パワプロアプリの冴木創ちゃんがカワイイ。 作:なんJお嬢様部
SG高校のメンバーもチョイ役で登場します。
タイトルはお薬でタイトル剥奪された某サイクリストの本のタイトルからオマージュ。
わりとまともなスポーツ物も書いてみたかったので頑張って書いてみた。
途中で矢部君視点も入ります。
夏が燃える。
私の、○○の、みんなの夏が燃える。
この夏がいつ燃え尽きるのかはだれも知らない。
でも、私は。
燃え尽きて灰になるその最後の一瞬まで。
夜空を駆ける流星のように輝いていたいと願うのだ。
◇◇◇
春の大筒、夏のSG。
そんな風にこの地区で甲子園の覇を争う二校が呼ばれるようになったのはいつ頃からだっただろうか。
少なくとも私が大筒高校に入学したときには、既にそう呼ばれていた。
たった一枠の甲子園出場校の枠を争い26校がしのぎを削るこの地区で、しかし甲子園の夢舞台への切符を狙えるのは事実上、大筒とSGの二校だけだった。
実力伯仲の二校の戦績はシーソーゲーム。特にここしばらくは春の選抜に大筒が出場し、夏の甲子園にSGが出場するのが半ば慣例と化していた。この地区で野球を噛ったことがあるものなら、当然今年の夏もそうなるものだと誰もが認識していた。
我々、大筒高校の野球部一同を除いては。
◇◇◇
「全員揃っているな」
監督の力強い声に、部室前に集められた野球部一同が顔を上げる。
私を含めて、呆けた表情の者は誰もいない。皆一様に鋭い戦士の眼光で監督の一挙手一投足を見守る。
監督は私たちを一瞥すると満足そうな様子で頷く。その視線の鋭さは、私たちのそれをはるかに上回る。さながら獲物を狙う猛禽の眼光だ。
一呼吸置いて、その口が重々しく開かれる。
「聞け、我ら大筒高校は今年の夏も地区予選決勝に順当に駒を進めた。相手は当然、我らが宿敵SG高校だ」
監督の目がギラギラと輝く。そこには今にも誰彼構わず飛びかかって引きちぎって回りそうな危うさがある。
「皆も知っていると思うが、ここしばらくこの地区では春の大筒、夏のSGなんて言葉があるように、夏の甲子園にはSG高校が駒を進めている。当然、周囲の人間も今年も順当にSGが勝つ、そう認識しているはずだ。だがーーー」
言葉が途切れる。
張りつめた緊張が場を支配する。
誰かが唾を飲み込む音が聞こえる。
そして、再び音が戻る。
「ーーー糞喰らえだ」
言い放った監督の目は私たちの誰も見ていない。それなのに私たちは全員が間近で睨まれたかのように硬直する。
これが選手として四度甲子園の土を踏み、二度優勝旗をその手に握ったことのある監督の放つ威圧感だった。
「そんなジンクスや噂など我々には何の意味もない。我々の誰一人としてこの夏、ここで負けるための練習などしていない。違うか?」
その問いに皆の首が大きく縦に振られる。
当然だ。
自分の処刑台への道を石畳で舗装する者などいない。石畳が続くその先にあるのは輝かしい勝利の栄光だけだ。
「それでいい。野球には試合のルールブックはあるが、盤外にルールは存在しない。だからこの夏、我々が甲子園に赴いて深紅の優勝旗をその手に収めても何の問題もない。違うか!?」
叫びながら監督が大きく腕を広げる。芝居がかった仕草だが、彼のそれは余りにも堂に入っている。
「狂人のふりとて大路を走れば、それすなわち狂人なり」
芝居じみた仕草でも、堂々とやればそれは現実に変わる。監督の動きはまさにそれだ。
この夏に賭ける監督の熱情が、真摯が、魂が、私たちに伝播する。
「我々は限りなく理想のメンバーを集めた。練習の質と量も申し分ない。間違いなく勝ちに行けるメンバーだ。いや、勝つ。今回だけではない。今後当分SGには甲子園の土は踏ません。それぐらいの気持ちで行け。勝つぞお前ら!」
「「「応!!!」」」
振り上げられた監督の拳を追いかけて、皆の拳も天を突く。
気迫は十分。
錬度は上々。
あとはただ勝つのみ。
全員の熱き魂が一つの大きな火柱となって。
今年もまた夏が燃える。
◇◇◇
決戦の日、私たち大筒ナインは球場のグラウンドに整列していた。
矢部君、鬼鮫君、そして○○。他にも綺羅星のごときメンバーが居並ぶ。
普通なら負ける気がしないが、相手はあのSGだ。何が起きても不思議ではないと、気合いを入れて対面の相手を見る。
SG高校はキャプテンの桜ノ宮を筆頭に、俊足で鳴らした森河など春の選抜の顔ぶれが居並ぶ。どの顔も見知った強敵ばかりーーー
(…………ん?あいつは誰だ?)
