オルフェノクとの戦いを終えた晶は、シアと共に再びあの教会のような建物の地下室に戻ってきていた。
晶はそこで、シアからワイヤレスイヤホンのような形のデバイスを手渡された。
シアも同じものを取り出し、自分の耳に着けてみせる。
彼女を真似て晶も自分の耳にデバイスを取り着けた。
そしてお互いにスイッチを入れる。
「アキラ、私の言ってることがわかる?」
シアの発声した言語が自動で翻訳され鼓膜に届いた。
「おお、これすごいな! 俺の言葉もちゃんと伝わってるのか?」
「うん、伝わってる。よかった」
さて、晶はシアから訊きたいことが山積みだ。
だが質問を切り出したのはシアのほうからだった。
「アキラはなんで、あんなところで倒れていたの?」
あんなところ、というのは花畑のことだろう。
だがそれは晶に訊かれてもわからない。
「むしろ俺が訊きたいくらいだよ……俺は確か飛行機事故に遭って、それで……」
墜落した? ならば辺りはもっと惨状になっているはずだ。それなのにあそこの花は一輪も燃えた痕跡すらなかった。
晶が返答に困っていると、シアは予想外の言葉を口にした。
「ヒコウキって、なに?」
――飛行機を知らない……? ――
ここは相当文明の遅れた国なのだろうか。
部屋をざっと見渡した感じ――少なくとも電気は通っているようだが。
「空を飛ぶ機械の乗り物、かな」
晶が答えると、シアは少し戸惑ったような表情を見せた。
駄目だ。自分が何故この国にいるのかはきっと考えてもわからない、と晶は思った。
「俺からも訊きたいんだけど、そもそもここはどこなんだ? 一体なんていう国?」
「ここは、フィロソフィアっていう国のリコリス村。そしてこの施設はスピティっていう孤児院みたいな場所なの。アキラはどこから来たの?」
――聞いたことのない国だ――
「俺は日本からアメリカへ渡航するはずだったんだ」
「ニホン……。確かあの人もニホンから来たって言ってた気がする」
「あの人?」
晶が訊き返すと、シアは一本のビデオテープのようなものを彼に手渡した。
促されるままにそれを、地下室に備え付けのモニターで再生してみる。
映し出されたのは一人の中年の男性。
彼の言葉は翻訳機を通すまでもなくわかった。日本語だったのだ。
『私の名は
――この声、聞いたことがある。そうだ、あのベルトを手に取った時に頭に流れてきた声だ――
スマートブレインというと、晶のいた日本では知らない者はいないほどの有名大企業である。
『事業拡大のためアメリカへ渡る際、飛行機事故に巻き込まれ、この異世界へ飛ばされてきた』
――え、ちょっと待って、今『異世界』って言ったか? ――
それに『飛行機事故に巻き込まれ――』という境遇は晶と同じである。
『空に浮かぶ遺跡のような建造物を見たか? 私のいた世界にあんなものはなかった。つまりここは私の知っている地球ではないということなのだろう』
彼の言う通り、ここが異世界であることを認めざるをえないのかもしれない。
『あの建造物――天空城から恐らくオルフェノク達はやってくる。この世界の人間たちはオルフェノクという脅威に対し、あまりに無力だ。どうか力を貸してやってほしい』
ビデオテープはそこで終わっていた。
「アズマは生前、自分と同じような境遇の人間が現れたら、この映像を見せてゼータのベルトを託してくれ、って言ってたの」
ゼータのベルト――。恐らくあの機械作りのベルトはスマートブレインによって開発されたものだったのだろう。そして今、シアと耳に着けている自動翻訳機もきっとそうに違いない。
「生前って……じゃあもうこの人は――」
「アズマはベルトを使って私達と共に戦ってくれていた。でも戦いの中で命を落としたの……今から3年前のことだった」シアは視線を落として答えた。
そしてそのまま頭を下げ、言葉を続けた。
「アキラはきっと、アズマと同じ異界からの使者だからベルトが使えたんだと思う。お願い、私達に力を貸して。私達の、救世主になって」
――俺が、救世主? ――
突然、異世界に飛ばされてこの世を救ってくれときた。
これは夢か?
