全体に色彩が乏しくて地味。娯楽が少なくて退屈。冗談が通じない人間が多い。など、製薬会社ということを差し引いても散々な評価が飛び交うロドスだが、それでも初夏となると世相ないつもより浮足立つ。
商業エリアの飲食店は、大樽を路面に出してテラス席を設け、あちこちからロックやジャズが音楽と陽気な大人たちの笑い声が飛び交っていた。薄暮の時間はとっくに過ぎて、龍門の路地裏のように小さな店がひしめきあったその光景のなかをエクシアは上機嫌で歩いていた。
週末の仕事終わり。龍門のお気に入りのホール・クラブでパブロックを堪能し、ロドスで飲みなおす。エクシアの最近の楽しみだった。
「おう、エクシア! 今日は何杯飲んでいるんだ!」
「わっかんない! でもキミの三倍くらいは飲んでるよ~」
「バカ言え、俺の三倍も飲んだら泡吹いてひっくり返ってるはずだぜ」
「そんなこと言って、この前ダブルスコアで負けてたじゃねえか」
エクシアが路地を歩くだけで、あちこちから声をかけられ乾杯に誘われる。そのなかにはオペレーター以外にも、ロドスの居住者も少なくはない。
酔っぱらっていること隠そうともしないくせに、しっかりとした足取りで声をかけられるたびにハイタッチを繰り返すエクシアをテキサスやクロワッサンは半ば呆れて眺めていた。
「ほんまにあの子はお酒強いなぁ。さっきの店であんなに騒いでたのに」
「……そう言うクロワッサンもたいがいだけど。ジョッキ何杯飲んだの」
「あんたもね、テキサス。グラスが3秒で空になったのうちは忘れてへんよ。ていうか、今日は二回も配達中に戦闘したってのに、エクシアはなんであんなに体力あるん?」
周囲は相当にぎわっていて、喧騒にも近いのだがエクシアは二人の会話をしっかりと聞いていたらしい。くるりと振り返ると、アルコールのせいで少し桜色になった頬をにっと持ち上げて笑う。
「それは、今日を生き抜いた立派なあたしにご褒美あげなきゃいけないからでしょ~。さぁさぁ、次は何を飲むよ」
クロワッサンとテキサスの真ん中に飛び込むと、両手を広げて肩を組んだエクシアを二人は慣れた感じであしらう。とはいっても、夜のロドスに別に付き合うのはやぶさかでないらしく「いつものとこに行こうか」とアイコンタクトする。
そのときだった。耳元でエクシアが「あっ、リーダー!」と叫んだ。テキサスが「やかましい」と苦言を呈するが、エクシアはまったく気にしていない。
三人の数歩先には、ジャズが流れる薄暗いパブがあり、店内に半分入りかけているドクターがいた。その後ろにはドーベルマン教官をはじめ、ロドスの制服を着た数人が連なっている。恐らくそれなりのお偉いさんたちだろう。
「ペンギン急便か。お前たちの噂は聞いているぞ。随分、気前と飲みっぷりが良いみたいだな。浮かれるのはいいが、度が過ぎると痛い目に――」
「リーダー、偶然じゃん! 珍しいー、こんなとこでなにやってんの?」
「おい、エクシア。私の言うことを――」
「あたしたちもこれから飲み直すんだけど、一緒に楽しもうよ~」
ドーベルマンの面倒な小言をするりと躱すと、エクシアは今度はドクターの肩を叩く。ナチュラルな態度ではあるものの、エクシアの視線は明らかに「これは面白い夜になりそうだ」と輝いている。ドクターもそれを感じ取ったのだろう。言葉に苦笑を滲ませている。
「ぜひ、お手合わせ願いたいが、明日の予定は大丈夫かい?」
「……ん、明日? 明日は休暇だけど」
ドクターを見上げ、エクシアは小さく首をかしげる。そして数秒、集団の間に沈黙が流れた。エクシアが「……やっば」とつぶやくのに、そんなに時間はかからなかった。
「明日のプロファイル制作。忘れていたな、エクシア」
「……」
「エクシアさん?」
「……さ、さすが“ドクター”酔っぱらっていても頭脳は明晰だね」
「いや、これから一軒目でまだ素面なんだが」
エクシアは思わず頭を掻いた。ドクターはともかく、周囲の視線が痛い。特にテキサスとドーベルマン教官は、何か人ではないモノを見るような視線を容赦なく投げかけてくる。
