ドクターズ・プロファイル   作:日名内 修

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アンジェリーナ -少女存在証明:後編-

 龍門は巨大で豊かな街だ。

 行き交う人々の表情は活気に溢れていて、そこにいるだけで元気をもらえそうな気がする。

 ドクターと二人きりのデートは、ペンギン急便やドーベルマン教官のアドバイスやイェラグのお守りのおかげが不安以上にスムーズだった。

 テラスに腰かけて、しぼりたての果実がたっぷりと入ったジュースを飲んだ。

 流行りの服をウィンドウショッピング――クロワッサンは「奢ってもらえ!」と言ったが、さすがにそこまでは頼めない。

 たっぷりと充実した時間を過ごす。

 けれど、その片隅にある小さな“しこり”の存在のせいでアンジェリーナは時々、ぼぉっと考えこんでしまうことがある。

 

「あぁ、楽しかった! ……でも、本当にこんなことがプロファイルになるのかな」

「ははっ。アンジェの貴重な休息の記録だ。十分良いデータになるよ」

「ほんとかなぁ」

 

 唇を尖らせたアンジェリーナは、はたと立ち止まる。

 華やかな路地の一角。そこから伸びる路地は薄暗く、地面は舗装もされていない。煤だらけの壁が、あまりにも今立つ整備が行き届いた環境と違い過ぎて、アンジェは思わず目を伏せた。

 

――ダメだっ!

 

 すぐに思い直し、アンジェは前を向く。特製ミーボは光学迷彩でステルス中だが、今もきっと撮影中だ。

 

――“こんな姿”を残されるわけにはいかない。

 

 チラリとドクターを見ると、彼はじっとスラムを見据えている。

 

――やっぱり、あたしにはできないかもしれない。

 

「……雨だ」

 

 ドクターが小さくつぶやく。その声に、胸がドキリとする。これまでの緊張や期待とは違う。悪いことがバレたときのような居心地が悪い心臓の高鳴りだ。

 ポツリと大粒の雨が降ってきた。

 

 

 スラムの入り口のすぐ脇にあるテナントの前で、ドクターとアンジェリーナは並んで立って雨宿りしていた。

 雲の厚さや雨の激しさから察すると、しばらく止む気配はなさそうだ。

 道行く人はあっという間にいなくなり、薄暗い世界にはいるのはドクターとアンジェリーナだけ。

 きっと、もっとドキドキして良いシチュエーションなのだろうが、アンジェリーナの心はなぜかどんよりと曇りはじめていた。

 

――ダメダメ! もっと前向きでないと。

 

 でないと、どうなるのだろう。と自分の心持ちがわずかに揺らぐ。

 その時だった。視界の隅で何かが動いた。

 ドクターとアンジェリーナはほぼ同時に下を向く。

 スラムの路地から歩いて出てきたのは、薄汚れた服をきた幼い少年だった。

 

 少年はドクターとアンジェリーナを見比べ、とことことアンジェリーナに駆け寄ってくるとズボンの裾を引っ張ってくる。

 

――きっと、物乞いだ。

 

 アンジェリーナは少年と目線を合わせるように膝を折って、「ごめんね。あげられるもの何もないの」と言う。しかし少年は首を横に振りながら、服の裾を引っ張り続けた。

 少年の肘からは鉱石が飛び出ていて、首筋にもまるで鱗にような鉱石が張り付いていた。

 

「……ごめんね」

 

 なんとも言えない気持ちになって、アンジェリーナは少年から目を逸らす。

 

「行こう、グラベル」

 

 ふいにドクターが口を開き、アンジェリーナは驚いて顔を上げる。同時にドクターの隣にピンク色の影が差し、彼の懐刀が姿を現す。

 ドクターは、少年に目配せして「連れて行って」と言った。すると少年はアンジェリーナの服の裾から手を放し、勢いよく走りだした。

 

「アンジェリーナ、少し待っていてくれ。あと“反重力”の準備を――多分、怪我人を運ぶことになる。あの少年の肩に血がついていたから」

 

 そう言ってドクターとグラベルは路地を曲がっていく。

 

――追いかける? いや、ダメだ。スラムのなかでは何があるかわからない。なにか別のトラブルに巻き込まれたら、それこそ迷惑をかけてしまう。

 

 一緒に行くなら、ドクターが地面を蹴るそのタイミングしかなかった。

 

――気づけなかった。物乞いだと決めつけた。 

 

 憧れの人の足音が遠ざかる。アンジェリーナは唇を強く噛みしめる。

 どうしようもない無力感が、雨音のなかで増大していく。

 

 

