パワプロアプリの冴木創ちゃんがカワイイ。 作:なんJお嬢様部
後編と言うからには前編もあります。よろしければそちらから、もっとよろしければ最初からお読みになっておくんなまし!
それから、あっという間に一年生の時間は過ぎた。
私たち一年生にとってはここでの下積みが進級後のレギュラー争いを左右するといっても過言ではない大切な一年。
しかし、○○にとってはこの一年は私たちとはまったく違う意味を持っていた。
球児たちの夢の大舞台、夏の甲子園。選りすぐられた出場メンバーの中に○○の名前が呼ばれた時、チームメイトたちはどよめいた。
それもそのはず。大筒高校は野球に関しては名門だ。甲子園の選抜メンバーは基本的に上級生で埋まるし、人数によっては2年の出番すらない年もある。今年は上級生が例年より少ないとはいえ、それでも選抜のメンバー枠よりも多い人数が在籍している。
つまり○○は、上級生を押し退けてメンバー入りを果たしたのだ。
驚く私たちに監督は「今年は特例として一年の○○をベンチに入れた。○○の動きを見れば分かると思うが、外野でどのポジションに置いても矢のような送球ができる選手はこいつ以外にいない。ベンチを圧縮する都合上、一部の上級生よりも優先的して入れるべきだと判断した」と告げた。
監督の言葉に誰もが納得した。今年の大筒には9回を投げ抜けるような投手の絶対的エースがいない。だから、上級生の投手はローテーションでフル回転での投入になる。その投手枠の確保のために一人何役もできる○○は非常に都合がよかったのだ。
部員たちの前に並ぶ選抜メンバーの中に入る○○の姿を見て、私の心には嫉妬のような、安堵のような、そして憧憬のような様々な気持ちが去来した。
さざ波のように押し寄せる気持ちを抱えながら、私は彼のことだけをじっと見つめていた。
その視線は同じ選手として一歩先を行かれたことへの賞賛と羨望が混じったものだった。
でも。
分かる人には、それは恋する少女の視線に見えたことだろう。
その後、結局○○は夏の甲子園では一度もグラウンドの土を踏むことなく、チームは地区予選準決勝でSG高校に敗退した。
そして、春の選抜。地区予選決勝でSGへの雪辱を果たした大筒高校は甲子園の切符を獲得。三回戦まで勝ち抜く健闘を見せた。
私はベンチにも入ることができなかったが、○○は再びベンチ入り。調子の悪い先輩と入れ替わるかたちで、一年生として初めて公式戦のグラウンドの土を踏んだ。
打率はぎりぎりで2割と奮わなかったが、軽快な守備で活躍。特に甲子園第二戦でレフトが見失った打球をセンターから走り込んで捕球した大移動は観衆を大いに沸かせた。解説者も、「身体が出来上がっていない分、まだ打撃は完成していないが、守備の軽快さ、正確さはイチローのそれを彷彿とさせる。面白い一年生が出てきた」と大絶賛だった。
(○○はやはり本物だった。私もすぐにそこに行くぞ)
私と共に肩を並べて戦う○○が世間に認められるのは我がことのように嬉しかった。
しかし。
(一緒に教室で笑っていた○○が、なんだか遠くに行ってしまったなぁ)
私だけが見つけて、こっそりと大切に隠していた宝物が、急にみんなに知られてしまったように思えて。
なんだかそれが無性に寂しかった。
◇◇◇
一年生での甲子園デビューを飾ってからというもの○○を取り巻く環境は大きく変わった。
精強な大筒野球部の上級生たちからレギュラーをもぎ取った彼は学年でも話題の人物となり、多くの生徒が話しかけるようになった。
もともと愛され体質の○○は、そういったミーハーなタイプの生徒ともうまくやって、気付けば彼はクラスの中心人物になっていた。
