雪風に吹かれながらそう願うシージと、ドクターの友情のお話。
季節外れの寒風が吹きすさぶ、戦場の真ん中である。
舞う雪の白。あちこちで轟く赤黒い爆炎。灰色の廃墟の影。色彩の乏しい戦場に、金色の髪が激しく乱れ、はためいている。
血だらけの男の上で、純金よりも鮮やかなシージの黄金の瞳孔が開いた。
「……投降しろ。これが最後だ」
血の気が失せた青白い唇から低い声が漏れ、同時に吐いた白い息が突風にまかれて消えていく。シージに組み伏せられている男――レユニオンの兵士は、彼女が与えた最後の情けを嘲笑う。
「お断りだ。ロドスのペテン野郎。お前らの捕虜になるなら死んだ方がましだ」
吐き付けられた唾を、シージは少し首を動かしてかわす。「ちっ。惜しかったなぁ」と男は、ひゅうひゅうと掠れた息を漏らした。シージは全く表情を変えず「……そうか」と呟く。
そしてゆっくりと黒金のハンマーを片手で振り上げた。
「日和見主義の裏切り者め! てめぇらも地獄に落ちろ!」
それが、男の最期の言葉だった。振り下ろされたハンマーの一撃で首がぐしゃりと折れ、突き出た骨と皮膚の隙間から鮮血が吹き出る。
苦しむ間もなく殺してやる。それが、男に対してシージが施せる唯一の優しさだった。モノクロの世界に、新たな血だまりが生まれる。シージはゆっくりと立ち上がり、周りをぐるりと見回した。
怒号、叫喚、爆音。怨嗟の声で戦場は満ちている。
――我々はどこに向かって歩んでいるのでしょうか。
耳の奥で反芻するいつか誰かに言われた言葉から逃れるように、シージはゆっくりと戦闘の渦中に歩み始める。その途中、何気なく北西の空に立ちこめる真っ黒い曇天が視界に入った。
――故郷は、あの方角だったろうか。
ロドス、レユニオン、龍門、ウルサス。見渡す限り広がるのは戦場と底知れない暴力、そしてドス黒い陰謀詭計(いんぼうきけい)。血みどろの日常に引きずりこまれたグラスゴーの首魁の瞳に、まだ太陽は映らない。
Siege(シージ)―其の関係を友と云う―
※※※※※※※※※※※※
フロストノヴァが率いる少数精鋭部隊「スノーデビル」を撃退し、包囲網を突破したロドス一行は南下して市街地を抜けようとしていた。車両も武器も失った。まさに満身創痍の撤退である。
先の戦闘はロドスにとって地獄であったが、それは敵にとっても同じである。“最強の部隊”の戦闘員たちはロドスのオペレーターたちによって、ある者はズタズタに引き裂かれ、ある者はアーツによって黒焦げになり、そしてある者は肉塊になった。圧倒的有利な状況を覆された衝撃は大きいらしく、追っ手の気配はない。
「シージさん。怪我はないでしょうか、体を見せてください」
廃都市に背を向ける一隊のしんがりを走るシージの横に、担当の医療オペレーターであるミルラがやってくる。元々、戦場に出る役目でない華奢な彼女には、この地獄みたいな状況は相当応えているのだろう。髪は乱れて顔は青ざめ、小刻みに震えていた。
「私は大丈夫だ。部下を先に診てやってくれ」
「いいえ。優先順位はシージさんが先です。皆さんのリーダーなんですから」
「私は無傷だ。問題ない」
「ずっと前線にいたじゃないですか。いつも言っていますが、シージさんはただでさえ感染リスクがとても高い状態です。それに街の外には本部の救援部隊が到着しました。迅速に次の行動に移すためにも今のうちに確認だけでも――」
「問題ないと言っている!」
無理矢理腕を取ろうとするミルラを払いのけ、シージは「しまった」と思った。ミルラの煤だらけになった眼鏡の奥の瞳が大きく揺れる。
「そう、ですか。すいません、私余計なことしちゃいましたね。あとでまた来ます」
震える唇をなんとか動かし、ミルラは前方へと駆け戻っていった。グラスゴーの部下やロドスのオペレーターたちが、無言でシージをチラリと見る。普段は物静かなシージが声を荒げることは滅多にない。こんな状況だから仕方ないとはいえ、癒やしにきた医療オペレーターに怒鳴るなど“らしくない”ことは自分でも分かっていた。
――この気持ちをどう整理すればいいんだ。
部下には話せるわけがない。それはインドラのような側近であっても同じだ。自分は彼女たちのリーダーなのだから。ロドスの他のオペレーターになど、もっと口外できるはずがなく、シージはただ無言で砕けたアスファルトを蹴り上げた。
――信頼できる人が欲しい。部下でも利害関係者でもない。ただ、この形にできない思いを吐露できるのであれば。