それともあれか、例えば神様の手違いとかいうやつで俺は死に、その詫びとしてファンタジーな世界にでも飛ばされてきたのだろうか。
ならばもう、アレコレとくよくよ考えていても仕方がない。
「いいぜシア。ただし俺は『救世主』なんかじゃない」
晶は手に握った汗をバレないようにズボンに拭うと、前髪を掻き分けながら言った。
「
シアは晶の言った意味の分からない言葉に戸惑いつつも、協力的な彼の反応を喜んだ。
晶とシアは他の者たちと共に墓地へ訪れていた。
先ほどの戦闘で亡くなった者たちの灰を埋葬し、追悼する。
一緒に来ていた者たちは皆沈んだ顔色をしていた。
一体今まで何度オルフェノクが襲来し、人間たちがこの世を去って逝ったのだろう。
晶には想像がつかなかった。
オルフェノクに襲われた者はその時点で灰化する。
親族が亡骸に別れを告げることすら叶わない。
そんな残酷な現実がそこにはあった。
「ところでよぉ、お嬢ちゃん。ベルトを使って変身したってのはそこの坊やかい?」
とある男が晶を指さしながらシアに尋ねた。
「う、うん。アズマと同じ異界からの使者だから使えたんだと思う。だからもうみんな大丈夫――」
「大丈夫だとぉ?」
シアの言葉を途中で遮り、男は声をあげた。
「アズマだってよぉ、大丈夫だって言いながら数回戦っただけで死んじまったじゃねぇか! あの時はみんな救世主だなんだってもてはやしていたけど、結局駄目だったじゃねぇか!」
シアは男の怒号に口を
「おい小僧! お前、本当にやれんのか? ああ?」
晶は多少物怖じしながらも男の目を見据えて答えた。
「俺は救世主などではない!」
そして片目を右手の平で隠しながら静かに口を開いた。
「
その場に少しばかりの静寂が流れる。
やがて沈黙を破って男が言った。
「あ? なんだって? オイお嬢ちゃん、小僧はなんて言ってんだ?」
――自動翻訳機を着けているのはこの場に俺とシアしかいないんだった……――
つまり周りの者たちの言葉を晶は理解できるが、晶の言葉がわかるのはシアのみなのである。
「えっと……アキラは救世主じゃなくて、堕天使だって言ってる」
シアは若干困った様子で通訳をこなす。
「なんだそりゃ。堕天使? おい小僧、まさかてめぇもオルフェノクだってんじゃないだろうな!?」
「ち、違う違う。俺は人間です」
流石に変な誤解されてはたまらないので、敬語で答えてしまった。
まあ、通じているのはシアだけだからいいのだけど。
「アキラは人間だよ。私達の味方!」
シアが通訳すると、皆はホッとした様子で顔を見合わせ和んだ。
異世界初日にして、なんとか晶はこの世界の人間たちに受け入れてもらえたのだ。
スピティに帰り、晶はシアや子供達と共に夕食をご馳走になっていた。
料理を作ってきてくれたのは初老の女性、ミテラだ。
皆で円を囲み、肉なしの肉じゃがをおかずに、麦ごはんを頬張っている。
子供達も
自動翻訳機が二つしかないため、おしゃべりをする時はシアが必ず一緒だった。
皆がごはんを食べ終わる頃だった。
突然スピティに一人の青年が訪れた。
「ウェイク……!」ミテラがその名を口にした。
「ミテラさん……知り合いですか?」
晶の問いにシアが代わりに答えた。
「ミテラさんの……息子よ」
息子と母親の対面にしては場の空気に妙な緊張感が漂っていた。
「何しに来たの。アンタを呼んだ覚えはないよ」
「俺が用があるのはおふくろのほうじゃない」
答えるとウェイクは晶のほうを向いて言った。
「お前か、ベルトを使って昼間のオルフェノクを倒したって奴は」
「あ、あぁ」
答える晶に続いてシアもウェイクに向かって言った。
「アキラよ。私達の救世主になってくれる存在」
「いやだから俺は救世主じゃなくてだな――」
訂正しようとする晶の言葉をウェイクは無視した。
「救世主だか何だか知らないが、ちょっとツラ貸せよ」
「わかった」
付いて行こうとする晶にシアがベルトの入ったケースを渡した。
「え、なんで? 別にオルフェノクが現れたわけじゃないのに」