そして、野球バカなところも女子の庇護欲をそそるらしく、○○がポカをやらかすとすかさず女子の誰かがフォロー回った。
今まで以上に○○が多くの人に愛され始めた結果、必然的に私と二人で会話をする時間は減っていった。
私たちの時間が他の生徒たちに蚕食されていく。
空いてしまった時間は授業の予習復習などに充てたものの、そんなものでは心の隙間が埋まることはなかった。
私が監督から呼び出されたのは、そんな日々がしばらく続いた二年の頃だった。
◇◇◇
「失礼します。冴木創、入ります」
「急に呼んですまんな、冴木。まぁ、楽にしろ」
二年の夏が近づいたある日、私は唐突に監督から指導教官室に呼び出された。
この時期の呼び出しとなれば、頭に浮かぶのは当然甲子園の選抜メンバーのことだ。一年の頃はベンチにすら入らなかった私だが、それでもやはり心のどこかでメンバー入りを期待してしまう。
休めの姿勢で言葉を待つ私に、監督は苦笑いを浮かべた。
「ふっ、アホの男子どもがみんな冴木みたいなら、うちの野球部はSGなんぞに後れはとらんのだがな」
「恐縮です」
そう言って頭を下げる私を見て少し首を竦めた監督だったが、すぐに真剣な表情を作る。
「冴木、察しのいいお前は薄々感づいていると思うが、今日ここにお前を呼んだのは夏の大会のメンバーについてだ」
「…………はい」
想定通りの質問に、しかし私は緊張して頷く。
この後の言葉次第で今後の野球人生が大きく変わるのだ、緊張するなと言う方が無理と言うものだ。
唾を飲み込み、息を殺して次の言葉を待つ。喉の動く音がやけに大きく聞こえた。
そして、ついに監督の口から放たれた言葉は、私の想像以上のものだった。
「冴木、この夏の甲子園だが、お前をセカンドのスタメンで起用することを構想している。お前さえ良ければこちらはそれで動く。どうする?」
「私が、レギュラーですか?ベンチではなく?」
「そうだ、ベンチには神保が代わりに入る」
神保とは大筒の三年生の正セカンドだ。順当に考えれば最後の夏は彼がスタメンに入るはずである。特に彼は大筒の中では守備巧者といえる。私を優先的に使う理由は少ないはずだ。
私はその疑問を率直に口にした。
「お言葉ですが監督、神保先輩をベンチにしてまで私を起用するメリットがあるように思えないのですが」
探るような視線を送ると、監督は一つ大きなため息をしてパイプ椅子に腰を沈める。
「実は、この話はその神保から直々の申し出でね。あいつ右の足首に違和感があるらしい。どうやら少し前の練習試合で痛めたみたいなんだが、送球みたいな咄嗟のステップがかなりふらつくと言ってる」
「そんな!」
思わず声をあげると残念そうに監督が首を横に振った。
「検査結果はまだだが、最悪靭帯を痛めた可能性もある。大怪我ではないのが救いだがな。お前も知っての通り、神保はうちでは珍しく守備がキレる。春に活躍したから多分ドラフトにもかかってくるだろう」
監督の言う通り、今年の春は神保先輩と○○が中央を守ったおかげで守備の安定感が例年よりも格段によかった。その活躍はスカウトの目にもかなり印象に残ったことだろう。
「だから、神保はできればこの夏は温存させて欲しいということだ。実際、無茶して足を壊して指名順を少し上げるより、指名順を下げてでもコンディションを整えてプロ入りの方が長い目で見てあいつのためになる。あいつはその辺りの損得勘定が得意だ、絶対にいい選手になる」
「私もそう思います」
私の言葉に力強く監督が頷く。そして、鋭い視線を私に向ける。
「冴木、神保の後任がお前なのは神保からの直々の指名だ。自分の代わりに機能するのは現状冴木しかいないとはっきり言っていたよ」
「…………!」
(神保先輩が、私を…………?)