ーーー違った。整列した選手の最後尾に、見知らぬ顔が並んでいる。少し垂れ目で高校球児には珍しい長髪をなびかせた彼は私の記憶には存在しない。
他のチームメイトも同様で少し困惑した雰囲気が大筒ナインを包む。
しかし、彼はそんなことなどどこ吹く風といった涼しげな表情でキョロキョロと辺りを見回している。肝が座っているのか、単に落ち着きがないだけか。
(…………いずれにせよ、ここに立っているならば、ただ者ではない。今日の試合、一筋縄ではいかないな)
挨拶を交わしながら私は気を引き締める。
そして、そんな私の予想通りに、SG高校がこの局面で投入した切り札、伊貫大和の存在によって私たち大筒高校は厳しい戦いを強いられることとなる。
◇◇◇
照りつける日差しが球場に刺さり、グラウンドの上に陽炎が立つ。その陽炎を踏みしめて、オイラは一回裏のバッターボックスにたったでやんす。
大筒高校のトップバッター、それが今のオイラ、矢部
明雄に与えられた役割でやんす。
「かっ飛ばせ~、矢~部!」
ベンチの仲間や、応援席から飛んでくる歓声。やっぱりこの歓声を浴びる瞬間は最高でやんす。
オタク仲間のサイデン君やバル氏とガンダーロボについて話に花を咲かせるのも良いでやんすが、皆の期待を一身に浴びているこの瞬間は何物にも変えがたいでやんす。
バッターボックスに入ってピッチャーを確認すると、相手はあの新顔でやんす。長い髪を風になびかせてぼけーっとした表情でマウンドに立つ彼は伊貫君という名前らしいでやんす。
(どこのクラブチームでも、聞いたことのない名前でやんすねぇ……まぁ、オイラにかかれば楽勝でやんす!)
エースを温存しているのかもしれないでやんすが、地区予選決勝で初登板は流石に無謀でやんす。その思い上がりをオイラが修正してやるでやんす。
審判がプレイボールをコールして、いよいよ地区予選決勝が始まったでやんす。
(さぁ、一球目はなにを投げてくるでやんすか?どこに投げてもオイラが華麗に…………)
スパン!ストラーイク!
「……えっ、でやんす」
……気づいた時には、胸元ギリギリのコースにストレートが突き刺さっていたでやんす。球場の電光掲示板の表示は146㎞/h、普通に速いでやんす。
(め、めちゃくちゃ球が走ってるでやんす!何者でやんすか?)
それでもオイラは気を取り直して、バットを握り直したでやんす。すこし、ほんの少しだけ驚いたでやんすが、一球だけではわからないでやんす。最初は誰だって気合いが入っているものでやんす。
だから、二球目は大したことないでーーー
スパン!ストラーイク!
「ーーーやんす!?」
一球目と全く同じコースにストレートが刺さったでやんす。球速は147㎞/h、これもさっきと同じぐらいでやんす。一球目はまぐれじゃなかったでやんす。というかーーー
(ーーーコース取りがエグいでやんす!スイングしたら肘が当たるでやんす!)
内角ギリギリいっぱいを攻めるから、まともにスイングできないでやんす。ちょっとボックス外よりに立っておくでやんす。
バットを構えながらボックスの外よりに立つ。これで内角に差し込まれても対応できるでやんす。
(さぁ、くるでやんす!これでどんなに内角を正確に狙えても打ち返してやるでやんす!)
