ドクターズ・プロファイル   作:日名内 修

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乙女と使命の狭間に立つプラチナさんのお話


プラチナ -アイとかコイとか-

 ボロボロに朽ちた、だだっ広い廃墟の真ん中。錆びた鉄骨に背中を預けて両足を投げ出し、一人の男がうずくまっている。

 フード付きの分厚いコートの裾から伸びるビニル管には、音もなく落ちる点滴が流れているのだろう。

――まるで、死んでいるようだ。

 ゆっくりと男に近づきながら、プラチナは目の前にある異様な光景を見る。

 足下に散らばった地図。左右にはいくつもの無線機がそびえ立ち、幾本ものコードが低くうなり続けている電源装置につながっていた。埃や錆に塗れた周りの景色のなかで、その男だけが浮いている。

 無線機から流れる砂嵐と、タイルの屋根を叩きつける雨音が混ざる。プラチナは僅かな高揚感を胸に覚えながら、ゆっくりと矢筒から矢を一本取り出した。

 いつもは鬱陶しいくらい、男に付き従っている護衛や近衛たちも今はいない。

――邪魔者は誰もいない。

 正真正銘、アイツと自分の2人だけだ。

「さぁ、どうやって楽しもうかな」

 普段は表情に乏しい顔を少しだけ歪ませて笑う。そして、ポケットに1度だけ手を突っ込む。

「――ドクター! 応答して!」

 突如、無線機の1つから少女の声が響いた。確か、プロヴァンスというトランスポーターだ。モノクロの背景とは正反対の活気がスピーカーから溢れる。

 うなだれていた男がゆっくりと顔を上げる。

――余計なことを。

 プラチナは素早く弓に矢をつがえる。その矢じりは男――ドクターを捉えていた。それに気づいたドクターは間もなく「プラチナ?」と名前を呼んだ。

 きっと、プラチナの瞳が「暗殺者」になっていることに気づいたのだろう。その声は緊張感が孕んでいた。

「楽に死にたいなら、動かない方が賢明だよ」

 短く告げてプラチナは矢を放つ。

 一瞬の風切音。その後、ぐしゃりと矢じりが肉にめり込む音が雨音の幕間に響いた。

 

アイとかコイとか

 

※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 いつからだろう、ロクに顔も見たこともない男に惹かれ始めたのは。一つ屋根の下の共同生活とはいえ、直接会話する機会なんてほとんどない。

 彼の噂はロドスに来る前から知っていたし、正直、興味はあった。

 だが、たまたま食堂で顔を合わせただけで僅かながらでも心が動いたり、廊下ですれ違う瞬間に視線で追いかけてしまうなんて、予想もしていないかった。

 それだけではない。今、こうしてロドス中枢に伸びるT字路の突き当りの壁に背中を預けている自分の視線の先に、数人の上官たちと立ち話しているドクターの姿があることも、なんとなくしっくりこない。

「らしくないって、アンタも思わない?」

 プラチナは誰ともなしに呟く。すると、窓から差し込む昼下がりの日差しの届かない廊下の奥から、微かにクスクスと笑い声が漏れた。

 普通の人では気づけないくらい、小さなトーンである。

「なに笑っているんだよ。言いたいことあるなら言いなよ」

「『あなたらしい』が分かるほど、あなたのことを知らない私に聞いてもしょうがないでしょ」

「……確かに」

 この声の主との会話は、妙にやりづらい。それは彼女の出自がプラチナと似通っていることもあるだろうし、ある意味ドクターとの関係を『先』に行っている存在だからなのかもしれない。

 考えれば、彼女とこうやって話していることもかつてのプラチナにとってはイレギュラーだ。

「アンタはどうしてドクターに忠義を立てたの?」

「……野暮なことを訊くのね。無冑盟のプラチナランクさん」

「……そう言われると思った。まぁ、取り消すよ」

 あっさりと手のひらを返したプラチナに、また声の主はクスクスと笑った。馬鹿にされているわけでないのだろう。彼女の笑い声は不思議と心地いい。

「自分でも不思議。それに、アンタに愚痴をこぼすくらいには深刻な状況なんだよね、私とドクターの関係」

「そうなの? あなたとドクターの関係ってこうやって遠くから眺めているだけかと思っていたわ」

「こわ~い護衛がいるからね。迂闊には近づけないよ……特にグラベルっていう女は要注意だって」

 冗談にほんの少しの皮肉を込めたつもりだったが、口に出すとその割合は逆転していた。それでも女はこれまでと同じように笑うだけだった。

「私たちは、自分の感情に答えを見つけなくちゃならない。そうだろう?」

「……」

「アンタはその答えを出して、ドクターはそれに応えた」

「……」

「私の答え次第では、いずれドクターやロドスが傷つく可能性だってあると思わない? いや、別に慢心しているわけじゃないけどさ。絆はすぐに綻ぶモノなんだから」

 返答はない。ドクターが執務室に入った瞬間、彼女の気配も消えたのだ。

「ツレないヤツ」

 ボソッと言って、プラチナもようやく壁から背中をはがして影に消えていく。

――本当に面倒な感情だなぁ。

 いつもの気まぐれで軽い雰囲気をまとわせながらも、プラチナは小さくため息を吐く。この感情の名前はまだ知らない――けれど、多分、向き合ったら逃れられない。そんな気がしていた。