唐突な話にうまく返事ができない私に監督はさらに言葉を告げた。
「腹を割って話せば、俺としても同意見でね。神保の守備の再現は冴木、お前にしかできん。打撃は他の8人が何とかする。…………いや、○○とピッチャーを抜いて6人か。まぁ、それでも十分打線は繋がる」
「!」
意外なところから飛び出た○○の名前に胸が高鳴った。○○もついにこの夏からスタメンでの起用になるらしい。
私が、○○と一緒にスタメンで甲子園にデビューする。
(…………最高だ。こんなチャンスは人生で二度は来ない)
はっきり言って、○○と一緒にデビューできるなら今までの寂しかった日々を差し引いてもお釣りが返ってくる。彼と真に時間を共有できるのは同じグラウンドに立つ彼を除いた8人だけだ。その一人に私が選ばれる。こんなに嬉しいことはない。
「もし、冴木がまだ無理だと言うなら代わりをーーー」
「ーーーやります。監督、神保先輩の穴は私が埋めます。だから、是非私にセカンドを任せてください」
「そ、そうか。そこまで言うなら俺としても助かる」
気が逸るあまり、前のめりになって食い気味に返事をした私に監督が少し怯んだ。
だが、一つ咳払いをしてすぐに気を取り直すと監督らしい堂々とした態度で私に告げる。
「…………ごほん!では冴木、君がこの夏のセカンドのレギュラーだ。お前は女子だが、その情熱、技術は男子にひけをとらん。他の部員も誰も文句は言わんだろう。大筒高校史上初の女子球児として存分に活躍することを期待する」
「はい、期待に必ずお応えします」
「よし、全体の発表まではこの件は内密に頼むぞ。それじゃあ行ってよし」
「分かりました、失礼します」
深く一礼してから監督の前を辞する。
部屋から出た私はにやけながらガッツポーズしそうになる自分を自制する。
(ついに、私にも高校球児の夢舞台に立つ権利が与えられた!ようやく○○にも追いついたぞ!)
この時の私は興奮のあまり気がついていなかった。
私が男子と同じ扱いを受けたことよりも、○○と一緒に甲子園に行けるかもしれないことに喜んでいたという事実に。
いつの間にか芽生えた私の恋心は、私すら気づかない内に、私の心の奥底に深く強く根を張っていたのだ。
ーーー私はまだこの恋を知らない。
◇◇◇
結局、私にとって初めてのスタメンの夏は地区予選決勝で宿敵SG高校に3-4で惜敗して終わった。
私は一試合だけ調子が上がった神保先輩と交代したものの、残りの試合にはフルイニングで出場、まずまずの活躍でその有用性を示した。
○○はその守備にさらに磨きがかかり、大筒の外野はどこに飛ばしても安全圏はないとまで噂されるほどになった。
しかし、そんな彼でも流石にSGの主砲の手による満塁ホームランは捕球することはできなかった。
先輩たちの引退の日、次のキャプテンに指名されたのは○○ーーーではなく、鬼鮫君だった。
大筒高校は文武両道を重んじており、著しく「文」に欠ける○○はかなり早い段階で選外となったようだ。
拍手で前に迎えられて、部員たちに就任演説を行う鬼鮫君を見ながら、私は○○がキャプテンになって皆を導く姿を見られなかったことを残念に思いながら、一方では○○がキャプテンとして他の部員に取られる心配が無くなったことに安堵していた。
この頃の私は、ここに来てようやく○○のことを異性として意識している自分がいることに気付いていた。
そのきっかけは、夏の地区予選の敗退が決まった時に、落ち込んで俯きながら整列に向かう私を彼が励ましてくれたことだった。
「大きなミスも無かったし、俺たちはよくやったんじゃないかな。だから、最後は下を向かずに胸を張らないと」
そう言って笑顔で背中を叩く○○と目が合ったとき、心臓を直に掴まれたような衝撃が走った。
いくら野球にリソースを全て注いで、年頃の少女がするようなことは一切やって来なかった自分にも分かった。
ーーーああ、これが恋なのだと。
自分の想いに気付いてからも、私は別段○○にアプローチや告白をすることは無かった。
白球の行方に全ての青春を捧げると誓った私にとって、恋は不純物。秘め続ければいずれはこの恋も淡い過去の綺麗な思い出に変わるだろう。そして、私は新しい人生を歩むはずだ。
確かにそう思っていた。
今日この日が来るまでは。
◇◇◇
「ああ、くそっ!何で誰も来ないんだ!」
今日の私は少し気が立っていた。夏に惜敗したSG高校から練習試合の申し出があってからの初めての週末。
部員一同、当然のごとく雪辱に燃えて、練習も過去最高に熱が入るだろうと家を出る前から闘志を燃やしていたのだ。
しかし、誰も来ない。
いつもはもう来ているはずの○○すら今日は来ない。彼なら絶対に私と同じ気持ちで居てくれると思っていたので、内心裏切られた気分だった。
だから、しばらくして○○がグラウンドに顔を見せたときも、私はさぞやひどい顔をしていただろう。
少し嫌みを込めて「遅かったな」となじった私に、○○は申し訳なさそうに練習の中止を告げた。
彼の言葉で全てを理解した私は、
(アホか、私は)
と心の中で自分を罵った。
練習にスマホを持ち歩かない私のためにわざわざやって来てくれた○○に、感謝するどころか嫌みを言ってしまった自分の愚かさを呪いつつ、彼が私のためだけに今ここにいることがただ純粋に嬉しかった。
そして、所在なさげに振る舞う○○を見て、私の中の欲望が首をもたげた。
(もしかして、うまくやれば今日は○○を独占できるんじゃないか?)
