指揮官の姉を名乗る翔鶴さん   作:ぐちやま

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やっぱり1話完結は無理だった。


飛龍は瑞鶴の後輩:前編

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二航戦は五航戦の先輩である。それは紛れもない事実であり、ぼくの誇りでもあった。

ぼくがここに配属され時、既に五航戦の2人は母港の中核であった。その真実に憤りを禁じ得ないでいた。先輩である自分が、後輩である2人より弱いということが許せなかったのだ。

 

『すぐに追い越してやる。』

 

あの時のぼくの胸には、その思いしかなかった。

 

必死の思いで鍛錬した。1日の内、最低限の食事と睡眠以外はずっと練度を上げていた。文字通り血反吐を吐く日々だった。その甲斐あってか、ぼくは短期間で調査艦隊に編成されるまでに至った。調査が目的とはいえ、初の実戦。これを足がかりに功績を重ねていって、いつか五航戦を追い抜いてやる。そんな絵に描いた餅を実現させる気でいた。

 

……現実はすぐに訪れた。ぼくの目の前に広がるは、海を染め上げる大艦隊。100や200どころの話ではない、もしかしたら500を越えていたかもしれない。対してぼく達は6人。しかもぼくを含めて4人が初陣であった。

 

ぼくは恐怖した。

 

『無理だ。こんな人数でこの大艦隊に勝てるわけがない。逃げよう。』

 

こんなことも口に出来ないほど縮み上がっていた。ああ、なんという体たらくだろうか、飛龍の名が聞いて呆れる。とにかくその時のぼくの心情は『死にたくない』。この一言に尽きた。

 

『うーん。まぁ、しょうがないかー。』

 

ぼくがガタガタと震え上がっているすぐ横で、旗艦を務めていた瑞鶴が言った。まるで近所の子どもを相手にするような呑気さで。

 

『んじゃ行ってくるから、江風ちゃんはみんなをお願い!』

 

『了解した。存分に暴れてくるといい。後、ちゃんはよせ。』

 

圧巻。その一言に尽きた。瑞鶴が艦載機を飛ばせば瞬く間に何十隻もの船に火の手が上がった。瑞鶴が一太刀振るえぱ何隻もの船が一刀両断となり沈んだ。本当に近所の子どもを相手にする如く、何百隻もの敵船を瑞鶴は蹂躙して行った。

 

『こんなものかなー。』

 

気がつけば6人以外に動く物はいなくなっていた。背伸びをしながら、こちらへと歩く瑞鶴の足取りは軽い。息は微塵も乱れてはいなかった。

 

『は、はははは…。』

 

笑うしか無かった。こんなにも力量差を見せつけられては絶望も出来なかった。『先輩』。そんなちっぽけで守る価値もない誇りは、この時粉々に砕け散った。その代わりに新たな信仰がぼくの中に芽生えていた。

 

_______________

 

「それで加賀さんが守った子達は大丈夫でしたか?」

 

母港の見回り最中に翔鶴が質問してくる。ふと気になったといった感じの口調だ。ここで赤城と言わないのが彼女らしい。

 

「ああ。扶桑がカウンセリングをした結果、異常無しだそうだ。」

 

うちの扶桑は戦場に出ることはない。しかしこうしてメンタルケアの面で艦隊を支えてくれている。

 

「初陣で大艦隊と遭遇したもんだから、PTSDとかになっていないか心配だったが…とりあえずは安心したよ。」

 

「飛龍さんの件がありますからね…。」

 

「飛龍…飛龍か…。」

 

その名前を聞くと思い出す。あの変わり果てた彼女のことを。あの日、初戦闘を終えて帰還した飛龍は、別人と疑う程に変貌していた。あの衝撃は今でも忘れられない。それ故に現在でも彼女に出撃を要請するのは躊躇いがあった。そうまさか…。

 

「押忍!瑞鶴先輩!こちらお飲み物になります!!」

 

「あ、ありがとう…飛龍…。」

 

「押忍!お言葉を頂き、感謝の極みです!!」

 

飛龍がこんな体育会系の後輩キャラになるなんて。

 

「うわぁ…今日もやってますね…。」

 

