夜が明ける。今日は文化祭2日目だ。
上田との約束はあるが、その前に文芸部の準備をしないとな。
まずは部室に行って残った同人誌を下の文芸部ブースへ運ぶ。せっせと運んでいると虎谷もやってきた。
そうだ、午前中は不在にすることを謝っておかねば……。
「おはようございます。昨日はありがとうございました」
「おぅ。それとな、すまんのだが今日の午前中、店番頼めるか?」
「良いですよ。何かあるんですか?」
「ちょっとな。2年のクラス劇でも見ようかと。」
「分かりました。楽しんできてください!」
「おぅ!じゃあ悪いけど頼むわな!」
虎谷に在庫を託して俺は体育館に向かう。虎谷なら大丈夫だという信頼もある。
体育館に着くと入口の近くに上田はいた。
「おはよう!ごめんね呼び出しちゃって」
「んん、こっちこそなんか気を遣わせたかな?ごめん」
「大丈夫!さっ適当に席見つけて座りましょ。どこか希望とかある?」
「特には……上田のオススメ席は?」
「無いかなぁ。お芝居はどこから観ても楽しいからね!」
そう言って笑う上田を見ていると、どうやらやっぱりまだ舞台は好きなんだなぁと思う。
「じゃ、一番後の席でいい?」
「OK!ちなみにその心は?」
「一応、私は今回、優秀賞とかの審査をしなきゃいけないのよ。だから他のお客さんの反応も見たいし」
「なるほど……真面目だなぁ」
「まぁ仕事だし、それに2年生の皆が遅い時間まで練習してるのも見てるからちゃんと評価しなきゃ。ホントは私なんかが評価できる立場じゃないんだけど」
「そうかな……俺は上田ほどの適任者はいないと思うけど」
「そう?夢も無理ってなって部活も辞めちゃうような人間よ?」
「俺はそこよりも、ちゃんと生徒を見て、しっかり評価も出来るし一番信頼出来ると思うんだけどなぁ。」
「ふふっ。おだてても何も出ないわよ。」
「そうかい。まぁ上田が適任だとは思うぜ」
「ありがとう。ちょっと自信は出た」
そんな風に話をしているとブーとベルが鳴る。気付いたら席もかなり埋まってきた。
放送部員が司会をする。
「おはようございます。文化祭2日目を始めます。まずは2年3組『走れメロヌ』です。」
そのアナウンスでスイッチが入ったのか上田は普段見ないほど真剣な眼差しになる。
どこからかノートを取り出し、メモを取る準備すらしている。
普段の朗らかさと、たまに見せる真剣さに俺は惹かれていったんだろうなぁ。
俺も真面目に舞台を観るとするか。
数十分で1つ目の舞台が終わる。
俺の感想は、面白かった。
くらいしかないんだが原作が分かりやすいのと、声が後の席までよく聞こえたこともあって面白かった。
「鈴木くん、どうだった?」
上田は俺に感想を求めてきたので、そんな風に伝える。
「やっぱりそうよね~。話が伝わることって大事よね~。」
「それはそうと、そのノートは?」
「ん?あぁこれは秘密♪私の自習ノートだから気にしないで。」
まぁそう言っているものを無理に見ようというつもりはもちろん無いが、自習ってことは本当は役者の夢も諦めていないんじゃないかなぁ、なんて邪推をしてしまう。
この後、舞台を見ては軽く感想を言うだけの時間がしばらく続く。
俺としては寂しいような気もしたが、この真剣モードの上田が見れるからいいか。
気付くと、2年生の劇は最後のクラスが終わった。
「これで終わりね。どうだった?鈴木くんはどこが最優秀賞、優秀賞がいいかな?」
「俺に聞くのかよ!?いやいやここは上田先生のご意見賜りたいところだが……。」
「先生って……」
なんだか満更でも無さそうな笑顔を見せる上田。
「まぁ俺も一応聞かれたから答えると、俺は3組と6組が好みかな……完全に俺の好みだが」
「あら、奇遇ね。私も好みは3組と6組よ。バカバカしいところも含めて吹っ切れて好きだわ。ただ生徒会長の立場として、自分の好みで選ぶのはどうかと思ってね。1組なんて良い話だった気がするのよ。よくセリフは聞こえにくかったけど……」
「難しい話だなぁ。ただセリフが聞こえにくかったというか俺にはほとんど聞こえなかったしなぁ……」
「うん、相談に乗ってくれてありがとう!私は私の演劇部員時代に習ったことも思い出して答えを出してみる。」
「おぉそりゃ良かった!」
「私から呼び出したのにあんまりおしゃべりできなくてごめんね!」
「そこは気にすんな!劇観るのもなかなか無い機会だしな。」
「じゃあ私はちょっと生徒会室で考えて石橋先生に案を提出するから。鈴木くんは文芸部?」
「そうだな。虎谷に任せてきたからな。文芸部に戻るとするよ。」
「そう……虎谷さんによろしくね!鈴木くんも頑張って!!」
「おぅよ!」
クラス劇が終わり体育館は次の準備が始まる頃、上田とは一旦解散する。
さて楽しい時間を過ごしたわけだし、文芸部に戻って上田を喜ばせるために俺に出来ることをやるかな。
「お疲れ様~」
文芸部ブースで本を売る虎谷に声をかける。さすがに売り切ってはいないみたいだが、朝より数は明らかに減っている。
「お疲れ様です。」
「調子はどうだ?」
「まぁまぁですかね……」
「おなか空いてない?交代しようか?」
「お願いします。」
虎谷と事務的な会話をしながら、店番を交代する。
ブースを改めて確認すると「占い 無料」という貼り紙もある。
これはもしかしたら、昨日の俺……というか上田のアイデアを使ったのか。
何も考えていないように見えて、しっかり考えて行動してるんだなぁ、と謎の親心のようなものさえ芽生える。
「すいません、占いってやってくれますか?……あれ?かわいい女の子が占ってくれるって聞いたんだけどなぁ。」
そんな風に話しかけてくる男子が現れた。かわいい女の子じゃなくて悪かったな。
ってかそんなに噂になってんのか?