 それから一時間後、ロドスは軽い騒ぎになった。休暇だったはずのドクターとアンジェリーナが全身ずぶ濡れで、しかもドクターとグラベルのそれぞれが血みどろの感染者を背負ってきたのだから、当然といえば当然である。

 ようやく騒動が落ち着いたのは、患者が集中治療室に入ってしばらく経った頃だ。

 

「ここにいたのかい。よかったコーヒーが冷める前に見つけられた」

「……ドクター」

 

 デッキのフェンスに体を預けていたアンジェリーナに、両手に紙製のコーヒー容器を持ったドクターが声をかけた。

 

「あの子の両親は野犬に襲われたようだ。かなりひどい傷だったが、命に別状はなさそうだ」

「そっか……よかった」

「あの少年の勇気のおかげだな。スラムの外に助けを求めるとは」

 

 そう言いながら、アンジェリーナにコーヒーを差し出す。反射的にアンジェリーナも手を伸ばそうとして、すぐにそれを引っ込めた。

 そして、ドクターに頭を下げた。

 

「……ごめんなさい」

「なんで謝るんだい?」

「私、あの子が助けを求めるなんて気づかなくて」

「左肩の後ろに血が付着していた。アンジェの角度からでは見えなかったから、気づかなくて当然だ」

 

 柔らかい声に、アンジェリーナの涙腺が少し緩む。

 

「あたし、この前ドクターに言ったよね。『ドクターが感染者のために頑張り続ける限り側にいるって。みんなのために頑張らなきゃって』。でもダメ、全然役に立ってない」

「だから休日も色々な人を手伝っていたわけか」

「……」

 

 アンジェリーナはうなずく。

 

「でも、ロドスの色々な人に会うたびに分からなくなる。何をすれば、本当にドクターの――みんなの役に立っているのか」

 

 決意を固めた。目指すべき未来だって見えているはずだ。けれど、それに至る道はあまりにも険しく、その度に無力感がひしひしと感じてしまう。

 ドクターはすごい。休憩室ではドクターの話題になるだけで、あんなに人が集まる。ほんの少しの情報ですべてを察し――感染者であろうとスラムの住人であろうと、当たり前な顔をして手を差し伸べる。

 力になりたい、側にいたい。そう思うほど、あまりにも遠い距離に足がすくんでしまう。

 

「ごめんね。こんなはずじゃなかったんだけど」

 

 それが今日のことなのか、以前にドクターに宣言した約束のことなのか。もしくは両方なのか、アンジェリーナにも分からなかった。

 

「どうやらアンジェは、客観的に自分を見る訓練をした方がよさそうだ」

「……え?」

 

 ドクターはアンジェリーナの手を取り、半ば無理やりコーヒーの容器を握らせる。熱いくらいのぬくもりが、アンジェリーナの手のひらを柔らかく包んだ。

 

「あとはもうちょっと弱みを見せるべきだな。君の愚痴なら受け止めてくれる人たちはたくさんいるだろう」

「……でも」

「ここに来るまで、一般オペレーターからクリフハートやクロワッサンみたいな外部の人間からも散々言われたよ。『なにかアンジェにしていないか』とね」

「……別にドクターは何も」

 

 悪くない。と言いかけたアンジェリーナをドクターは手をかざして遮る。

 

「そこは論点じゃない。私が言いたいのはね、君が暗い顔をしているだけで上官に食って掛かる人がたくさんいるということだ。それはとても重要で、誰よりも君が尊ぶべき君の長所」

 

 アンジェリーナは眉をしかめる。「何が言いたいのか分からない」という心の声に気づいたのだろう。ドクターは言葉を続ける。

 

「君が君でいるだけで、救われる人も多いということさ」

「でも、他のオペレーターの人たちはもっとちゃんとしていて、ブレてないっていうか――」

「ははっ、そう見えるだけだろう。ことさらロドス(ここ)のオペレーターたちは、弱い自分を見せるのが苦手な連中が多いから」

 

――それは、ドクターも?

