと聞かれればそうではない。こんな時間に俺が食堂にいることが珍しいためか、多くのKAN-SEN達が話しかけてきた。例を挙げると、
「あ……指揮官さん……。こんな時間に珍しいですね……。」
「ああ、ちょっとな。」
「なるほどね!『よきせぬえらー』なのね!」
と言った軽く挨拶程度の会話もあれば、
「ご主人。今度夕張達の新装備を見て欲しい。」
「また何か作ったのか?」
「ふっふっふっ。今度のは力作にゃ!目にものを見るがいいにゃ!」
「何でもいいが、爆発で倉庫を壊さないようにしておけよ。また蒼龍に怒られるぞ。」
「「うっ…!」」
などの雑談もあれば、
「指揮官さま…今なら装備箱が大変お安くなっておりますよ…。この期を逃すような大うつけでないことを妾は信じておりますから…。」
「あ、ああ…後でな…。」
こんなセールストークまで多種多様に話が出来たので、ありがたいことに退屈せず待つことができた。
「指揮官!雪風様の幸運の方が凄いに決まってるのだ!」
「いいえ!時雨様の方が凄いに決まってるわ!そうでしょ指揮官!」
そして現在は、いつもの雪風と時雨の幸運勝負に付き合わされていた。
「ええっと…どっちも凄いじゃ駄目…。」
「「ダメ(なのだ)!」」
相変わらずだが、どうしたものかと困っていると
「『ご歓談中』失礼します指揮官。報告書を提出しに来ました。」
救いの手が現れた。それはボコボコに打ちのめされた赤城の代わりに書類書きをさせられていた榛名であった。
「ああ、榛名。ご苦労さま。」
「全く執務室に居ないから『随分』と探しましたよ。ただでさえこんな貧乏くじ引かされたというのに…!」
榛名の不満は相当溜まっているようだ。それもそうだろう。調査報告書はセイレーンが絡む内容のため、緊急の要件であり、なおかつ機密性が高い書類に分類される。なので帰投後直ぐに作成し、俺か秘書艦に手渡すことが規則となっている。故に執務室に居ないからあちこち探し回り、ようやく見つけたと思ったら他のKAN-SENと楽しそう遊んでいる。そんな様を見せつけられた榛名の鬱憤は想像を越えるものなのだろう。言葉の随所に怒りに満ちた語気を感じられた。
不穏な空気を察したのか、いつのまにか雪風と時雨はいなくなっていた。幸運艦の面目躍如だな、とても良い勘をしている。俺も出来れば逃げ出したい。しかし立場上そういう訳にもいかないので、なんとか榛名を宥めることにする。
「ほ、本当にありがとう榛名!いやー凄い見やすいぞ!榛名に任せて正解だった!」
…これは我ながら悪手であったと思う。あからさますぎるお世辞。人を不愉快にさせるには充分な燃料だ。更に怒らせてしまったか…?榛名の様子を伺う。
「はぁ、もういいよ。報告書は確かに提出しました。榛名、これより休憩に入らせてもらいます。」
あからさますぎるおべっかに、怒り以上に呆れが来たのか榛名はそう言うと踵を返して食堂を出ていった。俺はその背に「お疲れ様ー」と言って見送るしか出来なかった…。後で金剛にフォローをお願いするか…。
2人がもうしばらく時間かかりそうなので、暇つぶしに榛名の持ってきた書類を見る。
『0730。s-24海域。セイレーンと遭遇。敵編成、駆逐艦7、巡洋艦4。赤城と加賀の航空爆撃により沈黙。被害0』
『0800。t-45海域。セイレーンと遭遇。敵編成、空母2、巡洋艦5、駆逐艦10。赤城と加賀の航空爆撃により沈黙。被害0』
先程言った言葉は嘘ではなく、非常に見やすい報告書だった。いつ、どこで、どんな敵と、どう戦い、誰が負傷したか。こちらが知りたい情報を短くまとめていてくれる。多くの書類と睨めっこしなくてはならない自分からすれば、とてもありがたいことだった。さて続きを読もう。
『0830。u-32海域。セイレーンと遭遇。敵編成、戦艦6、空母3、巡洋艦10、駆逐艦20。赤城と加賀が航空爆撃により沈黙。被害0。』
うん?今の敵艦隊、結構大規模だったような…。しかもさっきから赤城と加賀が航空爆撃したことしか書いていないような…。とりあえず最後まで読もう。
『0900。v-78海域。セイレーンと交戦。待ち伏せていた様子。敵編成、戦艦20、空母10、巡洋艦30、駆逐艦50。上位個体ピュリファイアー1。』
おいおいおい、大艦隊じゃないか!しかも上位個体まで!海域調査は実戦訓練も兼ねており、未熟な娘が編成されていることが多い。今回もその例に漏れず、前衛にあたるメンバーは全員初陣だった。つまり大手を振って戦える船は3隻しかいなかったのだ。大丈夫だったのか!?
