ドクターズ・プロファイル   作:日名内 修

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久しぶりの更新です!
超絶不定期ですが、これからも投稿できればと思います!
今回は初めてレベルMax&全スキル上限まで上げたマドロックさんです。


マドロック -泥中にも花は咲く-

かち割れ、砕け、磨り潰せ。

斯様に巨大な岩石だろうと、剛健な金剛石だろうと粉微塵にして地に戻せ。

乾いた地面に這ってでも生き続けろ。

そうすればきっといつか雨が降り、泥濘になり、花が咲くだろう。

 

――たとえ、そこが万人を毒す悪土だったとしても。

 

マドロック ー泥中にも花は咲くー

 

 雪解けが近くなると、泥の季節がやってくる。長い冬を耐え忍ぶ北方の民にとっては待ちわびた時期かもしれないが、多くの人にとってはただの悪路以外に他ならない。

 

――特に、私たちのようなよそ者にとってはな。

 

 マドロックはくるぶしまで沈む地面をチラリと見る。

 水分をしっかりと含んだ重い液状の土塊(つちくれ)は、たとえ軍用車両をもってしても厄介な敵には変わりない。

 先ほどから背中を車両に預けて、両足を踏ん張って動かしているものの、その速度は子どもが歩くよりも遅かった。

 

「だぁー! ちくしょう! こんなことになるなら、マスクなんて置いておけばよかった。息苦しくて邪魔でしかねー!」

「文句言わないでちゃんと働いてください。あなたの今回の担当業務には『車両の牽引』もちゃんと含まれいるんだから」

「分かってるから、こうやっているんだろ! ほら、嬢ちゃんもいっせのーでいくぞ!」

 

 前方の車両からは小一時間ほど、ノイルホーンとフォリニックの賑やかな会話が聞こえている。

 せいぜい足首ほどしかない草原が周囲一帯に広がっていた。雲一つない青空の下、置き去りにされている二台の車には、アンテナがいくつも取り付けられている。ロドスのトランスポート用の特殊車両だ。

 

ーー簡単な任務のはずだった。

 

 フル装備のアーマーの下でじんわりと滲む汗の感覚を感じながら、マドロックは両足に力を入れる。悪路走破性の高いカスタマイズが施された車両、観測地点はロドスの母艦から数キロ程度、敵対勢力どころか人の気配すらない草原。そして……。

 

――ドクターもいる。

 

 マドロックの隣には、彼女と同じような体勢で同じようなフルマスクを着ている優男がいる。違うのはまだ余裕な表情のマドロックとは正反対で「ひぃひぃ」と喘いでいることくらいだ。

 

「ドクター。無理しなくてもいい。私に任せてくれ」

「そうしたいのは山々なんだけどね……。指揮官として現場の『トラブル』に対応している姿勢を見せないと、示しがつかないんだよ」

 

 ヘラヘラと笑いながらドクターは息を切らしながら答える。2台の車両に乗り込んでいた人員は、トランスポーターとドクターを除くと計4人。そのうち、体力仕事が本領域なのはノイルホーンとマドロックだけだった。

 

「……トラブル、か」

 

 ボソッとつぶやき、マドロックはドクターを一瞥する。相変わらず全身で苦悶を描いているものの、肝心の表情はよく分からない。

 マドロックは他人にそこまで興味を持ったことはないし、何を考えているのか知りたいと思ったこともなかった。元々、無頓着な性格もあったが、それよりもこの世界で虐げられてきた経験が大きかった。

 ヒトの思考を知ったところで、どうせ碌なことを考えてないだろうし、碌なことにならないのである。

 だが、ロドスに居ついてしばらく経ってしまったからだろうか。つい、マドロックは脳裏を過った疑問を口にしてしまったのだ。

 

「本当に、トラブルなのか? わざとじゃなくて?」

 

 空が青かったから。空気が澄んでいたから。色々な理由はあるだろうが、その一言で萎縮したドクターの背筋の気配はあまりにも分かりやすく、百戦錬磨のオペレーターたちが見逃すはずもなかった。

 

 ◆

 

「……それじゃあ、俺たちはドクターの『さぼり』に巻き込まれたわけだ」

「とばっちりもいいところですね、ドクター」

 