「とりあえず、何を占ってほしいですか?」
「んん……まぁ恋愛運的なのをね……」
ラッキーだ。この客ならうまくごまかしていけそうだぞ。
「なるほど……見える!見える!」
「マジっすか!?水晶玉とか手相も見ないのに何が見えるんですか!?」
意外に鋭いなぁコイツ。
「まぁなんとなーくは分かりますよ。」
俺はこの後、適当なことを言い続けてなんとか同人誌を売りつけた。
「後はコレ読んで勉強します!」
謎の信頼は得たみたいなのでヨシとしよう。
「おぅ、次は俺の話を聞いてくれや」
そう言って声をかけてきたのは石橋先生だ。何か悩むことでもあんのかよ。
「あるわ。まぁ聞いてくれ。上からは廃部させろとか色々言われて、下からは納得できひんと文句言われてどないしたらいい?」
割とがちなヤツじゃないか……。
とはいえ、この件は俺が文句を言ってる側だからなぁ。
なんとも言いづらいので俺は雑に打ち返す。
「これ読んで先生が自分で考えてください」
そう言って俺は同人誌を売りつける。半ば強引だが、舌打ちをした後、先生はちゃんと購入した。
「覚えとけよ」
「毎度ありがとうございます」
俺が過去になくいやらしい笑いを浮かべてやる。
まぁある意味では俺は石橋先生のことも信頼しているのかもな。
石橋先生と入れ替わりで虎谷が戻ってきた。
「今、石橋先生来てました?」
「あぁ来てたな。」
「石橋先生に売れました?」
「あぁ売ったぜ」
「おぉ~」
虎谷が音を出さない拍手をする。そんなにすごいことなのか?
「虎谷はこのあと、文化祭観るか?俺はここで店番しておくが」
「私もやりますよ。占いとか鈴木さん出来ました?」
「俺は無理矢理、押し切った。さすがに占い師は難しくて出来ないぜ。」
「ですよね。」
俺は自然と虎谷に席を譲る。占い師が立っているのはなんとなく変な気もするしな。そしてこのあと、俺はえげつない光景を見る。
虎谷が座り数分すると、チラホラと女子が集まってくるのだ。
それもうちの高校だけでなく私服の中学生や他校生など、おおよそ虎谷の知り合いでも無さそうな人も多数見受けられる。
どういうことなのか聞き耳を立ててみると、虎谷の占いがどうやら謎の評判を呼んでるらしい。なんでも「当たりそうな気がする」という不思議な評判だ。
そしてそんな当たりそうな占いをする虎谷が書いた作品が載っているということもあり、同人誌も昨日の比では無いレベルで売れていく。
俺は完全にレジ担当になっていた。
とまぁ、なんとも俺の立場がない恥ずかしさと、同人誌はパタパタと売れていく忙しさに満足していると上田がやってきた。
「繁盛してるわね~」
「おぉそうだな。」
「そんな鈴木先生に朗報よ!」
「先生??」
「ほら、文芸部で色んなところに応募してたじゃない?その中の1つが入賞したらしいわ」
「マジか!?」
「それも鈴木くんが書いた『クズな俺と今カノと元カノ(未来形)』で、なんと審査員特別賞だそうよ!」
あんな黒歴史作品が入賞なんて複雑な気分だが、上田が喜んで教えてくれたわけだし、ここは喜んでおこう。
「一応、これだけ速報ね!全校集会で賞状も渡すから楽しみにね!」
「お、おぅ……」
「何?嬉しくないの?」
「いやぁ……恥ずかしいなぁって」
「何言ってるのよ!こんな機会滅多に無いわよ!それに廃部を阻止するタネにもなるしね!」
そういえば、そうだな。廃部という結論からはまた一歩、遠くなったのかもしれないな。
「じゃあ、また後で!文化祭ラストスパート頑張ってね!」
そう言って上田はどこかへ行く。
忙しい中、わざわざ伝えに来てくれたんだなぁと少し感動。本当にいい子だなぁ。
「鈴木さん、お客さん!」
「おっとすまない!200円です。」
「はい。そういえば何か入賞とかって」
「俺が書いた作品でどっかの出版社に応募したヤツが入賞したらしいです」
「へぇ~!!すごい!入賞だって!!」
余韻に浸るのは虎谷が許してくれなかったがな。
たださっきの会話を聞いたお客さんが割とデカい声で言うおかけで近くの人がざわついた。これも噂になって追い風が吹けばいいなぁ。
今、この2人の関係って絶妙に友達以上、恋人未満なんですよね。
こういうのが一番楽しい……
のかなぁ?
この作品はフィクションです。
とはいえ フィクションなんで、こんなこと現実にはねーよ とか言わずに読んでほしいんですよね。
好きだった人に好きな人がいた。ってなった時、この主人公の鈴木善治は一歩引きつつ様子を伺いつつ、ということをしていますね。
皆さんはこういう時、どうします……?
完全に諦めてしまうとそこで終わりですが、彼は諦めなかったんですね。
それってすごいことなんだなぁって私は思います。
あなたはできますか……
僕はできないっすよwww