流石にトップバッターが、ボールに掠りもしないで三球三振はみっともないでやんす。ここはとにかくボールに当てることが肝心でやんす。
(二球で分かったでやんすが、こいつのコントロールは抜群でやんす。でも、その分内角に来ると分かってたら狙い撃ちできるでやんす!…………あれ?でもコントロールが正確ということはーーー)
「ーーーあっ、でやんす」
スパン!ストラーイク!バッターアウッ!
「ぎゃー!?でやんす!」
伊貫君の放ったボールは内角ではなくアウトローいっぱいを通って、オイラのバットは掠りもせずに空を切ったでやんす。
(し、信じられないでやんす…………全くオイラが打てる姿が想像できないでやんす…………)
とぼとぼとベンチに引き返すオイラはバッターボックスに向かう緊張した面持ちの二番手のバッターとすれ違ったでやんす。
彼のことを応援しながらも、心のどこかで多分彼も打てないだろうなと思っているオイラがいたでやんす。
一回表、大筒高校打者三名、全員三球三振。
これがオイラたちの地獄の始まりだったのでやんす。
◇◇◇
野球は9人でのチームプレイ。誰か一人が突出していても意味がない。
有名な例を挙げると1992年夏の甲子園、甲子園史上でも類を見ないほどのスラッガー松井秀喜を擁した星稜高校は甲子園優勝を狙える陣容で第二戦の明徳義塾高校戦へ赴いた。
それに対する明徳は、松井に対し5打席連続敬遠という類を見ない安全策を実施。他の選手の奮闘むなしく星稜は敗れた。
そう、どんなに優れた選手が一人居てもその選手を徹底的に抑えれば勝ち筋を奪うことだってできるのだ。
しかし。
それはあくまで攻撃のはなしだ。これが守備になると話が変わる。
野球ではボールを打たれたら当然とんだ場所にいる選手がそれを捕らなくてはならない。
だが、裏を返せばそれは「ボールを飛ばされなければ選手は守る必要がない」と言い換えることができる。
つまり、極論を言えば全て奪三振をとれる優れたピッチャーが一人。そしてそのピッチャーを完全にリード・捕球できるキャッチャーが居ればたった二人で守備は回るのだ。
もちろんこれは極論だ。現実にはそんなことは不可能なのだから、野球は9人で守備を手分けしなければならない。
そのはずだった。
じゃあ、私が今目の前で見せられているこれは一体何なのだろう。
◇◇◇
「うがー!打てねー!」
苛立ちながらバッターボックスからベンチに直帰してきたチームメイトがぼやく。
「越後、伊貫攻略の糸口は掴めたか?」
「冴木さん、ありゃあダメだ。あんなエグいコースに正確に投げられたらマジで打てんぜ」
「越後でも無理か…………」
「狙いが正確な分、配球を読めたら叩けそうだけどな。キャッチャーの桜ノ宮を見てみろよ。あいつミットを出したらそこから全く動かさずに捕球してやがる。ありえないぜこんなの」
ぼやく越後君を横目で見ながら、私はマウンド上のSGバッテリーを眺める。
針の穴を通す投球を行う精密機械の伊貫。
冷静な分析で配球を行う司令塔の桜ノ宮。
この二人にいいようにやられて、私たち大筒高校の得点板には五回裏まで全てたこ焼きが並んでいる。
大筒高校の強力打線から考えればあり得ないようなロースコアだ。
対するSGには4回表に2の数字が入る。俊足の森河にサードゴロを内野安打に変えられて動揺したピッチャーが桜ノ宮に一発浴びせられたのだ。
故に私たちがこの試合に勝つためには最低3点を取らなくてはならない。
(…………あの伊貫から3点?馬鹿げてるな)
私は元々諦めが悪い女だ。
女だからといって、それを理由に野球を諦めることも練習から逃げることもなかった。この粘り強さが、諦めの悪さが私、冴木創の最大の武器だった。
しかし、そんな私でも彼、伊貫大和を前にして信念がぐらつき始めている。
それほどまでに、今日の伊貫は完璧だった。
5回と2/3を投げ終えて、与四球0奪三振数10で投球数はわずか62球。漫画の世界かと思うがこれは紛れもない現実だ。
特に一回裏の三者連続三球三振にはこちらの気勢を完璧に挫かれた。まるで何か得体のしれない化物でも相手をしているような気分だ。
実際、こちらに伊貫に関する情報はほとんどない。監督曰く、SGの校長が2年の春にアメリカからわざわざ招聘してきた秘蔵っ子らしい。
転校生は1年公式戦に出られない縛りがあるので春の選抜で彼を見なかったのも納得だ。その頃の彼には出場資格がなかったのだから。
加えて、セキュリティ関係の進路に強いSGは練習風景を徹底的に秘匿している。伊貫の練習は特に念入りに秘されていたようで、どこからも全く情報が漏れなかったのである。
(つまり、私たちはあと3回しかない攻撃の間で伊貫の癖を見抜いて、最低3点を取らなければいけないわけだ)
一応、望みが無いわけではない。
伊貫は絶対に打てないピッチャーではない。その証拠に、ヒットカウントには4の数字が入っている。
伊貫は狙いが正確だが、変化球にはそこまでの落差がない。故に配球を読んでコースを絞れば打てないことはないのだ。
しかし、ランナーを背負ってからの伊貫は強い。
桜ノ宮のリードのうまさもあるが、それ以上に彼の冷静で正確無比な投球が後続を許さないのだ。だから、今までのヒットは全て単発に終わり、ランナーはまだ三塁すら踏めていない。
ストラーイク!バッターアウッ!