 

 ◆

 

 初めてドクターの護衛に抜擢されたのは、その作戦の特殊性ゆえだった。危機契約――極度の高濃度オリジニウムに汚染されたオリジムシおよび野生動物の駆除。近接オペレーターの感染を防ぐため、遠距離オペレーターのみで実行する異例の任務だった。

 それは当然、ドクターの身辺警護も同様でグラベルやファントムなどの近衛たちも除外された。その代わりとして白羽の矢が立ったのが、遠距離で暗殺者のプラチナだったのだ。

 プラチナにとっては、別段、いつもと変わらない仕事。それよりも、本当の意味でドクターと1対1になれる。その事実に胸がざわついた。

「――ちょっと、聞いているの?」

「ん? ああ、もちろん」

 食堂の長テーブルに片肘を付いて、ぼぉっとしていたプラチナの顔を覗き込み、グレースロートは険しい表情を浮かべる。

「……絶対に聞いていない」

「復習なんてもうたくさんだよ。大丈夫、問題ないって」

 ひらひらと手を払いながら、プラチナは面倒臭そうに言う。例の作戦のおさらいとやらで、グレースロートにつかまったのは30分前のこと。どうやら、作戦会議(ブリーフィング)中のプラチナの態度が気に障った――というか、心配になったらしい。

「毎度毎度、真面目なことだねぇ」

「私はあんたと違って弱いから、しっかりと『予習』しておかないとダメなのよ。あんたも今回は初めての護衛任務なんでしょ」

「大丈夫だよ、失敗したことなんてないから」

「あんたはそうだとしても、周りはそうじゃないわ。任務に臨む姿勢を見せておかないと、『ドクターになにかあったらどう責任をとるんだ!』て思う人もいるだろうから」

「……なるほど」

 さすが生粋のロドスっ子である。微妙なバランスで成り立っているロドスの世情をよく理解している。

――パフォーマンスも重要だなぁ。

 目の前に並べられている資料をプラチナがパラパラとめくったその時だった。聞きなれた声が微かに耳に届き、プラチナは振り返る。

「ドクターだ」

 プラチナの心情を読んだかのように、グレースロートがぽつりと言った。

 

 夕方の食堂には人は少なめで、300人は収容できる一室にはちらほらと人影があるだけだ。ドクターは点滴を打ちながら、のそのそと食堂に入ってくると遅めの昼食、もしくは早めの晩飯を取り始める。

 作戦が始める前から、すでにボロボロな二人が眺めていると、ドクターの側に若い娘が寄ってきた。確か、アンジェリーナとかいっただろうか。ロドスの秘蔵っ子の1人である。

 顔を真っ赤にして何かを話し、ドクターにラッピングしたものを手渡している。食堂の入り口には数人のオペレーターが隠れてその様子をうかがっているようだ。あの娘がドクターに好意を持っているのは、ロドスの公然の秘密のようなもので、知らないのは恐らく当人たちだけだろう。

 二、三言話すとアンジェリーナは点滴に触れ、心配そうにドクターに問いかける。ドクターはそれに笑顔で答え、贈り物を受け取った。

 そして、アンジェリーナは小さく頭を下げるとそのまま食堂を出ていく。出入口で待ち構えていたオペレーターたちとハイタッチする姿がわずかに見えた。

――あの娘は知らないのだろう。

 絆を結ぶリスクと、それがほころんだときの恐怖を。それでも少し、彼女がうらやましいと思うのも事実だった。

――いつから、こんなにビビっちゃうようになったんだろうなぁ。

 ずっと一人だったし、かつての同志たちが汚れて行く様を見ても大して感情は動かなかったのだけれど。

「……はい、これ」

 思いふけっていると、ふいに目の前に紙コップに入ったコーヒーが現れてプラチナは少し驚く。見上げると、コーヒーをこちらに突き出している相変わらずクソ真面目な表情のグレースロートがいた。