あの翔鶴が引いている。無理もない、俺もまだ慣れない。帰ってきた飛龍は瑞鶴を先輩と呼び、慕うようになった。それも今どきいない、ゴリゴリの体育会系で。瑞鶴の話によると、

 

―――

もうびっくりしたよ!皆と合流した時、いきなり飛龍先輩が、『先輩!今まで生意気なことを言ってすみませんでした!!不詳飛龍、これより心を入れ替えて、誠心誠意瑞鶴先輩に尽くさせて頂きます!!』と言い出してさ!『いや、大丈夫ですよ飛龍先輩…。』と言っても、『自分に対してそのような言葉使いは不要です!是非とも小間使いとしてお使いください!!』なんて返してくるもんだから、私もどうしていいか…。ねぇ何とかしてよ、指揮官!!

―――

 

とのことらしい。無論即座に扶桑にカウンセリングを頼み、診てもらった。しかし扶桑でもどうしようも出来ないそうだ。

 

『心身共に問題は見当たりません。本人の好きにさせるのがよろしいと思います。』

 

カウンセラーにそう言われては仕方ない。その旨を瑞鶴に伝え、飛龍をお前の後輩してやれと命令した。瑞鶴は非常に困った顔をしていたがな。そこから幾つかの悶着があって、とりあえず飛龍を対等と考えることで落ち着いている。飛龍自身は自分を後輩、もしくは舎弟と言い張っているがな。

因みに余談であるが、実は瑞鶴をこんなふうに慕うのは飛龍だけでは無い。

 

「む、飛龍!また抜け駆けをするか!瑞鶴殿!拙者のも飲んでくだされ!」

 

「げぇ!?高雄!!」

 

「むっ!邪魔をするな高雄!」

 

高雄もなのである。というか戦闘好きのKAN-SEN全般に慕われている。高雄の場合は『瑞鶴殿は拙者が目指す、武の頂だ。』という理由らしい。いやはやモテる女は辛いな。

 

「瑞鶴殿は拙者と剣の鍛錬をするのだ。離せ飛龍!」

 

「いーや、瑞鶴先輩はぼくと艦載機の整備をするんだ!そっちこそ離せ!!」

 

しばらく観察していると、2人は瑞鶴の手を掴んで取り合いを始めた。まるで大岡裁きだ。間の子どもはというと、しばらくは困った顔で流れに身を任せていたが、このままでは埒が明かないと思ったらしく、

 

「ああもう!せい!!」

 

2人を投げた。飛龍と高雄は綺麗な放物線を描き、やがて大きな水柱を作った。

 

「ぷはっ!何をするか瑞鶴殿!」

 

「瑞鶴先輩!?水中トレーニングですか!?」

 

「違う!2人ともそこで頭を冷やしなさいってこと!全く…腕が取れるかと思った…。」

 

片手で人を投げれる時点でその心配はないと思う。

 

「とにかく!私はこれから出撃だから、2人と付き合ってる暇はありません!」

 

「「ならばぼく(拙者)も!!」」

 

「駄目に決まってるでしょ!!」

 

まだやんややんやと続けている。

 

「どうする翔鶴?助けるか?」

 

「微笑ましいのでもう少し見ていたいのですが…。業務に支障が出る可能性がありますね、助けましょう。」

 

その言葉に頷き、翔鶴を連れて3人の元へと歩く。

 

「あっ!指揮官、翔鶴姉!丁度いい所に!ねぇ、2人からも何とか言ってよ!!」

 

「あー無論、そのつもりで来たのだが…。その前に飛龍と高雄を引き上げないとな。」

 

今の時期の海水が、いい湯加減とは思えないからな。

 

 

「…それで、2人は瑞鶴と共に出撃したいのか?」

 

「「無論です(だ)!!」」

 

艤装を展開させて、服と体を乾かせた後にそう問う。2人の目は本気だ。可能ならばその願いを叶えてあげたいが…。

 

「なるほど。しかし飛龍には演習が、高雄には新人達の訓練が予定として入っていたはずだ。自分の欲望に固執して、役目を疎かにするのは関心しないな。」

 

「「うっ!」」

 