 

 聞きたかったが、やはり尋ねられなかった。

 

「……いつか、私も追いつけるかな。ドクターの側にいられるかな」

「それはアンジェの心持ち次第だろう。君はすでに私にはできないことをやってのけている」

「それって一体?」

「……きっと、もうすぐ分かる」

 

 ドクターはそう言ったきり、口を開くことはなかった。

 アンジェリーナは少し消化不良な気持ちなまま、並んでコーヒーを飲む。けれど、自分でも不思議なほど、暗闇に響く雨音が優しく感じられた。

 

 

 

 それから一カ月が過ぎた。

 アンジェリーナが一人で廊下を歩いていたことである。

 

「アンジェお姉ちゃーん!」

 

 駆け寄ってくるのは、ロドスで鉱石病の治療を受けている子どもたちだ。その後ろにはハイビスカスとガヴィルがいる。

 

「やっほー! 今日も元気だね~」

 

 アンジェリーナはそれぞれの名前を呼びながら抱きしめる。そのなかに、見覚えのある姿を見かけ視点を止めた。

 あの、雨の日の少年が立っていた。

 まだ集団に慣れないのか、少し離れたところでもじもじしている。

 

「お姉ちゃん、花火やって花火!」

 

 子どもたちにせがまれ、アンジェリーナははっとする。

 

「えーどうしようかなぁ。みんながいい子にしていたのなら、やってあげる」

「してたしてた!」

「よーし、じゃあ少し待っていて」

 

 男の子に“おいで”と手を招きながら、アンジェリーナは言う。ハイビスに背中を押され、少年はようやく輪の中に入ってきた。

 その男の子の目の前にオレンジ色の飴玉を取り出し、アンジェリーナは飴玉をポンと宙に投げる。

 その場の重力を少しだけ調整して、飴玉だけがスローモーションのように動き出した。さらに飴玉の内側から外側に向けて、重力のアーツをほんの少しだけ操作する。

 弾けた飴玉はまるで花火のように、ゆっくりと広がった。

 きゃあきゃあと子どもたちがはしゃぐ。大きな口を開けて驚く少年の口に、飴玉の欠片はゆっくりと入っていく。

 その瞬間、男の子はくしゃりと年相応の笑顔を浮かべた。

 

――もうすぐ分かる。

 

 その時、アンジェリーナはドクターの声を思い出し、はっとする。

 なんとなく、本当に合間だが、ドクターが何が言いたかったのが分かった気がする。

 敵の命を奪うだけじゃない。消えそうな命を救うだけじゃない。今を生きる人たちの希望や勇気を、その場だけでもいいから笑顔を与えられるのであれば、それはきっと何よりも未来を向く原動力になるだろう。

 

 廊下の窓から降り注ぐ日陽の筋に、憧れのあの人の背中が確かに見えた気がしてアンジェリーナはゆっくりと立ち上がった。

 

 

 

 

「ちゃんと撮れてる?」

「うーん大丈夫だと思う。というか早くして、この犬めちゃくちゃ重いんだから!」

 

 拝借してきた撮影用ミーボを両手で抱え、クリフハートはアンジェリーナに向かって言う。

 

「はいはい。ドクター、見てる? 今日から新しい日課を始めようと思って。せっかくだからこれもプロファイリングして欲しいから、ミーボちゃん借りちゃった」

 

 そう言ってアンジェリーナは、ミーボのレンズにこぎれいな箱に入った2つのお守りをみせる。

 

「実はドクターと一緒に龍門に行く前に、お守りもらっちゃったんだよね。だから私も、お守りを作って返そうと思って」

「ちなみに最初に作ってもらったのはあたしねー」

「ちょっと、エンシア! 横から口出さないで……。あとついでにこれからお世話になった人たちにも、お守り作って渡そうと思って……ちょっと重いかもしれないけど」

 

 アンジェリーナは少しだけカメラから目線を外す。

 

「ドクターにももちろん作るから期待していてね~。あと、お返しも期待しているからよろしく! 全部ここに保管しておくから」

 

 冗談ぽく言った後に、アンジェリーナは手をひらひらと振って映像が切れる。

 これで彼女のドクターズ・プロファイルの記録の初回記録を終わっている。

 

 

 

――ちなみに、この動画の続きは、箱一杯になった“お返し”が映されるシーンから始まるのだが、それは数年後、もしかしたら数十年後の遠い未来の話である。




ドクターラブ勢としてあまりにも有名なアンジェリーナさんのお話でした。

色々とエモい設定多すぎなアンジェですが、所謂「普通の女の子」なのに星6だという点が個人的に非常に刺さります。
他の星6は能力(例:スカジさん)や立場(例:某元王族&某社長など)がぶっ飛んでる人たちが多いので、逆に浮いている感じがしています。
プロファイルもドクターへの憧れや恋心(?)、オペレーターとの重責などを吐露している部分も込めて普通で、ある意味「主人公感」が個人的にビシビシ伝わってきていいですよね。
多分、彼女たちが現ロドス、未来は別の名前になっているかもしれないですが、ドクターやケルシーたちの次世代を担うんじゃないかなぁと勝手に想像しています。

あっでもCEOもまだ14歳なんですよね……。
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