『赤城と加賀の航空爆撃によりピュリファイアー以外沈黙。その後赤城の拳によりピュリファイアー沈黙。被害0』
どういう状況だー!!
見やすいと言った自分の言を撤回したくなる。この文章だけ読んでると、赤城と加賀が艦載機を飛ばしただけで、100を越える敵船が消し飛んだことになる。いくらあの2人が強いと言ったってそんなこと可能なわけ…。
『なお、赤城と加賀以外誰も発砲しなかったことをここに明記する。作成者 榛名』
してた!!ああ、なるほど。榛名の不機嫌は出番がなかったことも起因しているのか…。まぁ何はともあれ、これだけの敵と遭遇して全員無傷なのは良かった。
「またしてもお待たせしてしまって申し訳ございません、指揮官。」
「まったくもう、混みすぎ!お腹が減りすぎて背中にくっつくかと思った!」
「まあまあ。その分夕暮ちゃんがサービスしてくれたでしょ。仕方ないことなんだから文句言わないの。」
「それはそうなんだけどさぁ…。」
そんなこんなしている内に2人が戻ってきたようだ。
「流石赤城先輩。迫り来る敵艦隊を鎧袖一触かー。」
時刻は13時前。少し遅めの昼食を食べていた。話の種にと榛名の報告書を2人に話したところ、瑞鶴からこのような感想が寄せられた。
「しかも上位個体まで文字通りワンパンなんて。というかまたピュリファイアー?あの人全然懲りないねー。」
瑞鶴の言うことは最もである。実はピュリファイアーと遭遇するのはこれで3度目である。
1度目は今回のように大艦隊を引き連れてこの母港に攻めてきた。その時対処したのが翔鶴である。結果はと言うと…敵ながら哀れとしか言いようがなかった。翔鶴の笛の音に呼応して大量の艦載機達が縦横無尽に空を舞い、敵艦隊に爆撃や魚雷をお見舞いした。一曲吹き終えるころには動ける者はピュリファイアー1人であり、その彼女も立つのがやっとという状態だった。
『貴女の舞はとても醜い。舞踊をよく勉強して出直して来てください。』
『くっ!覚えてろよーーーー!!!!!』
そう捨て台詞を吐いて退却した。こうして翔鶴は1歩も動くことなく勝利したのだった。
2度目は鏡面海域を作ってこちらを待ち伏せた。母港への強襲が分が悪いのなら、自分に有利な状況を用意すればいいと考えたのだろう。その策事態は悪くなかった。しかしその思惑がこちらに筒抜けだったのが運の尽き、こちらの最強戦力をもって鎮圧させて貰った。俺は通信と報告のみで、どんな様子だったかは具体的には分からないが、第一艦隊として出撃した山城から
―――めちゃくちゃ凄かったです!!特に瑞鶴さんがピュリ…さん…?でしたっけ?その方と相対した時のことなんですけど、『てめぇら!なんでこっちの企みが分かった!』『簡単な話だよピュリくん。私たちには様々なデータを観測しているレーダーがある。そのレーダーを使えば、鏡面海域が発生したことがわかるのさ。』『何っ!?』『つまり君たちは事を興した時点で負けていたのだよ。』『くぅぅぅ!ちくしょー!!こうなったらお前だけでも道連れにしてやるー!死ねー!!』だっ!ズバッ!『またつまらぬものを切ってしまった…。』カチン。…なんてことがあって、本当にもう、ものすごく格好良かったんで…殿様?聞いてますか殿様?殿様!?どこに行くんですか殿様!?殿様ーー!!
