パワプロアプリの冴木創ちゃんがカワイイ。 作:なんJお嬢様部
冴木ちゃんがらみのオリキャラや、独自解釈があるゾ。嫌な人はバック推奨だゾ。
抜けるような夏の青い空。
そこを翔て抜けていく一つの白球。
白球を追いかけていく真剣な君の視線。
その視線と同じように。
私も君のことを見ていた。
◇◇◇
「ただいま」
「あら、創。遅かったのね」
「うん、少し練習が長引いてしまって」
「そうなの。晩ごはんまでまだ少しかかるから、洗濯物出したら部屋でゆっくりとしてなさい」
「わかった」
いつもと変わらない母とのやり取りを交わしてから、私は風呂場に向かう。
エナメルバッグからユニフォーム一式を取り出してタライに入れる。そこにたっぷりとお湯を注いで、ユニフォームの生地に入り込んだ泥汚れを手洗いで落とす。こうしないと、ユニフォームは汚れていく一方になる。
いつもは固形石鹸でがしがしと擦るのだが、今日はその必要はない。わずかな汚れを手洗いで落とすと、ユニフォームをネットに入れて洗濯機に放り込んだ。
そのまま階段を上がって二階の自室に入ると、制服を脱いで部屋着に着替える。Tシャツとハーフパンツのラフな姿。季節によって袖や裾の丈が変わるが基本的に家ではいつもこの格好だ。
我ながら雑な格好だと思うが、機能性こそが全てな私にとってはこれが最適解だ。別に咎める人間がいるわけではない。だから家では好きにやらせてもらう。
制服をハンガーに吊るして、鞄をいつもの場所に置くとベッドに飛び込む。
仰向けの私の視線の先にはいつもの見慣れた白い天井。そこに向かって「はぁ」と一つ大きなため息を放ってゆっくりと目を閉じる。
まぶたの裏に浮かんで来るのは今日の出来事の数々。
(…………恋人同士になったんだよな、私たちは)
未だに実感が湧かないが、今日、私、冴木 創(さえき はじめ)は同じ高校の野球部に所属するチームメイトの○○と恋人同士になった。
今までお互いにそんなことは一切匂わせて来なかった二人だ。急転直下の事態にまだ頭が追い付いていない。
(まさか、○○とこんなことになるとは……分からないものだな)
恋愛とか、恋人とかそんなものは遥か未来の話。野球に一区切りが着いてからゆっくりと考えて行けばいい。ずっとそう思っていた。
でも。
(……○○とはいずれはこうなっていた気がする)
心のどこかでは、○○と恋人になりたいと思っていた私がいた。
(一体、いつからこんな気持ちだったんだろうな……)
そんなことを思いながら、私の頭の中はどんどんと過去に遡っていく。
(そう、確かあれはーーー)
◇◇◇
「ーーー1-A、冴木創です!中学校ではクラブチームのリカオンズに所属していました。ポジションはセカンド中心でショートも守れます。内野の守備には自信があります。どうかよろしくお願いします!」
そう言って頭を下げた私の耳に大きな拍手が響く。
(よかった、歓迎してくれたみたいだ)
返ってきた反応のよさにホッと胸を撫で下ろす。
燃えるように桜の花が咲き誇る四月、私は地元にある大筒高校に進学して野球部へと入部した。もちろんマネージャーではなく選手としての入部だ。
私の住んでいる地域で野球の名門と呼ばれる高校は二つ。一つはこの大筒高校で、もう一つはライバルのSG高校だった。
高校進学のときに、監督の指導方針の違いからから大筒には強打者が集まりやすく、SGには堅守の選手が集まりやすいとチームの先輩から聞いた私は迷わず大筒を選んだ。
生物学上女である私は、男にはどうしても身体能力や体格で劣る。ゆえに同じ分野で戦えば競合相手にほぼ負けてしまう。
だから守備のうまさが持ち味である私は、堅守が売りのSGでは間違いなく男子部員に埋もれてしまう。一方、強力打線が売りの大筒なら器用に内野を捌ける私は重宝されるだろう、そう判断しての進学だった。
(やっぱり、私の判断は正しかった!)
