ミテラはスピティで子供たちの面倒を見る、まるで母親のような存在だった。
もっとも、彼女は本当の意味で母親だった。
息子と娘が一人ずついたのだ。夫は何年も前に戦死していた。
息子はウェイク。今年で二十歳。
ある日オルフェノクに襲われ、自身もオルフェノクと化してしまった、悲しい青年だ。
以降、母や妹には避けられ、半ば彼が二人を家から追い出す形で独りになった。
そうしてミテラと、兄の六つ下の娘――サラはスピティに来た。
ミテラは子供たち皆に等しく愛情を与えようとしたが、サラはそれを快くは思わなかった。
私が母さんの本当の娘なのに。
そしてまわりの子供たちもサラのことを快く思わなかった。
なんで母親がいるのにあいつが
他の皆は両親を亡くしているのに。
なんで、あいつだけ――
でも、これでサラは皆と『同じ』になれた。
両親を失い、兄からも捨てられ、独り。
子供たちはサラを囲んで慰めた。
「今まで一人ぼっちにして、ごめんね」
――うるさい――
「お母さんがいなくなって、かなしいね」
――うるさい――
「もう一人ぼっちにしないから」
――うるさい、うるさい、うるさい――
母親が亡くなって嬉しがる子供なんているはずがないのだ。
それなのに、母さんがいなくなった途端に皆が優しい声をかけてくる。
私はその優しさをどんな気持ちで受け止めればいいのだろう、とサラは思った。
「みんな、ちょっといいかな?」
シアが子供たちに呼びかけた。
「今サラはみんな以上にショック受けてると思うから、ちょっとそっとしておいてあげてほしいかな」
「うん……」
子供たちは素直にシアの言うことを聞いた。
サラもやはり一人になりたいらしく、自室へ戻ってしまった。
「ところで……」
そんな中、静かに晶が口を開いた。
「ミテラさん、一体どんなオルフェノクにやられたか……見た子はいないかな……?」
するとその問いかけに返ってきたのは予想外の反応だった。
「いきなり、灰になったの」
「オルフェノクいなかったの」
そんなことが有り得るのだろうか。まるでホラーだ、と晶は思った。
「あ、それってもしかして……」
シアには何か思い当たる節があるらしい。
「オルフェノクの手にかけられた人間の中には、死んだ後、灰化するまでにタイムラグがあるケースもあるらしいの」
つまり、殺害現場は子供たちの目の前ではないどこか、という可能性もあるということのようだ。
「きっと、ウェイクだよ」
子供たちの中の一人が彼の名前を出した。
「あいつ、ミテラおばさんに避けられてること、根に持ってるみたいだったし」
そういえばウェイクは姿を消したままであった。
彼からも話を聞いてみなければならない。アリバイが気になるところであった。
「アキラ、ウェイクの所に行くなら明日にしよう。今日はみんなの傍にいたいの」
そう言うシアの表情は哀しげで、晶は黙って頷くことしか出来なかった。
シアにとってもミテラは大事な存在だったのだ。
きっと、内心酷く辛いことだろう。
翌日、晶とシアは共に、ウェイクがいると思われる場所を訪れていた。
「しかし、あのヘタレがまさか軍人の、しかもトップだったとは……」
晶はしみじみと驚きの声を上げた。
ウェイクはリコリス村の防衛軍隊長を務める男だったのだ。
そして二人はその防衛軍基地に来ていた。
「軍って言っても、武器を管理する小規模な組織だけどね」
と、シアが補足説明をする。
ウェイクとの面会は意外と簡単に許可してもらえた。
二人は基地の一室に案内された。
窓の外を見ていたウェイクが振り返り、二人の姿を見ると、チッと舌を鳴らし口を開いた。
「何の用だ」
「お前に訊きたいことがあって来た」晶の言葉をシアが通訳する。
「さっさと要件を言え」不愛想にウェイクが言葉を返す。
晶は少しだけムッとしながらも彼に尋ねた。
「昨日、俺がオルフェノクと戦っているときに姿を消しただろ。どこに行ってた?」
「ここに戻ってきていたが? 何故そんなことを訊く?」
「ミテラさんが、亡くなったの。灰になったそうよ……」
晶が口を開くより先にシアが答えた。
「おふくろが……死んだ、だと……」
ウェイクは動揺を隠せない様子だった。
――あれ……? この反応を見るに、犯人はウェイクじゃないのか? ――
二人に対し、わざわざ演技をする、というのも考えずらい。
「なるほど、それで俺のアリバイを調べに来たってわけか」
「お前じゃ、ないんだな」
「俺がおふくろを殺すんだったら、もっと早くにやっていたさ」
「お前ッ!」
晶は思わずウェイクに掴みかかりそうになったが、彼の目を見て押しとどまった。
――それは確かに、母の死を
「そうか……おふくろが……」
ウェイクは独り言のように呟いた。
こいつではない、と晶は思った。
「そういえば、手掛かりというわけじゃないが、」
ウェイクは何かを思いついたように口を開いた。
「ここ最近、軍の人間も数名、オルフェノクに殺されている。明らかに『人間のふりをしたオルフェノク』による犯行だ」
「それ、根拠はあるのか?」
「お前も昨夜見ただろう。天空城から来たオルフェノクなら、あの空を飛ぶマシンに乗って現れる。だが軍の人間が殺されたのはそういった予兆すらなしで突然の出来事ばかりだった」
「それ、軍内部の者の犯行である可能性が高いってことじゃないか?」
「そうだな。……ますます俺が怪しいとでも考えているか?」
「いや、もうお前のことは疑ってないよ」
晶は犯人がウェイクではないという確信を持っていた。根拠はないけれど、こいつがやるならもっと堂々とやりそうだと思ったのだ。