恋などは私にとって不純物。そう断じたはずの私の心は目の前の好機に一瞬で瓦解した。
昔の自分から考えればあり得ないほどの意志薄弱さに少し驚いたが、それを律することのできる精神状態ではもはや無かった。
「なぁ、○○。君さえ良ければ少し練習して行かないか?」
誘いの言葉は思ったよりも自然に出た。
何も中止になった練習に誘う必要は無かったが、これが今の私にとっては精一杯だった。
「今からどこか遊びに行こう」などと誘えば今まで築き上げた私のイメージが音を立てて瓦解するのは目に見えていたし、そうする勇気は流石の私も持ち合わせていなかった。
○○は私の提案に嬉しそうに乗ってくれた。
(やった、これで今日はしばらく○○を独占できるぞ)
これから待つ二人きりの練習に私の胸は高鳴った。
◇◇◇
「行くぞ、○○!」
「よし、こい!」
最初は軽い練習で済ませるはずだったのが、気が付けば全力投球の応酬になっていた。
二人きりのゆっくりとした時間を過ごしたかったが、それ以上に○○の前で気が抜けた投球を見せたくないと思う私がいた。
最早、ゆっくりとした時間を作る雰囲気では無くなったことを察した私はノック練習の提案をした。
あからさまに嫌そうな顔を見せた○○に、いたずら心が芽生えた私は、後逸すれば全面トンボがけなどと言って脅して、怯える彼の姿を見て楽しんだ。
そして、運命の時がくる。
◇◇◇
ノック練習は、互いに技術を尽くした応酬となった。再びノックの打席に立った私は、○○の能力の高さに内心舌を巻いていた。今の彼ならどこにどんなボールを打っても取られそうな気がした。
打席に立つわたしを見る彼の顔は真剣そのものだ。荒い呼吸をしながら、時折流れる汗を乱暴に拭うその姿。
(やはり○○が野球に集中している姿は最高だ)
そんな余計な考えが、私の手元を狂わせた。
「ショーバウ…………っ、ピッチャーライナー!」
スイングのタイミングがずれて、バウンドするはずのボールが真一文字に○○に迫る。
急に変わった指示に流石の彼も反応できず、ボールは彼の体に突き刺さった。
そう、○○の股間に。
「あっ…………」
あまりの悲惨な光景に思わず声を失った。まさか想い人の股間を自分の放ったボールがつぶす日が来るとは夢にも思わなかった。
絶望のうめきを上げて倒れる○○に慌てて駆け寄る。私のせいで彼の股間が潰れることになったら私は一生立ち直れない気がした。むしろ、そうなったら私が一生かけて側で償おうとすら考えた。
私は献身的に○○を介抱したが、彼は一向に立ち上がる気配すらなかった。
恐ろしい想像が現実味を帯び始めたことに焦った私はとんでもない言葉を口走った。
「○○、君の股間を私に見せろ」
…………我ながら最低な言葉だったと思う。しかし、あの時の私はそれだけ必死だったのだ。
そして、激しく抵抗する(当たり前だ)○○に痺れを切らした私は、彼のことを無理矢理押し倒して股間を確認する暴挙に出た。
倒れた○○の股間をその目で確認したとき、私は戦慄した。それはズボンの上から見ても明らかに大きく膨れあがっていた。
(骨が折れたときに、腕が倍以上に膨れあがったのを見たことがある。まさか、折れているんじゃないだろうな!?)
