何も話さなくなった石橋先生を前にして、ここまでずっと沈黙していた上田が急に声を出した。
「先生、そろそろその説得は無理じゃないですか?それで納得してくれるほど文芸部は甘くないと思います。」
上田の発言に石橋先生は微動だにしない。
が、これまでの難しそうな単語を並べて突き放そうとしていた石橋先生とも何か雰囲気が変わってきた気がする。
上田の援護射撃があったこのタイミングでさらに俺も石橋先生を囲い込もうとする。
「石橋先生、今回の廃部はやっぱり強引過ぎます。理由も浅いですし、おかしいです。それに少なくとも文芸部は何をやってるか分かるようにしてきたつもりです。」
石橋先生は俺たちの問いかけに黙ったままだが、急にエコバックを漁り始めた。そして何かを見つけて、それを取り出しながら話し始めた。
「全部知っとるわ。」
関西弁?というか、さっきまでの敬語で堅苦しい雰囲気が一発で消えた!?
「これも読んだ。」
そう言いながら、エコバックから今年に文芸部が発刊した3冊を取り出す。
「俺、虎谷の担任やぞ。だいたいのことは分かっとる。」
なんだって!?まさか、この話し合いに参加したがらなかった理由は石橋先生だったっていうのか!?……そこは俺の自尊心のために、俺を頼ってくれたことにしておこう。
「ってか先生も文芸部について分かってくれてるって言うなら廃部は取り止めで良いじゃないですか!?なんでそれを難しい話で説得しようとしてきたんですか!?」
俺は強い口調で言っているが、間違ったことは言っていないつもりだ。
だが、石橋先生はそんな俺を見て深いため息をしてから、ゆっくり話す。
「あのな、今回の主題は部活の内容とか、やる気とか、実績とか、功績とか……」
だから、それは見せているだろうと言いたかったが……
「そんなもん関係ないねん。要はどうやって、顧問減らして教師のサービス残業減らして教師の数減らして……ってしたいだけなんや。上の考えは何部が廃部でもどうでもええねん。」
……はい?急に何を言い出すんだ?本音と言えば本音なんだろうが、だったら俺たちの努力は一体……?
「ちょっと待ってください。だったら文芸部や他の廃部になる部活がいくら頑張ったとしても」
「結果は変わらん。何を言ってもやっても変わらん。そりゃ廃部寸前の運動部が突然、全国大会優勝でもしたら別やけど。」
な、なんだと……。俺はついブチギレる。
「あんたそれでも教師か!?部活動をバッサリ切り捨てるだけじゃなくて努力ごと否定するのかよ!?勉強さえ出来てたら、他はこうやってグチャグチャにしても良いって言うのか!?」
「鈴木くんストップ!一旦、落ち着こ。深呼吸深呼吸」
叫んでしまった俺に対して、上田が言葉で止めにかかる。
石橋先生は目線は伏せているが、堪えている様子はない。俺がキレても、関係ないといった感じだ。
が、冷静さを欠いたのは良くないな。上田の言うとおり深呼吸を2回する。
「上田、ごめん」
「いいのよいいのよ。言いたくもなるわよね。そりゃ言いたくもなるわよ。表向きの廃部理由を聞かされて、それを避けるように頑張って、それが実は無駄でした。なんて言われたら怒りたくもなるわ。私も最初は怒った。」
上田のフォローもあり、気持ちは落ち着いてきた。
「だが、やっぱり許せねぇ……納得出来る訳なんてない……」
多分、まだ俺は石橋先生を睨みつけている。石橋先生はやれやれという顔をしながら語りかけてくる。
「あのな……勘違いされたら困るんやけど、俺が廃部に決めたわけちゃうで。言わされてやってるだけや。ってそんなんで同情されたくないし安っぽい味方みたいにもなりたくないから言わんかったけど」
「はい?なんですかそれ?」
意味が分からず、素に戻ってしまう。
「鈴木の言うとおり、理論は破綻してる。アホやでこんなん。んなことに知恵回してる暇あったら部活の顧問で学生の面倒見てる方がええわ。」
「えっ……」
これが石橋先生の本音か……。
いや、まさしくこれが同情を誘う作戦の可能性も0ではないが、そこは言い出したらキリがないか。色々、気になることはあるが、まずひとつ、気になることをぶつけてみる。
「石橋先生……そこまで分かってるなら逆になんで、こんな廃部を進めるようなことやってるんですか?丁寧に説明とか言って……」
「ん?これが仕事やからな」
「いやいや、先生なら生徒と一緒になって廃部を覆してくださいよ!なんでそれが出来ないんですか!?ましてや自分でも理論が破綻とか言ってるのに……!」
俺は至極まっとうなことを訴えているつもりだが、石橋先生はため息をつき……数秒黙ったあとに語り出した。
「あのな……鈴木もそのうち分かる日が来ると思うねんけど、社会は理不尽で出来てるんや。俺は公立高校の教師や。今でこそ、こうやってなんちゃって進学校やからええけど、偏差値30のカスみたいな高校にでも異動になったらどないすんねん?」
なんだそりゃ。ってか、色んな意味でヤバすぎる発言だろソレ。
「俺は教師になりたくてなってん。動物園の飼育員になりたいわけちゃうねん。」
だいぶ、やばい発言のような気がする。つまり偏差値30の高校は教師じゃなくて動物園の飼育員って言いたいのか……。
「それ……先生の勝手ですよね」
「あぁ、俺の人生やからな。」
石橋先生は開き直りとも取れる発言をし始めた。
「俺の人生やからな。俺のやりたいようにやる。お前らもそうしたらええ。廃部は学校としては決定やけど、覆すためにやるだけはやったらええねん。」
でも、それで色々やってるが、それは認めてもらえないから問題になってるんじゃなかったか?
