軽い電子音が、真っ暗闇の部屋に短く響く。
モニターから発するブルーライトを頼りに資料を読み込んでいた部屋主は、眉をひそめて、届いたメールを開いた。
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to Silence.
突然のメール失礼する。
きちんとしている君のことだから、別に口頭でもいいと思っていたんだが最近、アーミヤが「エビデンスを残せ」とうるさくてね。
だからこれを送らせてもらった。
君に、今動いている極秘プロジェクトに参画して欲しい。
近々、詳細を伝えにいきたいんだが、都合の良い日程をいくつか上げてくれないか?
from Dr.
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Re:Dr.
お疲れ様です。
ドクター、あまりにも情報が少なすぎます。
エビデンスが残るのが「都合の悪いプロジェクト」なんでしょうか?
本メールの返信にて、委細をお伝えいただかないことには回答いたしかねます。
from Silence.
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パソコンのモニターに「Sent(送信済み)」の文字が表示され、サイレンスは深く息を吐いた。
深く背もたれに腰掛け、天井を見つめる。
壁に掛かる電子時計には、午前4時と表示されている。普段ならもう眠っているはずなのだが、今日はまだ目も頭も冴えている。
「また睡眠周期がずれはじめてしまったかな……」
鉱石病のせいで突発的な眠気が常に襲ってくるものの、最近はようやく付き合い方が分かってきたと思っていたのだが。
サイレンスは眼鏡を外し、親指と中指でこめかみをぐりぐりと抑える。
――付き合い方が分かってきたといえば、ドクターも何を考えているんだ。
サイレンスは、先ほど送られてきたメールを睨む。
極秘プロジェクト。その文字列にサイレンスの背筋に薄ら寒い悪寒が走る。ライン生命で担ったいくつもの研究。それらは漏れなく「極秘」そのものだった。
――その結果、何が生まれただろうか。
『炎魔事件』脳裏に自らの炎に身を焦がし、泣き叫ぶ金髪の少女の姿が映った。
「お願いだから、信頼させて。ドクター」
サイレンスが小さく呟く。
その時、軽いチャイムが薄暗い部屋に響く。
普通の人なら寝静まっている時間の訪問者だ。よっぽどの緊急か、そうでもなければろくでもないやつに違いない。
「……誰ですか?」
「夜遅くにすまない。私だ、やはり起きているようだね。ちょっと開けてくれないか?」
ドア越しに少しくぐもった男の声が聞こえる。
どう考えてもドクターで間違いないだろう。
この船の重鎮の一角であり、サイレンスも関わるオリジニウム研究の第一人者。さらに戦場では直属の上官でもある。
普通であれば、迎え入れなければならないシチュエーションだ。 眼鏡をかけ直し、サイレンスは顎に手を置き少し、考え、顔を上げた。
「ドクター」
「なんだい?」
「いやです。開けません」
ドアの向こうから「……えぇ」と脱力した声が短く響いた。
サイレンス―疑心暗鬼―
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
戦場の医療支援。医者としてロドスのオペレーターや住人の診療。さらに第一線級のオリジニウムの研究者。サイレンスは様々な顔を持っている。しかも研究、医療チームの主力として部下も持つ立場だ。
イフリータと一緒にロドスに飛び込んで数年経つが、それなりに重要なポジションを任されていると自負しているし、それに応えなければならないと理解している。
――それなのに、なぜあの人のたった一通のメールに動揺しているのだろうか。
研究所(ラボ)の一角で、難しい顔で資料に羅列されたデータと睨めっこしながら、サイレンスは悶々と悩み続けている。
あの一件以来、ドクターとはまだ顔を合わしていない。
当然、極秘プロジェクトの情報も完全にシャットアウトしている。
「サイレンス先生」
「……なに?」
かしこまった様子の研究員が耳打ちしてきて、サイレンスは目線だけ上げる。
「ラボの外にドクターが訪ねてきているんですが・・・・・・」
