次の部活の日。上田は早々にやってきて歓迎会の日に渡した原稿の感想を伝えてくれる。紛いなりにも創作をしている俺にとっては割と楽しみな瞬間だ。
俺が1人の時は、いつも感想を伝えたら生徒会室に帰っていってたが、今日は感想を伝えると、表情を堅くして俺に声をかけてきた。
「この間の件、結果が出ました。虎谷さんはどこまで知ってる?」
この間の件って廃部の話か。虎谷には、まだ何も言っていないな。
「分かった。最初から説明するわ。虎谷さん、ちょっと来てくれる?」
上田は演劇部から目のつかない部室の隅っこに虎谷と俺を呼び寄せる。
「実は文芸部は3月で廃部になります。」
「へー……」
虎谷は相変わらずの素っ気ない返事で、流す。
俺が実質、初めて上田と会って廃部を告げられたときのリプレイを見ている気分だ。
「一応ね、理由も説明しておくと生徒会の陰謀とかじゃなくて、先生の働き方改革がどうこうで顧問が用意できないとかそういう大人の事情なの!」
「そうなんですね。」
「だから廃部を阻止したい!で、新入生も入ったし、なんとか……って先生に言いにいったんだけど……」
お?その先の展開は俺も知らないぞ。
「やっぱり部員2人、来年度残るのは1人では文芸部を存続させることは出来ないとの回答でした。」
「ふーん……」
虎谷はいたって冷淡な反応。
俺も冷淡な反応ではあるが、上田の期待に応えられなかったことは内心、悔しい。
「他に何か方法は無いのか……」
つい俺はそんな風に口を滑らす。
「それを先生にも聞いてみたんだけど『文芸部に考えさせればいい』って。」
なんかそれ……文芸部なら何も思い付かないだろうとナメられてる気がするな。
いつになく、神妙な面持ちの上田は話を続ける。
「気がするじゃなくて完全にナメてるわよ。過去、実績が無いからどうせ何も出来ないって思ってるんだわ……」
ここで会長の発言にリアクションしたのは虎谷だ。俺としては少し意外だった。
「んーそれはちょっと腹立ちますね。」
表情はいつもと変わらないが、虎谷の明確な意思表明だ。珍しい。
「そうなのよ!ハナから諦めて上から来るのが腹立つのよ!だから私は抗いたい!絶対に大人の事情で廃部になんてしたくない!」
上田の言葉には熱がこもる。
部室に来るようになった理由はまぁ他にあるが、やっぱり廃部阻止には本気なんだと改めて思う。
「ってことで3人寄れば文殊の知恵よ!私たちで頭の固い先生たちをギャフンと言わせましょ!」
上田の熱い宣言に俺と虎谷は頷く。
「で、何か案あるかしら」
上田は近くの席に座ってさっそく俺たちに意見を求め始めた。3人寄れば文殊の知恵とはいえ、そうすぐには思いつかないよなぁ。
「そもそも文芸部って書くか読むかくらいで、全国大会行ったとかそういうのが無いからなぁ……活動もこれまで本を配るだけだし……」
俺はこれまでの活動を思い出しながら語ってみる。
「じゃあ、もっと本を出したらどうですか?」
虎谷はふわっと、そんな事も言い出した。もっと出す……?
「長い小説は連載にしたら気になる人はずっと受け取ってくれますし、存在をアピールし続けられると思うんですよね。」
なるほど……。確かに地道でも文芸部らしく、なおかつ存在感はアピール出来るな。
「確かにアリね……月刊誌として毎月製本作業とかをしなきゃいけないから大変だけど、出来そう?」
上田からもGOサインが出た。製本作業くらい、俺が居残りでもなんでもすりゃ出来るだろう。上田はこの案を気に入ったらしい。
「それで固定ファンを獲得して、先生に対して数の暴力で文芸部存続を訴える感じね……なるほど。部員2人だけじゃダメなら、部外からいっぱい人を集めればいいのね……」
俺としては毎月、魅力ある同人誌が作れるのか不安にはなったが、あの虎谷のハイスペックを考えればいけそうな気がしてきた。
先輩としては情けない限りだが……もう慣れた。
話し合いの結果、同人誌をひとまず夏休みまでに4冊発刊することになり、その実績を元に夏休み直前に再度、先生に交渉することで決まった。
この4冊には文芸部が廃部の危機であることも後書きに文芸部のメールアドレスも載せて先生への抗議も含めて、感想を募集する旨も記載した。この作戦がうまく行くと良いんだがな……。
そんなこんなで今日も下校時間を迎えた。
「じゃお疲れさまです。」
いつの間にか帰り支度を整えた虎谷はすぐに下校する。なんてスピードだ。俺たちもさっさと帰るか。
「鈴木くん、ちょっといい?」
しばらくいつもの朗らかな笑顔に戻っていた上田が再び神妙な表情で俺に話しかけてきた。
「ちょっと……ここじゃなんだから……」
上田はそう言いながら俺を手招きする。とりあえず部室の戸締まりを演劇部にお任せして、上田とともに部室を出る。
他人に聞かれたくない話か……。
