「こーんなチビガキまで連れ回さないといけないのか? お前さんたちは」
タバコの匂いを纏った男は突然の来客たちの無茶振りともいえる願いを突っぱね、相手が武装しているのを分かっていてなお物怖じすることなく睨んでいた。
彼はシド・ハイウィンドという飛空挺乗り。口調に難があるが、それは多分正直に言葉を伝えるのが下手なんだろう、とオイラは思う。
「チビガキ……」
ナナシは隙を見てシドの隣から逃げ出した。こーんな、とシドが言っている間、ばしんばしんとシドに頭を叩かれつつチビガキと呼ばれたのをちょっと気にしているようだ。頭のてっぺんを手で抑えている。
「大丈夫だよナナシ、いっぱいご飯食べたらすぐおっきくなれるって」
「うん、ありがとナナキ。……でもそれは難しいかもなあ……」
「? わ、くすぐったいよう」
くしゅり、と首筋の毛を撫でられる。
撫でられるのは嫌いじゃない。子ども扱いやら所詮はケモノだろう、なーんて下に見ているのがミエミエなのが嫌いなんだ。
じゃあナナシが何を思ってオイラを撫でているのか、というと単に仲良くしたいんだと思う。いつもオイラの足じゃあ届かない場所を選んで撫でているし。
ナナシはすごく強い。でもそれと同じぐらい寂しがりで怖がり。仲良くなりたい、でも断られたら、と一歩引いてしまう。オイラ、ちょっと大人になったからそういう所も分かっちゃうんだ。
一緒に旅をし始めた時はヴィンセントのそばにいることが多かった。けど、最近はエアリスともよく喋ってるみたい。バレットとは距離を測りにくそうだけどそろそろ仲良しになれそう。クラウドは……無理かもなあ。
……だって、初めて会った時の印象、サイアクに近かったから。
「燃えちゃったはず、だよね?」
ニブルヘイム出身の二人は目を丸くして町を見渡していた。嘘をついていたのか、と仲間から疑惑の目が向けられるが二人して戸惑っていることからこれは異常事態なのだとすぐに理解する。
ここはニブルヘイムだ。約束をした思い出の給水塔もある。町並みは少しだけ変わったが、それでも大部分が記憶のまま。
「しっかしこーんな静かな町、なんや気持ち悪くてかないませんわ……」
「町だけそれっぽく作ってあとはポイ、か。ケッ、神羅のヤロウがしそうなことだぜ」
「…………そうじゃない、かも」
窓から家の中をこっそり覗いていたエアリスが呟く。
「本当に人がいないんだったらさ、ご飯、いらないよね?」
つい、と彼女が指の刺す方へ視線を動かす。テーブルの上にはカップと皿が二つずつ。カップには水の跡が残っていて、テーブルにはパンくずがこぼれ落ちている。間違いなく誰かが使った後のものだ。
「間違いなく何かあるな」
この町には何かが潜んでいる。皆すぐに武器を使えるように構え、警戒をより一層強くする。
「あれは、いったい――?」
静かなニブルヘイムで動く影。ソレを見た瞬間、ふつん、と糸が切れるような、そんな気がした。
そこにいたのは二体のモンスター。人型のモンスターが相対するモンスターを叩き潰す。べしゃり、と地面に赤が散る。
人がいない故郷。モンスター。そして、血。それはあいつを思い出させるには十分な要素だった。あいつが村人を殺す様子が重なって――。
クラウドは駆け出していた。後ろから止める声がしたがもう遅い。すでにモンスターは間合いの中だ。
「はあああああっ!!」
走り出した勢いのままバスターソードを振り下ろす。
『――? ――!?!?』
攻撃は腕で塞がれた。がぎん、と火花が散る。堅い。だが全く歯が立たない、というほどではない。もう一度、全く同じ場所に一撃を加える。
『――!!』
