演劇部の舞台を観に行った以外、特段変わったこともないまま、年の瀬も近づいてきた。
そういえば、俺が色々書いて上田に提出した作品たちはいったいどこに消えたのだろうか。何週間かの間に文化祭で無料配布した同人誌くらいの量にはなるはずだが……人知れずどっかに応募とか投稿をしてくれてるのかもしれないな。
今日で期末テストも終わり、いよいよクリスマス……うちの高校ではクリスマスフェスティバルという名で文化部がかわりばんこに毎日何かやるイベントがある。具体的には冬休み前の最後の一週間の放課後に軽音楽部、演劇部、ギター部、合唱部、吹奏楽部と日替わりで何かしら発表や演奏をしているのだ。文化祭は当番とかもあって全部見ることが出来ない代わりにこのクリスマスフェスティバルはじっくり楽しませてもらうつもりだ。
さて、そんな風に今年もラストスパート、期末テストも終わった今日はゆっくり羽を伸ばしたかったが、上田から連絡が入りそうもいかなくなった。
「今日は部活してください!テストもあったし今週は原稿も出来てなくても大丈夫だから」
さて、上田は何を考えているのだろう。本命はクリスマスフェスティバルに文芸部も参加しろ!のような気がするな。生徒会長の力を使えばクリスマスフェスティバルにもう一つ、ねじ込むことも出来そうな気がするし。
あ、そうか……。そういえば、もうすぐクリスマスなんだなぁ。
クリスマスの予定を聞かれる……なんてことは無いだろうか。俺はクリスマスはヒマしてるんだがな。向こうは暇とは限らないし難しいな……。
そんな風に考えていると、もはやいつもの通りに上田が部室にやってきた。そして挨拶もそこそこに何やら冊子を渡してきた。
「じゃじゃーん!出来ました!」
上田が笑顔で渡す、その冊子には俺が文化祭終わりから書いた短編たちをいい感じに並び替え、上田が良いと思った作品を選り抜きしたものだった。
「ほら?すごいでしょ?」
と上田は褒めて欲しそうに言ってくる。俺としても作ったモノが形になると嬉しい。
「まさか、こんなにいい形に仕上げてくれるなんて嬉しいな~ありがとう」
「喜んでもらえて何より♪よし製本するわよ!」
はい?製本?俺の手元にあるのはもう製本された完成品なんじゃないのか?
「クリスマスフェスティバルでこの本を配布するの!」
「え!?マジか!?」
「他の文化部が頑張る良い機会なんだから、一緒に乗っちゃいましょ!」
クリスマスの件、ではなくクリスマスフェスティバルの件だったのは、ほんの少しだけ残念な気がしたが、まぁそれはいい。
というかここまでしてもらってる俺が何かお礼をすべきかもしれないな……。
「さぁ行くわよ!」
って、どこに行くんだ?
「生徒会室に。あっ職員室から台車借りてきて!」
「お、おう分かった……」
台車?いったい何が待っているのか?そういえば煩悩にかき消されたが、製本するって言ってたな。まさか……。
「とりあえず印刷はしといたから、まずは部室に運びましょ」
生徒会室で俺は大量の紙を台車に積む作業をしていた。
上田は俺が色々と書いた原稿から作られた同人誌を、どうやったのかは知らないが大量に印刷しており本気で製本すれば配布できる状態にしてあった。
しかもご丁寧に適当な空き箱を用意し、そこに入れてあるため汚れたりもしていない綺麗な状態だ。
俺はその紙束を台車に積みながらも不思議な顔をしていたのだろう。上田が補足説明し始めた。
「気にしないで。文芸部の余った部費を使わせてもらったから!」
え?部費?なんだそりゃ?