プロファイルの制作のために「休日を貸してくれ」と頼まれたのは数日前のこと。それに二つ返事で「サプライズだから予定は秘密だからね!」と返したのは、確かにエクシア本人である。
「ふっ、甘いねリーダー。あたしは忘れてなかった。それどころか、こうしてここで出会ったのもすべて計画通りだったのさ」
「いや、さっき“偶然~”って言って――」
「候補は二か所あるから、リーダーに選んでもうおうと思って!」
ドクターのツッコミを遮り、エクシアはポケットから1つの銃弾を取り出した。そしてピンッと親指で宙にはじく。テキサスやクロワッサン、ドーベルマンなどそこに居合わせた人の視線が、銀色に光る銃弾を追いかけて空を見上げた。
エクシアはそれを両手で胸元でキャッチした後、拳を作ってドクターの前に突き出した。
「さぁ、どっちにあたしの“幸運の銃弾”があると思う? 当たったら龍門で一日デート。外れたら荒野をドライブだ!」
「……いいだろう。本気で当てに行くぞ!」
店前で騒いでいたからだろう。道行く人たちが足を止めて、右だの左だの勝手に意見しはじめる。そんな空気に影響されたのだろう。意外にもノリノリになったドクターが、勢い良くエクシアの右手を指さした。ロドスとペンギン急便の面々が、そろってエクシアの右手を覗き込む。ほんの少しだけ焦らした後、エクシアは右手をゆっくりと開いた。
その結果に、飲み屋街の小さな人だかりはどよめく。エクシアはドクターの手を取って笑った。
「大外れ! 最高の旅にしてあるから、覚悟しておきなよー、リーダー!」
Exia(エクシア)-ブルースカイ・ハイウェイ-
※※※※※※※※※※※※※※※
――なぁんて、見栄を切ったのは悪かったのかね。
憎々しいほどの雲一つない青空を見上げ、エクシアは両手を後ろに付いて座り込んだ。
見渡す限りの赤茶色の荒野。そこにまっすぐに伸びる四車線の道路。東の地平線には、遠く霞んだロドスの巨影が見える。頂点に上った太陽が容赦なく、エクシアを照り付けていた。
道路の脇に停車した見慣れたペンギン急便のワゴン車は、ボンネットから白い煙を噴き出してピクリともしない。
――あれはダメだな。
少し離れた場所で、エクシアはチラリと車の様子をうかがう。ロドスを出立して約2時間後、ロックンロールが鳴り響く陽気なワゴン車が突然ぶっ壊れたのである。
――さて、どうしたものですかな。
よそ見をしているエクシアの頭に、突然、生ぬるい水が浴びせられて「うひゃあ!」と、肩をすくめた。見上げるといつの間にか背後にテキサスとドクターが立っていて、こちらを見下ろしている。
「……最高の旅か。確かに忘れらない旅になったよ。なぁ、テキサス」
「そうだな。記憶の限り、帰還後は報告書に書き綴っておこう」
「いや、さすがにこの状況は私のせいじゃないでしょ」
「どこかの天使が二日酔いで運転できないっていうから、私はここにいるんだが?」
「ははっ。まぁ、それは置いておいて……修理はどうなったの?」
「諦めた」
ひらひらと手を振るエクシアに、テキサスは短く返して右横に腰かける。そしてポケットから煙草を取り出し、一服しはじめた。
ドクターもそれに倣ってエクシアの左側にどっかりと座り込む。その拍子に何か硬いもの同士がぶつかる音がして、エクシアはドクターのポケットに視線を移した。
「中継基地まで、あとどれくらいなんだ?」
「車で1時間。徒歩だと3時間かな」
「それは遠いなぁ」
そう。エクシアの『ドクターズ・プロファイル』は、ロドスの現在地から最寄りのペンギン急便の中継基地までのドライブだったのだ。本来は関係者以外立ち入り禁止の超貴重映像を提供するはずだったのに、気が付いたらこの有様だ。
「まぁ、また機会はあるだろう」
ドクターは悠長な感想を言うと、その場に仰向けで横になった。アスファルトほどではないが、茶褐色の地面もそこそこ直射日光を吸収して熱いはずだ。それでもドクターは、特に気にする様子もなく「いやぁ、熱いなぁ」とのんびりと言う。
