英雄伝説~飢狼の軌跡~   作:浅田湊

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開演前

 大体、地形の把握とこのアジトの図面は頭に叩き込めた。

 恐らくは打ち捨てられていた遺跡を利用したものなのだろう。色々と仕掛けがあったような痕跡もある。それを動かしていないところを見る辺り、そもそものアジトではない筈だ。

 おまけに野生の魔物を放し飼いにしている。即座に片付くレベルの雑魚とは言え、掃討を終えていないという点は雑と言われても仕方がないだろう。

 しかし、本当にカシウス・ブライトは捕まったのだろうか?

 こうしてアジトの惨状を見れば見るほどに疑わしい。

 どう見積もっても三流がいいところ。彼の実力を持ってすれば、一人でもこの程度の空賊を相手に誰も傷付ける事無く制圧して見せる筈だ。

 となると、ここは乗っていなかった。そう考える必要がありそうだ。

 人質に直接聞き出してもいいが、怪しまれる。そろそろ引き時だろうか。

 手に入るであろう情報は手に入った。

 空賊の保有する飛空艇の機種をメモし、帝国で生産された物であることをメモに記入すると大きく溜息を吐いてしまう。

 

「勿体ないですね。これ程の機体を持っているなら他にやり様はあったでしょうに」

 

 飛空艇を個人保有している人間は少ない。

 それにこうして見ているだけでこの機体が愛されていることが伝わってくる。

 おそらく、騙されて爵位を失ったのだろうが、悪い人間ではなかったのかもしれない。

 

「そこで何してる?」

 

「あっ、いえ……その……」

 

 考え事に集中しすぎていて辺りの気配に気付けなかったらしい。

 容貌から見ておそらくはこの空賊の幹部。厄介な人間に見つかったものだ。どうする。変な事を言って、目をつけられたら脱出が難しくなる。

 

「もしかして、山猫号を手入れしてくれたのか。悪いな」

 

 どの程度の性能なのか。色々とチェックするために持ってきていた道具のお蔭でどうやら一先ずは助かったようである。

 しかし、油断はならない。いや、信用ならないの間違えか。

 何せ、相手は空賊。どこまでいっても悪党なのだ。

 

「本当にお前たちにも迷惑をかけてばかりだからな……。今回の誘拐にしてもそうだが」

 

「そろそろ、身の振り方を考える時期なのですかね。流石に怖いです」

 

 誘拐事件で軍も動いている。

 上手く事が運ぶとは思っていない人間も空賊内にチラホラいるような空気だ。

 この程度の不安を漏らす程度ならば問題ないだろう。

 だが、もしかして空賊の幹部は一枚岩ではないのか? その言葉はまるで自分たちの身勝手な行動に振り回される子分を労わるようではないだろうか。

 

「確かにな。ドルンの兄貴もあの男にあってから様子がおかしい。お前達の中にも不信感が募り始めてる……」

 

 あの男。外部との接触。

 そこから歯車が狂ったとするなら、やはり目の付け所は悪くなかったという事だろう。

 

「もしも、空賊を俺が辞めると言ったらどうする?」

 

「辞めてどうされるんですか?」

 

「そうだな……。もしも、空賊をやめたらドルンの兄貴も昔みたいに戻ってくれるんじゃないかって甘い期待を抱いちまうんだよな」

 

「無茶をしないとなると、運送会社ですかね? 小型の機体ですから小回りも効きますし」

 

「おっ! 確かにいいな。それだと、こんな危ない橋を渡る必要もない」

 

 そう言いながら近づいてくる幹部の方からチリチリという音がする。

 一瞬、青ざめる。おいおい。もしかして、ダイナマイトって言うんじゃないだろうな。

 こんな場所でそんな物を爆発させてみろ。どうなるか分かったものじゃないだろ!

 流れるような動作で袖に仕込んだナイフを掌へと落とすと振り返ると同時にダイナマイトの導火線を切断する。

 

「ほぉ、やるじゃないか」

 

「それはどうも。いつから気付いていたんですか? 侵入者だって」

 

「まぁ、互いに話したいこともあるだろ。ここじゃなんだ。俺の部屋で話そう。その方がお前も面倒なことにならずに済むだろ。最悪、俺を人質にして逃げればいい」

 

 何が言いたいのか。何がしたいのか全く見当がつかない。

 侵入者がいたのだ。応援を呼ぶか、排除するかが普通だ。それなのに、俺を人質にして逃げればいい? 俺の部屋に来い?

 悪人ではあっても、悪い人間ではなさそうなのだが。信用していいのだろうか?

