黒森峰にいたかもしれない、ある戦車乗りの、挫折と前進の話。




2018年夏コミで配布された、ガルパンのオリキャラ・オリジナルストーリーをまとめた同人誌である ガールズアンドパンツァー外伝合同誌「Girls und Panzer Horizont」に寄稿させていただいたものです。
(ほんの少しだけ推敲いたしました)

なかなか大変な情勢ですが、皆様の暇つぶしの助けになれば幸いです。


1 / 1
ガールズ&パンツァー  「絶対値 二点五」

とてもかなわないと、痛感した。

 

 

 

小学校から戦車道を始めた私は、六年生の時に地元の戦車道少年団で県大会優勝、全国大会に出場した。二回戦で敗退してしまったが、戦車に触れる毎日が楽しくて仕方がなかった。

 

中学校では一年生の秋からメンバーに選ばれ、三年の時には隊長車の車長として活躍した。途中で敗れてしまったものの、個人としては幾つかの高校から推薦の話をもらえる程には優秀な成績を収めることができた。その中には、あの黒森峰女学院のものもあった。

 

さして大きくもない地方都市の普通の公立中学校出身者の選手に声がかかる、なんていう事は極めて稀で、教員やコーチからは、是非行くべきだと勧められた。当時、高校生大会を八連覇していたことは当然知っていたし、毎年全国からよりすぐりの選手が集まってくることもわかっていた。

 

何より、来年はあの西住まほが入学するというのだ。間違いなくメンバー争いは例年に増して激しくなるだろう事は容易に想像できた。

 

悩んだ挙句、私は黒森峰の門を叩くことにした。両親や恩師、友人たちのひと押しもあったが、何より当時の私にはそこでもやっていけるという自信があった。これまでのように、たとえ黒森峰でだって、自分の楽しい戦車道が出来る能力があると思っていたのだ。高校生になった私が、あの黒いジャケットを身にまとい、半身をキューポラの外に出しながら爽やかな風を受ける。内申点のためのテスト勉強に励みながら、そんな華やかな未来を想像していた。

 

 

 

 

しかし、黒森峰に入学し、初めての戦車道の授業で、胸に抱いていたそれらは儚く砕け散った。

 

 

 

自分はとんでもない所に来てしまったと、本気で後悔した。

 

 

 

 

先輩方はもちろん、共に入学した同級生たちすら、彼女たちの技能は段違いに高かった。  

 

彼女たちは、中学では考えられない距離の目標をそしらぬ顔で撃ち抜いた。砲手は得意なほうだと思っていたが、今まで3.7cm砲ぐらいしか触れたことのなかった私には7.5cm砲での射撃訓練すら皆の平均点に遠く及ばない。

 

また彼女たちは、いままで乗ったこともない重量級の戦車を難なく動かした。まるで手足のように。履きなれた靴で歩くように。操縦が苦手だと思ったことは今までなかったが、私の技量では隊列を維持することすらままならない。皆のスピードに、まったくついていけなかった。

 

 

そして、車長だ。私が最も自信があり、同時に憧れであったポジションも、ここでの評価は下から数えたほうが早かった。素早い決断、正確な指示。戦況を読む力に、車内を纏める統率力。何もかもが足りていなかった。

 

極めつけは西住まほだ。あんな天才一年生と共にいれば、嫌でも自分の実力がわかった。

 

彼女は、圧倒的だった。対して私は、まるで場違いだった。

 

 

 

 

入学して数ヶ月が経っても、まわりとの差は当然ながら埋まらず、むしろ引き離される恐怖心に苛まれていた。このままでは自分の戦車道を楽しむどころか、メンバーにも選ばれず、そもそも試合に出ることすら叶わない。そのビジョンは、はっきりと見えた。

 

チームスポーツの経験がある人間はわかるだろうが、試合に出られなくてもチームが勝てればいいなんて事は、半分は嘘だ。選手なら誰だって、試合に出て大活躍したいに決まっている。土俵に立てなければ、戦うことすら叶わないのだ。戦車に乗れなければ、戦車乗りではないのだ。極論だが、ひとつの側面でもある。

 

黒森峰で全国制覇の栄誉を手にするためには、まず黒森峰の中で勝たねばならない。

 