「はぁ、まったくあの人は……。無視して」
「いや、でも出入り口に陣取られてしまって。ちょっとした騒ぎになってますよ」
サイレンスは苛々した様子で、またこめかみを抑えた。
――そうだった。あの人は有名人だった。
立場上、身近にいることが多かったし、本人が偉ぶらない性格なのですっかり勘違いしていた。
サイレンスは、ため息を吐くと立ち上がり、防犯カメラのモニターの前に立つ。
画面を覗くとドクターの黒い制服の周りに、白衣を着た連中が群がっている。
盛んに握手をしていて、熱心に何かを話しかける人も少なくない。
「なにあれ」
「いやぁ、しょうがないですよ。ドクターに憧れてラボに入った人ばかりですから。あ、僕もちょっと席空けていいですかね?」
「ダメ。報告書の提出は今日まででしょ」
「そうですけど。ちょっとくらいなら・・・・・・」
なんとか粘ろうとするが黙殺され、研究員はすごすごと立ち去っていく。
サイレンスは手元にあるマイクのスイッチをオンにする。
「ドクター、何用ですか?」
「ああ、サイレンスか。よかった、ちょっとここを開けてくれないか。このままでは迷惑をかけてしまうから。ほら、例の件で――」
「ラボは警備上の都合で、アポなし訪問は禁止されています。警備部に連絡しますよ」
「サイレンス先生! せっかくの機会ですよ! ぜひドクターに我々の研究成果を直接、報告しましょう!」
「そうですよ! 予算拡充のチャンスです!」
興奮した周りのスタッフが息をまくが、サイレンスの冷め切った態度は微動だにしない。
「あなたたちも、いい加減にして。あまり熱くなりすぎると、ドクターの“護衛”が出てくるかもしれないわよ」
研究員たちは驚いたように一歩下がって、周りをキョロキョロと見渡す。カメラ越しには影どころか、気配もまるで感じないが、どうせグラベルやシラユキが天井裏かどこかに潜んでいるのだろう。
「わ、分かった。サイレンス、じゃあここでアポを決めようじゃないか。君にあわせるよ! いつがいい?」
「すいません。今、研究が立て込んでいまして。また後日、私から連絡させてください」
「いやぁ、私には分かるぞ。それは絶対に連絡が来ないやつ――」
ドクターの言葉尻を聞く前に、サイレンスは映像とマイクを切った。
◆
ドクターのメールを受信して、一週間が過ぎた。
サイレンスは医療フロアの最奥にあるケルシーの執務室で、ある患者の手術の日程について打ち合わせをしていた。
「鉱石病の病巣になっている小指の切除、本人の手術の合意がようやく取れました。本人の意思が変わる前に、施術した方が良いでしょう」
「……そうだな。手術は明後日に行おう。医師は私が手配しておく」
「ありがとうございます」
「それにしても、よくあれだけ手術を拒否していた患者を心変わりできたな。前任者がコツを知りたがっていたぞ」
パラパラと資料をめくりながら、ケルシーはサイレンスを労う。
「ただ、話を聞いただけです。術後の仕事などに不安があったので、私なりにそこを確保することを約束したら満足してくれたようです」
「……なるほど。やはりキミに任せて正解だったようだ。頼りにしている」
普段はつっけどんな口調のケルシーから、意外なお褒めの言葉をもらい、サイレンスは逆に眉をひそめた。
「はぁ、ありがとうございます」
「そんなに訝しがるな。他意はないから」
サイレンスのいつにない露骨な態度に、ケルシーは口角を上げる。
「君がここに来てもう随分経つな」
「……そうですね」
――あの日のことは、今でも覚えている。
イフリータと一緒にライン生命から逃げ出し、ロドスに転がり込んだ。
理由は単純だ。問題だらけの自分を技術と経験を対価に迎えてくれ、ある程度ライン生命から距離を置く組織などそう多くはなかった。
それでもダメもとだったのは間違いない。当時のロドスとサイレンスには、何の関わりもなかったのだから。
――どこに行ったって同じだ。
ロドスを目指す道中、イフリータが零した言葉は耳の奥に根を張って、忘れさせることができない。
ケルシー、アーミヤ、そしてドクター。ロドスの3トップである彼女らは、ライン生命の上層部と比べれば話が分かる人たちである。
しかし、彼らに疑念を抱き、あるいは畏怖する者がいないわけではない。