 いや、罠にはめられたところでこの程度の力量なら無理やり突破出来るのだから、今は情報を引き出すためにも信用したふりをする方がいいだろう。

 お互いにそういう事にした方が都合がいい。

 

「わかりました。知らない男性の部屋に上がるのは初めてなので緊張しますが……」

 

「こっちだ。俺はキール。他の奴らの前ではキールの兄貴って呼べ。あと、お前が変装している奴は整備なんて技術持ってないぞ。ここで正式な整備するのは下で騒いでた連中だ」

 

 なるほど。流石に情報も集めず、急ぎすぎだったかもしれない。

 そんな奴がこんな場所でこそこそと何かをやっていれば怪しい限りである。

 それ以上の会話はなく、案内された部屋に入るとそこには罠なんて物は何もなかった。

 簡素なつくりのベッドと机が設置されているくらいだ。後は武器であろうダイナマイト。

 

「悪いな。最近はずっと山猫号に出ずっぱりで整理してないんだ」

 

「いえいえ。かまいません。ところで、お話とは?」

 

 わざわざ、案内した。罠ではなさそう。

 何かあるとしたら、こちらに対する要望だろう。逃がしてくれなんていう無理な要求はのめないが、その謎の男との接点を作れるならそれなりの願いは飲まなくもない。

 蛇の道は蛇。所詮はそう言った騙し合いをするのが仕事だ。

 

「お前が今話してた運送事業はどの程度の利益が見込めると思う?」

 

「えっ、えーとですね。競合会社が今のところは存在しないので最初の段階で引き離し、あとはサービスを安定させれば十分な収入を得る事が出来ると思いますよ。まぁ、危なそうな仕事は引き受けないという事にしなければ元も子もありませんけど」

 

 意外な質問に少しばかり首を傾げるも思ったことをそのまま口にする。

 現状の荷運びは飛空艇が人を運ぶ際のついで。その為、便は限られてしまう。

 そこに荷物専用の便を作ってしまうのは発着場さえ押さえられれば不可能ではない。むしろ、随分と可能な位置にある案と言えるだろう。

 

「そうか。確かにそういう真っ当な道を歩んだ方がジョゼットにはいいのかもな。犯罪者のレッテルが一度付いちまえば――貰い手がいなくなっちまうもんな」

 

 貰い手という事は女性。妹だろか。

 確かに一度、法を犯して捕まってしまえば真っ当な職に就くのは難しいかもしれない。

 人の目というのは冷たいものだ。妹を想っての言葉なのだろう。

 

「ならば、止めるべきだったのでは? 事件が起こる前に」

 

「あぁ、確かにそうだ。止められなかった俺にも罪はある。だが」

 

 なるほど。妹だけはどうにか出来ないかと考えているのだろう。

 つまり、私に妹だけは助けられないかと暗に尋ねてきているのだ。

 だが、誘拐事件に恐らく絡んでいる。これまでの空賊稼業にもだ。それをすべて水に流せというのは難しい。

 だが、待てよ。この状況を利用できなくはない。

 すべての罪をその謎の人間に押し付ける。そうしてしまえば、責任はあるものの情状酌量の余地が見えてくる。落としどころというやつだ。

 

「なるほど。大体はわかりました。ですが、私に何の旨みがあるんですか?」

 

 ここまでは一方的な要求だ。

 しかし、それは立場が上だから成り立つ話であってこの状況で成り立つものではない。

 それをキールも理解しているのだろう。こう提案してきた。

 

「明日の夜、その男と会う約束がある。そいつと遭遇する手引きをするってのでどうだ。もしも、人質が目的ならすでに救出していただろ。なら、お前の目的は別にある。もしかして、リベール王国情報部のそいつなんじゃないのか?」

 

「今、なんとおっしゃいましたか? 少し、聞き間違えてしまったようで」

 

「リベール王国情報部だよ。今回の誘拐事件の作戦にしても奴らが持ち掛けてきた。兄貴は信用してたみたいだが、どうも俺はあいつ等を信用できなくてな。色々と調べていたんだ」

 

 罠か。そんな言葉が頭をよぎる。

 それでは人質事件が自演という事になってしまう。そんな危険を犯してまで情報部が動く理由は何だというのだろうか? クーデター?