「まあ、厄介なことに、オルフェノクもこうして俺のように人間の姿をとっていることもあって、人間とオルフェノクを他人が判別するのは難しい。お前らも注意するんだな」
ウェイクは意外なことに晶たちに身を案じる言葉をかけた。
「ところで、」ウェイクは晶の目を真っすぐ見ながら言葉を続けた。
「お前やっぱり、俺と同じオルフェノクなんじゃないのか?」
それは、昨夜の話の続きだった。
普通の人間には扱えないはずのベルトを、オルフェノクであるウェイクは使うことが出来た。
「でも俺、生まれてこの方あんな姿になったこと一度もないし、オルフェノクに襲われたことだってないぞ」
襲われたことどころか、オルフェノクの存在を目にした経験すら、この異世界に来て初めてだった。
「その言葉が事実だという証拠はないだろう?」
晶と違ってウェイクは本気で彼を疑っているようだった。
「そういや、オルフェノクに覚醒した人間は、以前とは比べ物にならないくらい感覚が鋭敏になるという特徴がある。例えば嗅覚や聴覚。心当たりはないのか?」
晶はその言葉に少し引っかかりを感じた。
聴覚……。
晶が初めてオルフェノクの襲来を感知した時、近くにいたシアや子供たちは気付かないほど離れた距離での人間の悲鳴を耳にしていた。
――まさか俺が、オルフェノク……? ――
そんなはずは――。
「心当たりがあるようだな」
ウェイクが晶の心を見透かしたように言った。
「ほら、オルフェノクに変身してみろよ」
「ど、どうやって?」
それまでずっと通訳をしていたシアが、初めてそれを行わなかった。そして晶のほうを向いて言った。
「アキラ、もう相手にすることないよ。これ以上いても仕方がないから、行こう」
「あ、ああ」
二人はスピティに戻ることにした。
ウェイクは晶が部屋を出るまで、静かにその後ろ姿を睨み続けていた。
スピティに帰ると、シアに甘えようと真っ先に飛びついてきたのは双子姉妹のラピスとラズリだった。
「シアお姉ちゃん帰ってきた~」
「シアお姉ちゃんおかえり~」
ラピスとラズリはミテラにべったりな十歳の少女たちだった。
だからミテラが居なくなったことで、甘える対象はシアに移ったのだ。
他の子供たちが一人っ子ばかりなのに対して、二人はスピティに引き取られた中で唯一の姉妹だった。
そのせいか、サラと同様にまわりの子供たちはあまり二人に優しくなかった。
だがそれでも、二人は寂しがらなかった。
自分には姉妹がいるのだから。
シアはラピスとラズリに構い、手が離せなさそうだったので、晶はサラの様子を見に行った。
実の母親を突然失った彼女が晶は心配だった。
サラは昨夜から自室に籠りっきりのようだ。
レイという少年が晶に教えてくれた。
ごはんも口にしていないという。
そういえば、軍の基地へ出かける前に朝食を
晶はサラの部屋へ昼ごはんを届けに向かい、ドアをノックした。
反応がない。
――困ったな。俺じゃ何かを言っても伝わらないだろうし……――
子供たちの面倒を見るというのは晶の予想以上に難しいことだった。
自分には下の兄弟がいなかったし、それに加えここは異世界。
言葉が通じるのは自動翻訳機を持ったシアだけである。
それにそもそも、サラが顔を出してくれたとしても、どういった対応をとってあげればいいのだろう。
肉親を失ったばかりの少女に。
しかも十四歳というのは難しい歳頃なはずだ。
晶は食事を部屋の前に置き、
「サラ、昼ごはん、ここに置いておくから」
と、通じていなくとも言葉を言い残し、その場を去ることにした。
シアの
「子供の世話って、大変だな」
二人を起こさないように晶は静かに言った。
「うん。でもミテラさんがいなくなった今、私がしっかりしないと」
そう答えたシアは強がってるように見えた。
「シア、何ができるかわからないけど、俺も手伝うから」晶は言った。
それから少しして双子姉妹が眠ってしまった頃、レイが晶のところに来た。
サラの様子を教えてくれた少年である。歳は十二歳。
「ボクのお父さん、オルフェノクに襲われて、オルフェノクになっちゃったんだ」
レイは突然話し始めた。
「そして天空城に連れていかれた。だからボク、ここに来た時からみんなに避けられていた。オルフェノクの親を持つ子供だからって。ボクに優しく接してくれたのは、ミテラおばさんとシアお姉ちゃんだけだった」
晶もシアも、黙ってレイの話を聞いていた。
「だけどある時、ミテラおばさんに連れられて、サラもここで暮らすようになった。サラのお兄さんがオルフェノクになった時だった。ボクはその頃から避けられなくなったけど、代わりにサラが一人ぼっちになった」
つまり、レイとサラは似た者同士だったのだ。
――父親がオルフェノクになった少年と、兄がオルフェノクになった少女。
「今みんなの間では、ウェイクがサラのお母さんを襲ったんじゃないかって言われてる。このままだと、サラは結局一人ぼっちのままかもしれない」
違う。きっと犯人はウェイクじゃない――。
「ねえ、サラがもし一人ぼっちじゃなくなったら、ボクはまた昔に戻るのかな」
レイが危惧している問題は、サラがみんなに受け入れてもらえることで、仲間外れにされる対象がまた自分に戻るのではないかということ。
「昔になんて戻らないよ。俺が君を一人にしない」
晶は答えた。
シアが通訳をし、自分の言葉を続けた。
「私も何があってもレイの味方だから」
すると、レイの口からは予想を上回る答えが返ってきた。
「ボク、ミテラおばさんを襲った奴、見たよ」