所謂、彼らの“暗部”というやつだ。
――これ以上、親しくなってはいけないのだろうか。
いつの間にか、ずいぶんと親好を深めた気でいた。
たとえ敵であっても感染者のすべてを救おうとするアーミヤ。常人ではない先鋭的なオペレーターを束ね、イフリータまで心を開かせたドクター。患者に関しては驚くほど誠実なケルシーなど、数あるオペレーターのなかでも特に彼らとの距離が深いサイレンスだからこそ、知っている姿もある。
――失望などしたくないのだ。
だから、ドクターの提案から背を向け続けている。
まるで未だにサリアがイフリータに近づくのを拒否しているように。
「そういえば、ドクターから逃げ回っているそうじゃないか」
時々、ケルシーは心が読めるのではないかと本気で考えることがある。
「……どこでそれを?」
サイレンスは短く問う。
「本人から聞いた」
ケルシーがセパレートの向こうをチラリと見る。
「まさか――!」
サイレンスが顔を上げると同時に、ドクターがひょっこりと姿を現す。
「やぁサイレンス。やっと捕まえた。例のプロジェクトについては話を聞いてくれないか?」
サイレンスのうなじに汗が流れる。いつもと変わらないドクターの態度が、ひどく恐ろしく感じた。
◆
「ケルシー先生、これは――」
「キミが来る前にやってきてね。同席させてくれと土下座してきたから入れてやった」
「まぁ、私の土下座は安くないことが証明されたね。ところでケルシー、私にコーヒーはないのかい?」
「……消毒液なら好きに飲んで構わないぞ」
どこからか持ってきたパイプ椅子をひろげて腰掛け、ドクターとケルシーはよく分からないやり取りを始める。
サイレンスは、後ろをチラリと見る。
唯一の出入り口には、いつの間にかグラベルが両手を後ろに立っている。わずかに目線が合うと、片目を閉じてウィンクしてきた。
「さっさと説明して彼女を解放してやってくれ。まだあれを説明していないんだろ」
「あぁ、そうだね。サイレンス、済まなかったね。ここ数日、ストーカーみたいにつけ回してしまって。ただ、君にはぜひこのプロジェクトに参画して欲しいんだよ」
部屋にはロドスのトップ2人。出入り口にはプロの暗殺者。極秘プロジェクト。サイレンスの頭に血が上るのに、時間はそんなにかからなかった。
「……これがドクターのやり方ですか。本当に“あの人たち”と何も変わらない」
「サイレンス?」
「私は、非人道的な研究には関わらない。確かに明確に口にしたことはありませんが・・・・・・けれど、態度では示してきたつもりです」
「サイレンス、君は誤解して――」
「ドクターがイフリータ(あの子)や他の鉱石病に苦しむ人たちに接している姿を見て、私はきっと大丈夫だと、そう思っていました。だから私……」
声がつまる。これほどの大声を上げたのは、いつ振りだろうか。
ここがケルシー先生の執務室でよかった。取り乱している姿は、誰にも見られたくない。
「これまで技術も、知識も提供してきました。求められれば戦場にも出ますし、ドローンだってもっと改良します。それでも足りないですか――」
絞り出した声が震える。
確かにライン生命が隠し持つ技術や関わった実験の内容などは、未だに公表していない。それはきっと公然の秘密というやつで、ロドスにそのつもりがあり、手段を選ばなければ、容易にサイレンスからそれを引き出すこともできるのだろう。
「……おい。これはどういうことだ」
「あぁ、なんだ。言葉の行き違いってやつ、だな」
ジロリとケルシーがドクターを睨む。かなり本気で怒っているようだ。ベテランの戦闘オペレーターですら、萎縮するほどの殺意にも似たすごみがドクターに向けられる。
「大して説明せずに巻き込むのが悪い癖だと前から言っていただろう。それでも指揮官か」
「それを言われたの、多分、記憶がなくなってからは初めてだが・・・・・・いや、返す言葉もない」
なにやら、妙な空気になった二人の顔をサイレンスは頭の「?」マークを浮かべて交互に見る。
「サイレンス、私の言葉不足でいらない心配させてしまって済まなかった」
そう言ったドクターは、一枚のクリアファイルを手渡した。
逡巡し、サイレンスは資料の表紙に書かれている表題(タイトル)に目をやる。
『ドクターズ・プロファイル・プロジェクト』