「これはもうアキラが常に持ち歩いていた方がいい。それに彼……」
シアはウェイクのほうを見ながら続けた。
「オルフェノクよ」
「何っ!?」
驚く晶にウェイクが振り返って言う。
「別にとって食ったりしねーよ」
二人に通訳としてシアも付いてきた。
ウェイクに自動翻訳機を貸せばその必要はないのだが、この男、シアには信用されておらず、大事なデバイスを渡す気にはなれなかったのだ。
「まず訊きたいんだけど、なんでオルフェノクであるお前がここで人間と暮らしてるんだ?」
晶は道中で気になって仕方がなかったことを尋ねた。晶の言葉をシアが通訳すると、ウェイクは答えた。
「いい質問だ。結論から言うと、俺も元は同じ人間だった」
「え……?」
晶は驚いてそれ以上声が出なかった。
「オルフェノクの攻撃を心臓に喰らうと、大抵の人間は灰化する。だが、低い確率で俺みたいに人間からオルフェノクとして覚醒する奴も中にはいるんだ」
晶にとって、それは驚愕の事実だった。
つまり晶が昼間倒したオルフェノクも、もしかしたら元は人間である可能性があったのだ。
「今までに覚醒した奴は俺以外にもいるぜ。まあ、殆ど
晶はすっかり昼間のオルフェノクのことで考え込んでしまった。
そうとも知らずウェイクは話を続ける。
「で、俺が何故ここで暮らしているか、だったな。答えは簡単。俺はこの力でここに暮らす人間どもを守ってやってるってわけだ」
「昼間は現れなかったじゃないか」
晶の指摘はもっともだ。シアが通訳するとウェイクは目を
「あいつらは、俺が飯を買いに来ても無視して売ろうとしなかった奴らだからな。俺は俺が守りたい人間しか守らない。だから――」
気が付くと、シアはウェイクを睨みつけていた。
「見てた」
シアの気持ちは晶にも伝わってきていた。
こいつ、クズだ。
「そろそろ本題に入ってもいいか?」
そういえば、こいつは確か俺に用があるんだった。
「ああ」晶が雑に答える。
「単刀直入に言う。ベルトを俺に貸せ」
「何?」
「『よこせ』とまでは言わねーよ。あくまで『貸せ』だ。それは元々お前の物でもないんだし別にいいだろ」
「理由次第だな」シアが続けて通訳する。
「最初はそんなものに興味はなかった。あのアズマとかいう野郎が持ってきた物だったらしいからな。他の人間は一応使えるか試してみたらしいが誰一人として無理だったと聞いていた。だが……」
ウェイクは晶を睨みつけながら続けた。
「何故、お前は使えた? アズマとお前はどんな関係だ?」
「元々、同じ世界の住人だったってだけだが」
シアの通訳を聞くとウェイクはチッと馬鹿にしたような態度をとった。
「そもそも『異世界』だなんて信じられるか! 俺の考えはこうだ。アズマもお前も、あの天空城から追放されてやって来た裏切り者のオルフェノクなんじゃねーのか?」
「俺は人間だ!」
晶が答えるのと同時にシアも反論した。
「アキラは人間だよ!」
ウェイクは再びチッと舌を鳴らすと、天空城がある方向を見上げながら言った。
「オルフェノクが地上に襲いに来るときに乗ってくるマシン。そしてそのベルト。どっちも地上じゃ考えられないほど進んだ文明の代物だ。つまりそのベルトが使える条件は異世界だなんだとか関係ねー」
すると再びウェイクは晶に向き直り言った。
「そのベルトはオルフェノクにしか使えない可能性がある。だからそれを今俺が試してやろうってんだよ」
「くだらない。戻ろう、アキラ」
シアがそう言い晶の手を引こうとしたその瞬間だった。
突然、三人のいた場所の数メートル先が爆発し、シアが悲鳴をあげ地に這いつくばった。
顔を上げると二回りほど大きなバイクのようなマシンが空を飛んでおり、そこから続けざまに爆撃ミサイルが飛来していた。
「シア!危ない!」
晶が
「お前……!」
「いい機会だ。俺がベルトの力を使ってやる!」
ウェイクはケースを開け、取り出した機械作りのベルトを腰に巻くと、ゼータフォンにコードを入力しベルトに装着した。
まさか、本当に――
『COMPLETE』
――変身できる条件は……<オルフェノクであること>?