(…………この回もたこ焼きか)
三番手のバッターが苦い表情でベンチに戻る。6回の攻撃は三者凡退だ。
伏し目がちに暗い表情でグラブをはめていると、肩がポンと叩かれる。振り返るとそこには普段と変わらない○○がいた。
「冴木さん大丈夫?なんか雰囲気暗いよ?」
そう言った○○の表情には微笑みすら浮かんでいる。
この状況で豪気なものだと私はため息を吐く。
「はぁ、そういう君はこの状況でもやけに明るいじゃないか」
「まあね。最後の夏なんだし楽しまないと」
「この状況でよくそんな口が叩けるな」
「状況はそこまで絶望的じゃないと思うけどね。こっちも打ててるし」
そう言って○○が肩を回す。彼のどんな時でもネガティブにならない態度は流石だ。見ているとこちらも何とかなりそうな気がしてくる。
○○は第一打席こそ三振に倒れたが、続く第二打席はシングルヒットを打っている。後に続いた私が打てなかったせいでそのチャンスは活かせなかったが、それでも伊貫からヒットを奪ったことは彼の中で自信になっているらしい。
「まぁ、確かに君は打ててるからな。ただ、それも後続が続かないと意味がない」
「んー、俺は冴木さんも打てると思うんだけどなぁ。伊貫って、ぶん回すスラッガータイプの強打者よりも俺たちみたいな狙えるタイプの打者と相性悪そうだから、多分やれると思う」
「大した自信だな」
「まぁね。俺、後1回か2回は打席が回ってくるけど、多分ヒット打てるよ」
そう自信たっぷりに言って○○は守備位置に向かう。
他の奴がそう言ってもただのビッグマウスにしか聞こえないが、○○が言うと急に現実味を帯びてくる。
彼女である私の欲目もあるのもしれないが、それでも○○の言葉にはどこか説得力があるのだ。「彼ならやってくれるかもしれない」と。
グラウンドを横切る○○の後に続いてセカンドに向かう。そんな私に彼が振り返って口を開く。
「あっ、冴木さん顔が上がって表情よくなったね。やっぱりこういう時は前向いてないとダメだよ。チャンスはいつも自分の前に転がってるんだからさ」
「…………!」
にっこり笑う○○の笑顔を見て試合中だというのに頬が熱くなるのが分かる。
本人に自覚は無いのだろうが不意打ちをかけるのはやめてほしいものだ。
(でも、○○の言う通りだ。チャンスはいつも私の前にある。下を向いていじけてる場合じゃないぞ、私)
どんなに絶望的な状況でも、人は一握りの希望さえあれば前に進む。
そして、希望とは得てして人の前で私たちを待っている。俯くことをやめて前を向いた人間にだけ、差し伸べられた救いの手に気づいてそれを取ることができるのだ。
(この土壇場でそれに気づけたのは○○のおかげだ。やっぱり彼は最高だ。いつだって私の足を前に進ませてくれる)
野球は9人のチームプレイ。
誰かが前に進めば釣られてみんなも歩みを進める。
だからこの一歩が○○の、そしてみんなの未来への一歩に繋がるように。
私は力強く陽炎立つグラウンドを踏みしめた。
◇◇◇
「お前たち、この回で一点でも点が入らなければこの夏は終わりだ。もはや細かいことは言わん。俺のサインを信じて、全力でバットを振ってこい!」
「「「応!」」」
監督の激励の言葉に、大筒ベンチに気炎が渦巻く。
現在ゲームは9回裏。得点は1-2でSGが一点リードした状態である。
大筒の貴重な一点は、7回裏に甘めに入った縦の変化球をキャプテンの鬼鮫君がスタンドにギリギリ運んで取ったものだ。反撃の嚆矢になるかと思われたこの一撃は、しかしまた後続に恵まれず単発の花火に終わった。
マウンド上のSGバッテリーは相変わらず精密機械の伊貫と司令塔の桜ノ宮。ピッチャーの伊貫は8回を完投してまだ涼しい顔をしている。