エクシアもテキサスも人のことを言えた義理はないのだが、一見、緊急事態のはずなのに全員がまるで、はじめからこうなることを知っていたかのように落ち着きを払っていた。
そんな状況が少しおかしくて、エクシアは首にかけていたスポーツタオルをドクターのフードの中に、パサリと落として笑う。
「だったらその暑苦しい恰好を止めたら、リーダー?」
「日光は苦手なんだよ」
「へー、初耳! 今大丈夫なの」
「ああ、なんとかね」
「……ふぅん」
ひどく自然体なドクターの横で、エクシアもゴロンと横になる。瞳が痛くなるほどの濃い青空だ。緩やかな西風が吹き、テキサスが加えるタバコの紫煙が音もなく視界にフェードインして小さく揺れた。エクシアはゴロンと体をドクターに向けると「ねぇ、リーダー」と口を開く。
「何か良いアイデアあるんでしょ。教えてよ」
「テキサス。こんなときはプロのトランスポーターはどうするんだい?」
「……エクシアに任せる」
流れるような責任転嫁にエクシアは思わず吹き出した。ドクターも短いけれども、声を出して笑いテキサスもタバコをくわえる口角が少しだけ上がる。
ひとしきり笑うと、ドクターが腰を起こす。そして周囲をぐるりと見渡した。
「夏の始まりの青空、どこまでも続く大地、一本伸びる道路……そして、故障した車。いいね、まるでロードムービーみたいだ。感謝しているよ、エクシア、テキサス」
振り回されているはずなのに、ドクターはひどく穏やかな声だ。
――ドクターとエクシアは、少しだけ似ているな。
つい最近、ハンドルを握るテキサスに言われたことがある。
――どんな状況も楽しもうとするクセがある。良い意味でも、悪い意味でも。
確かに、予期しないこの状況をエクシアも楽しんでいた。そして、ドクターにも楽しんでもらえるのならそれもまたうれしい。
だが、エクシアは知っている。
――ドクターの今日の目的は、それだけではないことを。
車の中で何度か、彼のポケットから金属音が聞こえることをエクシアは聞き逃してはいなかった。
「――定時の連絡を入れていないから、あと1時間程度でロドスから救援が来るだろう。それまでの時間、少しだけ付き合ってくれないか。エクシア」
ゆっくりとドクターが立ち上がり、エクシアに手を伸ばす。
「仕方ないなぁ。あたしの時間は高いからね」
エクシアはドクターの白い手を取り、立ち上がる。そして二人は、三本目のタバコに火をつけたテキサスに留守を任せて道路から離れた。
前を歩くドクターの背の向こうには、荒れ果てた大地がどこまでも続いている。目的も分からず歩き続ける彼の姿は、エクシアは彼の立場を示しているようだと、なんとなく思った。
◆
「ここにしよう」
ドクターが立ち止まったのは、なんの目印もない大地の真ん中だった。ドクターはしゃがみこむと、手のひらで乾いた土を掻きはじめた。
その異様な光景をエクシアはただ黙って見つめている。いつもなら軽口の一つでも言うのだろうが、“そういうことではない”ということをエクシアはずいぶん前から気付いていたのだ。
――チャリン。
ある程度、穴が深くなるとドクターはポケットからあの音の正体――銀色の鍵束を取り出した。
「リーダー、それは?」
「私室の棚の奥にあったんだ。ところが鍵穴が一つも見つからない。このままでは気味が悪いし、とはいえ本当に重要な鍵なら放置しておくわけにもいかない。だから、ここに保管しておこうと思ってね」
「“保管”? こんな目印も何もない場所に?」
「あぁ、だからほら、記録に取っている。あと、出来ればエクシアも覚えてくれているとありがたい」
「……ふぅん、プロファイルとか言っちゃって、打算的にあたしを巻き込んだわけだ」
後ろに控える撮影用ミーボをチラリと見て、エクシアは笑う。一見、いつもの様子と変わらないが瞳は笑っていない。とはいえ、怒っているわけでもない。
