名前もない、モブの女の子にしました。
妄想癖があり、爆豪の彼女のつもりでいる可哀想な頭の子です。
その少女は、爆豪勝己の同級生だった。
小学校も同じで、いわゆる地元で同じ学年でというだけの関係であった。少なくとも周りから見れば……。
しかし、彼女は、爆豪に憧れていた。
優秀な個性、容姿、……まあいわゆるよくある少女が優秀な男子に持つ感情のソレだっただろう。最初のうちは。
けれど、その気持ちが憧れから、身を焦がすような恋心になっていったのは、爆豪が自業自得と言える事故を起こして入院してからだ。
その少女はいわゆる個性については爆豪に習い、歪な選民思想を持っていた。つまり、爆豪にとって没個性だと言われたり無個性である者達はそれ以下なのだと見て侮蔑していたのだ、自分自身の個性が中の中程度の物のあるにもかかわらず。
そういう思考の持ち主のことは、世間はこういうだろう。妄想癖。ストーカー……、少女はそういうタイプだった。
爆豪が自分の個性を暴走させた結果、入院沙汰になり、死の境を彷徨っていると聞いて、彼に媚びを売っていた者達や、彼に虐げられていた者達はまるで手のひらを返したように自業自得だ、天罰が当たったと笑っていた。
少女は、そんな状況を悲しんだが、たったひとり、状況を変えられるはずがない。
そんな状況下で、自分だけが爆豪を心配しているのだろ、くすぶっていた爆豪への歪んだ想いが増長するのに時間はかからなかった。
自分だけが彼を想い、想われるのだと。そう歪んだ考えに達するのに。
彼女は、学校が終わったり、休みに用事がなければ必ず爆豪のお見舞いに行った。
お見舞いの品も、お小遣いが許す限り持って行った。
その甲斐あって、爆豪の母親からは、いつもありがとうねっと顔を覚えてもらった。
爆豪がいる病室に入れば、彼は笑ってで迎えてくれる。それが何より嬉しかった。そして時間許す限り学校でのことなど他愛もないことを話せば、相づちを打ってくれる。自分が特別なのだと愉悦感に浸れた。
ところが、ある日、花を持って行くと、『面会謝絶』、という字が書かれた張り紙が爆豪の病室に貼られていた。
少女は慌てて近くにいた看護師に事情を聞いたが、身内の方でないため答えられないと返されてしまった。
少女は焦る余り、自分は爆豪の恋人だと言っていた。だが、親族じゃないと…っと冷静に返された。
少女は、看護師を押し切って、病室に入ろうとしたが鍵がかかっていた。
看護師が制止するのも構わずガチャガチャと鍵を開けようと必死になっていると。
「どうしたんだ? 何事かね?」
「あっ、医院長!」
いかにも聡明そうな白衣を纏った老いた男がやってきた。
「どうしたんだい?」
「すみません! ほら、君! ダメなの! この病室は今誰も入れちゃいけないってこの医院長先生が決めてるのよ!」
それを聞いた少女はやっと手を止め、医院長だと言われた男を見た。
「なにか、御用かね?」
「どうして、いきなりこんな…。」
「ああ、面会お断りか…。それは爆豪勝己君の希望なのだよ。」
「えっ?」
少女は信じられない顔をして医院長を見た。
彼は優しい笑みを浮かべて淡々と答えた。
「彼の治療はとても繊細な工程が必要でね。今は、静かに、必要最低限の人との接触だけにしてほしい。そう頼まれたのだよ。だから我々は、患者の回復のための全面サポートをするため、その意見を聞き入れる必要があったのだ。申し訳ないが…。」
「嘘ですよね?」
「ん?」
「だって、爆豪くんが人を嫌がるなんて…。」
「でもね…。本当のことなんだよ。」
「嘘! なんでそんな嘘言うの! だって私が来たんだよ!?」
「そんな大声を出さないで。ここは病院だ、他の患者さんに迷惑がかかるよ。」
「爆豪くんに会わせてよ!」
「ダメだよ。それはできない。もし…これ以上強硬手段に出るのなら…、君を今後この病院に入れないよう手配するが?」
「そんな…! 酷いです!」
