騎士と狩人と不思議な旅   作:moti-

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はいいろ少女と郷愁の紅玉 - 3

 踊りとは、なにかの意味を必ず持っている。

 

 例えば、狩りの獲物への敬意を込めた舞。例えば、戦いに赴く戦士への激励の舞。そのすべてになにかしらの起源があり、ことあるごとに踊るということはない。

 

 ──それは語りなのだろう。少年は思う。語り。物語り。話を伝えていく──語り。

 

 故郷を懐う少女・カルザの舞は、きっとそういうものだ。語り、聴かせ、伝えていく──舞自体が、ひとつの物語を示している。

 

 鑑定士の男は、それを見て「馬鹿らしい」と言ったのだった。

 

 

 

 

「はろー」、と、彼女は言った。「……って、異国でのあいさつらしいよ」

 

「そうですか。フランさんはいつもと変わりませんね」

 

 そう言って、焼き魚を食べている様子を眺める。

 

 よく食べるものだ。少年も常人よりは食の太い人間ではあるが、彼なんかでは比較にならないほどにフランはよく食べる。移動のときは抑えていたからか、バルバレに着いてからは一層多く食べている気がした。

 

「すっごく美味しい屋台があった。このサシミウオはそこでもらった」

 

「……サシミウオ、焼くんですか」

 

「うん。少年は生派?」

 

「いえ。僕は……そうですね。茹でます」

 

「美味しいよね。私は甘煮も好き」

 

「フランさんは、基本なんでも好きじゃないですか」

 

「ん。虫は無理」

 

「そうですよね」

 

 流石に、のんびりと旅をしてきた仲間だ。好みもわかり初めてきたというもの。雇い主も合わせ、皆で野宿をしたこともある。森では木々のせせらぎが心地よく、夜が好ましく思えた。平原での野宿は星がよく見える。星の数を数えていると、うとうととして眠ってしまった。

 

 虫除けがなければひどく刺されていただろう。ちなみに、盗もうとしたのか宝玉をそばに転がして気絶するメラルーの姿もあった。不思議なことに、原因がわからない。けれど旅は不思議に溢れているものである。そういうこともあるのだろう。

 

 少年も、フランも、依頼主──チョビも。基本的にはマイペースだ。全員が全員、それぞれのリズムを持っている。だからこそあのキャラバンは、とても居心地がいい。

 

 依頼主は遠くまで行く予定らしい。だから、のんびりと彼の旅に同行することを2人は決めている。目的地についたらそれぞれが出発まで自由にしていいのも、居心地のよさを感じる要因だろう。長期契約も交わしたのだ。仕事をしつつ、のんびりと旅をする。

 

 人生と言う感じがして、とても素敵である。

 

「少年」

 

「はい」

 

「カルザのこと、どうするの?」

 

 言われて、少年は言葉に詰まった。

 

 彼女には、あの鑑定士のことを話している。彼が彼女と会う気がないことも。そして、少年が紹介するべきか迷っていることも、全て話している。

 

 双方の意見があるし、双方の事情があるのだ。しかし、だからと言って放置しておくのは後味が悪い。

 

「……どうすればいいんでしょう」

 

「私は、少年の言ってる人を知らないから。どうしてもカルザの味方になっちゃう」

 

「そういう認識があるだけ、フランさんはすごいですよ」

 

「そう思える少年のほうが素敵だと思う」

 

「……ありがとうございます」

 

 少年は考える。どうすればいいのかを。

 

 ──と。

 

 そのとき、集会所のほうから大きな歓声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 汗を流しながら踊る姿。顔には笑みを絶やさず、一挙一動に全霊を以て望んでいるような──そんな様子を思わせる。

 

 ──カルザだ。少女の周囲には、狩りから出戻ったのか、それとも狩りに向かう前か。ハンターの姿が多く見える。その中心で、彼女はなにより楽しそうに踊っていた。

 

 

「──あはは、ずんちゃか-!」

 

 

「……楽しそうだね」

 

「ええ。実際、楽しいんでしょう」

 

 周囲はじっと見守っている。それは、舞が見せる夢に見入っているのだろう。──きっと、誰もが。

 

「……」

 

「来てたんですか」

 

「……まぁなぁ。俺の店の近くでやるもんだから、ちっとばかし見に来ちまった」

 

 少年は、人混みにひっそりと紛れ込む、鑑定士の男に話しかけた。踊る彼女を見てどう思っているのか、それは彼にしかわからない。少年には推測することしかできない。

 

「……懐かしいもんだ」と、男は言った。

 

 どことなく、自嘲の色が見えた。……彼の過去は、彼から聞いたぶんのことしか知らない。

 