モンスターは防御一辺倒で反撃しようとしない。何故、という疑問すら浮かばないままクラウドは攻撃を続ける。モンスターの甲殻に亀裂が入り、それは攻撃が加わるごとに広がっていく。
渾身の一撃。ばぎん。切り飛ばした腕が宙を舞った。
「ってなにアレー!?」
ユフィが騒ぐ。それもそうだろう。何故なら甲殻が吹き飛び見えたモンスター本体の中から見えたのは人の……子供の、手だった。
じゃあこのモンスターは、まさか、と戸惑いを見せたクラウドの隙を見逃さずモンスターはクラウドを突き飛ばす。
『――ァア、モウ! コレ、シャベリ、ニクイッ』
邪魔なものを取っ払うようにモンスターは自身の頭をばりばりとかく。そうするたびに硬質は剥がれ、その中から幼さがまだ残る顔が見えるようになった。
「なんだ、あれは」
そうとしか言いようがない。モンスターかと思えば人間で、それも子供だ。このまま攻撃していいのか――迷うクラウドにバレットのものとは違う銃声が耳に入る。と同時に足下で銃弾が跳ねた。威嚇射撃だろう。
「――即刻、武器を納めろ。彼はモンスターではない」
拳銃を構えていたのは赤いマントを羽織った不気味な男。それを確認したモンスター(?)は、安堵の表情を浮かべて自身を守る甲殻を捨てていく。
「…………ヴィ、ヴィンセントぉ……」
……そして黒い砂が消え去った後には、その場でへたり込む少年の姿があった。
少年――ナナシは宝条の実験を受けたのだ、と男は語る。
眠りから覚めるように覚醒し、覚えのない景色の中で一人。自分が何者なのかという記憶は無いが生活に必要な最低限度の知識は残っていた。
だからこそ、この町がおかしいとすぐに気付けた。謎の言葉を繰り返す黒マントだらけで普通の人が誰一人としていない町。助けを呼ぼうとしてもどう説明すればいいのかも分からず、頼れる人もいない。
途方に暮れた彼は町の外れにある大きな屋敷に目をつけた。もしかしたら誰かいるかもしれない、と思って。そして地下室に眠る男――ヴィンセントと出会った……らしい。
途中説明が足りないのでは、と思うところもあったが彼らの出自からして言いたくないこともあるだろう、と言葉に出さず納得し問い詰めるようなことはしなかった。
なお、どうして全身をモンスターに変化させていたのかに対しては「町の中に入り込んできたモンスターはああして威嚇すれば大体逃げていったからそうしていた、でも今日はあのモンスターだけが逃げなかった」との事。つまり、クラウドが攻撃しなければ何事もなく会話ができたのだが……起きたことはもうどうしようもない。
――宝条に会い、因縁を断ち切るために。二人はクラウド一行のパーティへ加わった。
「嫌われちゃったね、クラウド」
「…………」
謝罪の言葉を目を合わせて言おう、とクラウドが近寄るとナナシはヴィンセントの元へ逃げていく。対するヴィンセントは視線から逃がすようにナナシをマントで覆い隠す。
歳の離れた兄弟だろうか、と思うほどに二人は呼吸があっていた。それは戦闘でも変わらない。
「やっ、はっ、ふっ!!」
相手を質量で叩き潰そうとするナナシの攻撃の隙間を縫うようにして、ヴィンセントの放つ弾がモンスターを襲う。しかもそれら全てが的確に関節や目を狙っているのだから驚きだ。
「……まだ本調子には程遠い、か。ふむ。この辺りのモンスターは勘を取り戻すには丁度いい」
バレットが量で敵を倒すのなら彼は質。動く敵相手に弾丸を一発も外さず、仲間への誤射も無い。……これまでの銃の腕。元タークス、というのは本当だろう。
対するナナシは動きに無駄こそ多いがその一撃は強力だ。鋼のように硬い甲殻は武器であり防具にもなる。そして形成はナナシの思うまま。伸ばすことで敵を貫く槍にすることも、広げることで仲間を守る盾にすることも自由自在。