「これは、すべて患者のためなんだ。我々医師は、そのためなら時に如何なる手段も使うのだよ。分かったなら、今日は帰りなさい。」
「嫌です!」
「しょうがないな…。」
ヤレヤレと息を吐いた医院長は、どこかへ連絡をし、警備の人間を呼んで、少女を病院の外へ追い出した。
少女は何度も警備の人間に抗議して暴れたが、あまりにしつこくしていたため、やがて警察を呼ばれ、そのまま病院から話されて、警察署で迎えに来た親にこっぴどく怒られたのだった。
その日から普通という基準だった少女の日常は変わった。
病院で暴れて爆豪に会わせろと騒いだことはあっという間に噂になっており、爆豪のストーカーとヒソヒソされ、それまで友達だと思って接していた同級生からも避けられた。
ノートなどにも、ブスだの、妄想癖だのと書かれるのも当たり前になった。
しかし、それでも少女は、諦めなかった。自分が、自分だけが爆豪の傍にいられるんだと信じて疑わなかった。
病院に足を運ぶが、入り口で警備員に止められる。裏口から入ろうとしたこともあったが、そんなことはお見通しだったとばかりに警備員が待っていて捕まり、追い返された。
ある日、爆豪の母親に出会った。
憔悴した様子であったので声をかけると、病院近くの空き地のベンチで話をした。
そしたら……、息子のお見舞いには来ないで欲しいと言われた。何を言われたのか一瞬理解できなかった。
このままだと、あなたが原因で別の病院に転院しないといけなくなると言われた。あなたが勝己を理由に周りの患者さんやお医者様に迷惑を掛けるから。
この病院以上の病院はない。だから勝己としては、この病院にいたいが、これ以上しつこい見舞いはやめてくれ言っていたのだと。
そんなはずはない。そんな、はずはない。自分を拒絶するなんて、あり得ない。
そう少女はブツブツと声に出していた。
少女が正気に戻ったときには、爆豪の母親はいなかった。彼女を恐れて早々にいなくなっていたのだが、気づかなかった。
夕焼けが、やがて暗い夜になる。月のない星空が広がる時間まで、少女はずっとそこにいた。
「まだ、こんなところにいたのかい?」
「あっ…。」
聞き覚えのある声が聞こえたので、そちらを見ると、医院長…、緑谷医院長が懐中電灯を手にやってきた。
「親御さんは?」
「……爆豪くんに…会いたい。」
「……そこまでして…。仕方ないな。」
「?」
「そんなに会いたいなら、案内してあげようか?」
「えっ!?」
思わぬ言葉に少女は飛び上がった。
「ただし、静かにしてくれ。本来こういうことは医者として以前に、病院を治める医院長としてやってはいけないのだから。」
「は、はい…。」
「こっちだ。」
少女は、爆豪に会えるということだけで頭がいっぱいで、それ以外考えられなかった。
まともな思考さえしていない彼女を、普通なら入れない場所から手際よく鍵を開けて案内していく緑谷医院長。
やがて病院内にある、開けた広場のような場所に来た。
少女は爆豪に会えるという喜びで周りがまったく見えず、そして聞いておらず、気づいてなかった。緑谷医院長が携帯端末でどこかへメールをしているのを。
「ここで待っていなさい。」
広場内にある綺麗な小さな噴水の縁に、少女を座らせ、爆豪を連れてくるからと言って緑谷医院長はその場からいなくなった。
うきうき、ワクワクと、少女は胸躍らせた。
チョロチョロ、ジョボジョボと水を吐く、人魚の彫像と、溜まっている水の中を移動する……、その存在にまったく気づかず。
そして、ソレは、背後から少女を羽交い締めにして、水の中に引きずり込んだ。
***
「なんだよ、こんな夜更けに?」
車椅子に座らされた爆豪は、ムスッとしていた。
緑谷医院長である肉塊は、筆記用の端末であるボードを見せる。
まあまあ、そう言わず。
今日は、君と出久のために“ごちそう”を用意したんだ。
「ごちそう?」