「ほら、学校からクラブには部費が出てるでしょ?まだ今年の分がいっぱい余ってたから紙代として使わせてもらったわ。あ……ごめんね、毎年余らせてたから……」
「いや……勝手に使ったどうこうより、そんなお金が出てたっていうのが初耳なんだが……」
「え!?……言われてみれば文芸部が出来てから部費って1円も使ってなかったもんね……」
上田は、ちょっと暗い表情になる。まずい、気を遣わせちまったかな。
「いや、俺こそ何も知らなくて逆に申し訳ない。むしろ今年も部費を使わなければもったいないところだった。それに文化祭以外で何かをするっていう発想が俺には無かったし、本当にありがとう。」
「ちょっ……なんか、自分から欲しがっといてアレだけどちょっと照れるね。ほら!運ぶ前に写真撮ってツブヤイターにアップしなさい!クリスマスフェスティバルで配るよ!ってアピールして存在感を見せるのよ!」
「はい、了解。」
俺は言われたとおりに、ネットに呟く。未だにSNSは慣れないなぁ……こうしてマネジメントしてくれる人がいてありがたい限りだ。
部室に戻ると上田は先回りして、ドデカいホッチキスを持って待っててくれていた。上田を待たせるというシチュエーションはなんか新鮮だ。
「重そうね。はい、これ」
笑いながら、そのホッチキスを俺に渡す。
「漫研から借りてきたから。終わったらちゃんと漫研に返しに行ってね!」
少なくとも今日1日では終わらないだろうよ。
「じゃあ私は生徒会に戻るから!頑張ってね!」
え?いつものように上田はこれで退室か?
まぁ確かに文芸部の部員は俺一人なんだが……
ほんの一瞬、ある種の寂しさからそんな感想が出たが、よく考えれば部外者がここまで下準備をしてくれたことに感謝すべきだな……。
そのうち何かお礼をしなければならないが、はてさて……。
今はとりあえずクリスマスフェスティバルに間に合わせるように製本作業が先だな。
・・・
製本作業を始めて数時間。演劇部の練習を眺めながら製本作業をしていると思ったより、はかどったが、それでもまだまだ終わらない。
っていうか文化祭の時もこんなにはならなかったはずだが、いったい何部印刷したんだ?
やがて下校時間が近づいてきた。次はまた次の活動日にしようかな……。そんな風に思っていると、上田がやってきた。1日で2回目の来訪はなかなか珍しい気がする。もしかしたら初めてかもしれない。
「お~すごい!もうこんなに出来たんだ~」
まぁ期末テスト最終日だったから活動時間は長かったしな。
「生徒会の仕事も終わったし、あの量だから手伝いに来たんだけど、あまり心配は無さそうね……もう、帰る?」
通常の時間で活動を切り上げて帰るか、上田が手伝ってくれるという誘いに乗るべきか。まぁ答えは決まってるよな。
「よし、残ろう!」
「OK!下校時間を過ぎる届出はしといたから、あと1時間がんばるわよ~!」
と上田は張り切っている。延長届も出してくれているなんて、気が利くな。
「上田、残るんか~?」
演劇部の方から帰り支度を整えた庄司先輩が声をかけてきた。
「はーい!1時間くらい残りまーす!」
「じゃあ、部室の鍵任せていいか?」
「分かりました~!」
今にも帰りますという雰囲気の庄司先輩から上田は部室の鍵を受け取り、演劇部を見送る。
そういえば俺、部室の戸締まりとかしたことないな。どうすりゃいいんだろ。
「戸締まりは後で教えてあげるから、まずは製本作業を進めましょ」
やけに機嫌がいい上田はそういうと早速、作業に取りかかり始めた。
まぁ考えてみれば、上田の機嫌はいつもいい気もするんだがな。
ふわっとした笑顔が多く、ある意味では掴みにくいような気がする。
ただ大人の事情に刃向かいたいといっていたときの目は本気そのものだったし、感情自体は豊かでとても営業スマイルだとは思えないのだが。
「どうしたの?」
考え事をしていたら声をかけられる。さすがに「上田のことを考えていた」なんて気持ち悪いことは言えないので、真面目に部活の話題をする。
「同人誌、めっちゃ刷ったなぁって思ってな。これを全部配りきれるかなぁ?と」
「え?あぁこれ?全部は配らないわよ?」
「はい?どういうこと?」
「来年度、新入生が入ってきて部活の見学に来るとするでしょ?でも作品なんてその場で作るもんでも無いじゃない?」
「まぁ……」
「だから、こんなん作ってます!っていう手土産にするためにたくさん刷ったのよ。」
「なるほど……そこまで先のことは思いつかなかったな……」
「あとはどうしても余ったら来年の文化祭で配るって手もあるしね。部費は使い切らないともったいないから、ね」
