アルヌス駐屯地。そこにある大きな食堂にて、第3調査班の隊員たちが話をしていた。
「え? テュカの元気が無い?」
「はい。食事や衣服、布団などを申請するときに2人分注文しそうになって慌てて訂正したり、時々通用門の方をボーッと眺めていたりしていて……」
エミリーからの報告に、バイスは腕を組んで唸る。テュカは、炎龍によって焼き滅ぼされた村の、唯一の生存者である。彼女を救助したのもバイス達であったため、気にかけていたのだ。
「うーむ……。まだ炎龍によるトラウマが残ってるのかなぁ……」
「その可能性はあるかと。恐らく、家族を……」
「そう簡単に吹っ切れないよなぁ……」
恐らくテュカは、家族の死をまだ受け入れられないのかもしれない。かといって下手な慰め方をすれば、かえって彼女を苦しめることになる。最悪の場合、心を壊してしまうかもしれない。
「……彼女に頼んでみるか」
「彼女?」
「ベルカだよ。心理カウンセラーの」
「あぁ、男性兵士の間で人気の、あの人ですか」
「入隊したての時に、合同演習で一緒になったことがあるんだ。彼女なら、きっと……」
バイスには確信があった。似たような過去を持つベルカならば、テュカの苦しみを受け止められると。
「失礼しまーす……」
「いらっしゃい、テュカちゃん」
白い布に赤十字のマークの旗がある建物へとやって来たテュカ。そこには、まさにボンッ・キュッ・ボンッ!な褐色の女性がいた。彼女が、カウンセラーのベルカである。
「バイス君から聞いたわ。悩みがあるみたいだって」
「は、はい……」
昨夜、酒場でバイスに「悩みがあるなら、話を聞いてくれる人がいる」と紹介してくれた。心配されてるなとは思っていたが、まさか専門家を紹介されるとは思わなかった。
「ちょっと待っててね。他の人が入ってこないようにするから」
ベルカがそう言うと、ドアノブに掛けられていた小さな看板を裏返した。それには日本語と特地の言葉で『入室禁止』と書かれている。
「ねぇ、テュカちゃん。今あなたが思ってることを、教えてくれない?」
「え?」
「私は、初めは相手の話を聞くことから始めているの。カウンセラーの仕事は悩みを聞くことだからね」
好きなタイミングで話して良いわよと告げると、そこから部屋は静かになった。時計の針の音だけが大きく聞こえる。
少しした後、テュカはポツリポツリと話し始めた。夢の中で、幼馴染や父が炎龍に食い殺されるのを思い出すこと。炎龍が殺されたとは分かっていても、まだ吹っ切れないこと。実は今見ているのは幻覚で、本当はみんな生きているのでは無いかと思うことがある。だけれども、1日が過ぎる度に現実だと知り、気分が落ち込むことがあるとも語った。
思っていることを話していく内に、テュカの目からは大粒の涙がポロポロと溢れていた。支給されて履いているジーンズに染みを作っていく。
「私だけお父さんの事を引き摺ってて……! でも忘れられなくて……! みんな頑張ってるのに私だけ……!」
ベルカは相槌を打ち、話を聞いていた。それでもテュカから目を離さなかった。
テュカがとうとう大声を上げて泣き出すと、ベルカはそっと彼女を抱き締めた。そして、自分の過去を語った。
テュカちゃん。私もね、本当の家族が居ないの。捨てられた訳じゃないのよ? お父さんの顔は覚えてる。お母さんは私を産んだ後に死んじゃって、お父さんが男手1つで育ててくれたの。
だけどね、私のいた村の近くで戦争が始まると、戦火に巻き込まれない為に避難するって話になったの。ちょうど、コダ村の人たちみたいにね。
お父さんは近所の人に頼んで、私を先に避難させたの。先に女の人や老人、子供を先に逃がすんだって。「必ずお父さんも来るからな」って言って、約束してくれたわ。
……だけど、お父さんは帰ってこなかった。難民を受け入れてくれる国までの道のりは遠くて、私も何ヵ月も掛けてようやく避難できた。お父さんもまだ遅れているんだって、そう自分に言い聞かせてた。
それからしばらくして、お父さんの知り合いが私の元に来た。そして、言われたの。
「君のお父さんは死んだ」って。
避難している道中に虫が媒介する熱病に冒されて、それで死んだって。死体を持ち歩く訳にもいかないから、その場で火葬したって言われたわ。
最初は凄く混乱したわ。嘘だ嘘だって泣き叫びながらその人を叩いて、食器とかを投げつけようとしたくらいだったもの。
それからは、テュカちゃんと同じ。お父さんは生きてると思って通用門に立って帰りを待ち続けたり、いつでも帰ってこれるようにお父さんの布団を綺麗にしたり……。でも帰ってこなくて、現実を知らされたわ。
「テュカちゃん。貴方は悪くないわ。お父さんの事を思っていて良いの」
「良い、の……?」
「そうよ。家族の事を忘れない、素晴らしいエルフだと思うわ! 私が保証する!」
「ベルカさん……」
その後、紅茶や菓子を口にして気分を落ち着かせた後、ベルカからリラックス効果のあるアロマを渡され、相談室を後にした。「もしまた悩みができたら、いつでもいらっしゃい」という言葉を聞きながら。
その日の夜から、テュカは悪夢を見ることが無くなった。
数日後。テュカは目を覚ますと、出来たばかりの“日課”をこなす。
窓辺に置いた、小さな植木鉢。そこには小さな黄色い花が咲いていた。たまたま駐屯地の近くで咲いていたのを持ってきた花に水をやる。
水やりを終え、朝食も終えると、動きやすい服に着替える。今日は共同で作った畑の草むしりの日だ。靴を履き、玄関のドアノブに手をかけると、振り返って大きな声で言う。
「行ってきます!」
ドアを開け、外へと出ていった。小さな花が、それに応えるように揺れた。
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