そんな人をなんと呼称すればいいのか、シージには分からない。
ただ、心からそう願ったときに真っ黒なフードを被ったロドスの司令の背中が視界の端に映ったのは、きっと偶然ではないのだろう。
◆
廃都市の郊外には数機の飛行輸送船が待機して、ボロボロになった彼らを出迎えてくれた。周囲には2つの軍幕が張られ、うち1つは司令部、もう1つは重傷者の応急処置の場になっていた。
司令部の軍幕ではアーミヤとドクター以下、10人程度のオペレーターたちが1つのテーブルを囲っている。招集されたのはいずれも“普通”のオペレーターではない。小隊の隊長やそれと同等以上の実力者たちだ。
「皆を労いたいが、まだ戦いは終わっていない。まずは私たちの話を聞いてくれるとありがたい」
ドクターが口を開き、作戦会議(ブリーフィング)が始まる。言葉を続けたのは、ドクターの横に立つアーミヤだった。
「龍門がレユニオンの襲撃を受けています。まだ、口火は切られたばかりですが、近衛局の拠点が陥ちるなど戦況は芳しくありません。ロドスは龍門との協定に基づき、早急に支援に向かわなければなりません」
にわかに場が沸き立つ。憤怒を露わにする者はいないが、アーミヤの発言に前向きな反応は明らかに少ない。シージも密かに眉をしかめる。当然といえば当然だ。チェンとかいう龍門近衛局の上役の行動はあまりも不誠実だった。
「苦情がある者は――まあ、少なくないだろうから、“私たちの帰還後”に受付窓口を設ける。いくらでも付き合うから、それまでは我慢してくれ」
肩をすくめたドクターに、数人が苦笑する。帯びかけた嫌な熱が幾分か和らいだ。ドクターやアーミヤが先陣を切るのであれば、オペレーターたちも私情を切り離しやすくなるのだろう。
「すでにロドスの行動隊が龍門に入って近衛局を支援している。おそらく、敵の幹部と交戦する部隊も現れるはずだ。私たちはそこに直接乗り込んで叩く――とはいっても、不確定要素も多い。万が一のために、強襲部隊はロドス直属のオペレーターで編成する。エンカク、ヴィグナは私たちの護衛を。12Fは輸送機から援護を頼む」
ドクターの指名を受けた術士と槍使いは真面目に返事をして、青髪の剣士は不敵な笑みを浮かべて口を開いた。
「ロドスの兵なら死んでもいいというわけか。なるほど、実力が戻ってきたじゃないか」
「鋭いが少し違うな、エンカク。殺しても死なないような連中を選んだら、たまたまそうなっただけだ」
「なにそれ、すごく失礼なんですけど」
ヴィグナがむくれると少し場違いな笑いが起こり、さざ波のように引いていった。
「学生自治団、グラスゴー、イェラグの皆さんは、ドーベルマン教官の指示に従って本船に帰還してください」
「……たった5人で強襲をかけるとは、よほどの自信があるようだな」
これまで黙っていたシルバーアッシュが口を開いた。銀色の鋭い瞳はまっすぐアーミヤに向けられている。
「……ええ、策も戦力も十分です」
「分かった。ならば私も行こう。ロドスの策と秘密の戦力とやらをこの目で見てみたい――それに、私の知らないところで盟友を危険にさらすわけにもいかないからな」
「指示に従えないと?」
「違うな、これは提案だ。ロドスの勝利をより確実にするためのな」
「アタシも行くぜ、社長さん。レユニオンにぶっ殺されそうになっているやつがいるのに逃げ帰るなんて、死んでもできねぇ」
シルバーアッシュに続いて、ズィマーも手を挙げた。聞き分けのないリーダーたちに向かって、アーミヤが呆れた様子で口を開きかける。その時、軍幕の隙間から青い長髪の女性が顔をのぞかせた。
「ドクター、アーミヤ! いつまで待たせるの。退屈で死んじゃいそうだわ」
「シルバーアッシュ、ズィマー。それなら同行を願おうか」
「……ドクター?」
「彼らはとにかく頑固だからね。攻撃の機会を会議でつぶしたくないだろう?」
「……分かりました」
一瞬、ドクターとシージの視線がぶつかる。口を開きかけ、一度閉じる。ほんの一瞬の逡巡だったが、シージには分かっていた。
――今の迷いに気づいた人間は、決して少なくはない。
「代表の指示に従おう。グラスゴーはロドスに戻ろう」
「……ありがとうございます。それでは詳細は私たち帰還後に」
シージの隣を歩き、強襲メンバーたちがぞろぞろと軍幕から出ていく。
彼らが姿が現すと現場は一気に動きだした。一機だけ黒塗りで異彩を放つ飛行輸送船の巨大なプロペラが回転し始めた。爆音が轟き、砂塵が巻き上がる。