 いや、それでは帝国の遊撃士ギルド襲撃が説明出来ない。

 現状のカシウスの立場は軍人ではない。遊撃士であるのだから、彼を遠方まで排除せずとも問題なく事を運ぶことは不可能ではないのだ。

 それを敢えて行った理由。そして、それを行えるだけの資金源。

 どうもパズルのピースが足りていないのを感じてしまう。どうするべきか。

 

「一つ聞かせていただいてもいいですか?」

 

「なんだ? 答えられることなら、答える」

 

「貴方のお兄さんがおかしくなったのはその情報部と接触してからですか?」

 

「あぁ」

 

 即答。

 情報部が黒。とはやはり、考えづらい。それすらも、幻影だとするならばちょっとばかし、危ない橋を渡る羽目になりそうだ。

 しかし、それ以上に問題なのはこの事件の落としどころ。

 おそらく、その妹が一人助かったところでそれを良しとするとは到底思えない。

 ならば、事件をそもそもなかった事にしてしまう他ないのだが、それも難しい。

 ただ、幸運なのはまだ全体に名指しでの指名手配をされていない事だ。

 おそらく、人質の安否を気にしての事なのだろうが、そこに突く余地がある。軍は人質の救出を最優先にしているのだとすれば、あとは踊ってもらえばいい。

 要は利用するのだ。軍の動けなさ。そして、軍と遊撃士の対立を。

 

「わかりました。その話に一枚乗りましょう。ただし、一つだけ条件があります。今後、基地内部では山猫号のキーをさしておいて下さい。軍が介入した際に動けなくなる筈ですので、有事の際は私の方で移送させて貰います」

 

「確かにあいつらは軍。まさか、点数稼ぎのために……」

 

「だとすれば、時間はあまりありませんね。次の密会の後に切られる可能性があります。なら、彼らの作戦計画に乗るというのも手でしょうか? 私がその謎の存在を演じることによってですけどね」

 

「つまりどういう事だ?」

 

「簡単ですよ。彼らが裏であなた方と繋がっていたことを逆に利用するんです」

 

 要は疑心暗鬼を生ませるという事だ。

 奴らも汚い部分を見られたくはない筈だ。それを気付かれれば立場が危うくなる。

 ならば、その謎の存在というものを逆に利用して軍の人間に印象付けてしまえばいい。

 そうすれば、彼らも十分に動き辛くなる筈だ。

 

「だが、利用して捨てようとした奴がどうして助ける?」

 

「こういう事にしてはどうでしょう? 予定が少々早まってしまった」

 

 捕まる時期についても何か計画があるとすれば、それが早まるのは困るはずなのだ。

 だから、それまで逃がす。様子から見て顔が見えないのならば、誰かを身代わりとして処刑するのもたやすい。酷い言い方になるが、人柱というやつだ。

 

「分かった。なら、俺が他の部下に対して指示を出す。一応、これがこのアジトの見取り図だが、どう逃げる? 飛行艇が使えないとなると袋の鼠だぞ」

 

「おそらく、ここに隠し通路があります。ですが、遊撃士がどこから侵入するかによってこの道も使えなくなる。ならば、ここはどうでしょう?」

 

 何もない通路の壁だ。

 逃げる道などどこにもない。そこに追い詰められてしまえば、待っているのは壁だ。

 だが、キールはその場所を目にしたとき、何かを計算し始める。

 そして、何かに納得したらしく大きく頷いた。

 

「なるほど。確かにこの厚さの壁だとぎりぎり爆破できる。急にできた道なら、軍の連中も対処できないってわけか。ただ、この下は崖だぞ?」

 

「事態が動き次第、こちらでそこに山猫号を着けます。チャンスは一度ですが、これがもっとも安全な作戦だと思います。その後は打ち合わせポイントで協力者を降ろすという事で」

 

「ちょっと待て、軍や遊撃士の足止めをした奴はどうする。見捨てるのか?」

 

「私が彼ら程度にどうこうなるとお思いですか? 上手く逃げ切って見せますよ。ですので、ご心配なく。それより、この作戦の問題点は貴方のお兄さんです」

 

「あぁ、確かにそうだ。兄貴を説得できなければどうしようもない。けど、ここまでやってもらうんだ。そっちは俺の方で何とかして見せる。これが終われば、空賊稼業とはおさらばだ。真っ当に生きてみるとするよ」

 

 キールはそう宣言すると更に不測の事態の際の対策について練り始める。

 ここまで練れば万全と言っても過言ではない程にだ。

 気が付けば、夜が明けるまで話し込んでいたらしい。夜が明ければ脱出が難しくなる。

 そう思っていると、ドアをノックする音が部屋の中に響いた。

 どうするか。見つかったら厄介だ。そういえば、眠らせていた空賊のほうも……。

 

「キール兄、ちょっと話が……って、邪魔したかな?」

 

「いや、丁度話が終わったところだ。それより、どうかしたのか?」

 

「いや、酔っ払って全裸で寝てたやつがいてさ。服をどこで脱いだのかって大騒ぎなんだよ。それでキール兄はみてないかなって思ってさ」

 

 何とも言えない。普通なら、侵入者を疑わないだろうか?

