上田の真相告白から数日。
早いもので、もう終業式だ。明日から夏休みとなる。
そんな今日は上田から呼び出され虎谷と2人で生徒会室に向かうことになった。
こないだ語った夢の話……とかではなく、第二次廃部候補の演劇部に聞かれたくない話、聞かれたらマズイ話とのことで、おそらく上田が何かに気付いたということだろう。
「鈴木くん、ご名答~。」
やっぱりな。上田はなにやら印刷した資料を俺と虎谷に見せてきた。
「これ、生徒会の部活ごとの予算資料とかをまとめたんだけど」
うーん……俺にはこういう難しい書類はどこをどう見たらいいか分からん。虎谷も珍しく少しだけ渋い顔をしている。
「私、こういう資料とかを読み解くの苦手なんですよね。」
虎谷はそんな事を言った。虎谷でも苦手なものがあるんだなぁと少し意外に思う。
「端的に言うとお金の話よ。」
わぁお、大人の事情の次は金の話かよ。やっぱり大人の事情じゃねぇか。
「うちの高校は部員の数で出せる部費が決まってるんだけどね。」
つまり部員が多いと支出する金額も大きくなると。
「もちろん額は私たち個人からしたら大きいけど、学校的にはそこまで大きくないわ。事実、吹奏楽部は学校からの部費だけでは活動出来ないから、部員も月いくらって払ってるらしいし。」
へぇ、そうなのか……。言われてみればコンクールとかでデカい楽器運んだりとかって結構な金額がかかるだろうしな。冷静に考えれば当然なのだろう。
「この部費っていうのは部員の数でいくらって決まってるから、大所帯な支出する金額も大きくなるのは当たり前で、問題はこっちの枠を見て欲しいの。」
上田は資料の支出額ではなく、雑益と書かれた枠を指差す。
なんだ?これ……。だいたいの部活は0円だがいくつかの部活で金額が記されている。
金額が記されている部活は確か上田が廃部候補ではないと言っていた部活だ。
「例えば漫研さんだと同人誌を販売したり、茶道部さんもお茶会を開くわよね?いやらしい言い方をすると、そこでお金を取っているのよ。運動部でもごく一部、文化祭で3Pシュート決めたら景品みたいなイベントをやったりしてるのね。そういう何らかの方法でお金を取ると、それが雑益としてここで扱われるの。」
なるほどな。
俺の知る限り吹奏楽部のコンクールやら校内演奏会やらは当然のように無料だったし、演劇部の舞台も校内公演は無料だったはず。
上田と観に行った地区大会も無料だったしな。
「どうやらこんな風にお金を取ってくる部活を残したがっているみたいなのよね」
上田は真顔でそんな事を言う。
まぁ確かにお金は大事だし、入ってきたお金が先生とか教育委員会のポッケにないないされるなら部活だって残そうって気になるか。
「まぁ大人たちもさすがに吹奏楽部取り潰しにする口実は思い付かなかったからナシになったみたいだけど……校内の演奏会とかに適当な理由をつけて有料化しようみたいな企みがあるみたいね。」
高校生の部活でお金を吸い上げようなんて、なんというか最低な話だな……。
「健全なJKビジネスとか言ってるみたいね。石橋先生もさすがに『学生使って金儲けするんはFラン大学運営のすることや』って反対してくれてるみたいだけど……」
「Fラン……まぁそこは置いとくにしても『健全なJKビジネス』っていう言葉がそもそも健全じゃねぇよ。」
「そうね。私たちのところまで話が降りてくる時には『学生の時からお金の大事さを学んで欲しい。』みたいな話になると思うわ。」
上田はそう言いながらため息ひとつ。確かにそんな大義名分作られたら従わざるを得ないよな。
すると虎谷はポツリとこんなことを言った。
「じゃあ私たちもお金を儲けたら存続ってことになるんですかね?」