真っ白なA4用紙には、ドクターとのものと思われる手書きの文字でそう書かれていた。
◆
オペレーターには、それぞれ出自や病状などをまとめたプロファイルが存在する。
ある程度の情報は医療オペレーターなどには共用されているものの、プロファイルには非常にプライベートな個人情報や周知されると個人や組織に多大な影響を与える情報も少なくない。
そこである程度の閲覧権限を有し、かつ個人との関係性を重視して確認できる情報に制限を設けている。それはドクターであっても例外ではない。
「その制度自体に不満はないんだが、ほら、プロファイルを作成するのは医療オペレーターだろう。彼らの命を預かるのに、人からもらった情報だけではもの足りない。だから私自身でプロファイルを作りたいと思っていてね」
「……はぁ」
「といっても、外部の組織との関係やその人の過去なんてものは私は興味がない。そんなのは政(まつりごと)が好きな連中か、そうでなくてもアーミヤかケルシーに任せてしまえばいい」
フードのなかでドクターが笑みをつくる。
「だから、今の君たちの姿をおさめようと思ってね」
「おさめるって何に?」
パチンッとドクターが指を鳴らすと、足下に一台のドローンが現れた。
四足歩行の地走型。特段珍しいタイプではないが、この姿はひどく既視感がある。
「……ミーボ?」
「その通り! メイヤーに頼んで作ってもらった特注品だ。ステルス機能搭載、おまけに耐熱、衝撃耐性も十分」
頭部には大きなカメラが乗っていて、レンズは明らかにこちらに向けられていた。
「君たちのプライベートや仕事を少し共にさせてもらいたんだよ。そうすれば、もっと信頼度も高まると思わないかい? ちなみに次回はペンギン組の配達業務の同行が決まっている」
「それで私に協力しろと?」
「ああ、そうだ。サイレンスには、映像の監修をしてもらいたい。残して良いシーンとか悪いものの判断とかをざっくりとね」
がっくりと力が抜け、サイレンスはうなだれた。
とんだ勘違いをしていた。いや、確かにこのプロジェクトも下手をしたらオペレータや外部組織の情報漏洩に繋がるリスクをはらんでいるが、少なくともサイレンスが危惧していた陰謀めいた血なまぐさいものではない。
「最初の対象は、サイレンス、君だったんだよ。図らずとも色々な姿を見せてくれたね」
「……さっきのみっともない記録は削除してください」
「それは承諾できないなぁ。まぁ、君が監修を務めてくれたら話は別だろうが」
わざとらしく言うドクターに、サイレンスはため息を漏らす。
「分かりました。前向きに検討します」
「そうかい。ありがたい。君も参画してくれたら、きっと予算も下りやすくなるだろう。なぁ、ケルシー?」
付き合ってられない。とケルシーは大げさに頭を振り、立ち上がった。
「サイレンス、ありがとう。この通り、このプロジェクトをこの人一人に任せたら、誤解が誤解を生んで、統率どころの騒ぎではなくなる」
はい。とサイレンスは頷いた。
「ケルシー先生、ドクター、さっきは取り乱してしまってすいませんでした」
「いや、謝らなくていい」
ドクターとケルシーの声が被る。両者はお互いを見合うが、心底嫌そうな顔をするケルシーと得意げなドクターの表情の違いがあまりにも極端すぎて、サイレンスは思わず吹き出しそうになる。
「お察しの通り、キミの前職から色々と注文を受けていることは事実だ。それに我々も清廉潔白ではない。程度はあれどグレーなことに手は出している」
淡々とケルシーは語る。
「だが、アーミヤがいる限りキミの期待は裏切らないだろう。だから、キミがロドスや彼らを信頼できるうちは、力を貸してくれ」
「……はい」
――どこに行っても、オレ様を、みんなを弄ぶやつらばっかりだ。
確かに、あの日のイフリータの言葉は芯を食っているのだろう。
こんな世の中だ。心から信頼できる居場所なんて、どこにも存在しないのかもしれない。
「ロドスはキミに感謝している。私だけじゃない、キミがこれまで救ってきた者すべてがそう思うだろう」
ケルシーは、そう言って執務室を後にする。
自室に二人を残したということは、無言で場を提供したと理解して良いのだろう。
◆
「ずいぶん一緒にいた気になっていたが、やはり、それぞれ人には見せない顔はあって当たり前だろう」