ぐうの音も出ないようだった。自由勝手に予定を変更すればどうなるか、真面目な2人ならば分からないはずがない。特に最古参の1人であり、他の皆の規範となるべき存在である高雄は、

 

「申し訳ございませぬ…。拙者とした事が目の前のことに逸り、規律を乱そうとするとは…。直ぐ様己が任に戻りますゆえ、それでは…。」

 

そう言って深々と頭を下げて足早に立ち去った。残された飛龍も、

 

「ぼくも熱くなりすぎました…ごめんなさい…。」

 

深く反省しているようであった。その姿に罪悪感を覚える。もう1人の騒ぎの主、高雄は既に去っている。飛龍1人をこれ以上責めるのは良くないだろう。なので許すと言って解放してあげようと思った所で、翔鶴が口を挟む。

 

「もう一度確認しますが、飛龍さんは瑞鶴と出撃したいんですよね?」

 

「ええ…まぁ…。」

 

「瑞鶴と一緒に居たいんですよね?」

 

「はい…。」

 

「なら丁度良かった!」

 

「「はい?」」

 

全員が唖然とする。一体何をしようというのだ?

 

「いやー今回同行を予定していた山城ちゃんが、急遽長門様に呼ばれて本国に帰っちゃったんですよ。瑞鶴いれば問題ないとは思うんですが、もしもの時の為に6人揃って出撃させたいのも事実。どうしようかなと悩んでいたんです。」

 

どういう事だ?

 

「本当に飛龍さんが居て助かりました!これで6人で出撃できますね!あ、演習の方は気にしなくていいですよ。こちらで代わりの方にお願いしておくので。」

 

翔鶴の言葉を聞いて飛龍の顔は煌めき、瑞鶴は面倒くさそうにため息をついた。しかしどういう事なのだろうか。()()()()()()()()()()()()。今頃艤装の点検をしているはずだ。というかしてた。さっき遠目で確認している。

 

(どういうつもりだ?翔鶴。)

 

全く意図が読めず、辛抱たまらなくなって小声で問いかける。

 

(まぁまぁ、見ててください。それよりも指揮官、()()()()()()。)

 

翔鶴も山城がどこで何をしているか知っている。つまりこの『頼み』というのはまぁ…そういうことなのだろう。

 

「では2人共。業務の変更を行うので、一旦執務室へ来てください。指揮官は他の娘達への伝令をお願いしますね。」

 

その声でこの場は解散となり、俺は急いで山城を隠死に行った。

 

―――

あ、殿様!そんなに急いでどうなされたのですか?え?山城に会いに来た?嬉しいです!!でも山城は今、瑞鶴さんを待たなくてはいけなくて…。え?瑞鶴さんは遅れてくる?しかも山城は待機に変更?代わりに飛龍さん?え?どういうことですか!?山城何かしました!?そういうわけではない?良かった…殿様に嫌われていたらどうしようかと…。殿様?なんで手を引っ張るのですか殿様?殿様!?そういうわけではないけど、そういうことなのですか!?殿様になら山城の初めてを差し上げてもいいですけど…時と場所を…。え、違う?いらない?それはそれでショックです!!ああ!引っ張らないでください殿様!!殿様!?殿様ーーー!!!

 

―――

海上。瑞鶴を旗艦とした艦隊は調査海域へ向かって進行していた。

 

(翔鶴姉、どういうつもりなんだろう?)

 

瑞鶴は考えに耽っていた。瑞鶴にも翔鶴の思惑が分からなかったからだ。山城がいないというのが、嘘だというのはすぐにわかった。何故ならば今朝山城に会ったとき、『瑞鶴さん!今日は一緒に出撃ですね!!』って話をしたからだ。その後に呼び出された可能性もあるにはある。しかしもしそうならば、結構律儀な性格である山城の事だ、直接言いに来るはず。でもそれが無かった。

以上のことから瑞鶴は翔鶴が嘘を言っていることが理解できた。しかし何のための嘘なのかが理解できなかった。

 

「まぁ考えても仕方ないか。」

 