確かに乱暴な理論だがあり得るかもしれん。上田も神妙な面持ちで頷く。
「そうね。それが廃部を阻止するってことである意味では一番、現実的かもしれないわ……」
今回の廃部騒動の一番の敵は大人の事情だ。金で叩くのが一番、現実的だがその金を用意するのは現実的な話ではない。
「生徒会長としても一個人としてもJKビジネスに手を出すのも手を出させるのも看過出来ないしね。」
そりゃ当然だろう。俺もJKビジネスをやれなんて言いたくない。
「じゃあ鈴木さんがやったらいいんじゃないですか?」
虎谷がそんな事を言う。
「え?俺?あれか、繁華街で走ってるトレーラーのやつか?」
確か延々と音楽を鳴らし続けるウルサいトレーラーを繁華街で見たことあるな。
上田も思い当たったようで
「あぁ~あの『♪僕の風、僕の風、僕の風~♪稼げる男に僕はなる~♪』ってヤツね!」
とご丁寧に音楽を口ずさみながら言う。いったい何の仕事かサッパリ分からん音楽だ。
「じゃあ鈴木さん、頑張ってください。」
虎谷は笑顔で俺にそう言ってくるが、待て。俺はやるなんて言ってないぞ。
「生徒会長として特別に許可するわよ♪」
上田も笑顔でそんな事を言う。
そんな得体の知れない仕事、許可するんじゃねぇよ!俺はやらないからな!
断固拒否の俺を見て、わざとらしくやれやれというような表情の2人。
さては2人とも俺で遊んでたな?
「ごめんごめんってば~」
上田は笑いながら謝罪、最近はきつそうな表情を浮かべてることが多かったし、この笑顔を見てると許すしかないな。
そして虎谷は一通り、落ち着いてから言った。
「じゃ、文化祭で文芸部も同人誌を売りますか。」
文化祭の同人誌を"売る"だと?
いつもは無料でやってるから気付かなかったぜ。
というよりは、あれで金を取るのか。
「あ~なるほどね。灯台下暗しだったわ。」
上田も一瞬フリーズしたが、虎谷の提案の意味が分かったようだ。
「ってそれ売れるのか?」
俺が根本的な疑問をつい口に出してしまう。
「『売れるのか?』じゃなくて『売る』んですよ」
虎谷はサラッと恐ろしいことを言う。さらに上田も続いて言う。
「そうよ、高収入アルバイトとかより断然いいわ。それに文化祭が終わったら生徒会長も交代だし、鈴木くんも引退でしょう?」
そういえば文芸部の引退っていつなんだ?まぁそれこそ後で考えたらいいか。
「正直、生徒会長の私がこれだけ暴れたから次は100パーセント先生の言いなりにしかならない会長になるだろうから、この文化祭が最後のチャンスよ。」
なるほど、確かに可能性はある。
そもそも1年生の虎谷しかいなくなれば、新しい会長とは同期ですらないから、去年みたいに会長から働きかけてきてくれる可能性もガタッと減るわけか。
俺の顔を見て、何を察したのかは分からないが、上田は続けて言う。
「まぁ文化祭の出店でお金を扱うのは色んな部活でやってるわ。あんまり深く考えないで。」
お金を扱うことより、そもそも金出してまで受け取ってもらえるのかがプレッシャーなんだが……。
「そこは部長でしょ。なんとかがんばってください」
虎谷からの手厳しいツッコミが入る。そうか……俺、紛いなりにも部長なんだよな。
「じゃ決まりね!私は漫研さんから生徒会への報告書見て価格帯とかページ数とかそういうのを研究しとくから!がんばってね~」
上田が後方支援をしてくれるとのことだが、作品を作るのは俺たちだ。大変なミッションを背負いこんだな……。
この後、俺と虎谷は部室に戻る。
文化祭向けの準備は、書くのは夏休み中からだが製本したりするのは夏休み終わってからで良いだろうということになった。