ウェイクは仮面の超人――ゼータに変身した。
「オイ、本当に変身できたぞ」
ウェイク――ゼータは物珍しそうに手の平をヒラヒラさせたり、グーパーさせたりしている。
「ウェイク、来るぞ!」
晶が大声を上げ、初めてゼータは再びミサイルが己に迫っていることに気が付く。
「うおお」
ゼータは吹っ飛びながらも受け身を取り衝撃を緩和させた。
「何か飛び道具はねーのかよ」
ベルトからゼータフォンを外し、画面を覗く。
そこに、銃のようなマークと記号が表示されていることに気付く。
「これか」
ゼータはその記号の通りにコードを入力する。
103 ENTER
『SINGLE MODE』
その電子音声を聞き、ゼータフォンを銃形態に変形させる。
狙いを定め引き金を引くと、銃口から一筋の青いビームが放たれた。
ビームは狙い通りヒットし、相手のマシンはバランスを崩したのかフラフラと機体を揺らしている。
「こっちのほうが火力がありそうだな」
ゼータはそう言うと再びゼータフォンにコードを入力する。
106 ENTER
『BURST MODE』
再度狙いを定め引き金を引くと、今度はビームの銃弾が連射され標的にヒットした。
マシンは火花を散らしながら墜落。
だがその際、機体から素早く離脱した影がこちらへ飛来し、ゼータの目の前で着地した。
多数の触手が身体から伸びているクラゲ型のオルフェノクだった。
「こいつは……!」
「あれは……!」
ゼータの様子が少しおかしい。シアも何かに気が付いたようだ。
「シア、あいつがどうかしたのか?」
晶の問いにシアが答えた。
「あのオルフェノク……今まで襲ってきた回数が桁違いの常習犯で――」
シアが最後まで言わぬうちにゼータが答えた。
「こいつは……俺の
「え、それってどういう意味だ?」
よくわかってない晶に再びシアが説明した。
「つまり、ウェイクをオルフェノクに変えた張本人ってことよ」
――
自分だったら憎しみよりも恐怖の方が打ち勝ってしまうかもしれない。晶は少しだけそう思った。
見ていると、晶の悪い予感は当たってしまっていたようだ。
ゼータ――ウェイクは、一度体験した死の恐怖が甦り、足がすくんで防戦一方だ。
その様子を見ていた晶は感じた。
例えその身がオルフェノクとなっていたとしても、ゼータに変身していたとしても、あの場で戦っているのは一人の人間にすぎない、と。
「クソッ……クソッ……!」
銃形態のゼータフォンを連射するが、なかなか当たらず、ゼータは逃げ惑うばかりだ。
と、そんな時、突如ゼータの周りの地面から突き出た触手が伸び、その四肢を拘束してしまった。
「しまった……!」
クラゲ型オルフェノクはゼータと交戦しながら、足元から触手を伸ばし、地中を掘り進めていたのだ。
身動きが取れなくなったゼータに向かって、クラゲ型オルフェノクは助走をつけ、渾身の飛び蹴りをお見舞いした。
「うわああああぁぁぁ!」
勢いよく吹っ飛んだゼータの身体は、晶とシアの目の前に転がった。
ベルトが外れ、ゼータは変身を解除されてしまった。
「ウェイク、あいつがお前の敵だっていうなら、俺がとるよ」
晶はベルトを拾い上げると自分の腰に巻いた。
シアが地面に転がっていたゼータフォンを拾い、晶に手渡す。
「だからそこで見ててくれ」
コードを入力する。
777 ENTER
『STANDING BY』
電子音声と共に待機音が鳴り響く。
「変身!」
晶はゼータフォンをベルト中央のホルダーに装着した。
『COMPLETE』
流体エネルギー、フォトンブラッドが青く光りながら身体を駆けめぐる。
閃光に包まれながら、晶は超金属の仮面の騎士――ゼータに変身した。
「俺がお前の恐怖を打ち砕く!」
クラゲ型オルフェノクの動きを見切ったゼータは、伸ばしてきた触手を掴み取った。
そして無理矢理引っ張り、自分の手前まで身体を引き寄せると、横蹴りを喰らわせた。
触手は引き千切れ、クラゲ型オルフェノクの身体は地に転がる。
その隙にゼータは、ベルト右側のアタッチメントに付属されているポインター型ツールを手に取り、ミッションメモリーを挿し込む。
『READY』
の電子音声が鳴ったことを確認し、脚部にそれを装着した。
体勢を立て直したクラゲ型オルフェノクが、再び触手をゼータ目がけ伸ばした。
腰のゼータフォンを開き、エンターキーを押す。
『EXCEED CHARGE』
脚部までのフォトンストリームを青い光が流れていき、ポインターから円錐状のマーカーを前面に射出する。
触手は巨大なマーカーに弾かれ、胸部がロックされた。
助走をつけてゼータは、クラゲ型オルフェノクに必殺キック、コバルトスマッシュを放った。
「おおおおぉぉりゃあああぁぁぁぁ!」
閃光と共に衝撃が敵の身体を貫通していく。
「
クラゲ型オルフェノクはΖの刻印を打ちこまれ、青い爆炎と共に灰になりぐしゃりと崩れた。
「やったね、アキラ!」
ゼータの勝利を見届け、歓声を上げながらシアが駆け寄る。
変身を解除すると、晶はウェイクの姿が消えていることに気が付いた。
「あれ、ウェイクは?」
「え、さっきまでいたんだけど……」
シアも目を離した隙に彼の姿を見失っていた。
晶とシアがスピティに戻ると、子供達の様子がおかしいことに気が付いた。
地下室の隅に固まり、皆身体を震わせていた。
泣き喚いている子もいる。
シアがどうしたの、と話を聞くと子供たちは答えた。
「ミテラおばさんが……ミテラおばさんが、灰になっちゃったの……」
それは受け入れ難い返答だった。
夕食をご馳走してくれた、あの優しそうな初老の女性、ミテラが亡くなった。
灰になったということはつまり、オルフェノクに殺されたのだ。