ドクターズ・プロファイル   作:日名内 修

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――あの人に、とても似ていたから。
グラニがある人にプレゼントを渡す話。


グラニ -美しい日々-

 任務が終わり、帰路に就く。この瞬間が楽しくて、堪えようもなく浮足立ってしまうのはきっと、万国共通ではないだろうか。

 そんなことを考えながら、グラニは警護車両の助手席の窓を全開にした。真冬の冷え切った空気が高揚感を何とか抑えてくれる気がした。

「寒っ! おいグラニ、何やってんだ早く閉めろ。風邪引いちまうよ」

 運転手のノイルホーンが大げさに体を震わせる。グラニは笑いながら「ごめんごめん」と謝った。

「お前、もう仕事が終わった気でいるだろ」

「まさか! 帰還するまでが任務でしょ。基本だよ、基本」

「ほー。さっきまでノリノリで鼻歌歌っていたくせによく言うぜ」

「あれ? ノイルホーンも一緒に歌っていた気がしたんだけど、あたしの気のせいだっけ」

「……」

 二人のやりとりに、後部座席から和やかな笑い声が漏れる。グラニがルームミラーをチラリと見ると、複数の3、4人のオペレーターたちが笑みを浮かべていた。

 1週間も続いたとある都市での要人警護任務が完了したのは、つい数時間前のこと。途切れることがなかった緊張感から開放され、誰もが肩の荷が下りた表情をしている。

――それに、このまま行けば十分、『今日』に間に合いそうだ。

 グラニはポケットのなかにある小さな紙袋に触りながら、嬉しそうにほほ笑む。

「そういえば、さっきグラニが雑貨屋に入っているのを見たぞ。誰のプレゼントを買ったんだ」

 グラニの心情を知ってか知らずか、ノイルホーンがにやにやと笑いながら言った。後部座席の連中も「マジかよ!?」とどよめいて、身を乗り出した。

「まさか彼氏か?」

「抜け駆けするなよ! 帰ったらロンリーな俺たちと祝杯上げるんじゃないのかよ」

「彼氏じゃないよ……それに、そんな約束した覚えはないんだけど」

 動揺する男たちを苦笑した後、グラニは改めてニッと笑っていたずらっぽい視線を運転手に向ける。

「それに、ノイルホーンもコソコソとアクセサリーショップに入っていたよねー。まさか、自分用じゃないよね。誰に買ったんだろう」

 後方の男たちがまたざわめく。

「おい、ノイルホーン! お前まさかついにヤトウに――」

 誰かが発した声に動揺したのか、ノイルホーンは大きくハンドルを切った。車両はセンターラインをはみ出して蛇行し、車内が大きく揺れる。

 いくら荒野の真ん中を伸びる一本道とはいえ、対向車があれば事故っていたに違いない。それでも、車内は一瞬の沈黙の後、全員の笑い声が溢れた。上官たちに見られていたらきっと大目玉を食らうだろうが、今日だけは少しだけ気の緩みを許してほしい。

 グラニはヘッドライトに照らされて舞う粉雪を見てそう思う。

 地平線に浮かぶ、巨大な家(ロドス)の灯が随分近くなっていた。

 

 美しい日々

 

※※※※※※※※※※※※※※※

 

「先方からすでに連絡は受けている。『経過も結果も兼ねがね良好で文句なし』とのことだ。叱り飛ばす事項もないから、詳細は報告書で十分だろう」

 ロドスの中枢。作戦の隊長を担ったノイルホーンと支援者であるグラニから報告を受けたドーベルマン教官は、いつものように淡々と告げた。狭い一室には、二アールをはじめ数人の上官がいるが、その誰もが「よくやった」と二人をねぎらった。

 同僚たちと過ごした車内とは、打って変わってオカタイ雰囲気。だが、一人だけ浮いている人間がいる。グラニは絶対にその人と視線を合わせないことだけに集中していた。

「……私からは以上。ドクターは何かあるか?」

「あぁ、そうだな。二人ともメリークリスマス」

 たっぷりと髭をたくわえた真っ赤な全身サンタクロースの格好に加え、なぜか頭にはトナカイの角まで生やしたドクターが、真面目な声色で短く告げる。

 不覚にもグラニはバッチリと目が合ってしまい、思わず吹き出す。隣のノイルホーンもつられて笑いだしてしまった。

 さきほどまでの雰囲気をぶち壊して笑うグラニとノイルホーンに、満足そうなドクターをゴミを見るような目で一瞥するとドーベルマンは口を開く。

「メディカルチェックを受けた後はしばらく休憩してくれ。いくら今日が特別な日だからといって、ハメを外し過ぎるなよ……どこかの誰かのようにな」

「それって私のことかい?」

「ああそうだ。自覚がある分、タチが悪い」

 上官たちの不毛なやりとりを聞きながら、グラニとノイルホーンは短く敬礼して退室する。ドアが閉まると、二人はチラリと顔を見合わせてもうひと笑いした。

 