そしてクラウドと共に最前線で戦える運動能力。彼らの戦闘力はソルジャーに匹敵する。
心強い仲間が増えたのは喜ばしいことだ。だが、どうしてもクラウドの心には、神羅屋敷の地下でセフィロスの語った言葉が胸の中に残っていた。
『ところで、お前達はリユニオンに参加しないのか?』
『俺はリユニオンなんて知らない!』
『…………自分は自分だ。お前にはならない』
『なるほど、お前には参加資格はなさそうだ』
すう、と目を細めてセフィロスはナナシを見る。
『私は貴様を歓迎しない。私の声が届かない異物とリユニオンするなど虫唾が走る』
セフィロスに睨みつけられたナナシはその視線を気にする事なく言い返す。
『異物……ソラから来た同じ星の病、なのに?』
『貴様はジェノバだった、が、ジェノバではない。変異した別種だ』
『…………』
俺にはなんのことだか分からなかったが、ナナシは恐らくリユニオンが何を指すのかを知っていて会話をしていた。本能的に分かっていたのだろうか、それとも別の理由? だとすると、彼らの会話とは、異物とはどういう事なのか。宝条が彼にした実験とは――。
「……」
考えていても答えは出ない。今はセフィロスを追うためにニブル山を越えることが先決だ。クラウドはバスターソードを背負い、皆を先導するために前へと進んでいった。
「うひょ! うひょひょ!」
ひょうきんな動きをしつつ魔晄銃をこちらに向かって撃つパルマー。弾が当たった場所は凍りつき、気温をじわりと下げていく。
戦闘が始まって数分。庭のあちこちに氷の生える中、男達は動いていた。
「どうして飛行機を貸してくれって話で、ここまでしないといけないんです、かっ!」
「さあな」
ヴィンセントはクラウドが決めた事だからこっちに責任はないかのようにさらりと流す。まるでこっちが悪者みたいだ。……ん? いや、実際悪者なのか。今こうして他人の飛行機を盗もうとしているから。
「ガルルル……痛い目にあいたくないならさっさと引いてくれないか」
勿論、皆殺す気で攻撃しているわけではない。せいぜい気絶するぐらいに手加減している。ただ、そうすると時間がかかるわけで。
「あーっ! 騒がしいと思ったらなんでえお前ら! オレ様のタイニー・ブロンコの周りでどんぱちしやがって!」
槍を片手にシドが勢いよく扉を開けて裏庭へと出てきた。彼はルーファウスと話をしていたはずでは……いや、自分の家の奥から戦闘音がして放って置けるはずもない。確認にぐらい来るだろう。
「うひょっ!? ――ひょ!?」
パルマーは神羅の宇宙開発部門統括というだけであって、戦闘慣れしているわけではない。現れたのが何者なのかも確認しないまま、反射的に撃った。
撃って、しまった。
クラウド――遠い。
ナナキ――庇いきれない。
ヴィンセント――動かない。
「届けっ!」
間に合うのは自分だけ。
走る。速度が足りない。
腕を伸ばす。変形させて作った触腕を伸ばす。シドの真正面の地面に突き刺し、伸ばした腕を元に戻す。
「チビガキ……お前」
両腕を突き出し、甲殻を展開。シドの全身を覆い隠せるほどの大楯を作り上げる。
着弾。冷気が身体に刺さるような……いや、これはものの喩えではなく実際に氷が刺さっている。
「な――ッ、おい!」
甲殻を解除して見えたのは逃げ出すパルマーの姿。そしてうげっ、という声。パルマーはトラックに跳ね飛ばされてどこかへと消えていく。
ああ終わった、とクラウドたちの元へ戻ろうとして……がしりと肩を掴まれる。シドだ。
「お前たち、いったい……なんなんだ」