「え、なに?」

「珍しく難しい顔していたから」

 まさか、こんな若造に表情を読まれるとは――。とプラチナは、ますます自分の状態が『良くない』と察する。

「あぁ、ありがとう」

「――あんたは、ドクターのことどう思っているの?」

「……ぶっ!」

 まさかの問いに、危うくコーヒーを噴き出しそうになる。

「な、なにを言っているのかな?」

「もしあんたがドクターの嫌いとか、どうでも良いとか思っていても良い。でも、どうか次の作戦だけは守ってあげてほしい」

「私のこと、信用してないわけ?」

「そうじゃない。けれど、直接言っておきたいと思っただけ。あの人は私にとっても大切……今の好きなロドスに変えてくれたきっかけはあの人だから」

 どんなに経験豊富な討論者であってもひるんでしまうほどのプラチナの冷めた声にも、グレースロートはまっすぐに返す。

「……なるほど」

 相変わらず声は冷めていたが、プラチナの胸の奥はほんの少し揺らいだ。

――あぁ、そうか。この場所(ロドス)が良くないのだ。

 不器用だったとしても、想いの色は違っても、色々な絆がそこら中に貼り巡っている。特にドクターから伸びる『絆』はあまりにも多すぎて、それが壊れる恐怖を他人事ながら感じてしまった。だから、こんなに憶病になってしまったのだ。

「任せてくれて大丈夫。私にとっても、ドクターは大切だから」

 感情に飲まれたまま、呟いたプラチナは今さらながら自分の胸に問いかける。

――私がドクターを思う『大切』ってどんな感情なのだろう。

 

 ◆

 

「……ちょっとドクター! ドクター、大丈夫!?」

 焦燥感に塗れた声が廃墟をこだまする。少しの静寂のあと、ドクターが返事した。

「あぁ、大丈夫だ。野犬に数頭侵入されたんだが……。プラチナがすべて排除してくれた」

「もう! 心配させないでよぉ。僕、てっきりドクターがやられたのかと思った」

「悪い悪い。それで要件はなんだい?」

 ドクターの背後数メートルで折り重なっている鉱石が突き出た野犬を一瞥し、プラチナは一人で陣頭指揮をこなすドクターの背中を見つめていた。

 少し丸まった、小さな背中。触れると折れそうなくらい貧弱なはずなのに、なぜか頼もしい。そのギャップに惹かれたのだろうか。

 もしくはあまりの弱々しさに感じる庇護欲?それともその肩に乗っている重責を哀れに思ったから?

――どれも安っぽいな。

「……プラチナ、ありがとう。助かったよ」

「当たり前だろう? 大切なクライアント様だからね」

「ははっ、確かにそうか」

 軽口を叩きあいながら座り込んだドクターと背中合わせに立ち、プラチナはじっと天井を見上げる。どうやら雨はもうすぐ止みそうだ。雲の切れ間から漏れた日光が、朽ちて落ちた屋根の合間から差し込んで光の筋をつくっている。

「あっ」

「ん? どうかした?」

「思い出した」

――アンタに惹かれたきっかけ。あと、この胸の想いも。

 あまりにも単純でアサシンらしくないし、戦場には似つかわしくない。けれど、気付いてしまった。かなり厄介で絆が緩むと厄介な『大切』な感情の正体に。そして、『向き合いたい』と思ってしまった。

 プラチナはポケットに手を突っ込み、きれいに折りたたんだ1枚の紙を取り出す。

「ねぇ、ドクター」

「ん?」

 振り返ったドクターにプラチナはその紙を差し出して、ほんの少し、頬を赤らめて言った。

「今度さ、もしよかったら遊園地に行かない?」

 

――この厄介な想いの名前は、コイとかアイとか、もしくは恋慕というやつらしい。

 

 ◆

 

 その瞬間は、まだプラチナがロドスに着任して間もない、朝の気配がまだ薄いドクターの執務室で起こった。

 ソファには一人では夜を明かせない少女が眠っていて、ドクターはデスクの床に突っ伏して気絶するように寝ていた。

 ドクターの秘書に指名されたプラチナは、その権限を存分に発揮して普段は滅多に見られないドクターの横顔を眺めていた。

 ただの興味本位。でもそれがいけなかった。

 突然、ドクターが目を覚まして寝ぼけ眼のままプラチナの横髪にそっと触れたのだ。

「うひゃあ!」

「……ん? あぁ、すまない。プラチナだったか」

 思わず声を上げたプラチナに対して、ドクターは声を落として謝った。どうやら寝ている少女に配慮しているらしい。

「勝手に髪に触るなんてサイテーだね」

「悪かったって。でも、勘違いしちゃったな」

「……勘違い?」

 怪訝そうな表情を浮かべるプラチナにドクターは薄っすらと笑って窓を指さす。そこには地平線上に昇り始めた太陽の光が差し込んでいる。

「朝陽に触れたかと思った。綺麗だよ」

 

――多分、自分は思ったよりもチョロい女なのかもしれない。

 

 こんな一言で、彼のことを愛おしいと感じてしまったのだから。

 

 

 




久々の投稿は超絶美少女のプラチナさんでした。
乙女な彼女も最高ですね!
男の子だったら絶対にラノベのヤレヤレ系主人公張れる性格&実力&設定だと思います。
オペレーターが全員主役張れるくらいキャラ濃いのが、アークナイツの魅力ではないでしょうか。
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