 だから、彼が村でどのようなことをしていたのかはわからない。だが、彼の反応を見るに──この舞は、特別なものだったのかもしれない。

 

「──馬鹿らしい」

 

「……ですか?」

 

「いやぁ。俺よ、馬鹿らしいのは。帰るつもりなんざなかったが……こうして目の前にあると、つい帰りたくなっちまう」

 

「……」

 

 少年は、宝玉を取り出した。彼から渡されたお守りだ。

 

「これは、やっぱりあなたから渡すべきです」

 

「……そうかぁ」

 

 男は言った。

 

「なら、仕方ねぇよな」

 

 

 ──舞が終わる。少女の祈りを込めた舞は、それでも終わりがやってくる。額の汗を目に入らぬように手の甲で拭いつつ、少女はぺこりとお辞儀した。

 

「……あの……その、ありがとうございました!」

 

 ──ひとつ、かぞえた。

 

 躊躇いがちに一歩。

 

 それができれば十分だ。あとはそのまま進むだけ。

 

 そして、鑑定士の男は少女の前に立った。

 

「……あの……。……。ひょっとして……」

 

「……ああ、難儀なもんだ。いざ出てきたらなんの言葉も出てきやしねぇ」

 

 彼が、宝玉を差し出した。

 

「……兄様?」

 

「……ひさしぶり」

 

「──あ、あ……」

 

 カルザは瞳に涙を溜め。

 

「──あほ兄様……!!」

 

「……悪かったって。まだちっせぇお前を連れてくわけにはいかなかったんだしよ」

 

「そんな……そんなこと言われても、納得できない、ですよぉ……!」

 

「……そうだよなぁ。まぁほれ」

 

 男が、彼女に宝玉を押し付けた。手のひらに握らせる。

 

「絶やさないように、絶やさないように、祈りの火は継いでいかれる──その結晶が、紅玉だ」

 

「んぐっ……次の踊り手に継がれ、その次の踊り手にまた継がれる……。

 先代の踊り手は、兄様でしたものね」

 

「ああ」

 

「兄様が持って出ていくから、次の踊り手は私になりました」

 

「……踊りは嫌いだったんだよ」

 

「そうですか。──では」

 

「久しぶりにあったてぇのに、お前は俺のことをよくわかってんなぁ」

 

「兄様はひねくれてますから」

 

 彼女は、笑う。

 

「今は嫌いじゃないのでしょう?」

 

 

 

 

 

 ──翌日。

 

 少年は小さく、息を吐いた。あの後、ふたりはどうするのかを決めたらしい。カルザは彼の仕事の手伝いをすることにしたらしい。──彼女も自分の居場所を見つけたのだろう。ここでひとつの旅が終わったのだ。

 

 少年の旅も、いつかはあのように終わるのだろうか。あのような、劇的な終わりにはならないだろうか。

 

 すべては、定まらない──流れに従うのみだ。

 

「……縁。貴方が結びつけた縁。ふふ、これからも貴方は旅をして、縁をつないでいく。私はそれが楽しみ──ね」

 

「そうですか」

 

 少年は首を捻った。

 

「僕はなんでここにいるのでしょうか」

 

「私が呼んだの。……ああ、でも。()()教えて上げるわけじゃないから、それには期待しないでね?」

 

「……はぁ」

 

「貴方が自分でここに来た時──その時に、教えてあげる」

 

「そうですか」少年は言う。「かなり先になりそうだ」

 

 少年は、自身のことを評価しない。彼は彼であることを、当然だと考えている。その在り方は人によっては受け入れられないだろう。だが、曲がることはない。

 

 旅人は変わらない。彼らは旅を辞めるとき、ようやく変わるのだ。

 

 くすくすと笑って、少女は椅子をくるくると回した。この間とは違っている。早くも椅子が変わっている。いや、それは只の見え方の違いか。ひょっとすると、少年が以前に彼女と出会ったときからこの椅子だったのかもしれない。

 

 不思議なことは起こるものだ。見た景色が、実はそうではないこと──そのくらい、世界にはありふれているのだろう。例えば、昨日のふたりの再開のように。

 

「今日はいい天気ね」

 

「曇りです」

 

「私は曇りが大好きなの」困った笑み。「けれど雨は好きじゃないわ。濡れると、冷たいもの」

 

「……意外でした」

 

「くすくす。私が雨の中で踊るような女にみえた?」

 

「違うみたいですね」

 

「それも一興──かしら。ええ、そんなことができれば、少しは雨が好きになれるかしら」

 

「僕は」かたり。少女がインクを倒した。黒が床を伝う。「雪が好きです」

 

