騎士と狩人と不思議な旅   作:moti-

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人面相違

 彼の言葉を理解できない。

 

 彼の言葉は少年以外解することができない。それはそれで、彼にはひとつの救いなのだろう。だがそれは──コミュニケートの重要さを痛感するにはあまりにすぎる。

 

 それでも尚。彼がこの世界で抗おうというのなら。旅をしようと──終わらない。あるいはいずれすんなりと終わってしまうかもしれない旅をしようというのであれば。それはあるひとつの必然性を持って、彼の物語を掌握する。因果というのはそういうものであるのだろう。

 

 夢には花束を。哀れみには銃弾を。ひとりで生きるとはそういうことであり、手を取り合わぬ我々はどこへも飛ぶことはできない。

 

 これは閉鎖世界のモラトリアムエスケープ。誰も彼も、彼女も、少年も、だれだって例外ではなく因果の渦に流されながら陳腐な嘘を紡ぎ続け、いずれ現実を欺いたとき、そこには神秘という名の理解が生まれる。

 

 それを人は、物語の終着と定めるのだ。

 

 

 

 

 

 

 さながらなだらかな川だ。のんびりと行進する彼ら一行は、新たな仲間を引っさげて辺境地へと向かおうとしていた。

 

 周囲には生き物の姿すらない。それだけの辺鄙な場所に向かおうとしている。そんな状況にあって、少年が感じていたのは単純な退屈である。

 

 気を張り詰めているのはいい。だが、それを無意味なところでしているとどうしても疲れが来て、肝心なときに役に立たないのが現実だ。都合よく彼の気の合間になにかが来るということも、合間をゆわずなにかがくることもありえない。どこまでも進行の音だけが響き、長閑に小さく欠伸をこぼす。

 

 そう、暇なのだ。会話で気を紛らわせようにも、そんな気分でもない。単調さに身をまかせ、馬車の行進に一息つく。ただひたすら、時間を無為に耽けす。

 

 そんな少年に、いつぞや増えた同行者が話しかけたのだった。

 

「暇か?」

 

「ええ、はい」少年は答えた。言っていることは理解できずとも、その意味は一言一句理解できた。気持ちの悪い感覚だ。「シンジさんは?」

 

「そりゃもう暇さ」

 

 笑う姿。気のいい男性だ。しかし誰も彼の言葉を理解できない。彼が繰る言語は、単純に意味がわからないのだ。別の世界の言語といったほうがいいだろう。理解できてしまうユエルも、彼自身なぜわかってしまうのかわからない。

 

 単純に──黒い箱の中にあるかのような。不鮮明で覆い隠された向こうにある彼は、ただ頼りになる男性というありふれたそれだ。

 

 そのどこまでがありふれているのか、定かではない。

 

「いやぁ……にしても、涼しいな。てーか気持ちいい。どこにいっても新鮮な気分だぜ」

 

「そうですか? どこにでもあるような気がしますけど」

 

「いや、まぁ、な」

 

 といって彼ははぐらかした。少年は小さくなりながら、太陽を見上げる。小さく黒が顔を擡げたような気がした。それがなんなのか、どことなく察してしまったが、別に今すぐ落雷が降ってくるわけではあるまい。どうだっていいことだ。

 

 ただ、流されていくだけ。

 

「ユエルはハンターとしては幼いほうなんだっけ?」

 

「というか、最年少級ですね。村によっては子供のときから戦わされたりもするらしいです。生贄に捧げるみたいな風習だ」

 

「理解はできるけど……納得とは別だよな」

 

 こくり、と頷く。彼は至って善良な人格を引っさげている。彼の魂の重さいわく、どうしても命のやりとりは苦手としているようだった。

 

 彼を王国に預けに行くためのこの旅において、彼はいかなることを受け取って理解するのだろうか。

 

 少年はそう思った。願うなら、この善良さが歪むことのないように。

 

 願うだけならただなのだから。

 

 

 

 

 互いの理解のためには言葉を利用する。だがそのすべてを人は言葉に依存しているわけではない。異国との会話には、最初はボディランゲージを使うものだ。だからこそ、意外と疎通はなんとかなっていた。

 

 とはいえ、やはり喋れたほうが便利には便利である。

 

「──アーサー。ねぇ……」

 

 少年の言葉に、どこか引っかかったようで彼は小さく言葉を零した。一体なにを感じたのだろうか?