一体、何が出てくるのやら……。
そのまま上田に連れられて生徒会室までやってきた。
「ここなら多分、誰も来ないわ……。」
そう言いながら、俺と上田が生徒会室に入ると、上田は生徒会室に鍵をかけた。よほど誰かに聞かれたくない話か……。
「私もあんまりよく分かんないんだけどさ……庄司さん、他に女の子がいそうなの……。いや、分かんないんだけど……」
上田は小声でそんな事を言い出した。うぉう……まだ1ヶ月ちょっとなのに、もう気付くとは……。
俺としては洗いざらい喋りたいが、ここで庄司先輩を貶すのは早い。
上田の気持ちはまだ庄司先輩に向かってるはずだし、引き剥がすような真似をすると俺が悪者だ。
やんわりと上田が庄司先輩から離れるようにしたいんだが……。
とりあえず、上田がどの程度、本気で気付いているのか探るか。
「何か、そんな風に思うことがあったのか?」
「なんかね……うーん気にし過ぎだとは思うんだけど……どこに遊びに行っても、なんか予習に行ってるって感じなのね」
「予習?」
「なんていうの?どこでどう撮ったらSNS映えするか、みたいなのをいっぱい調べてたり……」
「あぁ……でもそれは上田といい感じに写りたいんじゃないのか?」
「私も最初はそう思ってたけど、それだけ熱心に調べてる割に私の携帯でしか写真は撮らないの」
「……それは確かに適切な説明が思いつかない。電池が切れてた?」
「それは無いわ……なんか着信が来たりしてたし」
庄司先輩よ……。二股かけるのも最低だが、隠すのがヘタクソじゃないかい?
「それにもう一つ、変なのよ」
まだあるのか……。
「ジャボンカラオケ広場のポイントが異様に高く貯まってる」
「なんだそりゃ……」
「2人でジャボカラにはよく行くんだけど、ポイントの溜まり方が異様に早いのよ」
「それは単に上田と行ってから次に上田と行くまでにヒトカラしたりとかしてるだけじゃないか?」
「うーん……それはもちろんそうだと思いたいんだけど、一つ気になると他も気になっちゃうというか……」
まぁ気持ちは分からんでもない。
「あとね、こないだ繁華街で後ろ姿なんだけど庄司先輩っぽい人を見かけて……」
まぁ本人だったとしても繁華街にいること自体はおかしくないけどな。
「女の子と一緒だったのよ。」
あら……、それはそれは……。
もはやコメントが見つからないな。
「私の知らない子だわ。集会とかで探したけどうちの高校にはいない子だから多分、同じ大学の子じゃないかしら……。」
ありゃ?演劇部の後輩女子じゃない?他人の空似か?
「彼はその日、家族と旅行って行ってたけど……お土産を買ってきてたわけでもないし旅行先の写真とかも一切見せてくれないし土産話の一つすらないのよ……。本当に旅行に行ってたのかしら……?」
うわぁ……それ、旅行と嘘ついて別の彼女と遊んでただけだろう……。
と喉元まで出かかったところで止まる。
演劇部の後輩女子じゃないということはガチで他人の空似って可能性もあるからな。
「はぁあぁ~。なんか疑心暗鬼になる自分が嫌だわ……。ごめんね、こんな話聞かせちゃって」
「まぁ些細なことで不安になるのも仕方ないよ。俺は別に気にしてないからさ、それは気にすんな。それより疑念を払拭する方が大事だろ」
上田が傷つかないように、と口から出任せにしゃべる。
なんか俺の方が自己嫌悪に陥りそうだ。
本当は、庄司先輩とさっさと別れてくれって思ってるんだけどな……。
それが俺の口からは言えなかった。
「帰りましょ。ちょっとしゃべったらスッキリした。鈴木くん、今日はありがとう。」
結局、俺は何も言えないまま、この日は下校した。
数日後、演劇部の休憩中に後輩女子に探りを入れてみる。
「え?最近ですか?ラブラブですよ~」
淡々としているが、楽しそうに語る後輩女子。こちらは平和そうで何よりだ。と、思いきや後輩女子はちょっと雲行きの怪しい発言をし始める。
「SNSで毎日やり取りしてますよ~。ただ前にUFJ行ってから会えてないんですよね~。大学が忙しいみたいで。」
なるほど。それってもしかして、大学(で作った新しい彼女の相手)が忙しいって意味じゃないのか?
これ……三角関係にきかない可能性もあるぞ。せめてもの救いは各々が気づいていないという点だが……。
「鈴木さん!ほら4月分の月刊誌にどれ載せるか、相談しますよ!」
虎谷に引き戻され、これ以上の情報は無いまま文芸部に戻る。
そうだな、今の俺にはやらなきゃいけないことがある。
庄司先輩絡みの事案は俺じゃなんとも出来ない。
まずは文芸部の廃部をなんとしても阻止して、上田の希望を叶えてやろう。
何より大事な大事な後輩も入ってきたからな。
そこも含めて、なんとかしてやらなきゃな。先生からナメられっぱなしに腹が立つのは俺も同じだしな。
まずはやることをこなしてから、それからだ。