オペレーターたちの声に背中を押され、即席の強襲部隊は飛び立つ。その間、シージは薄暗い幕間に一人きり、ただ遠い歓声を聞いていた。
◆
「聞いたか。ロドスのエリートオペレーターが、ほとんど一人でテロリストどもを圧倒したとか」
「強襲機まで持っているとは。ロドスは一体どこまで戦力を隠しているんだ」
「社外秘とはいえ、いつもは素知らぬ顔して俺たちを使いつぶしているくせに。とんだ“ペテン野郎”だな」
「――本当に危険な組織はもしかすると、レユニオンではなくこのロドスかも」
「ロドスのトップの3人には注意しなければ」
龍門から強襲部隊が帰還した後、喜びの声を上げるロドスのオペレーターたちの影で、声を潜める“ロドスの協力者”も少なくはなかった。
――危険を犯してまで龍門を救ったというのに。不憫だな。
先が見えないロドスの本船の廊下を歩きながら、シージは思いにふける。
――どの組織の人間かは覚えていないが、やつらの視界には私が入っていたはずだ。それでも会話を止めなかったということは……。
グラスゴーはロドスと一定の距離を置いていると思われているか、それともこちらに不信感を抱かせるために、わざと聞こえるように会話していたかのどちらか。
――もしくはその両方か。
現場を共にするオペレーター同士はそのような気苦労はないが、後方支援や事務方の人間たちは、ロドスや他の組織の監視や噂話で忙しいようだ。
BSW、ペンギン急便、使徒、龍門、イェラグ、ライン生命そしてグラスゴー。数多くの組織と協定を結び、人材を招いているロドスでは、様々な思惑が渦巻いている。それがシージにとって日に日に鬱陶しさを増していた。
「龍門の強襲作戦にグラスゴーは参画しなかったらしい」
その事実から派生する“嫌疑”の内容は、あまりにも想像に容易くシージはうつむいてため息を吐いた。他意があるわけではない。だが、素直に協力を申しだせなかったのは間違いないのだから、心中は複雑だ。
表情を変えないまま、シージは手に握っている一枚の紙をチラリと見る。
―――――――――――――
「×月×日。ウルサス帝国廃棄都市戦闘における窓口について」
対象:該当戦闘の参加者
場所:ドクター執務室
期間:本日より3日間
受付方法:予約制
―――――――――――――
先ほど、インドラに乱暴に手渡された用紙にはそう書かれている。
どうやらドクターは本気でオペレーターたちの意見を聞く気らしい。普通では考えられない対応に、さすがのシージも最初は目を丸くした。
とはいえ、いつもであれば「面倒ごと」だと判断して見向きもしなかっただろう。ただ、今回はインドラの無言の圧力に負けて重い腰を上げた。
長い仲だから分かる。生粋のギャング気質であるインドラにとって、今回の戦闘不参加を不満に感じないわけがない。それでも胸ぐらつかんでこないのは、彼女なりの気遣いなのだろう。だから、こうして紙を投げてよこすだけで我慢している。
――自分でケジメをつけろ。
そう言う意味だろう。ようやくドクターの執務室の前に立ち、シージははっと目を見開いた。自動ドアの前には『CLOSE』という札がぶら下がっている。
ようやくシージは、思い出した。相談窓口は予約制だったことを……。
◆
「ドクターなら病棟にいるわよ~」
軽く絶望したとき、ふいに背後から声をかけられてシージはゆっくりと振り返った。
夜間モードで薄暗くなった廊下。蛍光灯と蛍光灯の真ん中の光から一番遠い場所に、ピンク髪の暗殺者に壁に背を預けて立っている。
シージに話しかけているようだが、興味など皆目なさそうに廊下の窓から覗く月を眺めていた。
「病棟? ドクターは怪我をしたのか」
「まさか。私が生きるうちは指一本触れさせないわ」
「なら誰かの見舞いか?」
「残念。あなたみたいにアポなし突撃する人たちが多すぎて逃げ出したのよ」
くすくすと笑った後、グラベルはふいにシージに向かってナイフを投げつける。トンッと軽い音を立ててナイフがシージの頬のかすめて壁に突き刺さった。
よく見るとナイフの先が吸盤になっていて、そこに一枚のメモ用紙が添えられている。
「病棟の警備にそれを見せたら、ドクターのところまで案内してくれるそうよ。会いたいなら、行ってみたらどうかしら」
「……なぜ、ドクターはこんなことを」
メモを手にしてシージは逡巡する。
――罠か?
