夏休みは早くも終わり、今日は始業式だ。
文芸部は今日も部活だ。部室に集まり、夏休み中に投稿したところから何か連絡が無いか確認する。今日も特になし。まぁそう簡単にはいかないか。
「まぁまだ締切が来てないのもありますしね~」
虎谷がそんな冷静なコメントをする。確かに、その通りだな。
ただそれって入賞したとして、存廃議論にケリが着くまでに間に合ってくれるのだろうか。
生徒会長が代替わりする前に結論を出してしまう、つまり残された期間は文化祭までの限られた時間となるのだが……。
と、中途半端に部活が始まって少し経ったこのタイミングで上田からSNSのメッセージが届いた。
「"文芸部"にお話ししたいことがあります。お時間のある時に生徒会室に来てください。」
わざわざ文芸部と強調するあたり、俺個人に対してどうこうの話はないんだろうなぁ。とはいえ、保留された返事がどうなるかも分からないし、俺個人を呼び出してきたとしても素直に喜べないがな。
とりあえず上田の呼び出しに文芸部として生徒会室へ向かうか。
「虎谷ー。」
「なんですか?」
「上田が文芸部に話があるって。一緒に聞きに行くかー?」
「えぇ~」
虎谷は嫌そうな返事をしながらも立ち上がって俺についてくる。
本気で嫌がってる訳じゃないみたいだが、なんというか気ままな猫みたいなヤツだな。
あ、虎なんだから猫か……。
とまぁ、そんなどうでも良いことを考えてるうちに生徒会室にたどり着く。
上田しかいないと思い、俺が軽くノックをして入室する。
すると中には上田の他に石橋先生もいた。おいおい、また精神的に疲れる心理戦なのかよ、と思ったが石橋先生は俺たちを見てそそくさと立ち去ろうとする。
俺は軽く身構えたこともあって、うっかりこちらから声をかけてしまう。
「あれ?また先生が立場的に立ちはだかるためにいるんじゃないんですか?」
先生は営業スマイルの時と関西弁の本音の時と足して2で割ったようなオーラを出しながら答える。
「何言うてるねん。文化祭や部活は学生のモンやで」
そう言いながら消えていった。なんかあるなぁありゃ……。
「確かに何かありそうですね」
虎谷もそんなことを言う。そう言えば虎谷の担任が石橋先生だったな。今は一言も交わしてなかったけど。
「まったくよ~。あ、適当なところに座って」
上田はそう言って笑いながら、俺たちに着席を促す。
「また石橋先生が何か言ってきたのか?」
「そうよ~。『これやっといてや』って……」
上田はそう言いながら紙を見せてくる。そこには『文化祭予算圧縮命令』と書かれている。
「文字通り文化祭にかかる予算を圧縮しなさいって~」
んな、めちゃくちゃな……。ってか生徒会長に丸投げってどんなんだよ……。
「で、予算圧縮で文化祭もろくに出来なくなりそうなのか?」
「ん?あぁこの命令は無視するわよ?」
「は!?えぇ……いいのか?それ」
「石橋先生が私に言ってくるってことはそう言うことよ。これに合わせた文書だけ作って努力しましたよって雰囲気を出せって意味よ」
「は……はぁ」
ここで虎谷も口を挟む。
「確かに石橋先生はよく『やった』っていうのが大事なんやって言いますよね。」
「言う言う~案外、報告書とかも中身が伴ってないのにOKしてくれるのよね~~」
中身が伴ってない報告書出したのかよ……。
「なんか、夏休み前までの改革(大人の事情)がどれだけ出来ました。みたいな報告書を出せって言われてさ。私は良い意味で何もしてないからどうしたらいいか聞いたら、何もしなかったことをそれらしく理由つけたらいいよって言われて、その通り書いたらイケたわよ」
「それチェックされてないんじゃないか?」
「紙が出たってことが大事みたいね。だから今回のこの予算圧縮も適当に『やるだけやりました』って感じで出すわ」
「そんなん出来るんですね?」
虎谷は至極当然な疑問を投げる。しかし上田もケロッと答える。
「例えば吹奏楽部の演奏会の時間を例年、45分で取ってるのね。これを今年は5分にします。そしたら照明やパンフレットなど、また観客数が減って用意するパイプ椅子を減らしたりして、理論的には諸々の費用や労力を圧縮出来るでしょ?」
「それ、文化祭のために一生懸命練習してきた吹奏楽部から暴動が起きるぞ……」
「実際にはやらないわよ~。」
「えぇ……どういうことだ?」
「ただしくは演奏会45分を演奏会5分、アンコール40分にしてしまうの。そうすれば演奏会の時間短縮で表通りの効果を得たことになりながら実際には45分あるから吹奏楽部も満足行くパフォーマンスが出来るわ」
「ありなのか……それ。」
「ん~……まぁいいんじゃない?ライブで乗ってアンコールしちゃった☆ってことで。一応、石橋先生には根回しするし。後はカンパ制にしてお金を取ろうとするとかね」
「それ、吹奏楽部がOKするのか?」
「吹奏楽部の意志は関係ないわよ?カンパ箱も生徒会室に置くだけだし。いくら集まったより、集めようと努力した"ことにする"のが大事だから。」
なんというか、朗らかでちょっとお茶目な上田はどこへやら……。