最悪の想像をしながら、私は○○の手を掻い潜ってその股間に触れた。感触からそこがまだ繋がっていることに安堵しつつ、彼にいくつか質問を飛ばした。
それに対する○○の回答は混乱して要領を得ず、そんな間にも彼の股間はどんどん膨らんで硬くなっていく。このままでは本当に手遅れになる。焦った私が声を上げたその瞬間。
私は気付いた。
(怪我をして股間が腫れるのは分かるが、硬くなるものなのか?…………ん?男の、股間が、硬くなる…………)
そう、気付いてしまった。
男の股間が大きく硬くなる別の可能性に。
確認のために、もう一度股間に視線を落として手を動かす。その手の動きに合わせて、○○の股間がびくりと跳ねた。
その瞬間、私は半ば無意識に彼の股間に渾身の右ストレートを放っていた。
◇◇◇
結局、その後私は白目を剥いて気絶した○○を背負って部室に運ぶと、ベンチの上に寝かせることにした。
そのまま硬いベンチに寝かせておくのはあれなので、せめて頭だけでもと膝枕をしてやることにした。
さっきよりもはるかに安らかになった○○の顔を見て微笑みながらも、目下私の最大の関心は彼の股間に注がれていた。
チラチラと横目で見る彼の股間は先ほどまでの大きさが嘘のように元のサイズに戻っている。
つまりそれは、彼の股間は負傷で大きく腫れたのではなく、興奮によって膨らんでいたということを意味していた。
(○○の股間はどうして膨らんでいたんだろうか?)
私の頭に疑問が浮かぶ。
考えられる線としては、危機に瀕した○○の生存本能が子孫を残すために股間を奮い立たせたのではないかということ。これは生物としてごく自然な反応であるといえる。
そして、もう一つの可能性。
それは、○○が私に性的興奮を覚えて股間を膨らませたということ。
自分でも分かっているが、私には色気のようなものや少女らしさはないし、体型も出るところは出てはいるものの十人並みだ。だからはっきり言って、この線は一つ目よりもかなり薄い。
それでも。
(もし、そうだとしたら…………少し嬉しいかもしれない)
私が○○に魅力を感じているように、彼も私に魅力を感じてくれるのならばそれはとても幸せなことだ。
野球にしろ何にしろ、私は○○と少しでも肩を並べていたい。本当に心からそう思う。
いずれにせよ、○○が目覚めたらこのことは確認しなければならない。その先に待っているのがたとえ自分の望みとは違う結末でも仕方がない。最早、賽は投げられたのだ。
私はただ黙って、○○の目が開くときを待った。
◇◇◇
○○の目が開いたのはそれから10分ほど経ったときのことだった。
起きた○○が、また膝枕に戻ろうとしたのを拳で制したり、私が先ほどの不躾な行為を詫びたりと色々なことがあった。
そして、ついに私は核心となる質問を○○に投げた。
「○○、さっきの君の、こ、股間のことなんだが、あれはその、つまりそういうことだと考えてもいいのだろうか」
頭の中で何度も推敲して、考えに考え抜いた末の言葉だったが、いざ口に出すと大変曖昧な察してくれと言わんばかりの表現になった。予想外の自分の意気地のなさに、内心で苦虫を噛み潰したような表情になる。
もっとストレートな言葉で聞けばよかったとも思ったが、今の言葉ですらまともに○○の顔を見られないほど恥ずかしかったのだ。恐らくまともな言葉にならなかっただろうし、それを彼に否定されでもしたら間違いなく立ち直ることはできなかっただろう。
そっぽを向く前に最後に見た○○は大変驚いた顔をしていた。それは急に目の前の奴から「私のことが好きなの?」なんて言われれば驚くだろうし、加えてその言葉がまったく柄ではない私なんかの口から飛び出したのだから無理からぬ話だ。
答えを待つ間に何度か○○を見ようと試みたが、その努力は徒労に終わった。それを実行するには、私にはあまりにも勇気が足りなかった。
いつも教室で彼氏の話をしている女子もこんな思いを経験しているのかと思うと、これから彼女たちを見る目が変わりそうだとおもった。この手のプレッシャーには私はどうも耐えられそうにない。