 ◆

 

「いつもの通り、健康優良児です!」

 満面の笑みのハイビスカスに簡易的なメディカルチェックの報告を受けて、グラニは医療棟を後にした。宿舎や食堂などが連なるフロアの様子はいつもと様変わりして、色とりどりの装飾に彩られている。

 雪のスプレーが吹き付けられた観葉植物。長い廊下の両壁には、断続的に点灯するライトが光っている。行き交う人たちも、普段よりもおしゃれな姿をしていた。ロドスと契約して短くない時が過ぎたが、初めて見る鮮やかな光景だ。

――なんだか、幸せだなぁ。

 クスリと笑って、グラニは廊下を歩く。ドレスを着たオペレーターのなかには、肩や足から鉱石がむき出しになっている者も少なくない。ただ、そんな人たちが笑いあう姿が、グラニにはとても微笑ましく映るのだ。

「ねぇ、キミもそう思わないかい?」

 グラニは足下でブンブンと尻尾を振っている犬型ドローンに声をかける。頭が巨大なカメラになっているコイツは、ドクターが個人的に作っているプロファイルの撮影担当だ。今晩のグラニのパトロールを記録するらしいのだが、肝心の飼い主の姿が見当たらない。

「またどこかで油売っているのかなぁ」

 いくら悪目立ちする格好だからといって、今日のような騒がしい様相の基地内で見つけるのは一筋縄ではいかないだろう。

 そのとき、背後からポンッと肩を叩かれてグラニは振り返る。そこにはドクターが立っていた。

「やぁ、グラニ。お疲れ様」

「ドクター! どこに行っていたの……って、なにそれ」

 なぜか体中に金色の星型のブローチが付けられていて、姿形の珍妙さが増している。

「あぁ、イフリータからもらったんだ。作りすぎたみたいで、もったいないから全部付けた」

「そ、そうなんだ。似合っているよ」

「だろう?」

 くつくつと笑いながら、ドクターは両手に持っていた紙コップを手渡してきた。きっと、シャンメリーだろう。薄緑色の液体が小さく泡立っている。

「ありがとう……でもいいのかな、一応、パトロール中だし」

「『自主パトロール』だろう。ドーベルマンも休めって言っていたし、問題ない」

 そう言って、ドクターは紙コップを掲げる。グラニも「りょーかい」と言って笑い、コップを軽くぶつけた。いつもより特別な日のルーティンが始まった。

 

 ◆

 

 幾層にもなるロドスの各階をゆっくりと回る。普段であれば、夜間照明に切り替わる時刻になっても今日はどの階もにぎやかだ。特に食堂には簡易的なステージまで作られて、非番のオペレーターたちが大勢集まっている。

 グラニがひょっこりと廊下から顔を覗かせた時は、ヘソ出しサンタクロースの衣装に身を包んだヴィグナがギターをかき鳴らしながら「メリークリスマス!」と叫んでいた。

 普段であれば食堂を一周して警邏するのだが、今日は避けた方が良さそうだ。

「ドクター、次に行こう――」

「あっ、グラニ!」

 後ろに控えるドクターを促そうとそのとき、群衆の中から誰かの声が聞こえた。見ると、周囲よりも少し高いところに浮いているアンジェリーナが手を振っている。

「もう着いていたんだ! お帰り!」

 グラニも笑顔で手を振り返す。するとアンジェリーナの周囲からひょっこりと幾本かの手が生えて、こっちにおいでと手招きした。

 きっと、顔なじみのオペレーターたちだろう。

――どうしよう。

 パトロール(ドクター)と彼女たちを天秤にかけ、グラニが逡巡するとそっと後ろから背中を押された。

「行っておいで。せっかくなんだから」

 グラニは「ありがとう、ドクター。ちょっと待っていてね!」と返して、群衆のなかに飛び込む。

「お、グラニだ。相変わらずちっちゃいなぁ」

「間に合ったんだな! えらいえらい」

「ちっちゃいって言うなぁ、こら! 頭を撫でないで! 子ども扱いも禁止ね!」

「拗ねないでよー。相変わらずぷにぷにねー」

「顔つねったら怒るからね!」

 人混みのあちこちから老若男女問わず絡まれてグラニはむくれながら、アンジェリーナたちがいたであろう場所を目指した。

――まったく、みんなあたしのこと舐めちゃってくれて……。

 少しふてくせながらも、降り注ぐ「お帰り」に少しだけ胸が熱くなる。人混みが一瞬拓け、アンジェリーナの笑顔が出迎えてくれた。こちらに手を振る周囲のオペレーターたちに向かって、グラニはにっと笑い大きく声を張る。