ポーカーフェイスなのかもしれないが、彼は正確無比なコントロールのおかげで無駄球が異常に少ない。もしかすると本当にまだ余力があるのかもしれない。
対する大筒は運悪く下位打線からのスタート。
下位打線には私と○○も名を連ねるが、三者凡退に終われば最後のバッターは○○になって、続く私の出番はない。
私に最後のチャンスが与えられるかどうかは○○の一振りにかかっている。
先頭バッターがボックスに入り、二番手がネクストサークルに向かう。誰もが祈るように二人を見つめるなかで、後ろから私の肩をツンツンと指がつついた。
こんな大切な場面でイタズラをするのはどこのバカだと振り返ると、そこには一人の野球バカがいた。大体察してはいたが○○だった。
「おい、○○。大切な場面でふざけてる場合か。夏が終わったらいくらでもやらせてやるから今は集中させてくれ」
「えっ!ほんとに!?…………じゃなくて、ふざけてないよ!冴木さんに大事な話があるんだ」
「大事な話?」
気になる言葉で前を向いたまま後ろに頭を寄せる私に○○が囁く。
「…………伊貫の癖、見つけたかもしれない」
「…………!」
唐突に囁かれた、勝利へのカギに慌てて後ろに振り返るとそこには真剣な表情の○○がいた。
「詳しく聞かせろ○○」
「うん、これはこの試合の今までの経験則なんだけどさ…………」
それから私は黙って○○の話を聞いた。
彼がネクストサークルに向かうまでの短い時間だったが、野球バカの彼らしくその話はとても要点を絞った分かりやすいものだった。
全てを語り終えたとき、とぼとぼと肩を落として先頭バッターがベンチに戻ってきた。どうやら伊貫にしてやられたらしい。
それを見た○○が席を立つ。
「じゃあ冴木さん、俺は行くね。この癖を俺は利用できないかもしれないけど、冴木さんは打席に立てるなら間違いなく利用できる。何とか塁に出るから後頼むよ」
「ああ、任せろ」
短く答えてグラウンドに出る○○の背中を見送る。
その背中はとても大きく、そして熱い。
間違いなく、彼は私のために塁に出てくれる。そんな期待を感じさせてくれる背中だ。
(○○は絶対に打って塁に出る。私はそれに続く。私たちのこの夏は絶対にまだ燃え尽きないんだ)
その時、変化球を引っかけた二番手がサードゴロに倒れる。
いよいよ私がグラウンドに立つ時が来た。ベンチを立って入り口へ向かうと監督が私の肩を叩く。頷いてからベンチを振り返ると、皆が私に期待を込めた視線を送ってくれる。
誰一人として、私が女だからと諦めた表情の者はいない。本当に私は良い仲間に恵まれた。
怯えはない。
驕りもない。
ただ打って勝つ。それだけだ。
バッターボックスで真剣な面持ちの○○を眺めながら私は決意を固めた。
いよいよ、私と○○の闘いが始まる。
◇◇◇
(冴ちゃん、打ってくれるかなぁ。冴ちゃんのことだから必ずやってくれるはずだけど)
今大会最後になるかもしれないバッターボックスに立ちながら、俺が最初に考えていたのは次の伊貫の投球ではなく愛しの彼女のことだった。
先ほど冴ちゃんには俺が考えた作戦を告げてある。彼女なら必ずそれを活かして活路を見いだしてくれるはずだ。
(まぁ、そのためにはまずは俺が塁にでないといけないんだけどね)
現在、ゲームは9回裏二死走者なし。得点はこちらの一点ビハインドだ。俺が塁に出なければこの夏はこれで終わり。
そして、それは俺たち三年の高校球児としての終わりでもある。
恐らくネクストバッターズサークルで俺に熱い視線を送ってくれている冴ちゃんのためにも。ベンチから祈るように見つめてくれている部活の仲間や監督のためにも。わざわざスタンドまで応援に来てくれた、学校のみんなや家族のためにも。
俺は打つ。
気持ちを切り替えて伊貫を見る。
