恍惚な表情で赤城は燃え盛る海上を見つめる。
『容易い。あまりにも容易いわ。セイレーンの上位個体はこの程度なのかしら?』
『姉様。』
『ええ、分かってるわ加賀。慢心は禁物でしょう?しかし艦爆に加え、魚雷による波状攻撃。この中を生きている者が…。』
『いるんだなそれが!!』
炎の海を掻き分け、何かが高速でこちらへと迫る。言わずもがなピュリファイアーであった。
迎撃しようにも艦載機は出し尽くしている。戻している余裕もない。気づいた榛名達が砲塔を向けるが、赤城が邪魔で撃てない。万事休す。対策を打てぬまま、ピュリファイアーが懐に入る。
『赤城!取った!!』
爆発音が響く。爆煙の中に赤城は消えた。
『姉様ー!!』
加賀が駆け出す。常に冷静な彼女の面影はそこにはない。姉の心配と彼女を撃った敵への憎悪。無謀な特攻を仕掛ける加賀にピュリファイアーが反応する。
『今度はお前か!?いいねぇ。姉妹共々あの世に送ってあげごっ!?』
言い切る前に4mほど横に飛んだ。いや飛ばされた。何かがピュリファイアーを殴ったのだ。あまりのことに全員の動きが止まる。
『…死亡確認せず余所見をするのは頂けないわねぇ。』
煙が晴れるとそこには赤城が何食わぬ顔で立っていた。拳を握りしめ、ピュリファイアーを睨む。
『姉様!』
安堵した表情をする加賀。対して苦虫を噛み潰したような顔をするピュリファイアー。
『あ、赤城!?なんで!?確かに手応えが…。』
『そんな豆鉄砲で私を傷付けられると思ったのかしら?だとしたら思い上がりも甚だしいわねぇ。』
ゆっくりと歩きながら近づく。不意の攻撃をまともに喰らったせいか、ピュリファイアーは体に力が入らなかった。
『くそっ!動け動け!』
自分の足を殴って立とうとするも悲しいかな、全く応えてくれなかった。遂に鬼が目の前に立った。
『私を殺したいのなら、せめて翔鶴に一太刀浴びせられるようになりなさいな。…さてと。動けない者を一方的に殴るのは趣味じゃないのだけれど…折角の衣が汚れてしまったし、お・か・え・し。しなきゃあねぇ!!』
そこから先は見るも無惨な暴力の嵐だった。ピュリファイアーに何発も何発も拳を打ち付ける赤城。それを加賀は嬉しそうに見つめ、榛名は新人達にこんな光景を見せまいと、3人を抱きしめた。
数分後、気が済んだ赤城は艦隊に合流した。
『姉様!』
『心配かけてごめんなさい加賀。それと貴女達も。』
『援護出来ず申し訳ございませんでした…。』
榛名は申し訳なさそうに俯く。
『空母であるのに前進し過ぎた私が悪いのよ。貴女が気に病むことではないわ。それより、よくこの子達を守ったわね。』
労うかのように頭を撫でた。
『さ、撤退しましょう。これ以上ここに留まる理由はないわ。』
『あれはどうしましょう。』
榛名はさっきまでピュリファイアーだったものに指を指す。どうやら辛うじて死んではいないようだ。
『放っておきなさい。捕虜を連行している余裕はありません。それは分かってるでしょう?』
燃料と弾薬が少ない一航戦と新人3人を抱えての護送。それがどれだけの危険を孕んでいるか、わからないほど榛名は馬鹿ではなかった。故に今度は砲塔を向ける。
『ならばトドメを。』
『その必要もないわ。』
手で制す。
『何故!?』
『彼の者はもはや意識はなく、戦える状態ではありません。そして戦意の無い者を撃つのは戦争ではなく、虐殺です。あなたは畜生になりたいのですか?』
ゆっくりと諭すように語りかける。榛名は言葉が詰った。
『それに動けない者を撃つのは、貴女の名誉を貶める行為よ。私は貴女が穢れる様を見たくはないわ。』
赤城はしっかりと目を見て微笑んだ。その目に榛名は何も返すことが出来ず、『…了解しました。直ちに帰投準備に入ります。』と言って新人達の状態を見始めた。
『姉様。』
ピュリファイアーを警戒しながら、一部始終を見ていた加賀が赤城のすぐ隣に侍る。
『加賀、あなたは甘いと言うのかしら?…ええ、そうね。以前の私ならば同じことを思ったでしょう。けどね…。』
赤城は言葉を止めた。
『姉様?』
『いえ、なんでもないわ。それより私達も帰り支度をしましょう。加賀、周囲の索敵をお願い。』
その後特に接敵もなく無事に帰投した。
「これが事のあらましですわ。」
「赤城…その時君は…。」
「肋骨が3本折れてました。しかも折れた骨が肺に刺さっていたそうですわ。」
まるで笑い事のように語る赤城に俺は怒りを覚えていた。
「そんな…!」
「
機先を制されて、たじろぐ。
「何故平気でいられたか。答えは単純、兵器であるからです。KAN-SENという兵器であるからこそ、痛みを消し、破損した部分を他の器官で代替出来、それ故に沈むまで戦うことが出来る。それが私達ですわ。この程度『そんなこと』で片付けてよいものです。」