「誰も活動を認めへんなんて言うてないで?」
「はい?」
「まぁ上田の誘導があったとは言え鈴木は自分らで何とかしようってしてきたわけやん。その実績は認めてるから。廃部なんは決まってるけど、ちゃんとした理由も言ったったやろ。」
「ちゃんとした理由……って部活動の数を減らして先生の数を減らして云々ってヤツっすか?」
「おぉ。最近はモンスターペアレントとかブラックなんとかとかで教師になりたがるヤツがおらんから、採用試験もガバガバや。さらに教師の数は減ってる。この流れは止められへんし、だから部活動も削減して教師の顧問負担を減らそうやって流れは変わらんねん。」
「で?」
「廃部の理由がそれって分かるんやったら、それにあわせた対処法も自分らで考えられるやろ?」
「いや、そんなすぐには考えられないですけど……だって今の話って先生増やすとかお金増やすとかめちゃくちゃな……」
「そうやな。上が何とかする話やな。ただそれは出来ひんから何とかせぇって言ってるんや」
そんなのギャグマンガの定番、大金持ちのお嬢様とかがいないと無理だろ。
もしかして、と上田を見てみるが……。
「生徒会にも私にも教員人事に介入する力なんて無いわよ?ただの生徒会長のJKだから……」
そりゃそうだよな。最初から出来るなら廃部になんてならないよな。
にしてもここまで来ると別の疑問が出てくる。
「どの部活にもこんな無理難題をふっかけてるんですか?」
「いや、上田と文芸部だけやな。他の部活は表向きの理由だけで諦めたからな。」
確かにまともに活動してなければ「まぁ、一律で決められたなら仕方ないか」で済ましていただろう。
1年前の俺だと多分そうなってる。
とはいえ、廃部は避けられないということを改めて知らされてもなぁ……。
「さっきも言うたけど、文芸部のことは評価してるんやで。上田からの又聞きやけど廃部って聞いてから、刃向かってもきたし、ここでもこんだけちゃんとしゃべれとるし。だからホンマのことは言っといたろと思ってな。」
なんか良い話風にまとめようとしているのか?
「あとな、部活は学生のもんや。どないしても残したいならやり方は自分で考えろ」
それで色々とやってきたあれこれを今、否定されたんだが……。
「否定したけど、糸口になるようホンマの廃部理由は教えたったやん。」
「だから、それどうにもならんでしょ……」
「上が決めたんやから上……やから教育委員会とか知事とか仮病総理とかその辺が氏んだらええんちゃうか」
石橋先生は急にどぎついことを言い出し、上田も俺も何も話せなくなり真顔になる。
石橋先生は数秒で笑顔になり
「嘘やってー。」
とか言い出す。いやそりゃ嘘じゃなきゃ困る。
「ただな、アピールすべきが誰かは分かったやろ。俺は仕事やから矢面に立ってるだけで、俺が『すごいなぁ』って思うアピールをしてもあんまり意味はないんや」
なるほどな……。でも、それ無理難題にしか思えないぞ……。
「よし、ほなもう聞きたいこともないやろ?俺は職員室に戻るわ。」
そう言うと石橋先生は立ち上がる。確かに色んな意味で聞きたいことはなくなったが……。
俺も石橋先生につられて一応、立ち上がる。
石橋先生は最初に見せていた丁寧な雰囲気に戻り
「本日は貴重な学生の意見をありがとうございました。」
と丁寧な口調で挨拶する。
「いえいえ、こちらこそ色んな意味でありがとうございました。」
俺は軽く皮肉も込めて挨拶し返したが、石橋先生は営業スマイルで振り返り軽くお辞儀して退室していった。
「鈴木くんお疲れさま。思わぬ方向になって大変だったと思うけどホントお疲れさま」
上田が優しく声をかけてくる。確かにな……。説得するはずが流されていってしまったぜ。上田は一応と、補足説明をする。
「私も最初は活動云々だと思ってたの。で、4月に生徒会の担当が石橋先生に変わって、最初は文芸部を認めてもらうために頑張ってたんだけど……そのうちに『確かにお前らの頑張りはよく分かったけど、実はな』って急に関西弁で話し出してさ。ホントなんなの!?って感じよ」
「まったくな……」
「とりあえず今のもふまえて虎谷さんと今後の文芸部のことも話さなくちゃいけないし、部室に戻りましょうか?」
「そうだな……」
俺は上田と共に部室に戻ることになった。
だがなぁ……、唯一の後輩である虎谷にはどう説明したら良いもんだろうな……。
しばらく部活編のストーリーが進んでいきます。
鈴木くんキレちゃったなぁ
先生は先生でグレーな発言連発だし
大丈夫なのかこの学校……