伊貫は相変わらず何を考えているか読めないボーッとした表情のままだ。だが、呼吸の感じや投球モーションからまだ余力が伺える。正確無比の投球で消耗を最小限に抑えたのだろう。
(多分、コースを読んでバットを振らなければ間違いなく凡打になるな)
俺は今までの自分の打席を思い出す。
第一打席は内角攻めに手が出ず見逃しの三振。続く第二打席はインハイをセンター前に運んで、第三打席は膝元の厳しい落ちる球を掬い上げるように一塁手の後ろに落とした。
(多分、あっちのバッテリーは俺が内角を攻略したと思っているはず。だから次に来るのはーーー)
伊貫が投球モーションに入る。
俺はバットを構える。狙い球は、
(ーーー外角高めいっぱいの直球!)
俺がスイングした瞬間、伊貫の目が軽く見開かれるのがバット越しに見える。
バットは真芯でボールを捉えてセンターに返した。
センターが捕球して送球するときには俺の体は既に一塁キャンパスを駆け抜けていた。ヒットだ。
(前の打席でインローを打ち返したから、ローは嫌がるだろうなって俺と監督の読みは当たってたな)
そんなことを考えながら一塁に帰る俺の耳に先ほどまで聞こえなかった歓声が突き刺さる。どうやら周りの声も聞こえないほど集中していたらしい。
その歓声によって俺はようやく自分の仕事を完璧にこなしたことを確信する。
(……冴ちゃん、後は頼むよ)
ここから先は俺の力だけはもうどうすることもできない。
唯一できることは盗塁で少しでも得点圏に進んでおくことぐらいだ。
冴ちゃんの一振りに、俺の、そして俺たちの命運がかかっている。
牽制を刺されないように慎重にリードを取りながら、俺はバッターボックスに入る俺の彼女の姿を見つめた。
◇◇◇
○○が打った。
初球から打っていったことは意外だったが、打つこと自体は想定内だったので私の胸にそこまで驚きはなかった。
むしろ、私の胸には沸々と興奮が沸き上がった。
(○○が、私のために打ってくれた!)
無論、○○が打ったのは私のためではなくチームの勝利のためなのだろうが、それでも次に続くバッターの私にとっては、自分のためだと思っていた方が俄然やる気が沸いてきた。
(待ってろ○○。私が必ずお前を生還させる)
覚悟を決めてバッターボックスに入った私は○○の言葉を思い出す。
彼が私に告げてくれた言葉は大体こうだ。
ーーー回想ーーー
俺は伊貫の癖と言ったが、これはむしろキャッチャーの桜ノ宮の癖といっていいかもしれない。
桜ノ宮はかなり慎重な読めない配球をするけど、ランナーを背負った時にだけ配球に癖が出る。
ランナーを背負った桜ノ宮はツーストライクまでエグい内角攻めで取った後、必ず伊貫に外角を狙わせる。内角に意識が向いてしまった体の意表を突く形で外角に運ばれたらまず対応できないからね。
もちろんこれを知っていたとしても打てるとは限らない。伊貫はコントロールがうまいから外角といってもハイからローまでかなり幅があるからね。それに俺は前の二人が出てくれないとこの癖は使えない。
でも、冴木さんなら話は変わる。冴木さんが打席に立つときは絶対に塁に誰かがいるから。とりあえず、俺は絶対に塁に出る。
だから冴木さん、必ず伊貫からヒットを打ってくれ。
君なら打てると信じてるから。
ーーー回想終了ーーー
そして、宣言通り今一塁には○○がいる。彼は自分の役目を完璧に果たした。
次は私の番だ。
私が打って、私の、彼の、仲間の夢を繋ぐ。
だからこの夏はまだ燃え尽きない。
もっともっと輝きを放つのだ。
バットを握る手に力を込めてマウンドの伊貫を睨む。同点のランナーを背負った彼は、しかしその涼しい表情を崩さない。超人的なポーカーフェイスだ。
恐るべき相手だが、ここで怯む訳にはいかない。