上田は一気に大人の階段を上ってしまったような気がする。
「何~?鈴木くん、幻滅した?」
「いや、そうじゃなくて……なんか遠くなった気がするなぁ……って」
「あはは、何それ。これが生徒会長としての私。仮面の姿で本当の私は鈴木くんの知ってる私だよ~。」
上田は、いつものふんわりした笑顔に戻った。よしよし。
「で、文芸部はどうしたら良いんですか?」
虎谷は話を本題に戻す。あ、そうだったそうだった。それが大事だ。
「あ、そうだったそうだった。文芸部は文化祭で本を『販売する』って方針で間違いなかった?」
「あぁ、そのつもりだ。」
「じゃあまず事務的に書いて生徒会に出さなきゃいけない書類を渡しとくね」
「おぅサンキュー」
「あと、ここからが本題で、どんな感じの本になるとか分かる?」
「ん~……一応、いつも配布してるヤツをちょっと厚くするくらいかな?」
「価格帯とかは考えてる?」
「一応、100円と……B○○K○FFとかも100円コーナーがあるし、手に取りやすい金額が良いかなぁと」
「なるほどね~…確かに文化祭で500円とか普通は払わないわよね~」
上田は俺が言った内容をメモする。
「紙の質とかは考えてる?良い紙使うとか、学校で用意できるわら半紙にするとか……」
「そこはまだ……」
「何部刷るとかも決まってる?」
「そこは逆に何部なら採算とかが合うんだ?ってところだな」
「なるほどね」
上田はそう言いながら目の前にある生徒会室のパソコンを操作する。カタカタっと操作して、しばらくすると俺たち2人を手招きした。
俺と虎谷でパソコンの画面を確認しに行く。
「ページが去年の倍、1冊100円だと先生がニヤツく金額を稼ぐにはこのあたりね」
そこには具体的に何冊売り上げたら良いかの数が表示されていた。
「労働力は計算しなくて良いから100円―原価で計算しただけなんだけどね。」
少し苦笑いしながら、上田は数字を見せる。
こうして見てみる先生がニヤつく金額とやらはかなり大きな数字だ。
「一応、コッソリ石橋先生に聞いたのよ。いくらくらい稼いだらいいのか。そしたら『教師の打ち上げ飲み会代くらいはほしいなぁ』って。」
「それでこの金額か……。」
正直、自信はないがそれを口にするわけにもいかない。
こんな俺とは逆に虎谷はいつものように薄いリアクションだ。
「ふーん……。」
やっぱり何考えてるか分からないときが定期的にあるな。
「とりあえず紙とかは文芸部の部費で手配しとくから、文芸部はこの数、売り上げることを一番に考えてね!……でいいかな?」
「お、おう」
せっかく上田が計算してくれたんだからと俺は肯定的な返事をする。
すると虎谷が
「おぉ~」
となにやら感心したような声を出す。どうしたんだ?
「いえ。やる気だなぁって思っただけです。」
なんだそりゃ。
虎谷のよく分からない発言はさておき、俺たちは上田の試算をどっかにメモしてから部室に戻る。上田があんな計算式まで考えてくれていたとは……。
部室に戻って一息ついて虎谷がポツリ。
「あの目標、やるんですね」
ん?意外と怖じ気づいたりしてるのか?
「というよりは鈴木さんがGOサイン出すと思わなかったです。結構、キツい目標じゃなかったですか?」
確かにかなりキツいし達成出来るかどうかは分からん。もしかしたら無理かもしれない。
「キツい目標なのは分かってるが何もしなけりゃこのまま廃部だ。目標が仮に99%失敗して廃部になるとしても、100%廃部よりは良いだろう。」
「…………そうですね。確かに言うとおりですね。」
「なんか妙な間があったが、何かあるなら言ってくれよ。文化祭が終わったら名実共に虎谷の時代なんだからな。」
「ん?いや……鈴木さんは事なかれ主義なのかなぁと思ってたので意外だっただけです。」
「あぁ……そう言うことね……。確かに事なかれ主義だった気がするんだがな……」
確かに事なかれ主義だったはずなんだが、いつの間にかマジになってる俺がいる。
まぁ主に上田のお陰だな。それは虎谷には言わないけど。
「まぁさすがに廃部って言われたら何とかしようって気になるだろ」
「ふーん……。」
虎谷は俺の言い訳に何やら分かったような分からないような顔をしている。もしかしたら察したのかもしれないな。
とはいえ虎谷はそこに踏み込んではこない。ありがたいような寂しいような……。
「分かりました。じゃ文化祭までに本を作ることを最優先にまずは頑張りますか」
「だな。あと結局、誌面は限られる。長い作品を載せるとキツいこともある。とはいえ短いモノばかりだとなんだかなぁ……とも思うんだが……。ほら、一応どっかに応募して落ちた作品とかも使いたいだろ。というか俺のストックが厳しいって話だが」
「じゃあ2種類作ったらいいんじゃないですか?そうしたら2冊買ってくれる人もいれば数も増やせますし」
「あっそうか。そりゃそうだな。1冊しか売れないって考えしか思い付かなかったぜ。」
こうして虎谷のアイデアもありつつ文芸部は文化祭で同人誌を販売する。
そこで稼ぐという実績を持って廃部という大人の事情を立ち向かうことに決まった。
これが最後の勝負だな……。