なんて200%脚色された話を5回ほど聞かされた。余談だが、本人に確認取ったところ『そんな敵に情報を与える様なこと言うわけないじゃん。』と笑われてしまった。おのれ山城。
そして今回が3度目。全体を通しての上位個体との遭遇例は少ない。3回も会ったのはうちが初では無いだろうか。もしかして因縁付られている?詳しいことを後で赤城に聞くとしよう。
「まさか新人達がいる調査艦隊を狙うなんてねー。赤城先輩達がいなければどうなっていたか。」
「…。」
「そうだな。赤城と加賀には感謝しなくてはな。おかげで全員無事に帰ってきてくれた。」
「…ううっ。」
「そうだね。流石一航戦!私だったらこうはいかないかな。」
「…うううっ。」
「はははは。お前なら一人で事足りただろうに。」
「ふふふふ!」
「はははは!」
「うううっ!」
俺たちが歓談している隣て、翔鶴がわなわな震えていた。
「どうした翔鶴?」
「翔鶴姉、寒いの?」
「さっきから私への当てつけですか!!」
食堂が静寂に包まれる。
「ええ!そうですとも!そんなみんなを救った英雄を爆撃で歓迎しましたとも!病院送りにするくらいに徹底的にもてなしてあげましたとも!」
「しょ、翔鶴姉…。」
「だって仕方ないじゃないですか!そんな戦闘があったことなんて分からなかったんですし、あの人もあの人でいつも通りだったんですし!」
「お、落ち着け翔鶴。みんなが見ているぞ…。」
そう諭すとハッとした顔をして辺りを見渡す。全ての目が一人に集まっていた。それに気づいた翔鶴は恥ずかしそうに目を伏せ、恐るべきスピードで昼食を食べ始め、「ご馳走様でした!」と世界最速の男もびっくりするような速度で席を離れていった。
「どうする瑞鶴?」
「どうしようか指揮官。」
残された俺たちは困った顔を見合わせた。
夕方。午後の執務を終えた俺は赤城の見舞いに来ていた。
「赤城の病室はいつもの部屋にゃ。」
明石から場所を聞き、夕日に染まる廊下を歩く。オレンジ色に染まった廊下は、それだけで幻想的な雰囲気を醸し出していた。少しして目的の部屋の前に立ち、ノックをした。すると直ぐに扉が開く。
「加賀、赤城は「まぁ指揮官様~!お見舞いに来て下さるとは赤城、感激ですわ~!!」…起きているようだな。」
加賀に連れられて室内に入る。患者衣を着た赤城がベッドで上体を起こしていた。
「具合はどうだ赤城?」
「ええ!指揮官様をお顔を拝見出来ましたので赤城は「姉様。」…悪くはありませんわ。」
加賀の釘を刺すような言葉に引っかかりを覚えるが、見た感じ元気そうだ。ひとまずは安心した。加賀は俺の分の椅子を用意した後別に椅子に座り、林檎を剥き始めた。それを見た時、自分の過ちに気づいた。
「しまったな。そんなに果物があるなら別の物用意すればよかったな。」
見舞いの品の王道だと思い、果物の詰め合わせを用意してきたが、同じ考えをした人物がいたのか既にフルーツが山のように台の上に置いてあった。加賀が剥いている林檎もその中の一つだ。
「いえいえ、指揮官様が赤城の為に持ってきて下さったものですもの。心の底から嬉しいですわ~。ですが…。」
横目で台の方を見る。
「食べきれないほどあるのも事実。このままでは折角の果実を腐らせてしまいますわ。…加賀。」
言うより早く、加賀は皿に乗せた林檎を俺に差し出してきた。ご丁寧にうさぎの形に切ってある。
「どうぞ指揮官様もご堪能ください。…貴方様が食すならばあの娘も本望でしょう。」
「あの娘?一体誰のことだ?」
この盛り合わせを置いて行った人物だろうか。ちょっと気になる。さほど大きくもない母港なので、赤城が入院していることを知っている奴は多い。しかし彼女が病室送りになるのは「いつものこと」なので、わざわざこんなに沢山の見舞いの品を用意する者は少ない。そんな少数の中から心当たりのある人物を検索する。
「もしかして瑞鶴か?」
姉の不祥事のお詫びとしてこの山を持ってきそうではある。実際何度かお見舞いに行っているらしいし、少々度が過ぎるのが尚のことあいつの面影を感じさせる。
「いいえ、翔鶴ですわ。」
これは驚いた。まさか赤城をこんな風にした張本人からだとは。確かにあいつは根が真面目で優しい。自分のせいで誰かを傷つけたのなら、心からの詫びをするだろう。だがその対象が赤城となれば話は別だ。先程から言っているが、2人はしょっちゅう殴り合いをしている。その度に赤城は病室で一夜を過ごし、翔鶴はスッキリとした顔をしていた。
そんなもんだから、こういったアフターケアのようなことはしてないと考えていたがまさか…。
「もしかしてケンカの度に…?」
「ふふっ。それでしたら今頃赤城は菜食主義者になってますわ。」
疑問は大ハズレ。どうやら毎度のことではないようだ。しかしならば何故今回だけ…?
「…やはりお話いたしましょう。」
頭を捻っていると、赤城が意を決したかのように切り出した。
「指揮官様。榛名から上位個体と遭遇したという報告を聞いたと思います。」
もちろん。ここに来た目的の1つはその話を詳しく聞くためである。
「内容は概ね推測できます。そして書かれていることに間違いはございません。しかし…一つだけ訂正箇所がございます。」
「それは?」
「語るよりお見せするほうが早いでしょう。」
そう言うと赤城は服を捲った。綺麗なお腹が見え…なかった。そこには目をつぶりたくなる程に真っ赤に腫れ上がった痣があった。
「どうしたんだそれは!?」
「ピュリファイアーですわ。」
その言葉に俺は驚きを隠せなかった。
「榛名から『拳を使って倒した』と聞き及んでいることと思います。そこに訂正箇所はございません。しかし指揮官様。何故艦載機による遠距離攻撃を行っていた私が、拳なんぞを用いることになったのでしょうか?」
赤城の言わんとしていることを理解した。
「まさか…。」
「はい。彼奴は私と加賀の爆撃の雨を掻い潜り、接近してきたのです。」
赤城は当時の状況を鮮明に語る。2人がセイレーン艦隊に攻撃していた時のことを。
まだまだ第1話は続きます。