騎士と狩人と不思議な旅   作:moti-

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はいいろ少女と郷愁の紅玉 - 2

 草に火を付けた煙を肺に納めながら、鑑定士の男は片眼鏡(モノクル)を机に置いた。

 

「わりぃ、俺にはわからねぇ。金は返すよ。鑑定できない鑑定士なんざ価値ねぇさ」

 

「いえ、この宝玉、これまで誰もが知らなかったので。ありがとうございます」

 

「ギルドには行ってみたんだよな?」

 

「はい。よくわからないと言われました」

 

「だよな。……こういうものは竜人族とかのほうが詳しいかもしれないな。知り合いの鑑定士に推薦状書いてやる」

 

「いいんですか?」

 

「いいってことよ。あぁ、それか書士隊だ。龍歴院のほうでもいいかもしれねぇ。これからの行き先次第だが、じゃんじゃん聞いてみていいだろう」

 

「……なるほど。ありがとうございます」

 

 たしかに、モンスターの素材であるだろうことはわかるのだから、書士隊に聞くのもありだろう。

 

 あまり考えなかった発想に、少年はたしかにと納得した。

 

「まぁ、気をつけろよ。こいつ、相当ヤバい代物だ」

 

「まぁ、そうですよね」

 

「ひょっとしたら古龍の素材の可能性もあるぜ? ……まぁ、ギルドもわからないんなら、違うかもしれねぇが」

 

「考えもしませんでした。おじいちゃん、家ではただの暴力ジジイだから」

 

「……まぁそういうやつもいるわな」

 

 苦笑いで鑑定士は言った。

 

「ま、また依頼があれば気軽に来てくれよ。あんま客が来ねぇんだ。正直暇なんだよ」

 

「煙いからじゃないですか?」

 

「あるだろうな。ま、許してくれ。換気はしてる」

 

「なにを吸ってるんです?」

 

「煙さ」

 

「なんで?」

 

「体に悪くて目が覚めるからよ。吸ってねぇと、嫌な夢見るんだ」

 

「聞いても?」

 

「楽しい話じゃねぇ」

 

「そうですか」

 

「ま、昔のことさ。故郷の村から出てったこと。村はなくなった。手紙書いときゃよかったなって、思うだけさぁ」

 

「すみません」

 

「思い出もあんまねぇ。吸ってないと妹を思い出しちまうから吸ってんだ」

 

「妹がいたんですか?」

 

「生死不明だ」

 

「……そうですか」

 

 少年は聞いた。

 

「カルザさんって知ってますか」

 

「……てこたぁ、生きてやがんのか」

 

「同郷のものを探しています」

 

「そうかぁ。だが俺は、会う気はない」

 

「どうして?」

 

「俺はあの場所を捨てたんだ」と、男は言った。

 

 そこには、どうにもしようのない意思を感じた。少年にはどうすることもできない意思だ。

 

 曲がらぬ刃のような意思。それをちらつかせながら、男は懐から何かを取り出す。それはどうやら、宝玉のようだった。おそらくは、お守りのようなものだろう。それを男は、机の上に雑に放り投げた。

 

「馬鹿な妹に渡せ。俺にはもう必要のないものだ」

 

「なんですか、これ」

 

「お守りよ。ご利益なんてなんもないが、祈るだけにはちょうどいい」

 

「あなたには、要らないものですか」

 

「ああ」

 

 男は言う。

 

「錨なんざもう要らねぇんだ。船は出た。止まる気はない」

 

 

 

 

 ──ようこそ、お客様。貴方は記念すべき四人目のお客様です。どうぞごゆるりとお過ごしくださいませ。

 

 空間に阻まれるような抵抗をくぐり、古ぼけた時計屋に少年は入店した。「──あら?」と、店主らしき少女が、机に下げていた顔を上げる。掛けていたメガネを机に置き、少女は椅子をがたり動かして少年へと向いた。

 

「……ああ」少女は言う。「珍しいお客様ね」

 

 その口ぶりから、少年はこの店にそぐわない何かなのだろうか、と考えた。出ていこうか、と考えた思考を見透かしたように少女は少年を手招いた。彼は、指示されたとおりに少女に近づく。

 

 騎士の少女を不思議とするなら。

 

 目の前の白髪の少女は──理解不能と言ったところか。そのような雰囲気を備えている。

 

「ようこそ、私の店に。あなたの翼は眩いものね。その尊さは、だれかの影すら塗りつぶしてしまう。……染めちゃわないように、気をつけてね?」

 

「どういうことですか?」

 

「言葉の解釈は自由よ。どのようにとってもいい。思うがままの貴方の答えを、私は肯定してあげる」

 

「では」少年は思ったままを述べる。「僕の翼は蝋で出来ているということですか?」

 

「蝋……そうね。ある意味ではそうかもしれないわ」

 

 少女は、少年の返しに微笑んだ。

 

「でも、注意すればそれでいい。貴方の翼は儚く脆い……けれど、無理に飛ばない限りは、どこへだって行けるから」

 

「……僕に翼はありませんよ」

 

「本当に?」

 

 少女の瞳が、少年を刺した。それは心底少年の言葉を疑問に思っているような瞳だ。

 

「空を飛べないと、そう思っているだけじゃない? 貴方はどこまでだって行ける。貴方が悟ってしまわない限り、世界は貴方を歓迎する。だから貴方は眩いの。生まれたときからそう。

 だから貴方の周りには、高潔なものしか寄ってこない。照らされることを恐れないから。──照らされて、見透かされるのが、怖くないから」

 

「……」

 