 

 少年の疑問に応える余裕など一切ないようで彼はウンウンと唸っている。まったく新しい言語を覚えようというのだ。そうなるのも当然だろう。だが別に読み書きまで教えるというわけではない。学者のような丁寧な喋りというわけでもない。最低限通用する程度の言葉を教えるだけなのだから、この調子ならすぐに覚えられるだろう。

 

 ──しかし。

 

 彼のほうは誰からの言葉も理解できているというのに、妙なこともあるものだ。いったいなにがそうさせているのだろうか。まるで彼の耳にだけ、そういう類の魔法がかかっているようで、少年は小首をかしげたのだった。

 

「シンジさん」

 

「……ん? なに?」

 

「あなたって、戦えたりします?」

 

 身のこなしは素人同然だが、気になるところだ。一切の素性が不明であり、なにが彼という存在をそうさせているのかもわからないままなのだ。少年の問に、彼は首を振る。

 

「ないない。俺ってもやしっ子だぜ? こんな筋肉で戦いなんか通用すると思うか?」

 

「そうですか」

 

 必ずしも見た目は実力に比例しない。幻想的な雰囲気。なによりも恐ろしいものはそれだと、少年は知っている。背中にまとわりついているなにかを振り払うように少年は手をやり、なにも乗っていないことを確認した。

 

「……なぁユエル。それなんだ?」

 

 いつのまにか手に持っていたのは、鞄にしまってあったはずの宝玉だ。それが彼の手に収まっている。

 

「不思議ですね」

 

 ユエルは呟いた。すでにもう、口癖となってしまったその言葉を。

 

 

 

 

 

「俺の家族がどこかにいるはずなんだ」

 

 彼はそういった。その言葉は、不思議に隠れた彼の内側をさらけ出したものだった。それが聞こえるのは少年だけだ。それでも対話を望むのならば、話せる彼がいうだけだ。

 

「どんな人だったんです?」

 

「知らん」

 

 それは即答だった。まるで参考になりそうにない言葉に、がくんと少年はつんのめる。しかし男は確信を持った表情で、透明すぎる言葉を吐いたのだった。結果だけ知っているようなちぐはぐさだが、そんなものは彼にしか言葉が通じない時点でとっくにわかっている。そう宿痾の中に生まれたのだろうとして、少年はただただ言葉を待つ。

 

 無言で時間が過ぎて、たえかねた少年が言葉を放った。

 

「どうしているって確信できるんですか?」

 

「確信するしかないからなぁ。俺にそれを言ってきたやつは、そういうやつだ」

 

 言葉を聴いて、少年は少女を思い浮かべる。顔が黒いインクで埋め尽くされ、中には何もない少女の姿だ。きっと彼も同じ相手を連想している。ユエルの理解と青年の理解が一致したとき、言葉は意味を持ち始めた。

 

「あの──」

 

 ユエルはなんと言ったのだったか。覚えていない。

 

 

「──────────」

 

 

 ひとつわかることは、少年も青年も意識がどこかに飛んでいて。

 

 騎士に声をかけられるまでただ呆けたきりだったということだった。

 

 ──きっと、白い少女の仕業だろう。妖精と言い換えてもいい。

 

 それは確信に近いなにかだ。

 

 

 

 

 時間にして約一ヶ月。なにかが起こったようで、何も起こらなかった日々の果てには別れがある。

 

「じゃあ、元気でやれよ」

 

「シンジさんこそ」

 

 言葉の通じない青年と別れ、彼はまた旅を続けるのだった。これからは、いつものようになにかが起こり、またなにかが起こらない。小さく、そして大きななにかが支配する旅というあり方。

 

 きっと青年もそうだった。彼の旅は、これからも続いていく。死ぬまで。死んでも。きっと、そういうものだったのだと。

 

 少年と、空と、雲と少女だけが知っている。




「──さて」

 彼の言葉はだれも理解できない。それでも、彼にはやるべきことがある。まだスタートラインにすら立っていない。なにがあっても。彼が彼であるには進み続けるしかない。

 一歩、踏み出した。因果という偉大なるなにかに魅入られた彼らは、きっと大きな影をまとっているのだ。そういうものだと相場が決まっている。

 探しものは彼によく似た人面相。求めるものはその一生。彼が彼であるためには、それがきっと必要なのだ。

 故に彼の旅は──拡散したアイデンティティを拾う旅と呼ぶべきものである、と。

 なにより彼自身がそれを確信していた。
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