そんなことを考えていたとき。
「冴木さん」
「…………!」
○○の言葉が響いて、私は反射的に彼の方を向いた。
目に写る枯れの表情は真剣そのもの。
それは彼がグラウンドで白球を追いかけるのと同じ表情。
私が一番大好きな彼の表情だ。
それに見とれている内に彼の口からはどんどん言葉が溢れた。途中からは半ば夢見心地で聞いていたが、要約すれば、それは「野球と同じぐらい私のことを愛している」という愛の告白だった。
人生のほとんどを野球に捧げた○○が、野球以外のなにも知らない彼が、それと同じ熱意で私のことを愛してくれる。
(私は今、地球上で最も幸福な存在だ)
○○に返事をする前に、私は彼の告白にダメ出しをした。そんなことをする資格はなかったが、そうでもしないとまともに返事ができそうになかったし、慌てる彼の顔が少し見てみたいという欲望にも勝てなかった。
(本当に私は情けない女になった。それもこれも全部○○のせいだ)
私がすぐに本当の返事をすると、彼は答えを言う代わりに黙って私の唇に唇を重ねた。
そして、私たちはこの瞬間、世界でもっとも幸福な一つの存在になったのだ。
◇◇◇
「はぁ~」
私はベッドの上で両手で顔を覆ってため息を吐く。
今目の前に鏡があれば、そこには林檎のように真っ赤に頬を染めたさぞやみっともない姿の私が写るだろう。
しかし、それも無理のない話だ。
(○○のこと、好き過ぎるだろう、私)
あれだけ散々女扱いを嫌っておきながら、○○のこととなると乙女心全開だった自分が恥ずかしくて腹が立つ。
うつ伏せになって枕に顔を埋めて脚をバタバタさせていると階下から母の声がする。
「はじめ~、ご飯できたよ~」
「分かった、すぐ行く」
ガバッと布団から飛び起きて、すぐに台所へと向かう。そこでは既に食卓に料理が並べられ、母は席に座っている。
「お父さん、急に仕事が入って遅くなるから先に食べちゃいましょう」
「そうなんだ、それじゃあいただきます」
「はい、どうぞ」
今日の夕食は脂が乗り始めた秋刀魚をメインにして、ご飯、味噌汁、ゴボウのきんぴらがある和食だ。
早速メインの秋刀魚に醤油を垂らしてから口をつけたとき、おもむろに母が口を開いた。
「そういえば」
「うん?」
「今朝、はじめが家を出た後に鬼鮫君から練習中止の連絡があったんだけど、さっきまでどこで何してたの?」
「ぐふっ!?」
思わずむせた。
まさか、鬼鮫君から母に連絡が行っているとは思いもよらなかった。
(ここは、しっかり答えておかないと後々尾を引くな…………)
ここでの返答如何では、○○との関係にまで話がおよぶ可能性がある。
流石に彼氏ができたことをその日の内に親バレするのはかなり気まずい。ここは冷静に答えて逃げの一手だ。
私は努めて平静を装いながら、ゴボウのきんぴらに手を伸ばしつつ質問に答える。
「ああ、私と同じでさっさと練習に来ていたチームメイトがいて、そいつと自主練をしてから帰ってきたんだ」
「へー、その子って前にはじめが言ってた○○くんって男の子でしょ?」
「え!?」
突如として出た○○の名前に掴みかけていたきんぴらを箸から落とす。想定外の事態に思わず母に聞き返す。
「ど、どうして?」
「だって、はじめが前に私よりも先に練習に来る熱心な子がいるんだって彼のこと教えてくれたじゃないの」
(…………しまった、確かに前にそんなことを話した記憶がある!)
心の中で冷や汗をだらだら流しながら、私は自分の迂闊さを呪った。
母が朝早くに来る○○のことを知っているなら、練習相手が○○なんてことは容易に想像できたに違いない。
しかし、ただ練習相手が○○であることが分かったぐらいで、私と彼との関係がバレている訳ではない。状況はまだ私に有利だ。
とりあえず、きんぴらを掴み直して飲み込んだ後に今度は味噌汁に口をつける。動揺を悟られてはならない。あくまで私は冷静に食事をーーー
「ーーーで、その子と今日何かあったのね?」
「ぶふっ!?げほっ!ぅえほっ!」
盛大に味噌汁を吹いた。
(なんでこんなに察しがいいんだうちの母は!?)