 一生懸命に車を押していたその数分後。泥だらけのズボンを車の天井に並べ干し、一行はボンネットの上に腰かけていた。

 ノイルホーンとフォリニックの言葉には皮肉がたっぷりと込められているものの、焦燥感は消え失せ、安穏とした空気が流れている。

 

「計画的な休養だよ」

 

 書類が山積みのデスク。鳴り止まない電話。ケルシーの無言の圧力。ドクター曰く「急に何もないところに行きたくなった」らしい。そしておあつらえ向きに、何もない場所を艦が通過することを知り、「諸事情で帰還が遅れるかもしれない仕事」を作った。

 そしてそこに巻き込まれたのが、今、ここにいるメンバーというわけだ。

 

「いやいや、少しは私にも感謝して欲しいんだが。業務中に休めるなんて、君たちにとってもなかなか機会だろう? 最近の勤務状況をチェックして、忙しそうな連中を人選したんだから」

 ネタバラシをした後、ドクターは半ば開き直った姿勢を見せていた。お堅いのか、軟派なのか、何を考えているのかよく分からない人である。

 

「後付け感がハンパないな」

「言い訳にもなってません! 帰ったらケルシー先生に報告します」

「そんなこと言わないでくれよ……そういえば、キンキンに冷えた炭酸飲料もあるんだけど、いる? もちろん、私のおごりだよ!」

「いるいるいる! おいらは一番あま~いのがいい!」

 

 どこからともなく現れた最後の『護衛』であるケオベがどこからともなく現れ、クーラーボックスを掲げていたドクターに抱きついた。

 ノイルホーンも「マジ!? やっぱドクターは最高だぜ!」と高速で手のひらを返す。好天の下で、喉を刺激するのは最高だろう。フォリニックは腕を組んだままだが、ゴクリと唾を飲むのをマドロックは見逃さなかった。

 

「ケルシーとアーミヤには秘密。それだけ守ればOKだ」

 

 ニヤリとした笑みを声に含めたドクターに、フォリニックは一瞬だけ両目を閉じた後、片手を突き出した。マドロックはその一連のやりとりを車列の一番前で眺めていた。その視線に気付いたのだろう。ドクターがマドロックの名を呼んだ。

 

「マドロック!」

 

 視線を向けると同時に、日差しを受けて瞬くビンが宙を舞った。マドロックはそれをなんとか掴む。ゆっくりとドクターに視線を向ける。彼は親指を天に向かって立てる。

 

「乾杯!」

 

 キンッという、爽やかな音が青空に一度だけ響いた。

 その一瞬後、喉を鳴らして煌めく薄茶色の液体を飲む面々をマドロックは黙って見つめていた。口々に「生き返る!」と笑顔を浮かべている。 

 ガヤガヤとにわかに盛り上がり始める周囲にふいと背を向け、マドロックは草原に伸びる泥濘の道を見つめる。

 

――なぜだろう。胸がざわつく。

 

 平和な風景。何段階も軽くなった任務。なのに、どうにも落ち着かない。

 歴戦の勘とか、巫力の端くれの力のような縁起の悪い感触ならまだ分かりやすいのだが、そうでもない。

 くるりと振り向き、マドロックはロドスの「仲間たち」を再度見る。武器(えもの)を傍らに、肩を寄せ、笑顔を向けあう彼らの背後にある西の空にどす黒い雨雲が近づいていた。

 

 ◆

 

 乱暴に屋根や窓を叩く雨のおかげで冷静になったフォリニックは、数刻前にはしゃいでいた自分を少し恥じていた。

 大人と観測装置で埋め尽くされた車内はとても窮屈。充満する湿気も不快だ。それはきっとドクターの甘言に誘惑されてしまった神様からの罰なんだと、少しだけ思う。

 

「……だったら、あの子を巻き込む必要はないと思うけど」

 

 土砂降りのなか、車の外に一人だけ立っているマドロックをチラリと見てフォリニックはつぶやいた。マドロックが輪に入らず、ドクターから貰った「賄賂」の蓋を開けていなかったのをフォリニックはしっかりと見ていた。

 ただ一緒にいただけで、彼女まで罰に巻き込んでしまったのであれば、神様はきっと極度の大雑把か、性格が悪いに違いない。

 

「何で車の中に入らないんだろうな、彼女」

「……さぁ。アーマーを脱ぎたくないんじゃないでしょうか。あのままじゃ車に入らないだろうし」

「でもなぁ、さすがに見てられないだろ」

「なか、びしょびしょにならないのかなぁ~」

 