投球モーションに入る伊貫を見て私は大きく息を吸う。
その手から白球が放たれる。コースはインハイ。
ローを狙った私のスイングは大きく外れ空振りに終わる。審判からストライクのコール。まずはワンストライク。
この間に○○は二盗を決めていた。桜ノ宮は二塁にボールを送らなかった。失投を警戒したのか、あるいは私をアウトに取ることに注力したのかは分からない。どちらにせよこれでチャンスは広がった。
(…………二球目は当てにいく)
私はさらに集中力を高めて伊貫の手元を見る。
この二球目は三球目の布石として大きな意味を持つ。
もし、この球に手がでなければ、最悪のパターンとして桜ノ宮が三球目まで内角を要求する可能性がある。それを避けるためにも、ここは内角の球に打ち気を匂わせなければならない。
伊貫の手から二球目が走る。
「…………っ!」
キンッ! ファール!
インに切り込む横の変化球を叩き、ボールは三累線に鋭く切れてファール。○○は今回は盗塁せずに二塁に残った。
9回裏、二死二塁、カウントはツーナッシング。
追い込まれた、それでいて完璧な形がここに完成した。
先ほど内角を叩いたことにより、次の決め球は外角を狙う可能性が高い。
それに気づいていることを悟らせないように、私はバッターボックスやや外側に立って最後の一球を待つ。ステップインで合わせて狙ったコースの外角のボールを打つ。ただそれだけを狙う。
読み間違えば恐らくバットにボールは掠りもしないだろう。間違いなくこれがこの打席最後の一振りになる。
伊貫の表情は全くぶれない。故にその手もとに全神経を注ぐ。
ここで目を使いすぎて後で目が見えなくなってもいい。それぐらいの気概で視線を注ぐ。
外角狙いに問題はない。後は高さが問題だ。
(ハイ、ミドル、ロー…………どこに来る?)
選択肢は3つ。運に任せて選んでも1/3で当たると考えれば中々割りのいいギャンブルだ。
しかし、私は運命の女神にサイコロは委ねない。
最後まで思考して勝ち筋は自分で見つける。
伊貫が投球モーションに入るまでの一瞬、走馬灯のようにここまでの試合が頭を過る。そして。
(決めた。私が狙うのはーーー)
私の答えは一瞬で出た。
いや、私のではない。
答えは○○が教えてくれた。
先ほどの○○の打席、彼は高めのボールを打って塁に出た。
そして、このボールは試合を決める最後の一球。投げさせる側はとにかく打ちにくい際どいコースに投げさせたい。特に、バッテリーを組むのがコントロールのいい投手なら尚更だ。
故に私の出した答えは。
(ーーーアウトローギリギリいっぱいのストレートだ!)
そして、狙いを定めて全力で振り抜かれた私のバットは快音を放ち。
放物線を描いた白球は、まるでそうなることが当然であったかのように、大歓声のスタンドに向かって一直線に吸い込まれていった。
◇◇◇
高野連が重い腰を上げて、甲子園に女子選手が出場できるようになってから3年目の夏。
私、冴木創は、女子として公式戦史上初のホームランを放った選手として高校野球の歴史に新たな一ページを刻んだ。
そして、宿敵との戦いに勝利して波に乗った大筒高校ナインは甲子園でも次々と強豪校を打ち破り、私は女子として初めて深紅の優勝旗を手にした選手として各方面から引っ張りだこにもなるのだが。
それはまた別の話だ。
相変わらず一万字オーバー。
冴木ちゃんが可愛すぎて筆が乗るから困る。
あんまり恋愛要素なかったけど、試合だから仕方ないね!
よろしければ評価、コメント、ブクマの協力お願いします。
最近なろうの小説を放置していたので、反応があまり無ければしばらくなろうに戻ろうと思います。続きが気になる人はぜひ上記の足跡残してください。