 少年は、何も言わなかった。よくわからなかったからだ。そんな少年の様子を、寧ろ好ましいと言ったようにくすくすと笑う少女は、どこまでも不可思議のベールを脱ぐことはない。

 

「……ここは、なんのお店です?」

 

「ふふ、見たままが全てじゃないものね。

 ──別になにか、形を決めているわけではないの。あるものならなんだって売るし、望むものならなんだってあげる。頼みがあるなら手伝ってあげる、相談があるなら乗ってあげる、夢があるなら叶えてあげる。

 

 絵画の中に住みたいなら、不思議な絵画を描いてあげる。夢の洪水に溺れたいなら、乾いた心に水をあげる。私のことが知りたいなら、貴方に全てを教えてあげる。私に愛してほしいのなら。貴方の全てを愛してあげる。

 

 ──けれどご利用には注意が必要。このお店は、全てに値段を付けるから。貴方の価値を下げないように、細心の注意を払ってね」

 

 少年の心は惹かれない。少女の出した例に、少年の心は微塵も躍ることはなかった。そんなものは必要ない。少年がほしいものは、現実からの逃避でも、思考の為の泉でも、まるで不思議な少女でもない。

 

 少年は少年だ。なにを言われようと変わらないし、変わる気もない。値段をつけるならばそれでいい。少年にとって恐れることではない。仕方なくで人生を浪費するつもりはない。

 

「……あなたは」少年は考え、

 

「毒ですね」言った。

 

 たとえ慈愛からの肯定だとしても、過ぎると毒だ。鈍らせる。人を弱くしてしまう。少年の人生は痛みと密接だ。祖父に殴られ、蹴られ、そして痛みに鈍くなった。けれど刺激がなければ、少しのことにも敏感になってしまう。

 

 それは弱くなったということだ。だからこそ、彼女の肯定はゆるやかに全身に染み入る毒だと少年は思う。

 

「くすくす。おもしろい意見。けれど、そう──それこそ、貴方が眩い証明になる」

 

 少女は、とうとう椅子から立ち上がった。何かがおかしくてたまらないと言った様子だった。それほど広くはない店内を、くるりくるり踊り回る。時計の針のように。時間に流されるように。けれど、時間に逆らうように。

 

「……その、眩いがわからないんですけど。僕が天使だとでもいう、そういう馬鹿げた話ですか」

 

「天使」少女は、さも驚いたかのような表情をして。「それもいいわね。貴方は天使。そういう認識も、とっても素敵」

 

 少女は、少年に後ろから飛びついた。少しぐらついたが、少女ひとりぶんの重みなんて大したものではない。転けることもなく、しっかりと立った姿勢を保てる。

 

「なんだっていいの」

 

 少女は、耳元でささやく。そして少年の耳に、そっと唇を触れた。

 

「別になんだっていいのよ。貴方はユエル。ユエルはユエル。それがすべて。それ以外になにか必要かしら?」

 

「名前、名乗りましたか?」

 

「そんなの、些事よ。この世界には沢山の人がいる。当てずっぽうで呼んだら、偶々合ってた。そういうこともある……でいいじゃない?」

 

「……そうですか」

 

 肩に背を預け、猫のように器用に伸びる彼女に関して、少年は何も知らない。わかることと言えば──よくわからないことだけ。だがそれで十分だ。それで納得できるくらい、彼女は自身を少年に伝えている。

 

「──そういうことも、ありますか」

 

「ふふ。やっぱり素敵ね、貴方」体を起こしながら、彼女は少年の顎に手を添えた。「鏡は知ってる?」

 

 鏡。人を映し出す、それ。当然知っている。けれど見たくはない。少年の皮が剥がれてしまう気がするから。──湖面と、なにも変わりはしないのに。それでも違う──鏡は恐ろしい。

 

「知っています。でも、映る自分を見たことはありません」

 

「……ふふ。それじゃあ、貴方は自分の美しさを十分に知らないのね。勿体ないわ」

 

「知りたくありません」

 

「それでいい。それがいい。それが貴方の良さ──だから」

 

「……よくわからない」

 

 はっきりとしたものいいをしない。まるで煙を相手にしているかのようだ。彼女は不満そうに、「煙と同じ扱いは酷いわよ」と言った。けれどそれが彼女のよさなのだろう。それがわかれば十分だと、少年はそう思う。

 

 

 

「──貴方にひとつ、教えておくわ」

 

 少女は言った。少年の頬を撫でながら言った。どうにも子供のような扱いをされているような気がするが、大人も子供も変わらないのだろう。どちらも平等に、個人は個人だ。

 

 少女は、少年のポーチを指した。

 

()()が知りたいなら、また今度ここに来ればいい」

 

「……それ?」

 

()()よ」

 

 と、言って、少女は少年のポーチの中から宝玉を取り出した。少年の旅の目的だ。どうにもすべて見透かしたそぶりで、彼女は少年の前に吊り下げた。

 

「これが何か、知りたいのでしょう?」

 

「……今じゃダメなんですか?」

 

「それはだめ。()()()()()()

 

 どういうことか、と、問うが、明瞭な回答は帰ってこない。彼女はくすくすと笑って、少年の肩から降りた。

 

 そして自身のドレスの中に手を入れ、何かを取り出す。それを少年の手に握らせた。

 

「これは私からのプレゼント。大事にしてね?」

 

 

 

 

 

 少年は、とある店の前に立っていた。後ろを見ると中は暗い。扉は開かない。張り紙があった。少女のかわいらしい文字で『休止中』の文字。中に時計の影はない。

 

 少年がそれを夢でないと断じられるのは、手の中に美しい純白の鱗があったからだ。




 問題にならないような錯綜のゆめをみました
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