「何って言われても……」
エンジンの駆動音。プロペラの回る音。動いたぞ、乗り込め、と呼ぶ声。
「あ! おい待て! それはオレ様の!」
空へ飛び立つタイニー・ブロンコ。乗らなければ、と先ほどと同じように手を伸ばそうと――。
「クソ、しっかり捕まってろよ!」
シドに引き寄せられ小脇に抱え上げられる。
「え」
「舌ぁ噛むんじゃねえぞチビガキ!」
ぐ、と脚に力を込めて――ジャンプ。槍を手にし、竜騎士に連なるもの達が得意とする技。それをこうして間近で体験することになるとは。貴重な体験なのだろうが……。
ぐえ、とカエルの潰れたような声がしぼり出されるほどの上昇と着地による圧の前では興奮も何も無かった。
初めて見たときは、なんだこいつら。
トンチキすぎる組み合わせの男どもが態々オレを探しにロケットまでやってきて、しかもタイニー・ブロンコを貸して欲しいときた。まあ当然突っぱねたが、気になるガキンチョがいた。
なんと言えばいいのか……こう、見てくれと中身が釣り合っていない、そんなガキ。見た目は子供、なのに言動は完全に大人だった。背伸びして大人ぶってるわけでもない、きっと素でそうなってる。
でも、露骨に子供扱いされても嫌がる様子はなく、「まあこんな見た目だからそう扱われもするよね」とでも言うかのように受け入れて。……達観していた。とんでもなく気味が悪かった。
それに、オレを庇ったあの時の顔。
あれは、ガキがしていい顔じゃなかった。
「動くか?」
「奇跡的にエンジン部に水は入ってないな、十分動く。……が、尾翼がやられてちゃあ空はもう無理だ」
こいつらにくっ付いてきたのは面白そうだから。でも、それだけが理由じゃない。
何をしているのか気になったのか、チビガキがひょっこり首を出してこちらを覗き込もうとしている。その首根っこを引っ掴んで前へ無理くりに引っ張る。
「むぐ」
「この訳ありのクソッタレの中でも一番の訳ありだろ、お前」
他の連中は武装している。物騒な世の中だ、それはまだいい。獣が喋っている……まあ知能が高いモンスターみたいなモンだろう。でもこいつだけ浮いている。武器を持たず、武術をかじっているわけでもなく、その身ひとつで戦う。そんな奴オレは見たことがない。
チビガキはつい、と目を逸らす。
「図星か……」
「……あの、この力がどういうものなのか、とかは」
「あ? 聞かねえよンなモン。ただハッキリさせておきたかっただけだ」
「え」
「なあチビガキ――将来の夢って考えたことあるか」
オレがこんなことを言うなんてらしくない。だが、気になっちまうんだからしょうがねえ。
「しょうらいの、ゆめ」
「そうだ」
「そんなこと…………」
「無いのか」
もしかしたらと考えていたことがドンピシャで当たってしまった。
「チビガキ。お前、自分以外の奴らの未来のことしか考えてないだろ」
それはきっと、想定外だったのだろう。目をかっ開いて、こちらを見返すことしかできなくなっている。
「オレを庇ったあの時、怪我したろ。でもお前はそれを気にしなかった。それどころかタイニー・ブロンコにどうやって追いつくか、それが最優先! バカガキ、ちったあ自分のことも考えやがれってんだ!」
「っでも!」
「口答えは許さねえ」
たとえ墜落したとしてもこれはオレの船だ。そしてオレは艇長。船の上なら乗組員は従わないといけない。
「このシド・ハイウィンドの目が黒いうちに夢の一つもないガキンチョがいるなんて許さねえからな! 覚悟しとけチビガキ!」
にい、と自信ありげに彼は笑った。
という訳でシド回でした。
艇長が文字で表現できてるのか不安ですわ。
追記・文字数オール7フィーバーは諦めました。