 まぁ、一先ずは安心していいのだろう。

 

「ったく、すぐに行く。お前も手を貸してくれ」

 

 そうして、部屋を出ると探すふりをしながら、出口へと向かう。

 例の隠し通路がある場所だ。

 

「これ、お探しになっている服です。助かりました。」

 

 

「別に礼なんていい。それに、この作戦はアンタ一人じゃ成功しないだろ。だから、一度出る必要がある、だから、協力しただけだ」

 

 脱いだ服を渡すと開けられた隠し通路から霜降り渓谷へと出る。

 朝という事もあり、霧が酷い。この霧のお蔭で向こうには姿を確認する事が出来ないだろう。それはこっちにとっても好都合というものだ。

 

「密会の日時はそうですね。ホテルのフロントに伝言してもらえますか? 部屋番号はこちらです。その方が安全でしょう?」

 

 草臥れ儲けかと思っていたが、意外な収穫があった。

 どれだけの戦力なのかはっきり見えないので下手な手は打てないが、相手にとっては不足はない。そろそろ、こちらも掌で踊るのも飽きてきたところだ。

 少しばかりではあるが、彼らの筋書きを崩しにかかるとしよう。

 

「では、待ってますよ」

 

 そう告げると、霧の中へと姿を消すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「多分、これであの鉄血も騙せたんじゃないかな。あれが、別人だって証拠はないわけだし、むやみやたらに引っ掻き回すような愚行はあれはしないでしょう」

 

「そうですか。ご苦労様です。貴方の医療技術はレミフェリア公国でも指折りですからね。こちら側に引き抜いたかいがあるというものです」

 

「いや……そう思うなら、人を切らせてほしいんだけどね。死体の工作とかばかりじゃなくてさ。まぁ、携帯用の簡易キットの開発とかさせて貰ってるからトントンか」

 

「貴方も現状の立ち位置に異論があったからこそ、ここにいるのでしょう? それ以上の事を望むのであれば、ここではないどこか別の場所に行ってもらう事になりますが」

 

「いや、マジで怖いから。それで、この娘はどうするの? 書類上はもう存在しないけどさ。もしかして、拷問? 私、そういう仕事は請け負わないからね」

 

 憔悴しきった様子から見るに精神的に危うい状況にあるのは確かだ。

 肉体的な拷問は無理と見て、精神的な拷問へとシフトしたのだろう。

 あぁ、怖い。フェイ=リン。私の敵に回したくない人間の栄えある第一位だ。

 

「それなら、これを殺してばらして浮かべてますよ。彼女の腕は確かなようですし、こちら側に来てもらおうと思いましてね。既に彼女の了承は得ました」

 

「その言葉が一番、信用ならないんだけど……。まぁ、アイスメイデンも動くとなれば、鉄血宰相が邪魔をしてくるのは目に見えて明らかだもんね」

 

「おそらく、表立っては動けないでしょう。ですが、非正規の登録されていない人間ならば、彼らの目には映ることなく仕事を完遂できるでしょう?」

 

「それはそうだけど、問題は信用できるのか。私は嫌だからね。後ろから撃たれるなんて」

 

 確か、報告書を見た限り、狙撃手だったはずだ。

 それでまだ十五にも満たない年齢。どれだけの修羅場を潜れば、あの報告書に記されていた技量を手に入れられるのか。全く、世の中の腐り具合は相変わらずである。

 懐から飴を取り出すとそれを口に放りこみ、かみ砕く。

 まぁ、甘ったるい世界もごめんだけど、やっぱり糞みたいな世界もごめんだ。

 

「まぁ、それはいいとして。こいつ、そもそも使えるの?」

 

「それがあなたの仕事です。休暇がたまっているそうじゃないですか。どうぞ、それを存分に消費してください。きっと、庶務の連中も大喜びです」

 

「ちょっと待った!! それは休暇とは言わないわよ! 仕事! 仕事!」

 

「ボランティアです」

 

「ボランティアってね。こんな……こんな……。わかったわよ。やればいいんでしょ。やれば! あぁ、こんな職場いい男見つけて辞めてやる」

 