「ええ」
「実は、サイレンスは私が初めてプロファイルをすべて読むのを許されたオペレーターなんだよ」
「それは……知らなかった」
「ああ、考えてみれば、私が復帰したときから治療、研究、戦場。色々とすぐ近くで手伝ってくれていたからね」
確かに。とサイレンスは頷く。
近くにいても、普段はほとんど“影”として存在を隠し続ける護衛達と比べると、すぐ隣にいてコミュニケーションをとる時間は長かった気がする。
「だから、このプロジェクトはサイレンスにお願いしようと思ったのさ。結果的に“ドクターがサイレンスに猛烈にアタックしている説”が流れてしまったのは申し訳ないが」
「ちょっと待ってください。そんな噂が?」
「ああ、にわかに流れ始めている」
大真面目に頷くドクターにサイレンスは、少しだけ頬を染めて言い返す。
「すぐに事実無根と証明して。食堂の掲示板でもメーリングリストでも構わないので」
「そうだな。このままだとイフリータとサリアに殺されかねない」
イフリータはともかく、なんでサリアが出てくるの。と言いかけるが、話がややこしくなりそうな予感がして、サイレンスは口を閉じる。
ドクターは急に真面目な顔になって、サイレンスに向き直った。そして、無言で右手を差し出す。
「な、なんですか」
動揺するサイレンスに、ドクターは口を開いた。
「じゃあ、ドクターズ・プロファイルの監修、ぜひよろしく頼むよ」
「は、はい」
ぎゅっと互いの手を握る。初めて握りしめたドクターの手は、意外とゴツゴツとして男性らしかった。
その時、ドアが開き真っ赤なフードを被った少女が現れた。
「ドクター」
「あぁ、レッドか」
「イフリータがドクターを探しながら暴れてる」
そう言いながら、レッドは手を握ったまま硬直しているサイレンスをチラリと見る。
「本当だったの? アレ」
「……さぁ?」
レッドが二人を指さして脇に控えるグラベルに問いかけるが、いつもの感じで彼女ははぐらかした。
「テキトーな噂。さぁ、ドクター、イフリータを説得しに行って」
パッと手を離し、サイレンスはドクターの背中を押した。
「え、私だけかい?」
「二人で行ったら余計ややこしくなるでしょう」
「私だけで行ったら生きて帰ってこれる自信がないんだが」
「大丈夫ですよ、あなたのことは信じていますから」
軽く笑って、サイレンスはレッドに手を引かれて渋々部屋を去るドクターに向かって手を振った。
◆
自分以外、誰もいなくなった部屋。残されたサイレンスは、撮影用ミーボを抱き上げる。
――あの恥ずかしい動画は削除してしまおう。
でも、その前に残しておきたいことがあった。
キョロキョロと周囲を見回し、誰もいないことを確認して、サイレンスはレンズと向き合う。
「あの、ドクター。私もロドスに入って、ドクターに会えて、ケルシー先生と一緒に仕事ができてとても良かったと思ってる。だから、今回みたいに信頼できないから逃げるのではなく、いつかは面と向かって対峙できるように私はなりたい。だから“その時”を恐れないで。私だけじゃなくて、これからこの映像に残るオペレーターたちがいることを忘れないでほしい」
言い切って、サイレンスはミーボの頭を撫でる。
少し前までは気分が落ち込んでいたが、今は不思議と気持ちが晴れやかだ。
「お前のおかげかな?」
掲げたミーボに問いかけてみる。
未だに「ドクターズ・プロファイル」の全容は見えないし、なんとなくはた迷惑な企画がしない訳ではないが、まぁ付き合ってみるのも悪くはないだろう。
「ドクター、これからもよろしくね」
滅多に見せない笑顔を向け、サイレンスはケルシーの部屋から出て行く。
――これが、後のドクターズ・プロファイルの冒頭の映像になるとは、サイレンスはまだ知る由もなかった。
ドクターズ・プロファイル始動と、最初のオペレーター「サイレンス」の物語でした。
プロファイルを見る限り、多分野で活躍してロドス内でもそれなりのポジションにいる彼女。黒い噂もあるロドスと、真っ黒なライン生命の最前線に立っていたサイレンスは、意外と重要な役回りになるのではないかと考えています。
また色んなキャラクターを絡ませていきたいと思っているので、もしよければ読んでもらえるとうれしいです。