言い方はあくまで質問だが、その声色は確信に満ちている。よくもまああれだけの情報から察することができるものだと感心する。
ここまであからさまな態度をとってしまっては最早手遅れだと思われたが、最後の抵抗として憮然とした表情で答える。
「…………まぁ、ちょっと色々あったかな。でも、なんでその事が母さんには分かったんだ?」
「まぁ!やっぱりそうなのね!良かったわねはじめ、あなたの王子様と仲良くなれて!」
「王子様!?ど、どういうこと…………」
「それぐらい、いつものはじめを見ていたら分かるわよ。だってあなた、○○くんのことを話すときすごく目がキラキラしてるもの。それに他の子と比べてずっと沢山彼のこと話してくれるし、気付かない方がおかしいわよ」
「…………そうだったのか」
やっぱり私は野球しかできない阿呆だったようだ。
「忍ぶれど 色に出にけり 我が恋は~」とはまさにこのこと。どうやら私は学校で色恋から離れていた分、家ではそれが丸出しだったようである。本当に救い用のない阿呆であるとしか言いようがない。
もう隠すことは諦めた私は、ため息混じりに後頭部を掻く。
「はぁ……とりあえず、最後の夏が終わるまでは私と○○は今まで通りの関係で行くって決めたから。母さんもその辺りは協力して」
「分かったわ!まかせて!」
そう言って母は嬉しそうに頷く。
「でも、全部終わったらあなたの王子様のこと、ちゃんとお母さんとお父さんに報告書してね。お父さん、あなたが野球ばっかりで浮わついた話が一つもないこと心配してたから喜ぶわよ~」
「えぇ………父さんにも言わないとダメ?」
「もちろん、今まで好きに野球をやらせてくれたんだからそれぐらいしてあげなさいな」
「…………分かった」
流石に今までの野球にかかった諸経費を考えると父を無下にすることはできない。
どうやら私の恋は次の夏には両親公認になってしまうことが確定してしまったようだ。
(あぁ、○○になんと言って話そうかな…………)
頭の中で○○にこのことをどうやって伝えようか思案する。
でも、○○のことだ。どうやっても最初は驚くだろうが、結局は笑って許してくれるような気がする。彼はきっとそういう男だ。
○○の反応に想像を膨らませていると、食卓に母の笑い声が響く。
「ふふっ、本当に良かったわね、はじめ。あなた今、すっごくいい顔してるわよ」
「え、そ、そうかな?」
慌てて頬を押さえる私を見て母がまた笑う。
なんだか恥ずかしくなってきた私は、ささっと残りのご飯を食べて二階の部屋に戻ることにした。
「…………ご馳走さま!」
食器を流しに突っ込んでから台所のドアを開ける私の背に母の声。
「そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃないの。恋をするって素敵なことなんだから。でも、夏までは野球を死ぬ気で頑張るのよ。あなたのためにも、王子様のためにもね」
「分かってる、みんなのために頑張るよ」
そう言い残してわたしは階段を登る。
そうだ。
最後の夏は私だけのものじゃない。私を支えてくれた、そして、私が支えたみんなのものでもある。
だから、せめて最後の夏に燃え尽きるその一瞬までは、熱い球児たちの熱狂の中で、私も○○と同じただ一人の野球バカになろうと決めたのだ。
けれども。
たとえ球児として燃え尽きた後でも。
次の夏はきっと騒々しいものになるだろう。
そして、そんな夏もきっと悪くない。最高の夏になるはずだ。
熱い夏の予感に胸を焦がしながら、部屋に入った私はスマホを手に取る。
今日のことを早速○○に話しておかなければならない。
コール音が一回、二回と響く。
(さて、何から話そうかな…………)
四回目のコールのあとに彼が出る。まだ考えはまとまっていない。こうなったら出たとこ勝負だ。
「もしもし、○○。あぁ、私だーーー」
先の見えない会話でも、もう私に不安はない。
だって、この恋の行方はもうハッピーエンドに決まっているのだから。
〈後編 了〉
冴木さんパート終了。話長杉内。
需要があるなら3年の甲子園地区予選編とかも書きたい。
なんか冴木さん視点の方が書きやすいから、書くとしたら冴木さん視点か、オリ主と冴木さんの視点スイッチで書きます。
もし、次が読みたいって奇特な方はブクマや評価に協力お願いします。
なろうで他の作品も書いているので、なるべくレスポンスが多い作品にリソースを割こうと思いますので。