「ただいま、みんな!」

 

 ◆

 

 グラニが再び、食堂から抜け出したときは半刻ほど経ったときだった。アンジェリーナをはじめ、色々な人にもらったクリスマスプレゼントを抱えて、グラニは廊下に身を乗り出す。

「ごめん! ドクター、待ったせちゃったよね!」

 しかし廊下にはドクターの姿はない。首を左右に振るが、どちらにもあの珍妙な格好をした人物はいなかった。

――誰かに引っ張られて行っちゃたのかな。

「小さき者よ」

 頭上から男の声が降ってくる。微かな声だが、不思議と雑踏にかき消されることがない美しい声色だった。

「ドクターからの伝言だ『キミの求める人は今、雪空を眺めている』と」

「え?」

「確かに伝えた」

 視界の端で影が動いた気がした。

――会いたい人。

 膝の上に器用にプレゼントを乗せて、ごそごそとポケットをまさぐる。微かな包装紙とリボンの感触に、少しだけ胸が高鳴る。

――あの人は、受け取ってくれるだろうか。

 グラニは廊下の窓の外に視線を滑らせる。相変わらず、粉雪が舞っているようだ。

 

 ◆

 

 デッキの最後部。寒さに身を震わせながらホワイトクリスマスを堪能する人たちも立ち入らない、僅かな外灯に照らされた寂れた空間に彼らはいた。

 ほんのりと周囲を白く染め上げた中に立つその姿は、さっきまでの賑やかな空間とはやけに異質だ。

「ひどいよドクター。何も言わずにいなくなるなんて」

「警邏のプロならすぐに見つけてくれるって信じていたからね」

 軽口をたたき合いながら、グラニはドクターの後ろに立った。そして、その横に立つ人物を見上げる。いつもの戦闘着に身を包んだスカジが、二人の会話を意に介さずに雪空を見上げている。

「すごい荷物だなぁ」

「はは、ありがたいことにプレゼントたくさんもらっちゃって……」

「さすがグラニは愛されているな」

 ポリポリと頬を掻きながら言ったグラニは、ドクターの反応に少しだけ申し訳なくなる。本艦内は武器携帯が許可されていないため、愛刀が没収されているスカジの両手は手持ち無沙汰で空っぽだった。

 別に、プレゼントの多さで人の価値が決まる訳ではない。ただ、今の状況に何も感じないほどグラニは無神経な人間ではなかった。

「久しぶりだね、スカジ! その格好、寒くない? カイロあるから使ってよ」

 ゴソゴソとポケットから使用中のカイロを取り出し、スカジに差し出す。目線だけチラリと向けて、スカジは僅かに口を開いた。

「いらないわ。寒さには慣れているから」

 いつも通りの淡泊な反応。予想通り過ぎて逆に笑いそうになる。実際、ドクターは軽く吹き出していた。スカジは少し意外そうにドクターを見ていた。

「二人で何をしていたの? もしかしてデート?」

「私はただここで雪を見ていただけ。そうしたら変わり者の二人に絡まれたのよ」

「……だってさ、グラニ。じゃあここには変わり者が三人いるわけだ」

 軽口で返すドクターに対してスカジはさらに意外そうな表情を浮かべるので、今度はグラニが笑った。無愛想を通り越して鉄仮面のスカジが、当社比でありながらもここまでコロコロと感情を表に出すのは貴重だ。

「どうしてドクターはスカジがここにいるって分かったの?」

「ん? あぁ、たまに二人でここに来ているんだよ」

「へぇ~。アヤシイな」

「グラニこそ、誰かにプレゼント買ったって艦内は持ちきりだったぞ」

「……え、そうなの?」

 一瞬で駆け巡る噂に戦慄しつつ、ドクターのアシストにグラニは感謝する。グラニはポケットから赤色の包装紙に包まれ、グリーンの紐で結ばれたプレゼントを出す。

 そして、それを再びスカジに差し出した。

「メリークリスマス、スカジ!」

 差し出されたプレゼントをスカジは一瞥する。一瞬の静寂。そしてスカジはゆっくりと口を開いた。

「……なんで?」

 なんとなく分かっていた反応だが、今度はグラニが思わず頭を抱えたくなった。

 

 ◆

 