なんで本物の文芸部員より、よく気付くんだよ色んな事に……。
「あぁうん!これまでがどうとかそんな話をしたいわけじゃないの!誰も教えてくれなきゃ普通は気付かないし、私も生徒会長になって色んな資料読んで初めて知っただけよ!だから気にしないで!」
俺がどんな顔をしていたのか分からないが、すかさずフォローをし始める。
「大丈夫大丈夫。事実、何もやってなかったからな。」
「それも、なんか『そっか~』って流しにくいわね……。まぁ見てきたとおりなんだけど」
上田はそう言いながら笑う。こう軽いノリで話せるってなんかいいな。ずっと部員が俺1人だったことに初めて寂しさのようなものを感じた。
「はーいはい。ちゃっちゃと作っちゃいましょ。延長しても1時間しか残れないんだし」
「ういっす。」
ここには上田と俺しかいない。何も話さないのもアレなのでちょっと気になっていることを聞いてみるか。
「なぁ上田ーハイ質問!」
「ん?何、鈴木くん?」
「なんでここまで文芸部にかまってくれるんだ?」
「あれ?もしかしてありがた迷惑だったりしたかな?過干渉ってやつだった?」
「いやいや、ありがたいのはもちろんありがたいんだが、なんか色々してもらいっぱなしで申し訳ないような気がしてな。」
「あ~……うん、それは生徒会長の勤めだからさ~。」
「その割にはよく『生徒会の仕事に戻る』って言ってるよな」
「っ……意外に鋭いところをつくわね。」
「答えたくなかったら答えなくてもいいが……」
「じゃあ答えない。で♪」
上田は嘘をついたりするのは苦手みたいだな。割となんでも素直に受け答えをしてくれる。
言いたくないとスッパリ言われたのは多少凹むが、まぁ誰しも踏み込まれたくない部分はあるだろいし仕方ないかな。
「もちろん、文芸部を残して大人の事情に打ち勝ちたいっていうのはあるのよ。前も言ったと思うけど。」
ただ、それ以外にも文芸部に目をかける理由があるということか。
「後はまぁ……そのうちね」
そのうち何かネタバラシされるというのか……。
「それよりさ、私ね、よく『顔に出てる』とか『嘘がつけないよね』とかって言われるんだけどそんなに分かりやすいかな?」
「……あぁだいぶな。」
「えぇ!?鈴木くんもそう思ってたの!?」
「今さっきもそれは思った」
「うーん……やっぱりそういうのって直さなきゃいけないのかなぁ……」
「それはいいんじゃないかな?」
「ホント!?」
「裏表はない方が好かれると思うぞ。」
「そっか~」
落ち込んだと思ったら、すぐに明るい表情に戻る。なかなかに見ていて楽しい。上田は今度は何かひらめいたかのような表情をして話しかけてくる。
「でも鈴木くんが書いた作品には裏表ある子が出てくるよね?鈴木くんの好みの女の子はあーゆーのなの!?」
ぶっ!?いきなりなんてことを言い出すんだ!?いや待て。ここは落ち着いて釈明だ。
「あれは確かに裏はあるけど隠しきれず表に出てきてるだろ!?だから言うほどの裏表はないんだよ!」
「へーじゃあ裏表ない子の方が好きなんだ?」
「だから……なんて言ったらいいかなぁ。人間だから好き嫌い合う合わないはあるし、悪いことを考えたり思いつくこともあるだろ。それを包み隠して……というよりは、そういう面があってもある程度は見せてくれている方が好きって話であって」
つい、何やら訳の分からないことを熱弁してしまう。それを見た上田はやっぱり笑顔だ。
「鈴木くん、面白いね。そっかー……悪い面があってもいいのかー……」
「人間だしな。犯罪的な悪いことはダメだが、確か好き嫌いとかは仕方ないと思うぜ。」
「ふーん……鈴木くんが好きな人もそんな感じ?」
「好きな人はいねぇよ。」
急になんてストレート投げてきやがるんだ。
「ふーん……じゃあ気になってる人は?」
「それ、さっきの設問とどう違うんだよ……」
「あはっ☆」
強いて言うならお前だよ。とは流石に言えるわけもない。確かに気にはなるが、それは文芸部としてだ。うん。上田は俺の微妙な顔をどう読み取ったのか分からないが話を続けた。
「私はねー……気になってる人はいるよ」
「!?」
「はーい、今日のサービスタイムはおしまーい☆」
え?ちょっと待て頭が追いつかん。
「しゃべってると時間ってすぐ過ぎるね。ほら下校時間だよ。戸締まりの方法を教えるからついて来て」
そう言って上田は鍵を持って立ち上がり、事務的に俺に戸締まりの方法や鍵の返却先などを教えてくれた。が、半分くらいしか覚えていない。最後の発言が気になって仕方ない。
上田は気になってる人がいる……のか。