睨みあう二人の聖女。 時間にしては一瞬だったが、彼女達の間では濃密に語り合ったのだろう。その語り合いを、竜の咆哮が途切れさせる。
「まずい! ファブニールが動き出した! カイニス。 足止めを」
「ああ!」
「アルトリア、頼む!」
「はい!」
カイニスとアルトリアが同時に竜に向かって飛び込み、竜の首を抉る。 しかし、傷は数秒も立たないうちに塞がり、修復し始めている。
「無駄ですよ! 邪竜ファブニールは聖杯によって召喚された一種の概念的存在です。 これを完全に倒すことが出来るのは竜殺しの英雄ジークフリートただ一人! ですけど、その頼みの綱は今にも消えてしまいそう!」
事実。 ジークフリートの霊基は消える寸前だ。 邪竜を打倒した逸話を昇華させた宝具の発動はおろか、まともに戦闘行動をすることも出来ないだろう。
すると、槍を再び突き刺しながらカイニスが吠えた。
「それがどうしたってんだ! 死なねぇなら死ぬまで殺すまでだ! おい、マスター! 魔力を寄越せ! 宝具でカタを付ける!」
その言葉にキリシュタリアが頷き、右手をかざしながら俺を向く。
「立香。 アルトリアにも宝具を。 竜殺しの宝具でなくとも押し返すことは出来るだろう」
「ああ、分かった。 アルトリア!」
俺が叫ぶとアルトリアも頷き、カイニスの横でエクスカリバーを構える。
俺とキリシュタリアが右手をかざし、令呪に光を灯す。
「「令呪を持って命じる。 宝具を発動させよ!」」
俺とキリシュタリアの腕から令呪が一画消え、アルトリアとカイニスの魔力が吹き上がる。
「束ねるは星の息吹、輝ける命の奔流。 受けるが良い『約束された勝利の剣《エクスカリバー》!』」
「飛べ、飛べ、飛べ!どこまでだって、オレは行ける『飛翔せよ、わが金色の大翼《ラピタイ・カイネウス》』!」
炎を纏い、不死鳥となったカイニスの突進とアルトリアの放った光線は竜を倒しきる事は出来なかったが、体の大部分を失い、確実にしばらくは戦えそうにない。
「やった! これで…!」
「これでどうするつもりですか?」
喜んだのもつかの間。 黒ジャンヌがファブニールから飛び降り、旗を振りかざしながら迫ってくる。マシュがそれを防ぐが、膂力の差はマルタの時以上で、マシュは攻撃されるたびにジリジリと後退している。
「所詮はサーヴァントの成り損ない! いつまでも持ちませんよ!」
「それはどうかな? やれ、アナスタシア!」
どこからか声が聞こえ、氷の壁が地面からせり出し黒ジャンヌと俺たちを分断する。
「その声! カドック! アナスタシア!」
「良いから! 今は逃げるぞ! そこのサーヴァントは僕と藤丸で担ぐ」
「分かった。 カイニス。 アルトリア。 殿は任せよう」
「ああ、さっさ行きやがれ」
巨体のジークフリートを担ぐのは骨が折れたが、カドックが身体強化の魔術を掛けてくれたおかげで何とか逃げ切ることに成功した。
小さな森の中に予めマリーとアマデウスが結果意を張ってくれており、体を休ませることが出来た。 森の中の野営地にたどり着いたとき、俺たち全員が限界を迎え座り込んだ。
「ああ、疲れた……。 キリシュタリア、これからどうするんだ?」
「先ずは状況の整理をしよう。 まずはマスター達の状況確認だ私と立香が令呪を一画ずつ使って残り二画。 カドックは無事だな」
「ああ。 そしてサーヴェントの状況は僕のアナスタシアは殆ど消費はしていない」
「あら。 僕のなんて情熱的ね」
「五月蠅いぞ」
「俺のアルトリアは宝具を打ったばかりだけどまだいける。 マシュは大丈夫?」
「はい。 マシュ・キリエライトまだ戦えます」
「そして私のカイニスだが……」
「俺はまだ戦えるぞ」
カイニスがキリシュタリアを睨み付ける。 数秒間視線を交わしていたが、キリシュタリアがため息をつき、あきらめたように言う。
「良いだろう。 マリー嬢とアマデウスは……」