赤城の言葉に自嘲はない。ただ淡々と事実のみを語っているという口調だった。
「この負傷も3日もすれば、何も無かったかのように治るでしょう。指揮官様もお分かりになられているはずです。
赤城が真っ直ぐに俺の顔を見る。
「ですからそのような顔をなさらないで下さい…。」
俺は涙を流していた。
怒り故か、悲しい故か全然分からなかった。ただどうしてなのか目の前の女性が、こんな言葉を言うことに泣けてきたのだ。
「ええと…指揮官様…?」
「赤城。二度とそんなことを口にするな。」
目に見えて困惑している赤城に命令するように言い放つ。
「君は俺の仲間だ。それはどこにいようがどんな状況だろうが変わらない。だから…自分を大切にしないことを俺は許さない。」
そう言って席を立つ。大方聞きたいことは聞けた。聞きたくないことも聞けた。ここにいる用事はない。彼女の弱気な姿は見たくない。俺の涙を見せたくない。そう思って部屋を出ようとする。
「指揮官様…。」
「最後に聞いておきたい。何故そんな状態で翔鶴に挑んだ?」
扉を開ける前に背を向けたまま問う。そこだけが解せなかった。少しの間沈黙が訪れる。
「そこは…まぁ…痛みを忘れていたのでというか…ノリというか…。」
先程までとは打って変わって歯切れが悪い。振り返ると彼女は気まずそうに俯いていた。
「赤城…まさか…。」
「はい…完全に売り言葉に買い言葉でした…。」
思わず吹き出してしまった。先程まで凛々しく「自分は兵器だ。」と言っていた人物がこんなことを言うなんて、とても可笑しかったのだ。
「もう指揮官様!」
「あははは!いや、済まない。しかしなるほど。翔鶴はそこで気づいたんだな。」
笑って緊張が解れたためか頭が回り、当初の疑問が腑に落ちた。翔鶴がこんなにもお見舞い品を用意したのは、赤城が怪我をしたことが分かったからだ。
「…ええ。いつもの様に演習を挑んだものの、燃料が尽きかけていたためか痛覚が戻ってきてしまい…。顔には出さないようにはしたのですが…。」
「動きでバレたと。」
「結局彼女が出したのは爆撃機1機のみでしたわ…。」
つまりあの連続して聞こえた爆撃音は赤城の航空機によるものだったのか。
「そして一撃で意識を持っていかれたと?」
「正しく。手負いだったとはいえ、この体たらく。お恥ずかしい限りです…。」
そう言うと毛布で顔を隠してしまった。加賀が少し笑った。俺はまた扉の方を向き、取手口に手をかけた。ここで知りたいことは、今度こそ全て知った。
「赤城。ピュリファイアーの対策の考案を命じる。期間は1週間。事態の重要性を考慮して、その間の艦隊業務の免除を許可する。加賀はそれの補佐だ。
この命令の真意をこの2人ならば理解しているだろう。そして振り返ることなく俺は退室した。その目にはもう涙は無かった。
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「行ってしまわれたわね。」
2人きりになった部屋で呟く。
「やっぱり天城姉様のようにはいかないわね。」
彼には自分達がどういう存在で、どういう風に扱うべきかを知って欲しかった。その為に嫌われるのを覚悟で、あの様な話をしたと言うのに。最後の反応から察するに、あの人の対応に変化はないだろう。それ所か益々私達を人間扱いするに違いない。
「ねぇ加賀、あの方のあの表情見た?私が戦いの為に存在していると言えばお泣きになり、私の失態を語たればお笑いになられたわ。しかもあの様な命令まで…。」
愉快そうに話す赤城。
「あの方は私が兵器であることを嫌い、人間である事が嬉しいのね。ああ。なんと歪んでいるお方なのかしら…。」
「姉様。」
「そうね加賀。だからこそ。だからこそ!」
「この身、全てを差し出すに値するお方だわ。」
「さて、名目上とはいえ直々のご命令を頂いたのだし、早速…。」
そう言ってベッドから出ようとする赤城を、加賀は両肩に手をかけて止める。
「姉様。」
「か、加賀?…まぁそうね。今すぐに動いては、指揮官様のご好意を無駄にすることになるものね。止めておきましょう。」
そう言って姿勢を戻した。加賀も手を離し、椅子に座る。それから数分後。再び赤城が立とうとするので、加賀はまた止めようとする。
「加賀?今度のは違うのよ。その…お小水をしに行きたいの。だから手を離してくれる?」
「姉様。」
「か、加賀?何故尿瓶を持っているのかしら…?」
「姉様。」
「加賀!それだけは!それだけは私のプライドが!無理!無理よ!」
「姉様!!」
「加賀!!待って!!今…力が…!あっ!いや!」
「姉様ー!!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
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電灯に照らされた廊下を歩く。窓の外を見れば月が出ていた。