 フォリニックの視線に気付いたノイルホーンが口を開き、ケオベも巻き込んだ会話がポツリポツリと始まる。

 

「やっぱ、まだ距離があんのかね。ロドス(おれたち)と」

「彼女の境遇を考えれば、当たり前でしょうね」

「でも、あのお姉ちゃんはとっても優しいよ! 土のお人形くれたし!」

「そうですね。彼女はいつもとても冷静だし、温かい人ですよ」

 

 にっこりと笑うケオベにフォリニックも頷く。

 そう、彼女はいつも変わらない。今日も、あの悪夢の夜も。

 そんなフォリニックを目の端に捉えながら、後頭部で腕を組み、ノイルホーンは小さく伸びをした。

 

「……ふ~ん。じゃあ、今日の主役はもしかしたら『あの子』なのかもな」

「どういうこと?」

 

 ノイルホーンの意外な言葉に、フォリニックとケオベは同時に目を丸くする。ノイルホーンは黙って二人の後ろを指さす。

 後方の車両からちょうど、ドクターが出てくるところだった。そしてその脇には、ロドス内ではそこそこ有名になりつつある、カメラ頭のドローンが控えていた。

 

 ◆

 

 寸分先も見えない暗闇。あっという間にぐしゃぐしゃになった足元。降り注ぐ雨音は、直接触れなくとも体温が奪われる気がした。

 数刻前とは打って変わって酷い状況だ。

 だが、マドロックの心中は今日では最も穏やかだった。

 

「やぁ、マドロック」

 

――なんとなく、来る気がしていた。

 

 分厚い雨のカーテンを開くように、灰色と同化するようなフードとローブをまとったドクターが現れる。

 周囲の状況もあってか、見知った人であっても警戒感を抱いてしまうほどの不審者っぷりである。そしてその隣にいるヘンテコなドローンのことは、マドロックは見て見ぬふりをした。

 

「ドクターは中に入っておくべきだ。体調を崩したら洒落にならない」

「心配はいらないよ。こう見えても、心身の負荷には慣れているから」

 

 どこか遠い目をするドクターにマドロックは小さく「そうか」と返す。その後の言葉は見つからない。正直、彼にはあまり近づいて欲しくはなかった。

 

「マドロックは、気持ちは落ち着いたかい?」

「……え?」

「さっきまで少しソワソワしていただろう」

 

 てっきり車の中に引きずり込まれると思っていたのだが、ドクターの意外な問いかけに思わず声が上ずった。

 

「バレていたのか」

「君は意外と分かりやすいからな」

 

 くつくつと笑いながらドクターは返す。また意外な意見にマドロックは再び「そうか」とつぶやく。「表情が変わらない」とか「何を考えているか分からない」と告げられることがほとんどだったので、何とも言えない気持ちになった。

 そしてまた胸がざわつき始めるのに気付いた。

 

「私は、迷惑をかけてしまっているだろうか」

「いつ?」

「今」

「ははっ、それは考えすぎだ。ここにいる人全員に一番迷惑をかけているのはこの私だよ」

 

 軽く笑い飛ばすドクターのフェイスカバーの奥をじっと見つめる。ドクターは嘘は吐かない。だが時々、「気付いてない振り」をすることにマドロックは何となく気付いていた。そんな彼女の様子を察したのだろう。ドクターは軽く肩を竦めた。

 

「……たまに目がくらみそうになる」

 

 胸に生じたヘドロを吐き出すように、マドロックは自嘲気味に少し笑った。

 

「真っ直ぐに伸びる道も、遮るものがない空や大地も……明日がやってくる期待も今まであまり知らなかったから」

 

 レユニオンという「拠り所」を自ら離れ、訪れる街々を追われ続け、大陸を彷徨い、仲間を失った。それでも前に進み続けた。障壁を壊し、その跡には血みどろの泥だけが残った。そして今、ロドスという安寧を得た。

 他の者からするとそれは頼りない箱舟かもしれないが、マドロックと小隊の生き残りにとってはそこは安息の地といっても大げさではない。

 

――だからこそ、恐ろしい。

 

 ロドスに身を寄せてから、そんなに長い時間は経っていない。だが、それでも身を削る以外で仲間を守る方法を知り、傷だらけの自分たちに差し伸べられる手の温かさを感じ、穏やかに笑う小隊の仲間たちの表情を見た。