次々と自己紹介をしていく他のチームメイトを見て確信する。みんな各地のチームで強打者として鳴らした選手ばかりだが、守備で名を馳せた者はいない。
これなら能力の差別化で、私がレギュラーに食い込める可能性は十分にある。
そんな期待に胸を膨らませていたその時。
「1-A、○○です。小中学校では外部チームのパワフルズに所属していました。ポジションはセンターがメインでしたが、外野ならどこでもやれます。肩が強かったのでたまにマスクも被りました。右投げですが、両打ちできます。よろしくお願いします」
他のチームメイトと毛色の違う意外な選手が混じっていたことに驚く。
パワフルズの○○といえば、私たち同世代の中でも堅守でちょっと名の知れた選手だ。特筆すべきはその強肩と足の早さ。異常なまでに早い打球判断でレフトとライトの半分位の守備範囲までカバーしてしまい、しかも返球がレーザーのように鋭く正確。
反面、打撃は十人並みだがそれでも人並みには打てるということでチームの便利屋として重宝され練習試合ではよく顔を合わせた。
(彼にはSGがかなりラブコールを送っていたはずなのに、どうして大筒に入ったんだ?)
監督の育成方針からすれば、彼がここにいるのはかなりのミスマッチだ。しかし、これは嬉しい誤算でもある。
(彼が居れば大筒の外野はかなりまともに機能するぞ。三年……いや、彼が二年からでも十分に甲子園で通用する!)
大筒高校の野球は強力打線が大量に点を取り、守備が崩れて大失点というのが定番だ。勝っても負けても乱打戦になるのでそれを楽しみにする観客も多い。
だが、○○が外野を守れるなら話は別だ。彼の献身的な守備があればそれだけで外野の安定感が変わる。打線としても9人の強打者が8人に減ってもさしたる影響はないだろう。チームの質が上がることは間違いない。
そして何よりも大切なこと。
(○○と私はお互いのポジションを食い合わない!)
私の希望が内野なのに対して、彼は外野でサブが捕手。ポジションが被れば私は彼の下位互換の可能性もあったが、その心配は全くない。
監督を守備で魅せていこうという私の思惑を後押ししてくれるかのように現れた○○の存在。
この流れ、絶対にものにする。
(これから大筒高校はますます強くなる。そして、私もレギュラーとしてその一員になるんだ)
クラブチームの先輩たちが嬉しそうに話しかけてくれるのに応えながら、私は○○の姿を見て強く決意を固めた。
◇◇◇
それから、私はよく○○と話すようになった。
私の所属する1-Aの野球部員は私と○○、そしてメガネの矢部君と体格のいい鬼鮫君の四人だった。
矢部君はどうやらオタク趣味があるらしく、クラスではそちら方面の友人といることが多い。鬼鮫君は監督から一年の連絡係を任されたので、しょっちゅう他所のクラスに出ていく。残された私と○○がよく会話をするようになるのは必然だった。
○○とは本当に色々なことを話した。
彼が小学校に進学する前からずっと野球をしていたこと、好きなチームや選手のこと、とにかく練習を沢山したいからSGよりも通学距離が近い大筒に進学したこと。話すことはほとんど野球のことばかりだった。
「いやー、それにしても冴木さんが同じクラスでよかったよ。矢部君は教室ではあんな感じだし、鬼鮫君はほとんど教室に居ないしさ。こんなに野球のこと話せるのは冴木さんぐらいだよ」
「それは私も同じだ。クラスに君がいてくれたことは本当に僥倖だった」
「ぎょうこう……?」
「……すまない。大体ありがたいや幸運だったという意味だ」
○○への感謝の気持ちは本心からだった。守備の上手さをアピールするのには一人よりも二人の方が効果的だ。彼がSGではなく今ここに居てくれる、それだけで感謝に値する。
加えて、私と○○は相性がいい。いや、似た者同士というのが正確か。
会話をしていて分かったのだが○○はかなりの野球好き、いや、野球バカといって差し支えないレベルだ。一度口を開けば野球に関する話題がまるで泉のように湧いてくる。その知識の多岐さと深さには、野球には一家言ある私ですら舌を巻くレベルだ。
もし、私と○○の似ていないところを挙げるなら、それは性別と学力ぐらいのものだろう。
性別はともかく、彼の学力は見ていて同情を禁じ得ないほど悲惨の一言で、テストの点は旧共産圏かと思うほど赤く染まり、教師が低くしてくれたハードルは易々とその下を潜った。もう、なんだか本当にひどかった。
しかし、それでも本人は至って大真面目なので周囲からの彼の評価は悪くなかった。彼はまさに愛される野球バカを地で行く人物だった。
そして、その時には既にそんな○○のことを私も皆と同じように心のどこかで好ましく思っていたのだろう。
◇◇◇
「それじゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい、毎日早いのね」
「監督に部室の鍵を任されてるから。なるべく早く帰るよ」
「はーい」
いつものように母と会話を交わして家を出る。