「結構話し込んでしまったな…。」
腕に付けた時計を見れば既に夕食時を過ぎていた。やれやれ翔鶴がより不機嫌になるぞ。
昼の一件以降、翔鶴は目に見えて怒っていた。執務中は余計なことを一切喋らず、仕事の話をする際も事務的な口調であった。何をするにも翔鶴を顔色を伺わなければならなかったので、午後の執務が終わる頃には数日分の仕事をやったのではないかと疑うほど疲労していた。
そんな状況での今の時間。いつもなら3人で夕食を食べている頃合をとうに過ぎている。
「更に不機嫌になるかなぁ…。」
無論、赤城へ見舞いに行くことは伝えてある。だが、こんなに遅くなるとは言ってない。宿舎への足取りが重くなる。帰ったらなんと言われるだろうか。いや、何か言ってくれた方が気が楽だ。
「尻に敷かれている夫の気分だよ全く…。」
「誰が尻に敷いているんですか?」
虚空に消えると思った言葉が、思いがけず反射し驚く。声がした方を見ると、白い着物を着た女性がこちらを見ていた。
「…翔鶴…。」
「遅いじゃないですか。待ちくたびれましたよ。」
壁に背を預けて立っていたのは件の悩みの種、翔鶴であった。彼女は俺を確認すると、目の前まで歩み寄ってくる。
「あ、ああ。思ったより混んだ話をしててな…。赤城の怪我のことも聞いたよ。」
「へぇーあの人怪我していたんですか。それって私のせいって言ってました?」
「い、いや…。」
そこまで言って違和感に気づく。翔鶴も赤城の腹のことを知っているはずだ。なのにこの言い草…。…なるほど。不器用なやつめ。
「ふ…。」
翔鶴は赤城を庇っている。赤城は艦隊の士気を下げない為に傷を隠した。その結果、加賀以外の4人は赤城がピュリファイアーの攻撃を受けても無傷だったと思っている。それは既に多く者に知れ渡っているだろう。そんな中、実際には赤城は負傷していたと知られればどうなるだろうか?確実に動揺が走る。それ所かその怪我を見抜け無かった榛名や加賀の名誉も貶めるかもしれない。だからこそ赤城を入院させたのは自分だと振る舞う必要があると翔鶴は考えたのだ。
本当に不器用なやり方だ。そして赤城もその事を分かっていたから、あの話を最初は隠そうとしていのだ。似た者同士なのだな、この2人は。そう思うと自然と笑みが零れていた。
「むー。なんですかその勝ち誇ったような笑みは。お姉ちゃん、そういう子嫌いです。」
頬を膨らませ抗議する翔鶴。言葉に反して雰囲気に棘はない。どうやら機嫌は直っているようだ。
「いや…。それより夕食はどうした?」
笑ったまま話を変える。これ以上踏み込むのは2人の為にならない。このことは胸に閉まっておくとしよう。
「私も瑞鶴もまだですよ。指揮官が来なきゃ意味がないって。」
「そりゃ大変だ。今頃瑞鶴がまたブーブー言っているかもしれないな。急ぐとしよう。」
「ふふっ。はい、指揮官。今晩はお姉ちゃん特製ビーフシチューですからね!」
「それは楽しみだ!」
こうしてまた、誰も死なずに1日が過ぎて行くのだった。
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「生きてる?ピュリファイアー。」
日が沈んだ海の上。大の字で浮かぶ女性を見下ろす女性がいた。
「なんとかね、オブザーバー。」
「あら?意外と元気そうね。」
「喋れるくらいには回復したよ。けど体が全然…。」
「そう。」
オブザーバーと呼ばれた女の後ろから何かが振り落とされたと思った次の瞬間、ピュリファイアーの首が飛んだ。
「オーライ、オーライ…。はい、ナイスキャッチ。」
「…もうちょい丁寧に扱ってよ。」
生首の状態で抗議する。
「貴女のメモリーさえ回収できればいいもの。脳だけにしてもいいのよ。」
「ナマ言ってすみませんでした。」
「よろしい。」
そう言って彼女は赤城達が去った方向と反対の方向へと進み始める。残された体は海へと沈んでいった。
「あの娘達には感謝しないとね。貴女を殺さなかったおかげでサルベージする手間が省けたわ。」
「おかげで体とはさよならバイバイする羽目になったけどね。これからどうすんのさ?私としては今すぐにでも、この礼をしたいんだけど…。」
「今はダメよ。音楽も物語も緩と急が大事。戦闘の後に戦闘と続いては面白くないわ。」
「そういうのが好きな人もいると思うけどね。」
「だから束の間の平和をプレゼントすることで返礼としましょう。」
「はいはい、オブザーバーがそういうのなら。私に異存はありませんよっと。」
「大丈夫よ、ピュリファイアー。」
「すぐに楽しいことが起きるから。」
振り返って読んでみると、拙い文が多い。けどこれも醍醐味かなと思ってます。決して直すのがめんどくさいからとかではありません。