 

――そして、初めて「友」を得た。

 

 ドクターと出会い、いたずらに矢面に立ち、壁になる機会は少なくなった。前衛なのは当たり前だが、暴力や理不尽を磨り潰すようなマドロックの戦い方は劇的に変わった。

 ドクターに視線を向け、マドロックは想う。

 狭くて暗くて冷たい。そんな道ばかり歩いてきた自分にとって、ロドスもドクターも明るすぎる。だからこそ、たまに眩暈がするのだ。

 そして少しだけ嫉妬する。きっと、彼が私だったらきっともっと上手に立ち回れていたに違いない。犠牲も少なく、多くの人に希望を与えられたのだろう。

 

――どうしたって私にはそれができなかった。瓦礫を残すことしかできなかったのだ。

 

「……よかった」

「よかった?」

 

 予想外の言葉が聞こえ、マドロックは顔を上げた。

 

「マドロックには、私たちが明るく見えているのだろう? きっと人が違えば、そうは見えないだろうから」

 

 ドクターは軽く笑う。

 一瞬、マドロックは目を見開く。ドクターの背後におびただしい血に塗れた崩壊した足元が映った気がしたのだ。

 

「君にとってそう見えているだけで。君がそう想ってくれるだけで、私たちはまだ前に進められる」

「……ドクター」

「誰かにとっての光であれば、きっと、私たちが進んだ道にも芽は芽吹くはずだろう」

「泥濘であってもか」

「むしろ、そっちの方が好条件な植物もあるかも。ほら蓮の華とか咲きそうじゃない?」

 

 ドクターの軽口にマドロックは思わず小さく噴き出した。

 

「やるべきことなんて、気付いたら見つかっているさ。ロドスと君が交わした契約は知っているが、私たちにとって、君が前にいるか、後ろにいるかは関係ない。『そこにいるだけ』で十分だ」

「……あぁ、ありがとう」

 

 マドロックはどこか照れくさそうに礼を告げる。そしてなんとなく、ドクターが今日、お忍びした理由に気付いた。

 

「ほんっとドクターってカッコつけたがりますよね」

「同感」

 

 いつの間にか隣にやってきていたフォリニックとノイルホーンがチクチクと嫌味を言う。ただ、彼らの傘の半分はドクターとマドロックに影を差していた。

 

「お、気が利くね。ありがとう」

「フルフェイスマスクの二人が外で見つめ合っていたら、そりゃ気になるだろう」

「……傘は大丈夫だ、あなたたちが濡れてしまう」

「今更、ちょっと濡れたくらい関係ないですよ。ほら、もっと中に入って」

 

 鼻息荒く言うフォリニックに、マドロックは少しだけ目を丸くする。彼女とは浅からぬ縁がある。だからこそ、こうして同じ傘に入る機会があるなど想像もしなかった。

 

――そこにいてくれるだけでいい。

 

 きっと、それだけで変わるものがあるのだろう。ドクターにかけられた言葉を頭の中で反芻し、マドロックはほんの少しだけ笑った。そしてせっかくの機会なのだから、最後に少しだけ我儘をさせてもらうことにした。

 全身を集中し、巫力を高める。そして思い切り、地に向かいそれを放った。

 

 ◆

 

 地面が一瞬隆起し、泥の巨人たちが無数に這い出てきたのだ。

 

「……マドロック!?」

 

 さすがのドクターも想定外だったのだろう。

 驚く彼らを他所にマドロックは、フォリニックとノイルホーンを車に押し戻す。そして巨人たちに命じ、後部の車も一緒に持ち上げたのだ。

 

「これで進めるだろう。ほら、ドクターはこっちへ」

 

 自らも巨人の肩に乗り、ドクターに向かって手を伸ばす。

 ドクターも状況を理解したのだろう。にっと笑った様子を見せると、その手をしっかりと握った。

 

「随分と急くじゃないか。もっと落ち着く環境にいてもいいんだよ」

「……帰りたくなったんだ。あの場所に」

 

 巨人の手のひらに並んで乗った二人は、短く言葉を交わす。

 

「そうか。じゃあ、帰ろうか」

 

 雨音とアーマー越しに聞こえたその言葉が何よりも温かく感じた。

 

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