翌朝、文化祭の日がやってきた。
登校して職員室にいた石橋先生に昨日のお礼を伝えてから、クラスの教室で出欠確認を受ける。
その後はすぐに部室へ。作って箱詰めした同人誌を体育館近くのスペースに持って行く。生徒会が用意した販売スペースだ。並びには3年生の飲食店があり人通りも多い好立地だ。
まぁ浮いているのは否めないが、どこでやっても同じこと。
なら徹底的に浮いているのを利用しようと言うことになったのだ。
一般開放と最初のプログラムが始まるまでの30分で一気に準備完了!あとは文化祭が始まるのを待つばかりとなった。
「いよいよ来ましたね~」
初めての文化祭でしかも自分の書いた作品でお金を取るというなかなかな状況にもかかわらず、虎谷はいつも通りの余裕な表情だ。
「すいません!一冊ずつください!」
「はい、ただいま!」
こんなすぐ、いったい誰だと見ると上田だった。
「ねぇねぇ一番乗り?一番乗り?」
「あぁ一番乗りだな」
「やったー!」
なぞのはしゃぎ具合を見せる上田。コレを見るだけでも頑張った甲斐があったね。
「200円です。はい、ありがとうございます。」
虎谷が会計を淡々と済ませる。彼女の堂々たる雰囲気には救われるぜ。
上田が立ち去ると虎谷が話しかけてきた。
「店番ってどうするんですか?」
あっとそう言われてみれば……。去年までは無料配布だったので極端な話、店番をしなくても良かったんだが今年はそういうわけにはいかない。決めてなかったな……。
「いけるときにどっちが来て、最悪どっちの都合もつかない時は閉めるか。」
「分かりました。では早速ですいません。午前中はクラスの方があるので行ってきていいですか?」
「おう。」
虎谷はスタスタと消えていく。
あんな部活に力を入れているのに、クラスの方でもちゃんとやってるのかと感心してしまう。
ま、虎谷ならわけなく出来そうだよなぁ。
さて、困った。
横の食べ物の模擬店は大声で呼びかけているしその方が活気もあって良いというものだが、文芸部はイメージ的にそれをするのも微妙だよなぁ。
「へい!へい!へい!へい!らっしゃい!」とか言わないよなぁ……。だいたいそのかけ声は恥ずかしいから嫌だな。
「すんません、1冊ずつください!」
「あ、はいただいま!……って水原かよ」
購入第2号がほぼモブに近いキャラなんて悲しいぞ
「水原かよとは失礼な。お客様だぞ~?ヘヘッ……まぁ冗談は置いといて、そんなしみったれた顔してたら売れるもんも売れねぇよ?」
「うるせぇ!」
「うわぁ過去のゴーストライターに厳しいなぁ……」
「まぁ水原の言うとおりかもしれないな……。どうすりゃいい……初めて過ぎて分からん……」
「隣みたいに大声出すか!?」
「それは合わんだろ……」
「じゃあとにかく話しかけて買わせるとか?」
「お前、何言ってんだよ……」
「祭りだぁ~!って雰囲気を最大限利用すんだよ!例えば……」
水原はキョロキョロしてから近くを通りかかった生徒を捕まえて話しかける。
「すいません、例えばなんですけども、桃太郎が極悪で鬼が石橋先生みたいな話とかどっすか?」
「はい?」
「まぁそんな話がね~あるんですよ」
「はぁ……石橋先生が鬼?」
「正確には石橋先生みたいな人ね。そのあたり権利的にめんどいから。で、そんな話が入ってるのがコレなんすよ。去年の文芸部の本。まぁもらってって~」
水原はそう言いながら半ば強引にどこからか出した去年の文芸部作品を見ず知らずの学生に渡した。
「とまぁこんな感じ。」
「強引じゃねぇか!ってかやるなら今年のを売り込めよ!」
「だって今年のはまだ読んでないし。今年の書いたなら出来るだろ。じゃ頑張れな~」
水原はそれだけ言って立ち去る。まったくとんでもない話だなぁ……。
と15秒くらい考えたが、何もせずよりはマシかと思い立つ。
その時、誰かの保護者と思わしき大人の女性が通りかかった。
何も生徒に売るだけが能じゃない。大人の方がお金も持ってるはずだしな。
「文芸部でーす」
俺の声に保護者は一瞬立ち止まる。ここしかない。
「すんません、1冊どうですか?」
「いやぁ……」
「あぁ……じゃまぁ……青春とかどうですか?今の学生の恋愛とか気になりません?」
「んんー……まぁちょっとは……」
「ちょっとそんな話も入れてみたんです。買ってってください!」
「………はい、分かりました。いくらですか?」
「1冊100円です。ただ恋愛の話は2冊に分かれてるんですよ……」
「はいはいじゃあ2冊ともください」
「ありがとうございます!!」
半ば強引に押し込んだ気もするが売れた。身内票ではないちゃんとした売上だ。
文化祭という雰囲気を利用して、このままやるか。
……
「まぁ浮気とか最悪ですよねぇ」
「でしょー。ただまぁ浮気してる側って言うのがどんなんか。そういう視点も見てみたくないっすか?」
「うーん……基本、浮気してたら燃やすつもりだからなぁ……。」
「燃やしたら話できないし、まぁ話したくもないだろうけどw」
「それなwwwww」
「ってことで、浮気した側の思考がいかにクズか書いたんで読んでくださいや」
「………なんでそんなこと書けるの?」
「文芸部なので!……ってのは冗談で、実際に俺の好きな人の好きな人は浮気というか三股やってるやべぇ話だったもんで」