と一瞬考えるが、すぐに思い直す。さすがにそれはあり得ない。あくまでもグラスゴーとロドスは協力関係で味方同士だ。では――とシージは考える。
――私とドクターはどのような関係なのだろうか。
作戦上は上官だろうが、常に指揮命令されるわけではない。もちろん部下ではないし、同僚というわけでもない。とはいえ、他人と言い切るのも憚れる。
「ほら、早く行ってみたら?」
突然、ぼぅっと突っ立ったシージに、グラベルが話しかける。どうやら、選択肢はないようだ。
シージは暗闇に向かって歩を進めた。
◆
警備オペレーターに連れて来られたのは、医療棟の屋上だった。外に出るための鉄製のドアの前には、護衛のノイルホーンが控えていた。
「ドクターなら外にいるぜ」
まるでシージが来ることを知っていたかのように、親指を後ろに向ける。ドアを開けると、初夏の心地良い夜風が吹き込んでシージの髪を揺らした。
満点の星空の下、ドクターは屋上の真ん中で空を見上げていた。同系色のコートを羽織っているからだろう。まるでそのまま吸い込まれるのではないかと、シージはドクターに近づきながら思った。
「苦情を言いに来たんだが。窓口はここで合っているか」
「……いや、今日はもう閉店したんだ。それ以外の用事なら大歓迎だが」
疲れ切った声に苦笑しながら、シージはドクターの横に並ぶ。
「休まなくていいのか」
「その言葉、そっくりそのまま返すよ。ミルラが明日、朝一で乗り込んでくるぞ」
「……あのオペレーターには悪いことをした」
「私じゃなくて本人に言えばいい。彼女もプロだ、状況なら全部飲み込んでいるさ」
肩を並べ、お互いの目を合わせる間もなく会話が始まる。今日一日、胸の奥に詰まっていたものがボロボロと喉からこぼれ落ちはじめた。
――結局、私は話を聞いて欲しかったのだろう。誰でもないドクター(このひと)に。
部下や指導者には決して言えないことがドクターには伝えられる。もう随分と前にその事実には気付いている。だからこそ、敵味方なんておおざっぱなくくりではない関係性にこだわっているのかもしれない。
「今日、龍門の強襲作戦に――」
「そういえばアーミヤが感謝していたぞ」
「……なぜだ?」
「作戦会議でアーミヤの指示に従ってくれたから。シージまで命令を反故にされたら、さすがに私たちの立つ瀬がないからな。かろうじて面目は保たれた」
「……そうか」
「唯でさえ、ケルシー先生からはダメ出しされているからなぁ。『思いつきで行動しすぎ』やら『お人好しすぎ』とか」
「それは女医が正解だな」
くつくつと笑い、シージはドクターをチラリとみる。深いフードの奥の顔は分からないが、きっと同じように笑みを浮かべているのだろう。
――確かに、お人好しすぎるな。
だが、それに救われる人はきっと少なくないのだろう。
「なぜ、医療棟にいるんだ」
「眠る前に重傷のオペレーターの様子を確認したくてね。心配していたフロストリーフはなんとかなりそうだ……復帰にはしばらくかかりそうだが」
「そうか」
「まだまだだな、私も。彼女たちには助けられてばかりだ」
軽い口調だが、いつものはぐらかす感じではない。
確かにあのキツネの少女――フロストリーフの火事場の馬鹿力がなければ、もっと甚大な被害を被っていただろう。だが、ドクターでなければ全滅していた可能性だってある。
伝えなければ。そう思った。
「全部がそうではないだろう。私も一応率いる立場だから分かる」
「……もしかして励ましてくれているのか。珍しい」
「ほぉ、そういう態度なら考えを改める」
「いや、ありがたいよ」
お互い笑いを含みながら話す。ふと会話が途切れる。随分と地面から離れているはずなのに、微かに夏虫の音が聞こえる。その静寂がきっと、きっかけになったのだろう。
「昔、訊かれたことがある。『我々はどこに向かっているのか』と。だが、私は答えられなかった」
「……」
「ロドスに来てしばらく立つが、目は曇るばかりだ。ドクターには、私はどのように見えている? 私の歩む先には何があるのだろう」
つっかえていた一番奥のもやもやを吐き出した。
「どうだろうな。私にも良くわからない」
「……そうか」
「だがロドスの“重荷”を共に抱えてくれていることには感謝しているよ」
「ロドスの重荷、だと」