 少年の出身は、寒くなるとにわかに雪の積もる場所だった。祖父は嫌っていたが、少年は雪が嫌いではない。季節の味がするから。

 

 ──気分が曇ることも、当然あるが。

 

「雪……どうして?」

 

「好きに理由がいりますか」

 

「いえ。なんとなく聞いただけよ」

 

「なら僕もなんとなく聞いていいですか」

 

「ええ、いいわ」

 

「なんで僕を呼んだんですか?」

 

 と、問えば少女はきょとんとした。そして白肌を汚すことを厭わず、黒の水たまりに足を浸した。そこそこの勢いをつけるものだから、白いドレスに黒が飛び散った。そんなことを厭わず、彼女はインクの上で回り始めた。くるり、くるり。

 

「そうね──逢いたくなった、じゃダメかしら?」

 

「では、そういうことにしておきますね」

 

「本当は、理由なんてないわ。なんとなく逢いたくなっただけ」

 

「そうですか」

 

「貴方の旅の理念からすると、良く思わないかもしれないけど──ね」

 

「別に」少年は否定する。「旅に決まった形はありませんから」

 

「そうね。貴方はそういう人だわ」

 

 

 

 

 少年は砂上船に乗っていた。その過程を憶えていなかった。

 

「大丈夫?」フランに問われ、

 

「大丈夫です」少年は返す。

 

 話を聞くとどうやら、甲板から落ちたらしい。砂に埋もれたところを、なんとか救出されたようだ。甲板から落ちた原因は──

 

「……落雷ですか」

 

「運が悪いよね」

 

 どうやら、急な落雷に体勢を崩してしまったようだ。曇天の日だ。こういうこともあるのだろう。少年の立っていた場所のすぐそばには、焼け焦げた痕が。

 

「ええ、それはそれは」

 

 少年は呟いた。直撃していなかったから、そんなに問題はない。ハンターとして、電気に撃たれることもある。けれど、にわかに腕に痺れは残っていた。

 

 けれど、落雷にしては規模が小さすぎる。その本質は、もっと別のところにあるのだろう。姿の見えぬモンスターの攻撃だとか。真相は定かでない。少年は呟いた。

 

「不思議なこともあるものです」




「兄様、ご飯ですよ~……ってなんです? それ」

「おう悪ぃな。こいつぁあれだ。あの静かな依頼主が勝手に置いていきやがったもんだ」

「……インクですか?」

「おうとも。置き手紙の重しにされてやがった。……いつ置かれたのかはわかんねぇけどなぁ」

「手紙てがみ……あ、これ。『推薦状ありがとうございます。旅を続けます。いつかまた』……ずいぶん簡潔な文ですね?」

「挨拶もなしに行っちまったよぉ。旅人ってのは気ままなもんだ」

「兄様も同じようなものでしたよ」

「自覚してらぁ。……しっかし、妙なインクだぁ。黒なのか、蒼なのか。随分と綺麗な色してやがる」

「……黒? 蒼? なにを言ってるんです? 綺麗な紅じゃないですか」

「……? なに言ってんだ。紅じゃないだろ」

「紅玉みたいに、立派な紅ですよ?」

「……ま、どっちだって変わりねぇわな。見て、綺麗なことがわかりゃいいだろ。……ペンに執着する()()じゃねぇが、集めてみるのも楽しいかもしれんな」

「あ、じゃあ兄様! 昨日お店でいいペンを見つけたんですよ。買ってください」

「……いくら?」

「5000ゼニー」

「高いわ」

「えぇ~! 兄様のケチ~!」

「馬鹿野郎! そんな高級品ねだってくんな! 別に全然買えるけどな!」

「え、兄様そんなに稼いでるんですか!? ずるい!?」

「そりゃ当然だろ。専門家だぞ。ギルドからの古文書解析依頼とかもくるし、そんだけ貰わないと割に合わねぇ……つーかこれでも少ないほうだわ」

「むぅ……納得できない……」

「……。……別に買わないとは言ってねぇぞ」

「えっ!? 買ってくれるんですか!? 兄様、大好き~!」

「あぁこら抱きつくんじゃねぇよ! 離れろ! てかお前、飯に呼びに来たんだろ!」

「はっ、……に、兄様のせいですからね!? 私は悪くないですよ! 悪くないですからねぇぇぇえええ──!?」

「……騒がしいやつめ」



(……あの旅人。今は大砂漠のどこらへんだろうなぁ)

(……戸締まりはしていた。店は閉じていた。そして俺は、ずっとここにいた。
 なのにどうやってこの手紙をよこしたのか、さっぱりわからねぇ)

(──不思議なこともあるもんだ。このインクのことも含めて)
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