「そこが元ネタ?」
「えぇ……」
「文芸部のお兄さんも大変だね。じゃあお兄さんはその三角、あ、四角関係に」
「入ることすらできなかったね。あ、これはここだけの話で。」
「はいはい。なんかかわいそうだから2冊とも買ってあげるよ」
「ありがとうございます!」
見ず知らずのJKと舌戦をしながら、また2冊売れた。
おしゃべりしてから売るまでこぎつけるから時間はかかる。
ただ売れた実感があるのは嬉しいな。
「お疲れ様です」
虎谷が戻ってきた。もうすぐ昼だ。意外に早いなぁ。
「どうですか?売れてます?」
「まぁまぁってとこだな」
「ですねぇ……多分、これペースだと間に合わないですよね?」
「うっ厳しいこと言うなぁ……例年、明日の方が客が多いからと楽観視してるんだが……」
「そうなんですか?」
「今日は金曜だから……明日は他校の人が遊びに来たりするだろ」
「あぁ……まぁ。そうですけど、いけます?」
「正直、難しそうかな……」
「はいはい。じゃあ鈴木さん、お昼行って良いですよ。私代わります。」
「お、おう」
虎谷に促されるまま、一旦文芸部から離れて腹ごしらえに行くことにする。
確かに売れたことに手応えはあったが、このままじゃ全部はさばけないよな……。
とりあえず俺は適当に焼きそばを2つ買って文芸部に持ち帰る。ちなみに片方は虎谷の分だ。
ということで数分で文芸部に戻ってきた。
目の前で同人誌が売れていくのが見える。ポツポツだが売れているのが嬉しい。
「お疲れ。どうだ?」
「まだ数分ですよ。お昼食べてきたんですか?」
「買ってきた。ほい虎谷の分」
「あ、ありがとうございます。いくらですか?」
「いや、いいよ。それより売れてるか?」
「まぁまぁですね。」
虎谷はまぁまぁとか言ってるが、どうやら俺が1時間かかって売った数が、ものの数分で売れたように見える。
「なんか魔法とか使ったか?割と売れてるじゃねぇか」
「立ち読みを許可してみました。みんな数分後には買って帰るんですよ。」
「なんだと……?」
言ってる意味がよくわからない。するとまた1人通りかかる。
虎谷はちょっとちょっと、と手招きをする。
「立ち読みしても良いですよ。」
そう言って差し出すのは俺が買いた作品の後半が載った方だ。
確か主人公の想い人の恋人が浮気しているという場面だった気がする。
「どうです?」
「これって続き?」
「はい、前半はこっちですね。立ち読みします?」
「立ち読みで良いんですか?」
「私は良いですけど。まぁ帰っても読めますし、今読まなくても……」
「あぁそっか。体育館で待ち合わせしてるんだった。ほなとりあえず買って帰って読みます。」
「ありがとうございます。200円です」
強引な気もするが、俺みたいに舌戦を繰り広げたあげく買ってもらえないとかよりはコスパも良さそうだな……。虎谷だから出来る技なのかもしれないが。
虎谷は俺から焼きそばを受け取ってちゃっちゃと食べる。
その間は、俺が店番だ。つっても虎谷みたいな技は使えないしなぁ。
「私、ここにいるんで売り歩きに行ったら良いんじゃないですか?」
「なるほど、その手があったか。確かにブースはここだが、歩いて売りに行くってのはアリだな。」
俺も焼きそばを食べながら終わったらその作戦を使わせてもらおう。
店の方は虎谷に任せた方が良さそうだしな。
さて、とりあえず何冊かずつ適当にエコバックに入れて店から離れる。
俺には水原がやってたようなやり方しか思いつかないし、知らない人と話すのはプレッシャーもあるが逃げてられない。よこしまな考えかもしれないが、結局は上田に良いとこを見せたいから廃部も阻止したいわけだしな。
最低限、そこはブレたらいけないと思う。
「あら?鈴木くん?」
おっと噂をすれば影だな。上田が声をかけてきた。
「どうしたの?休憩?」
「いや、出張販売だ」
「あら?またすごいことしてるわね~」
「虎谷のアイデアだけどな。」
「ホントあの子すごいわね……分かった。私も何か協力しようかな。」
「マジか!?無理はしないでくれ。これは文芸部のことだからな」
「大丈夫!大丈夫!それにもともとは私が持ち込んだ話だしね!ちょっと待ってて」
上田は駆け足でどっかに行き、少しして戻ってきた。
首からかけるタイプの板っぽいヤツに文芸部と書かれた紙が貼られている。
さながら駅のホームの弁当屋みたいな雰囲気だ。
「ほら、これでまず『売ってる』って雰囲気が出てくるでしょ?エコバックだけじゃ電子たばこのセールスみたいだしね。」
「上田って時折、変な知識を披露するよな」
「えへっ。あ……あとコレ」
そう言いながら、文芸部と書かれた紙に文言を付け足す。
「無料悩み相談……?なんだこれ?」
「相手から話しかけてもらいやすくするためよ!悩み相談に来た人に答えてあげて、ついでに本を売りなさい!」
「サラッと大変なことを言うなぁ」
「鈴木くんなら出来るって思うから。じゃあ頑張ってね!」
謎の信頼だな……まぁ応援もされたし行くっきゃねぇなぁ。
上田と別れて俺は人の多そうなところへ向かう。
いよいよ文化祭編開幕です!
これで文芸部の運命は決まる!!……のか?
そして上田と鈴木の運命はいかに!?