野球部に入部してから早2ヶ月が過ぎた。たった2ヶ月の間だったが、既に私は大筒高校唯一の女子野球部員として監督とチームメイトの信頼を勝ち取っていた。
それもこれも全ては○○の活躍に依るところが大きい。
◇◇◇
きっかけは、入部してから一ヶ月後に行われた紅白戦。一年生歓迎の意味も込めた一年対上級生チームの試合だった。
この試合は、一年生にも高校の試合の雰囲気を感じてもらうことと、実戦を経た上級生の強さを見せつけるという意図もあった。
一年生はぼこぼこにされること必死なその試合で、○○と私は上級生相手に結果を出したのだ。
ことが動いたのは三回裏、上級生の攻撃で一死三塁、犠牲フライでも得点の場面だった。バッターはワンボールナッシングから打って出た。結果はフライ。打球は私の頭上を越えて○○の手前、センター浅めところへ力なく飛んだ。
誰が見ても完璧な犠牲フライ。もちろん私もそう思った。
しかし、○○は諦めていなかった。外野の深い場所から走り込んできた彼はその勢いを殺すことなく捕球、本塁送球を行う。矢のような球が私の横を通りすぎてキャッチャーミットに突き刺さる。審判が握りこぶしを振り下ろす。判定はアウトだ。
「「おおー!?」」
どよめき混じりの歓声がグラウンドを包んだ。それほどまでに彼の送球は凄まじいものだった。あの時は私も恐らく呆けたように口を開けていただろう。
しかし、それも一瞬のことですぐにふつふつと闘志が沸いてきた。
(○○が、少ないチャンスをものにした!なら私にだってできるはずだ!)
その結果、私はその次の回の裏に際どいボールを捕球し併殺に成功。他のメンバーも発奮して試合は白熱した。
最終的に試合は43-2という惨敗に終わったが、この紅白戦で上級生を50点未満に抑えられることは滅多にないと監督からお褒めの言葉があり、特に一連の流れを作った○○と私は名指しで賞賛された。
監督やチームメイトから賞賛の言葉を受けながらも、その時私が思っていたのは○○のことだった。
(私があそこで動けたのは、○○が先に動いたおかげだ。彼が上級生相手でもやれると示さなければ、完全に上級生に飲まれていた。やっぱり彼はものが違う!)
自然と目が○○の姿を追った。彼は女の私と違って先輩たちから遠慮なしにもみくちゃにされ賞賛されている。
そんな時、彼が視線に気づいた。目が合った瞬間に彼がにこりと笑う。
「……っ!」
どきりとした。
そんなことはあり得ないのに、心臓の鼓動が誰かに聞かれていないか不安になって思わず左右を見る。
誰も気付いてないことに安心して再び○○の方を見ると、彼は先輩たちに御輿のように担がれて連れ去られて行くところだった。
彼の笑顔をもっとよく見られなかったことを残念に思う反面、どこか安心している私がいた。
そのままじっとどこかへ連れ去られていく彼の姿を見ていると、矢部君が話しかけてきた。
「冴木さん、ずっと○○君のことを見ているでやんす。羨ましいでやんすか?なら、冴木さんも担ぐでやんす!お神輿でやんす!」
「違う、そうじゃない」
矢部君の勘違いにツッコミを入れているうちに○○は完全に視界から消えていた。
あの時の胸の高鳴りは、私にとって最高の目標となる人物を見つけられたことへの喜びだと思っていた。
けれども。
今になって思い返せば、あの瞬間が私の恋の始まりだったのだ。
◇◇◇
学校に着くと自転車を押して駐輪場に向かう。
その時横目でグラウンドを確認すると、部室の前に人影が見える。
「む?まさかもう誰か来ているのか」
校舎の時計を確認すると集合時間まではまだ1時間近くある。時間に遅れたわけではないことに安堵しつつ、こんなに早い時間から来る物好きの顔が気になって私は部室への道を急いだ。
部室の前に近づくとその人物の姿がよくわかった。いや、結構遠い距離からでも彼が誰かは判別できた。だって彼とは毎日教室でずっと話しているのだから。
「○○、早いな」
「あ、冴木さんおはよう!」
声をかけると○○は笑顔で返事をしてくれる。
陽の光が注すような明るい笑顔だ。その眩しさに心がざわつくのが自分でも分かる。
軽く頭を振ってから努めて平静な態度で彼に話しかける。
「君がこんなに早く来ているとは思わなかった。待たせてしまったな」
「いいよ気にしないで。たまたま早く目が覚めて、やることもないから早く学校に来たんだけど、部室の鍵がないことすっかり忘れててさ。冴木さんが早く来てくれてむしろ助かったよ」
そう言って○○はまた笑う。屈託のない心からの笑顔。引き締めていたはずの表情筋が緩んでいく。彼の笑顔はいつもするりと心の隙間に入り込む。
「ふっ、ならいい。じゃあせっかく二人になったことだ、ペアで軽くウォームアップしないか?」
「いいね、やろうやろう!」
「じゃあ私は準備をするからしばらくここで待ってくれ」
そう言って部室の鍵を開けて中に入ると、後に続いて○○も部室に入ってくる。
(○○め、私の言ったことを聞いていなかったのか?)