そして夏休み中の活動は週1回に決まった。
そもそも書きためるのは家でやって、部活では投稿先を探して投稿するというルーティーンに決まった。
これまで長期休暇に活動したことなんてないからな。これだけでも非常に大きな進歩と言えよう。
「そういえば売れた時のお金ってどこに行くんですかね?」
虎谷はそんなことを聞いてきた。言われてみれば、どこに行くんだろう。
文化祭でクラスの模擬店とかもやったが、その売上金がどこに行ったかは分からんな。
「その行き先こそ大人の事情ですかねぇー」
虎谷はそんな風に言う。
そうだな、それこそ生きて高校卒業したければ気にしない方が良さそうだ。
この後は、小説の投稿先の期限などを確認して今日の活動は終わりとなった。一応、何日の部活でどこに投稿するかを決め効率的にあちこちの賞やなんやに投稿する予定だ。
「また『クズな俺と今カノと元カノ(未来形)』くらいの名作が読めるのを楽しみにしてますね。」
虎谷はそんな事を言っているが迷作の間違いだろ。
「そういえば、男の人って1回は浮気するって聞いたことあるんですけど、本当ですか?」
「ぶっ!」
つい吹き出してしまった。とある先輩の顔が浮かんだからだ。
断じて俺自身のことではないぞ。
「まぁ、人によるんじゃないか?」
我ながら無難すぎる回答をしていると思う。
「ふぅーん。」
俺をジト目で見るんじゃない。だいたい浮気以前に本気の方の話がないっての。
……ん?そういえば、上田って庄司先輩と別れたんだった。大事な部分を忘れてたぜ。
「あ、鈴木さん悪い顔してる」
「どういう意味だよ。」
そんなたわいのない会話をしながら、今日の部活は終わった。明日から夏休みか……。
そんなこんなで下校時間を迎える。
「ではお疲れ様です。また来週~」
虎谷は相変わらず、めちゃくちゃなスピードで帰る。
俺は、夏休みの文芸部の活動予定を上田に伝えに行くとする。
強制ではないんだが、気にかけてくれてるし、伝えといたら遊びに来たりも出来るだろうからな。
「ってことで、もし時間があったら文芸部にも顔出してくれ」
「それを伝えに?ありがとう~。でもその連絡ならSNSでもよかったんじゃない?」
うげっ、他意はないと思うが痛いところをつかれた。
こうなったらヤケだ。自分の気持ちにはケリをつけておきたいしな。
「まぁまぁ、そうなんだがな。せっかくの夏休みだし近いうちにどっか遊びにでも行かないか?という誘いも兼ねてな」
ここでキッパリ断られたら、俺もどうでもよくなれる。上田は呆れたような顔をして俺を見ている。
「あのねぇ……私たち受験生よ?」
そうだよな。ダメだよな。さぁ振られておしまい。
「まぁ1日くらいいいか。普段から勉強してればなんてことないもんね。」
「へ?今なんと?」
「乗ってあげるわよ。どんな企みがあるのか知らないけど……ま、悪いこと考えてる訳じゃないだろうし。」
傷心の上田につけ込もうという、とっても悪いことを考えてるんですが。
「じゃあ予定確認して連絡するわ。よろしく、期待してるから♪」
しかも期待された。もしかして上田も俺のことが好きなのか……。
んなわけないな。俺がそうあってほしいと思っているだけだ。
「じゃ帰りましょ。下校時間だわ」
そう上田に促され、下校した。
よく考えたら断られなかったのは波風を立たせないようにするためで、後で『行ける日か無い』とかって返事が来そうな気がするな……。あまり舞い上がらず、のんびり構えるとしよう。
今回は金の話ですね~
お金お金お金お金・・・・
現実世界でも嫌な話をフィクションに持ち込んでゴメンナサイ
にしても男性高収入求人ってなにをするんやろか・・・