考えなければならなかった。どうすればここで、「戦車乗り」になれるか。今までの私の経歴は、黒森峰への推薦状という形ですべて使い切ったのだから、もう失うものは何もなかった。環境が、挫折に泣く時間すら与えてくれなかったのは救いだった。今と、これからのことを考えねば。

 

 

 

 

そして私は、黒森峰での残り二年半を、装填手として生きると決意した。

 

 

 

 

車長への憧れも心に封じた。ここでは、戦車道のセンスに溢れる人間が、血反吐を吐くほど努力している。私が同じ程やっても、追いつき追い越せる保証がない。勝ち抜く為には、選ばれる為には、努力の方向を変えなければならない。装填手になることが、私の出した答えだった。

 

車長や砲手、操縦手、そしてそれらの代わりを務める事の多い無線手に比べ、装填手というポジションは大口径砲を多く取り扱う黒森峰において唯一、技能や能力に関係なく、ポジション争いのスタートラインは横一線に近かった。何故なら、ついこの前まで中学生だった女子が、ここでは8.8cm砲弾や、場合によっては12.8cm砲弾を扱わなければならないのだ。ラングやパンターでも7.5cm砲を装備しているのだから、今まで小口径砲弾しか持ちあげたことのない選手たち、特に一年生には過酷な作業だった。

 

幸い私には同年代の男子の平均に迫る程の身長があった。そしてその分まわりの選手に比べて筋力があった(実際はそれほど力持ちという訳ではなく、半分はハッタリだったが)。本来なら戦車乗りは小柄なほうがいいのだが、これを生かさない手はなかった。

 

その日から、憧れもプライドも捨て、今の自分に必要な努力を精いっぱいやった。重い砲弾を素早く装填するためのトレーニングは勿論、メンバーとしてチームに必要とされることは何だってやった。試合中、操縦手に頼まれれば戦車の足回りの点検を行ない、砲手に言われれば双眼鏡と測距儀を抱え観測をこなし、無線手の代わりに伝令に走り、車長に求められれば意見した。そして、何度も何度も砲弾を持ち上げは押し込んだ。

 

車長として表舞台で活躍していたあの頃の私は、今は昔。自分に出来ることを洗いざらい引っ張り出して、泥臭い事だってなんだってやろう。すべては、戦車乗りとしてメンバーに選ばれるために。そしてその先の、「私の戦車道」のために。

 

 

 

*

 

 

 

私にとっての高校最後の夏空の下、黒森峰女学院は「戦車道 全国高校生大会」の決勝戦の真っ只中だ。相手は、我らが隊長の妹であり、元チームメイトの西住みほが率いる大洗女子学園だ。正直まさかの展開だったが、私たちはどんな相手だってやることは同じだ。

 

 

私は今、エレファント重駆逐戦車の中で、砲弾を抱えている。山頂に立てこもる大洗女子にむけ、各車が前進する中、少しだけ、これまでの事を考えていた。結果的に、なんとかメンバーに選ばれるまでになった。重戦車や重駆逐戦車、時にはあの超重戦車の装填手として。入学前に思い描いていた形とは違うが、私の心は十分満たされている。

 

合図と同時に、黒森峰のパンツァーカイルが加速する。もう一人の装填手と共に、8.8cm pak43/2 に砲弾を込める。車内は緊張感に包まれているが、皆少し楽しそうでもある。絶対に負けられない戦いなのに、私もどうしても口元が緩む。

 

 

何故だろう?

 

 

私たちは戦車乗りで、戦車道は楽しくて仕方ないからだ。

ここは今まぎれもなく日本で一番熱い場所。いまこの場所でプレーする者たちにしか解らない最上の喜び。

 

今、大洗女子を射程内に捉えた黒森峰が一斉に鋼鉄の矢を放つ。次の瞬間、私は次弾の装填に取り掛かる。砲弾の重量と、車内の熱気で噴き出す汗が止まらないが、かまいっこない。笑みも止められない。私は今まさしく、私の戦車道をしているのだから!

 

8.8cm PzGr40/43を拳で力いっぱい押し込んで、荒々しく祈る。

 

この幸せな時間が、もう少しだけ続きますように!

 

 

(おわり)

 



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。