「私達は問題ないわ」
「私も問題ありません」
と、ジャンヌも続ける。
「すまないが、俺はまだ戦えそうにない」
と、震える体でジークフリートが言う。一番の問題はジークフリートの呪いについてだろう。
それについて、とジャンヌが手を挙げる。
「彼の呪を解く方法はあります。 私は大部分の能力が使えないとはいえルーラーです。 解呪の魔術は心得ています。 しかし、私の力だけでは解けないくらいの強い呪が彼に掛けられているのです」
「私も手伝うわ。 でも、私はキャスターだけどあまりまじないは得意では無いから完全には無理かも」
「僕も音楽しか能が無いからなぁ。 ま、やるだけやってみるか」
そうして二人のキャスターと聖女がジークフリートを囲む。
「方法は私が知っています。 皆さんは私に委ねて下さい」
「ええ」
「わかったよ」
ジークフリートの体から光が溢れてくる。 解呪の儀式自体は数分で終わるらしいから残った俺たちで周りの警護をしている。
「なあ、アルトリア。 あの解呪、成功するだろうか……?」
「正直、厳しいでしょうね。 もう一騎。 聖人のサーヴァントがいたら良かったですが……」
「そう。 貴公らが屠ったあの聖女のような」
咄嗟にアルトリアが俺を突き飛ばしてくれなかったら、地面から飛び出た杭に串刺しになっていただろう。 見ると、さっき戦ったバーサークランサー。 マシュとアルトリアの二人ですらギリギリだったと言うのに、今回はアルトリア一人。 マシュを呼ぶかと無意識に右こぶしを握り締めるが、既に一画減っている令呪を見て思いとどまる。
(だめだ……もう既に令呪は使っている……。 今の俺じゃあアルトリアの宝具を発動させるのに令呪が必要だ。 マシュの分の踏まえて、ここじゃあ使えない)
「アルトリア、行けるな」
「ええ。 騎士の誇りにかけて」
「誇りか。 剣士よ。 今一度。 その名を聞きたい」
「我が名はアルトリア・ペンドラゴン。 ユーサー・ペンドラゴンの子。 ブリテンを統べる王だ」
アルトリアが剣を構え名乗りを上げる。 それに満足したようにランサーが頷く。
「ブリテンの騎士王。 それほどの相手ならば余も名乗らなければならない。 我が名はヴラド・ツェペシ。 ヴラド二世の息子であり、ワラキアの王とは正に余の事である」
ヴラド・ツェペシと名乗った人物はアルトリアから五メートル位の所で立ち止まり、槍を構える。
「ここからはこちらからの無粋な横槍を入れたり、そちらのマスターを狙うことはしないと誓おう」
「気遣い感謝しよう。 狂化されていてもその気高い魂は損なわれていない。 尊敬しよう。 ワラキアの王よ」
「言葉を紡ぐのはここらでいいだろう。 これからは互いの得物で語り合うとしよう。 どちらかが死ぬまでな」
「ああ。 いざ!」
「尋常に!」
「「勝負!」」
武人同士の戦いとするならば、お互いで円を描きながら互いに傷つけあい、少しずつ深手を負っていく。 というのが相場だろう。 しかし、そうはいかなかった。
ヴラドが槍を地面に突き立てると、さっきのように地面から杭が生えてきた。 恐らくが彼の宝具なのだろう。 アルトリアに杭が迫り、串刺しにするまでもう数秒も無い。 と言った所で、アルトリアが前かがみになったと思うと一瞬で視界に捉えられない速度に加速し、杭の波を突破する。
「何っ!?この……」
「おしゃべりは終わりと言ったはずだ! 拘束、解放!」
光を放つ聖剣を振り切った後に何も残らなかった。サーヴァントは剣に血糊すら残さず消える。 しかし、確かに残ったものはある。 末期の刹那。 確かに彼は俺を見て言った。
敵への賛辞と感謝の言葉だった。
戦闘音を聞きつけ、キリシュタリアとマシュが訪れた時にはもう全てが終わっていた。
「立香。 戦闘があったのか」
「ああ。 でももう倒したよ」
「先輩! ご無事ですか?