「守らなければならないものも、敵も多くて大変だろう? それでも一歩ずつ前に進んでいる。今は未来は見えなくても、進むうちに見えてくる。それはきっと、今、ここにいるすべての人に当てはまるんじゃないだろうか」
シージはふっと息を吐く。期待していた言葉とは違ったが、なんとなく、肩の荷が下りた気がした。
「存外、そんなものか。ドクターやほかの指導者たちはもっと未来を見据えているのかと思った」
「なんだ。焦っていたのか、意外だな」
「ここには癖の強いリーダーが多すぎるからな」
「ははっ。それは違いない」
ドクターはそう笑った後に続ける。
「だが、せっかく私たちの重荷を担ぐのを手伝ってもらったんだ。いつか、シージの重荷が大きくなったときは私たちが手を貸すよ」
「……こんなところで口約束していいのか」
「問題ない。証拠もあるからね」
ドクターが屋上の端を指さすと、そこには中型犬程度の大きさのドローンが頭のカメラをこちらに向けている。
「なんだ。撮られていたのか」
「本当は星を撮りたかったんだが。ほら、聞いているだろう。私のプロファイルを作成中でね」
「……なるほど。お互いのかゆいところをさらけ出したんだ。都合良く編集してくれ」
「理解が早いね。了解だ」
割と危険な橋な気もするが、まぁいいだろう。シージは続ける。
「覚悟しておけ。私たちが背負っているものは、多分、私が今思っている以上に重いぞ」
「その時は相談させてくれ」
「もう遅い」
「おいおい、仲間だろう。話せば分かるって」
くつくつとドクターは笑って、初めてシージに初めて向き直った。
「いや、ただの仲間じゃないな。お互い守る者がいて、厄介な敵もいる。それに人も率いるなんて面倒な役割も担っている。考えてみれば、私とシージには共通点がたくさんある」
「それはなんていう関係だ?」
「それは――」
ドクターが口を開きかけたそのとき、背後から低い声が降ってきた。
「その関係を友という」
驚いて振り向くと、そこにはシルバーアッシュがマントをたなびかせて立っていた。
「私とドクターのようにな。グラスゴーの首魁よ。喜べ、私以外にドクターが弱音を吐く相手などなかなかいないぞ」
「シルバーアッシュか。なんでここに?」
「祝杯を挙げようと探していた。ちょうどいい、一緒にやるか」
シルバーアッシュが懐から3本のカクテル瓶を取り出した。ドクターは、「おっ、いいね」と言って瓶を手に取る。シルバーアッシュとは酒を酌み交わすような仲ではないが、まぁ、いいだろう。
カツンッと音を立てて瓶の口に唇を付けて、中のカクテルを一口飲む。爽やかなグレープルーツの匂いが鼻腔をくすぐる。
――友か。
表情は変えないまま、シージは月を見上げる。思いも付かなかったが、確かにすっきりする。共に重荷を背負う仲間であり、友である。だから、きっとドクターには何でも話せるのだろう。
もやもやが澄み渡った気がする。現状は何も変わらないが、それでも今は良いと思えた。
「珍しいな、シージがそんな顔で笑うだなんて」
ドクターに言われて、初めてシージは自分の口角が上がっていることに気付く。久方ぶりの「友」という響きは少しくすぐったかった。
きっと、シージの内心に気がついたのだろう。ドクターにやりと笑い、再び、シージ向かってカクテル瓶をかざす。
「じゃあ、私とシージの友情に乾杯」
「あまりふざけないでくれ」
そう言いつつも、シージは少し顔を伏せたまま、ドクターとカクテル瓶を軽くぶつける。
軽い音が静かな夜に響く。
――その夜の光景を、彼女はきっと重荷を背負い直す度に思い出すのだろう。
交差したロドスとグラスゴー。シージとドクターの物語は、まだ始まったばかり。それでもシージにはなんとなく確信があった。
くだらない陰謀や噂話なんて関係ない。そんなことで、共に重荷を背負う手を離したりはしない。それはきっとドクターも一緒だ。
――そう信じられる関係が、きっと友と云うのだと。
太ももが眩しい先方のエース、シージ姉さんのお話でした。
色々と謎が多い彼女ですが、色濃いロドス常駐のリーダー達の仲では以外と年が若い方な気がしています。
ゲームのプロファイルに記載されている、これからきっと色々経験してどんどんリーダーとして磨かれていくんでしょうね。
取りあえず、ヴィクトリア編が待ち遠しいです!
ここまで読んでいただいてありがとうございました。