「いやいや、そこは『ありがとう』でしょ!」

 思わず食ってかかったグラニに、スカジは僅かに首を傾げる。

「もう! 社交辞令ってモノをもう少し身に付けてよ……ドクターも笑わないで!」

 腹を抱え、声を押し殺して笑っているドクターを睨み付けたグラニは「ちょっと待ってて!」と言うと、もらったプレゼントを屋根の下に置いて、大股で二人の元に戻った。

 そして、無理矢理掴んだスカジの手のひらにプレゼントを握らせようとするが、彼女の手はびくともしない。

「力が強いよ!」

 よく考えれば、山を吹き飛ばすほどの力の持ち主である。どれだけグラニが力を込めても動じないのは当たり前だ。

 グラニは、初めてスカジと対面した日を思い出す。

 圧倒的な行き違い。言葉足らずで理解しがたい行動。敵も味方も彼女に振り回された。けれど、結果的にはハッピーエンドを迎えられた。その後、同じ場所(ロドス)にいてもほとんど一緒になることはないけれど――。

――だからこそ、仲良くなりたいって思っているのに!

 肝心な言葉が出てこず、グラニは冷え切ったスカジの手のひらを両手で思い切り握りしめた。「伝われ」と念じたがスカジは何も言わない。

 ゆっくりと顔上げると、スカジはじっとこちらを見下ろしている。いつも通りの無表情だが、微かに瞳が戸惑ったように揺れている。

 

――同情とか、施しなんかじゃない。

 ただ、ロドスのクリスマスの光景を思い浮かべたとき、一人ぼっちの彼女の姿が映っただけ。「ただいま」も「おかえり」もなく、ただ窓の外を見ているスカジが脳裏によぎっただけだ。

 きっと彼女にとっては迷惑だろうし、多分、この時を一人で過ごしているオペレーターは他にもいるだろう。いや、今日だけじゃない。誰にも気付かれず、ひっそりといなくなる人だっている。

――それって寂しいじゃないか。

 ただ、そう思っただけだった。でも、それをニブチンのスカジに伝える言葉をグラニは持ち合わせていないのだ。

 グラニが少し血色が悪くなった唇を噛んだその時だった。

 

「中身を開けてみせたらどうだい?」

 ドクターが隣から声をかける。グラニは袋を開け、中から小さなキーホルダーを取り出した。

 飛沫を上げて跳ねる一匹の青い魚。多分、そこまで熟練していない職人が作ったのだろう。絶妙な無愛想さが誰かさんにそっくりだ。

 それをずいっと少し乱暴にスカジの目の前に運ぶ。

「メリークリスマス!」

 今度はそれをスカジは静かに受け取った。

「……でも、なんで私に?」

「だから、なんでもないって。あげたいからあげるの。そういうものなの」

 特に何かに気付いたわけでもなさそうだ。でも、本当は深い理由なんてないのかもしれない。少しだけ、苦笑いを浮かべるグラニの頭上に影が差す。見上げると、ドクターが大きなこうもり傘の羽を広げていた。

「雪が強くなってきた。そろそろ中に入ろうか」

 ピクリとも動かないのを分かっていて、グラニはスカジの腕を引っ張って傘の下に招き入れようとする。すると意外なことにスカジはそれに素直に従った。

 

 ◆

 

「ダメよ、ドクター。2メートル以内に近づかないって約束でしょ」

「……今さら遅いと思うよ。グラ二も入ってるし」

「まったく、あなたたちは災厄に巻き込まれても知らないわよ。守れる自信ないんだから」

 白い息を吐き出しながらポツリポツリと会話を交わす。少し滑稽な光景かもしれないが、グラニにとっては今日で一番温かな瞬間だった。

「大丈夫、あたしとドクターとスカジなら災厄もちょいちょいってやっつけられるって!」

 三人がギュウギュウに肩を寄せ合って歩く。その途中、スカジがふと足を止めてグラニを見つめた。

「……なに?」

「これのお礼を言ってなかったわ。ありがとう」

 キーホルダーを掲げ、スカジは言う。唐突な彼女に今度はグラニが少し面食らった。

「ど、どうしたの? 突然」

「そういうものなのでしょう?」

 グラニは無言で頷く。そして、自然とドクターとグータッチした。

 それを不思議そうに見るスカジに、グラニは今日、何十回目からの言葉を紡ぐ。

「メリークリスマス! 良い夜にしようよ、スカジ」

 

――大・中・小の足跡だけが誰もいない甲板に残されていた。

 

 




少し早いクリスマスのお話でした!
コミュ力が段違いのグラニとスカジが親睦を深めると弊ドクターは幸せになります。
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