「ああ、それにしてもすごいな。 前回は苦戦したのにどうして今回はあんなに強くなったんだ?」
「ええ、それについてはこの剣の仕組みについて説明すれば分かりましょう」
そう言いながらエクスカリバーを俺に見せる。
「エクスカリバーは私が選定の剣『カリバーン』を抜いた後、湖の妖精から受け取ったものです。 その力は凄まじく、常時開放するには危険すぎました。 だから円卓の騎士と、宮廷魔術師の力を持って封印したのです。 その拘束は十三。 拘束に一つずつ条件があり、条件が承認されるごとに聖剣の真の力が解放されるという事です」
聖剣の十三拘束。 それを解放することが出来れば、アルトリアの真の力が見れるのか。
「あ、それより。 皆ここに集まっちゃっていいのか? 儀式の護衛をしないと……」
「それならついさっき終わりましたよ」
声のほうを向くとジークフリートとジャンヌがこちらに歩いてきていた。 顔色も良くなっているし、儀式は成功したのだろう。
「カドックさん達がキャンプで待っています。 戻りましょう」
「もう大丈夫なのか?」
「その事ですが……」
「すまない。 俺とあの邪竜は繋がっている。 あいつが聖杯によって歪められているせいで俺にもその歪みが来ているのだろう。 あの邪竜を倒さないとこの歪みは無くならないだろう……すまない」
邪竜を倒すための呪を解くためには邪竜を倒さないといけないって。 矛盾してるんじゃないか?
「ですが、少しばかり解呪ができました。 これで彼も戦闘ができるでしょう」
「よし。 俺達の力を合わせたら何とか戦えそうだ! 早速……」
と言った所で、森の奥、キャンプの方向から爆発音が響いた!
「この音!」
「おそらくもう一騎のサーヴァント!」
「急ぐぞ!」
キャンプ地に着いた時には凄惨な有り様だった。 マリーとアマデウスが倒れ、アナスタシアとカドックが黒ジャンヌのサーヴァントと睨みあっている。
「ジャンヌ! マリーとアマデウスの回復を! 立香、行くぞ!」
「いいえ、もう終わりよ。あの可憐なお嬢さんの血は大変美味でしたよ」
その言葉を最後に、マリーの霊基が崩れ去り、光となって消え去った……。
「そんな……」
「何をぼさっとしている! この人数だ! 一気に叩くぞ!」
「残念ながらそれも出来ません。 私はアサシンのサーヴァント。 正々堂々と真正面からと言うような戦いは好まないので」
そう言いながら自身の後ろに女性の顔が付いた棺桶のようなものを出現させ、その中に飛び込み棺桶ごと消え去った。
「逃げられたか……。 キリシュタリア、アマデウスは?」
「ひどく損傷しているが、霊基がやられるほどじゃない。 アナスタシアとマリーを狙ったついでにアマデウスを襲ったようだな」
「……あいつはアサシンのくせに単騎で襲ってきた。 最初こそ不意打ちだったもののアマデウスは正面から戦って勝ったし僕たち相手にも正面から戦った。 なのに人が集まってきたら消える様な知恵は残っている。 狂化によって理性は消されていると思ったが……」
「彼女は元の自我が強いんだろうな。 アサシンの真名が分かったぞ。 女だけを狙った行動。 あいつが召喚したのは有名な拷問道具、鉄の処女。 血を求めるような言動。 あいつは血濡れの伯爵夫人。 エリザベート・バートリだ」
血の伯爵夫人。 吸血鬼は貴族のような生活をした美しい容姿をしている等の伝説を作った一人。 ヴラド三世と同じように伝説と化した実在の人物だ。
「なんにしても、これからどうするかを話し合わないと」
「ふむ……。 向こうには聖杯がある。 悠長に待っていてもこちらが不利になるだけだ。 今日はもう休んで、明日魔力反応が一番強い城に向かおう。 恐らく最終決戦になるだろうから今日はゆっくり休もう」
それだけを言い残して、皆野営の準備を始めた。 でも俺にはどうしてもマリーのことが忘れられず、食材を探してくると言い、アルトリアと少し離れた小川まで行った。
「…………」
「……マスター」
「なあ、アルトリア。 サーヴァントは死なないんだよな?」
「ええ。 サーヴァントは過去の英霊の影。それ故に魔力切れはあっても死ぬという事は殆どありません。 私もアルトリア・ペンドラゴンであり、そうでないとも言えます」
「そうだよな。 ダヴィンチちゃんに聞いてそれは分っている。 頭では分かっているんだよ。 でも、……やりきれないよ」
「貴方は魔術師ではない普通の人間ですからそのような考え方が慣れないのは当然でしょう。しかしそれは強さにも弱さにもなります」
アルトリアの碧眼は厳しさと優しさ。 少しの自愛の色が浮かんでいる。
「サーヴァントをただの道具と考えず、共に戦う仲間として考える。 その様なマスターに出会えて私は幸運でした」
アルトリアが手を差し出す。 俺がそれを握ると俺より力強く握り返される。
「明日。 勝とうな」
「ええ」
そう決意を胸に秘めて野営地に戻る。 アルトリアの目と手の感触を思いながら眠りについた。