出久もちょっとずつしか君に食事を持って行けないことに焦れていてね。
たまには、秘密の夜食会を開こうじゃないかということで。
「それで、こんな真夜中にか?」
しかし爆豪にはもう昼も夜も見分けがつかないのであるが……。まあ雰囲気で分かる。けれど、今の爆豪には、昼も夜も、悪臭漂う空気しか感じないのである。
するとその悪臭に混じって、甘い香りのような…、なんとも腹の虫が鳴りそうになるとても良い匂いがした。
「デク?」
やがて肉まみれの広場らしき場所に着き、そのまま車椅子に座らされたまま連れて行かれる。
汚泥を吐き出す肉の像の傍に、出久がいて、シートの上に乗せた皿らしき物に、果実のような…なんと言えば良いのか分からない物体が、まるでバイキングで並べられている料理のように並べられていた。中には、始めて出久からもらった棒状の菓子のような物もあった。それに果実のような膨らみがまとわりつくように引っ付いていて、それからなんとも言えない美味そうな匂いがしていた。
「待ってたよ!」
爆豪が来たことに気づいた出久が顔を上げて笑顔で出迎えてくれた。
爆豪が、唖然としていると、出久はみるみるうちに顔を曇らせ、悲しそうにする。
「もしかして…、よ、余計なことだったかな? こんな夜中に…。」
「いや…、なんていうか……。」
その時、ものすごい腹の虫が鳴った。
「笑うな!」
爆豪は自身の腹を押さえてウガッと怒った。
出久はキョトンとしていたが、やがて笑顔になった。
「見てみて! 父さんのおかげで、久しぶりの大物が獲れたんだ! かっちゃんのために、美味しいところもいっぱい用意したよ!」
「どこで狩りをしてんだよ…。」
「えっと…それは…。」
「腹減った、どれが一番美味いんだ? 喰わせろ。」
「えっ?」
「だから、俺は今、しんどいから、お前が喰わせろって言ってんだ。一番美味いってところを寄越せ。」
「ごめんね…。無理させちゃって…。」
「いいから、さっさと喰わせろ。腹が減って胃が千切れそうだ。」
「あ、ぁ、ごめん。はい、どうぞ。アーン。」
皿らしき物持ち上げて、果実の固まりを手で千切って口に運ばれた。それを抵抗することなく、口に入れると、今まで味わったことのない美味が口に広がり、そして咀嚼してのどを通過して、胃に到達しても美味を感じるような気がした。
「うめぇ…。」
「美味しい? もっといる? 他の部分も美味しいよ?」
「ああ、頼むぜ。」
その夜は、爆豪にとって忘れられない美味しいごちそうの日となった。
そうして夜のささやかなごちそうの夜会が終わり、病室に帰る途中。
ところで、勝己くん。
「なんですか?」
緑谷医院長である肉塊がボード越しに聞いてきた。
君には、彼女がいるのかい?
「ブッ!」
変なことを聞かれて思わず吹いた。
「なに言いやがる! いねぇよ!」
そうか。
実は、近頃、君の彼女だと名乗る、君と同年代ぐらいの少女がいてね。
あまりにしつこいから困っていたんだ。
もし本当に君の彼女なら、君について何かしらの形で遠ざかって貰うよう説明をしようと思っていたのだが。
違うんだね?
「ああ…、そんな奴いねーよ。知り合いにもいねーよ。」
爆豪にとって、あの少女は…、見舞いにやってくる不快な肉塊の仲間の一匹にすぎなかったのだ。
自分がおかしくなっていることを悟られぬよう取り繕うため、わざと相づちを打って作り笑いを浮かべていただけなのだ。
それならいいんだ。
ただの迷惑な人間なら、こちらとしては何の問題もない。
他の患者さんのためにも、二度と君の前に来ないようにするから安心してくれたまえ。
「それなら、助かる…。」
ああ…、出久と出会ってから良いことばかりだ。っと、爆豪は、相変わらず不快感満載の自分の病室に戻りながら思ったのだった。
なお、全部食べきれるはずがないので、残りは後日……。
あと、緑谷医院長は、二人見守りながら、爆豪の様子を観察しています。
そして、哀れモブ子ちゃん。