 死んだような眼をしている小娘。

 人を直接殺したことがなかったのだろう。本物の殺意を一身に受けたことがなかったのだろう、それ故に、精神が自己防衛に走り、といったところだろうか。

 実際のところは本人以外にはわからない。芝居かもしれない。

 ただ、一つだけ言えるのは自分がそういう人間を見捨てられない甘ちゃんだという事だ。

 

「一つ、忠告させていただきますが、人を切り刻むのが趣味というような人間を受け入れてくれるような特殊な性癖の人間は少ないと思います。はっきり言って、気持ち悪いですから」

 

「いつ、私が切り刻むのが趣味って言ったかしら?」

 

「この前、内臓の美しさについて小1時間程、語っておられましたよ。お忘れですか?」

 

「んぐ……。だって、本当の事なんだもん! それで、そっちはどうするの? 私にこの子を預けるってことはそっちはフリーってことでしょう?」

 

「残念ながら、監視がきついので動けずじまいで」

 

 確かに目に見えて怪しい。

 だから、監視が自然とついているだけに動く事が出来ないという事か。

 あれ、もしかして非戦闘員なのに一番、面倒な仕事を押し付けられていやしないだろうか。だって、確かあの氷女も休暇でどこかへ行くといっていたわけだし……。

 

「他の共和国に行ってる連中を動かせないの? ロックスミスの直轄の部下だっけ?」

 

「確かにあの狸の下にもあの方は犬を放っていますが、向こうも向こうで動かせないのでお株が回ってきただけなのですが。あの狸親父が情報機関を作る前にそれなりに信頼を稼いでおかなければ、その後の立ち位置で困ることになりますからね」

 

「そりゃ、そうだわ。それで、私はどこで大佐と合流すればいい?」

 

「合流する必要性はありません」

 

 その言葉に耳を疑った。

 合流しなくてもいい? 私にこの女は一体、何を言っているのだろうか?

 この子を連れてリベール王国へ行くのならば、それは大佐の手伝いの筈だ。

 それを根本的に崩しているのだ。意味が分からない。

 

「貴女の場合、動けば事件に巻き込まれるでしょう。それにあの方を巻き込めば厄介な事態になるでしょう。それに、大きな事件に巻き込まれれば、その内出会う筈です」

 

「ひ、酷い言われようですね。まぁ、それを否定できないのは痛いけど」

 

 検視官の仕事を回されているのは実は、そういう事なのではないだろうか。

 確かに行く先々で問題に巻き込まれている気はしなくもない。

 しかも、今回は大佐も出張するほどの案件が絡んでいるとなれば……あぁ、私がその渦中に巻き込まれない筈がないか。頭が痛い。

 

「あと、今回は飛空艇が事件で使えないようなので――」

 

「まさか、歩いて行けっていうんじゃないですよね。ほら、私ってそこまで戦闘面でガンガン進んで行くタイプじゃないんだけどなー。ほら、こんなに足細いしさ」

 

 最近、ずっと籠りっぱなしで動いてないのがバレバレである。

 そんなに歩いた日には筋肉痛で動けなくなってしまう。

 

「流石にそんな事はさせませんよ。一応、規制が解かれ次第、王都に移動していただきます。おそらく、今回の事件のすべてはそこで終結するでしょうから」

 

 陰謀渦巻く王都への旅路。

 これは自分用に胃薬を用意しておいた方がいいかもしれない。

 確か、大佐は今、猟兵と一緒にいる。これは仕事が無駄に増えそうである。

 

「はいはい。わかりました。まぁ、出発までにそれを使える精神状態にはしておいてよね。私、別に精神方面に詳しいわけじゃないしさ。それってどちらかと言えば、そっちの領分でしょう? 同属みたいなもんなんだしさ」

 

「同属ですか。確かに一理ありますが、間違ってますよ。私には同属なんていません。あそこには味方も敵もいませんでしたから」

 

 急にフェイの纏っていた空気が変わる。

 もしかして、スイッチを入れてしまったのだろうか。

 凄くめんどくさい事になりそうな雰囲気に変わるのだが……。

 

「まぁ、一言いうと違いますよ。私は殺した人間ですからね。この子はどちらかと言えば、貴女側の領域にまだ踏みとどまっている人間ですよ」

 

「な、なるほど。ご、ごめんなさい」

 

「なにを震えているのですか? 別に怒ってなどいないのですが」

 

 目が笑っていない。

 怖い。怖い。やっぱり、この人は生粋の殺し屋なのだ。

 こんな職場で本当にやっていけるのかと心底悩むのだった。

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