帝都にあるピニャの館にて、1人の男が、館の主より先に軽い朝食を取っていた。沐浴を終え身だしなみを整えたピニャがやってくると、外交員としての営業スマイルで挨拶をする。
「おはようございます、殿下」
「おはよう、ニイジマ殿。相変わらず早いな」
(貴女が遅すぎるんだ……とは言えないなぁ)
ニイジマと呼ばれた男は、特地へ派遣されたN国の外交員である。地球連合軍加盟国の各首相及び軍幹部からの指名を受け、若干胃を痛くしながらの派遣であった。
ピニャとの会談の後、捕虜の返還リストと連合軍総司令部の言葉を伝えた結果、「ならば、他の議員も講和へ方向性を変えてもらおう」という考えがあったのだ。
「今日はキケロ卿の所で午餐、デュシー家の晩餐と食事続きだ」
「なるほど。だから、粥や果物といった胃への負担が軽い食事なんですね」
「……ニイジマ殿、厚かましいお願いかもしれないが……」
「何でしょう?」
「そちら側に、胃痛に効く薬はあるか? 貴族の交流会というのは、胃との戦いでもあるんだ……」
「お気持ち、よく分かります。飲みやすくて効果のある物を用意しときますよ」
「助かる」
この会話の様子を見ていたハミルトンは後に、「姫殿下もニイジマ殿も、遠い目をしていました」と語った。
今回の会談相手であるキケロ・ラー・マルトゥスは、主戦派(武力をもって蛮族を撃退すべしと言う考えを持つ派閥)ではあるが、その中でも話の通じやすい男であった。貴族の末席ではあるが、優れた弁舌と政治力によって重鎮を担うという実力者でもある。
沢山の種類と量のあるご馳走を少量ずつ食べながらも、ピニャとニイジマはキケロ卿へと近づく。
「キケロ卿、紹介したい方がいる。こちらは、とある異国にて外交を担当する、ニイジマ閣下だ」
打ち合わせ通り、ニイジマを格上げするピニャ。互いに「はじめまして」と挨拶をする。
「とある異国、ですか。どのような国なのかお聞かせいただいても宜しいかな?」
「はい、喜んで。最も、私のいる所は複数の国家が集まっておりまして。私の故郷はその内の一国であります」
キケロは内心、「小さな国が集まっただけの国か」と嗤った。
「と言うことは、様々な特色があるのでしょうなぁ」
「えぇ。森のある国、砂漠がありながらも栄えている国、独特な技術を持つ国など多様です」
なるほど、思ったよりも集まった数は多いようだ。だがニイジマの挙げた物の多くは景色だ。それ以外の特色が見られない。まだキケロは彼を下に見ている。
だがピニャは、「もうやられていますよ」と心の中で忠告する。
「失礼ながら、その国々の特産品などをご用意しました。どうぞ御覧ください」
指をパチンと鳴らすと、護衛として来ていた隊員が、ピニャの従者の手を借りつつ箱を運搬する。
キケロ夫妻の顔が、段々と驚愕に染まっていく。砂漠の国が保有する鉱山で採れた純度の高い宝石、独自の技術を持つ国の、見た者に溜め息をつかせるほどの美しさを持つ装飾刀、リアルに作られたアロワナの模型など、“この世界”での高級品を披露する。更に、精巧に作られた万年筆や、安くそして高品質な紙などの文具も実演した。
「いやいや、これはたまげた……。ニイジマ殿、侮ってすまなかった。ただの小国の集まりかと思っていたが、どの国も素晴らしい技術をお持ちだ」
だが、キケロはまだ勘違いをしている。地球連合軍の加盟国には小国だけではなく大国も居るのだ。
「しかしながら、これ程の物を作り上げられる国なぞ、私は聞いたこともない。ニイジマ殿、あなたの国は本当にこの大陸にあるのかね?」
ピニャとニイジマは顔を見合わせ、互いに頷いた。
「いいえ。私の国は、いえ我々は、『門』の向こうから来た者です」
それからキケロは、相手の強大さを思い知ることになる。先程ニイジマが言った「複数の国家が集まった」というのは、いわゆる連合軍である事に体が震え、何故この世界にやって来たのかを告げられた時には更に顔が青ざめた。
(1つの国を攻められ、その報復で数多の国の軍が集結するとは……!)
帝国の兵力は強大で、『門』の向こうの世界へ攻める前までは、我が国は無敵と言っても過言ではなかった。しかし異世界全てが相手となると、いかに帝国と言えども勝てるかどうか分からない。
「誤解をしないでいただきたいのは、我々は侵攻を指示した最高責任者に、謝罪と賠償をしてもらいたいと言う事です。侵略ではありません」
「……つまり、皇帝陛下に頭を下げてもらいたいと?」
「そう言うことになります。私の故郷にある都市は、帝国による攻撃を受けました。防衛戦にあたった兵士の中には死亡した者もおり、その遺族は生活に苦しんでいます。その事に対して謝罪と賠償をしてもらいたいのです」
帝国は、自らが侵攻しておきながら、反撃してきた連合軍を「異世界からの侵略者」と偽って連合諸王国軍を結成した。そのように宣言したのは皇帝であり、キケロもその席にいた。もしここで「攻撃してきたのはそっちじゃないか」と言おうものなら、相手はこの席を離れ、強力な軍隊を送ってくるだろう。
(これが報いか……)
キケロは胃がキリキリと痛みそうになるのを堪え、どのようにして帝国の不利益を減らし相手に納得してもらえるかを考えていた。ここでニイジマは、切り札を出してきた。
「なお、もし皇帝から講和に対する姿勢が見られた場合、こちらで捕虜となっている兵士を返還しようと考えております」
「そう、なのか?」
「はい。そして、その捕虜の名簿の中に、キケロ卿と関わりのありそうな方が居ることを確認しました」
捕虜のリストを開き、そこに記されている名前を指さす。そこに視線を追った瞬間、キケロは声をあげた。
「何と! 甥が、甥が生きているのか!?」
「はい。我々の世界では、捕虜に対する拷問は禁止されています。こちらでの言葉を学習するためにいくつか質問すると言うことはしましたが、食事も与え、健康な状態で生活させています」
「あらまぁ! うぅん……」
キケロの妻は嬉しさのあまり気を失ってしまった。キケロ本人も手が震える。そこへ更に追い打ちをかける。
「こちらでは、捕虜の返還に対して身代金を払うというのが常識だそうですが、こちらでは身代金の支払いは必要ありません」
「ほ、本当に払わなくて良いのか……?」
「はい。ピニャ殿下の御足労が代金となりましょうか」
キケロはすぐに考えを巡らせる。確かに捕虜となった兵士たちを無償で返してくれるのは嬉しい。だが、それだと皇女1人では割に合わない。
(皇帝陛下が頭を下げ賠償金を払うことで、軍隊が去り捕虜まで帰ってくるなら……。それに他の主戦派議員の家族にも、捕虜となって帰ってきていない者がいたはず……)
自分がどう動くべきか、キケロは決心した。
読んでいただき、ありがとうございました。次回をお待ちください。