わざとらしくため息を一つ吐き、私は○○へと振り返る。
「○○、私は準備をするから外で待ってくれと言ったよな?」
「えっ、でも俺も道具の準備とかしたいし」
「君がいると私が着替えられないんだが」
「…………あっ、そうか!そうだね!ごめん、気が利かなくって。すぐに出るよ」
そう言い残して○○はすごすごと部室から退場する。それを見届けてから私はジャージに手をかける。
「はぁ、○○め。私のことを本気で男と同じだと思っているな」
ため息混じりに独り言を呟く。
私は生物学上は女だが、野球に関しては女扱いは望んでいない。リトルリーグの頃からずっと男子に混じってプレイしていたし、今も男子部員と一緒に甲子園を目指している。
しかし、どうしても身体的な性差は埋まらない。
私はそこまで女性的な身体ではないが、それでも身長は部員の中で一番低いし、下着で押さえているが胸や尻などには女性的な膨らみがある。腕や脚のシルエットも男子と比べれば全然キレがない。
ただ、それを言い訳に女の子扱いされるのは嫌だ。だから私はみんなと同じメニューをこなすし、人一倍長時間練習にも取り組む。
でも、やはり色々な場面で他の部員からの気遣いを言動の節々に感じてしまうのだ。彼らの気遣いはありがたく、そしてつらい。
けれども、○○は違う。彼は本当に私が女だと実感させられるような素振りを見せない。いつも他のチームメイトと同じように接してくれる。もしかすると、彼の中では私も彼と同じ野球バカの括りに入っているのかもしれない。
「まったく、ありがたいことだ。でも…………」
彼の態度は私にとっては理想の態度。これは間違いない。そのはずだ。
(じゃあ、一体、この胸のざらつくような感覚はなんだ?)
○○の態度に満足している私がいるのに、心が急速に乾いていく感じがする。
なんだこれは?
気持ちが悪い。
自分が二つに裂けてしまいそうだ。
「……っ!くそっ!」
不快な感覚を振り払うように、拳でロッカーを叩く。がらんどうのロッカーは思ったよりも大きな音をたてた。
「冴木さん?大きな音がしたけど大丈夫?何か倒した?」
扉の向こうから心配そうな○○の声。どうやら音が漏れたらしい。
「…………ああ、エナメルをベンチから落としかけて、慌てて拾おうとしたらロッカーにぶつかったんだ。心配をかけてすまないな」
「そうなんだ、大丈夫ならいいんだよ」
扉の向こうからかけられる優しい声に私は思わず頬を噛む。
(阿呆か、私は。普段から優しい○○にさらに余計な気を遣わせて)
頬をパンパンと二回叩いて気合いを入れる。
私の訳の分からない心の乱れで○○の足を引っ張りたくはない。彼はすぐに上に行く人間だ。そして、それを追いかけて、私も高みに登らなければならない。
だから、私は大丈夫だ。この胸のざらつきもすぐに治まるはずだ。もし、治まらなかったとしてもせめて彼の前だけでは何もないように振る舞おう。彼が私にそうするように。
そして、私は扉を開ける。
「待たせてすまない。もう大丈夫だ」
「オッケー。じゃあ、ストレッチのあとにボール出してキャッチボールしようよ」
「ああ、そうしよう」
○○が私の心に気づいた様子はない。いつも通りの彼の態度だ。私は上手く心を隠すことができている。きっと私は大丈夫だ。
だから。
だから、もうざらつく必要はないんだ、私の心。
それからもずっと心に念じ続けたが、その胸の内のざらつきが決して消えることはなく。
間違いなくあの時の私は恋をしていた。
〈前編 了〉
後半へ続く(キートン山田)。