姉の思考は常に自分の想像を凌駕している。故に自分如きがどれほど考えたところで分かるわけない。そんなことより今は自分の役割を全うしなくてはと、瑞鶴は頭を切り替えた。

 

「飛龍、偵察機を出して。」

 

「はい!」

 

そろそろセイレーンの支配海域に入る。瑞鶴は全員に警戒態勢に入らせた。それから数十分。一行はまだ敵とは遭遇していなかった。

 

「瑞鶴先輩。やっぱり敵影は見当たりません。この辺りから撤退したのでしょうか?」

 

「そうかも。でもそうじゃないかもしれない。気を緩めないで。」

 

「了解です。」

 

とは言うものの、飛龍を含めた艦隊の皆の集中力が無くなりかけているのを瑞鶴は感じていた。当然だ。全員肩に力が入りすぎている。これでは接敵する前に疲れ果ててしまう。

 

(いつもはこんな感じじゃないのにな。)

 

疑問が浮かぶ。今回のメンバーは何度も組んだことのある面々だ。性格や戦い方などをよく知っている間柄。このような無駄な緊張感が生まれるはずがないのだが、今日に限って何故か生じている。どうしてだろうか。飛龍がいるからか?

 

(って、私何考えてるの!?)

 

そう思って直ぐに頭を振る。そんな仲間を邪険に扱うような思考、思い浮かべるだけでも万死に値する。私たちは家族同然だ。信じることが当然で、疑うことなど有り得ない。最低でも瑞鶴はそう胸に刻んでいる。しかし皆が神経質になっているのも事実。一体何故…?

 

「…ふう。全艦、進軍停止。」

 

やめやめ。考えても分からないなら、考えるだけ無駄。そう結論付けて立ち止まる。とりあえずは目先の問題を片付けよう。

 

「どうしたんですか?瑞鶴先輩。」

 

「なんか疲れちゃった。ちょっと休憩しよ。」

 

「え?わわわ!すみません!全然気づかなくて!!瑞鶴先輩の疲れを見抜けなかったとは、後輩失格です!!」

 

飛龍の慌てふためく様子に、一同から笑みが零れる。

 

(いや、後輩なのは私なんだけどね。)

 

というツッコミは既に何十回としているので、今回は見送らせてもらう。何にせよ、少しは緊張感が解れたようだ。

見晴らしいのいい海上だと見つけてくださいと言わんばかりなので、付近の小島まで移動する。それから各々が、各々のやり方で休息を始めた。海に座る者、屈伸する者、飲み物を飲む者様々だ。その様子を瑞鶴は少し離れた所で見ていた。疲れたと言ったのは自分だが、正直一番疲れていないのが自分だ。皆がリラックスしている時こそ、自分が周囲の警戒をしなくては。

 

「ん?」

 

向こうの物陰に何か動く影に気づく。ここはセイレーンの勢力内だ。もしかすると、もしかしてかもしれない。

 

「飛龍。あっちの方でなんか動いた。ちょっと気になるから見てくる。」

 

「え?なら自分も!」

 

「大丈夫、大丈夫。気のせいかもしれないし。ちょっと確認してくるだけだからさ。飛龍はみんなを見ててよ。」

 

そう言いながら瑞鶴は進み始める。

 

「わかりました。何かあったら直ぐに呼んでください!飛んで駆けつけますから!」

 

「飛ぶのは艦載機だけでいいかな…。とにかく、みんなことを頼んだよ。」

 

「瑞鶴先輩もお気をつけて!」

 

その会話を最後に瑞鶴は戻って来なかった。

 

_______________

おまけ

 

 

ぼくは一度だけ、瑞鶴先輩に「何故そんなに強いのか」を聞いたことがある。その時の答えがこれだ。

 

『私は転属艦だからかな。建造されたみんなと違ってある程度の練度を持って配属されたからね。スタートが違うんだもん、練度差があるのは当然だよ。』

 

『いや、それだけで説明つかないような…。というか転属艦なんですか!?だって転属って…。』

 

『そう。他の母港のKAN-SENが、新米指揮官の元に配属される制度。つまり私、いや私と翔鶴姉は…。』

 

 

『左遷された船なんだよ。』

 




思い描いていることを上手く文章に出来ない。

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