「そうだな。本当は中継基地の近くに埋めたかったんだが……」
「確かに、そっちの方が見つけやすそう」
今度は本当に笑い、エクシアは中腰でドクターの横に並ぶ。
「でもさぁ、私が覚えていたとして、本当にその鍵が必要になったときにはもう味方じゃないかもしれないよ」
ペンギン急便とロドスはあくまでビジネス上の関係だ。ロドスの駐在員だって、ロドスの輸送物資がなくなれば早急に身を引くことになるだろう。それに今のロドスの敵は、レユニオンというテロ集団だ。けれどもしそれがペンギン急便の大口取引先である移動都市や国になったら、今の関係はあっという間に解消。最悪、エクシアの銃口は彼らに向けられるかもしれない。
「なぁんてね! 冗談、冗談! そんな悪いこと起きるわけないでしょ」
エクシアが笑ってドクターの背中をドンッと叩いた。だが、ドクターは無言のまま小さく首を傾げた。エクシアはあきらめたようにふっと口元を緩める。
――ああ、やっぱりこの人にはかなわないな。
最初は、ロドスのことはほとんど印象に残っていなかった。駐在してからもしばらくは辛気臭い場所だと思っていた。だが、人を殺す武器と人を救う医薬品のどちらも運び続け、それを手に取る人たちを見て、一緒に飯を食べて、酒も飲む。そんな人たちも、次の日には戦場や病床で死んでいく。そんな光景を目の当たりにして、ビジネスパートナー以上の感情を抱いてしまわないわけはないのだ。
悪い言い方だが、きっとドクターはそれに気づいて“秘密の共有”を持ち掛けてきたのだろう。
それがエクシアを少しでもロドスに繋ぎ止めようとしているのか、それとも何か別の目的があるのかは分からない。
――ふふっ、いいじゃん。乗ってあげる。でもねぇ、リーダー。あたしをただのオペレーターと一緒にしないでよ。
「……ねぇ、リーダー」
そう言って、エクシアはポケットから銀色の銃弾を取り出した。そして親指で天に向かってはじく。青色の空に幸せをもたらす銃弾が一瞬だけ、宙を舞う。両手で包んだ銃弾を滑らせるように手に握り、両腕をドクターに向かって突き出した。
「……どっち? 当てたら覚えておいてあげるよ」
「……」
ドクターが指さした左を開く。そこには銃弾はなかった。
「はずれ、下手くそ~」
「動体視力が衰えてるのかなぁ」
「そんなの関係ないでしょ~」
エクシアは笑って言って、鍵束を掘り返すとドクターに向かって投げつけた。一度、手離した鍵束をドクターは両手でしっかりと握る。
「大切なものは、手の届くとこに置いておくのが基本だぜ、リーダー」
「……あぁ、そうかもな」
「けど、このままフッちゃったらリーダーがかわいそうだからさ」
エクシアはドクターに駆け寄ると、そっとその両手に触れて鍵束から一本だけ鍵を取り外した。そして返す手で先ほど右手に握っていた銃弾をドクターの手に少しだけ無理やり握らせる。そしてその上から自分の両手を優しく被せ、目を閉じる。
「――主よ、願わくば常しえに良き荷を運び続けられますように」
「……エクシア」
「鍵は1本だけ預かってあげる。必要になったら、それと交換するから無くさないで持っててちょ」
「……まったく、君にはかなわないな」
ドクターはフードの上から頭を掻く。エクシアは、にっと笑い手のひらを突き出す。ドクターも手を挙げた。青空を背景に大小の手のひらが叩き、清々しい音を立てる。
その時、遠くからエンジン音と騒がしい声が近づいてきた。ドクターを呼ぶ声がいくつも聞こえる。それに応えるように歩き出したドクターの背中を追い抜いて、エクシアはくるりと振り向いて笑う。
「リーダー。任せといてよ、あたしがこれからも希望をたくさん届けてあげるから!」
狙撃の王様エクシアさんのお話。エクシアだけでなく、ペンギン急便の人たちはそこにいるだけで喧しくて、明るくて良い人たちですよね。
外部のオペレーターではあるものの、ロドスが征く苦難の道にできるなら付き合ってあげてほしいものです。