英雄伝説~飢狼の軌跡~   作:浅田湊

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水面下での交渉

「なるほど、こちらの情報は筒抜けという訳か。ふん、ガイの紹介された通りだったという訳だ。確か、シャル君だったかな?」

 

「誰から紹介されたのかは知りませんが、警察に罪に問われるような事はした覚えはありませんよ。ちゃんと、営業許可証もクロスベルの法律に則って取りましたから」

 

 営業許可証はオフィスという形での個人営業。

 全てが真実ではないが、かと言って嘘を言っている訳ではない。

 そこを理由に令状が取れる訳がないと確信しているが為の言葉だ。

 それにここでの商売は顔を合わせない事を前提として情報のやり取りをし、依頼内容によっては別の顔を使って動くという形式。あまり、ずかずかと仕事場に来られて気持ちの良い物ではない。ただ、あの少女が特別なだけだ。色々な意味で。

 

「いや、今日はそういう事で来た訳じゃない。そう言えば、ここは喫煙してもいいのかな?」

 

「私は吸いませんし、部屋に匂いがつくので出来れば止めて頂けると助かります」

 

「そうか。ところで、ここでは何の仕事をしているのかな?」

 

「仲介業者です」

 

 煙草を箱に戻すその男に対し、手を止める事無く簡潔にそう返答した。

 これも嘘ではない。情報を手に入れ、それを仲介する仲介業者。間違ってはいない。

 しかし、警察。しかも、クロスベル警察捜査一課が一体、何の用だというのだろうか?

 ここが漏れたルートは恐らく、あの少女からという事になる。

 やはり、そろそろ縁を切るべき頃合いなのだろうか? それを戸惑う自分がいる事にすこしばかり、驚きを覚えながらも新たな事務所の場所を探し始める。

 いっそ、帝国もしくは共和国に拠点を移すのもいいかもしれない。共和国ならフェイ方面から渡りをつければ恐らくは簡単に拠点は作れる筈だ。

 問題はフェイ自身の過去の方だが……。いや、それを踏まえるならやはり、帝国か。

 そんな事を考えていると、男はこう尋ね返してくる。

 

「仲介業者ねェ。まぁ、それが嘘か本当かなんてのはどうでもいい。少し、君に捜査協力を依頼したいんだが、問題ないだろうか?」

 

「捜査協力? 一体、僕に何をしろと? ただの仲介業者ですよ」

 

 まるで尋問のようなやり取り。後ろの二人の内、刀を携えた方は静かに立っているが、もう一人の恐らくはトンファーを持っている方は完全に視線でこの事務所を探っている。

 探られて問題のあるような物は一つも置いていないのでいいのだが、そこの棚の資料も数日前に入れ替えており、今は輸入雑貨の仕入れ伝票だけだ。

 調べても何も出て来ない。ここには何もな……そう思った瞬間、先程から視線でこのオフィスを探っていた男が壁にかけられた大陸図へと足を運んだ。

 そう、あの誘拐事件について書きこんだ大陸図が貼ってあった場所である。

 だが、問題はそこではない。

 それに気付かれるか否かが問題なのだ。

 

「家宅捜索ですか? 横領は捜査一課の仕事ではありませんし、そんなチンケな悪事を働く度胸なんて私にはありませんよ」

 

「おい、ガイ。俺達は別にそう言う事をする為にここに来た訳じゃないだろう」

 

 ガイと呼ばれた男を先程まで佇んでいた男が止めようとする。

 だが、ガイはそれでも止まらず、大陸図を壁から剥がした。

 

「なるほどな。ここにある何かを貼り付けた痕とこの大陸図の場所を照らし合わせると、例の誘拐事件の発生場所になるのか」

 

「偶然でしょう? たまたま、そこに穴が開いていただけで……」

 

「まぁ、確かに一理あるな。俺達が知らない場所にも痕がある。だが、もしもここにも事件があったという確証が出れば今度はどうなるんだろうな」

 

 クロスベル外を調べる事などまず、不可能だとは思うがどうする。

 ここはこちらが譲歩するというのも一つの手だ。

 あとあと、ここで本当の事を言っていなかった事を突かれても面倒臭い。

 

「児童誘拐事件その情報を売っては貰えないか?」

 

「まず、一点。情報屋であるという点に関しては認めます。ここを偽る意味はない。ですが、誘拐事件に関しては何も情報を集めていませんし、持っていたとしても貴方方へ売るつもりはありません。無力な貴方方になど」

 

「無力か。確かにお前さんの言い方はもっともだ。だが、そういう言い方をするって事は深い部分まで掴んでいるんだろう?」

 

 賄賂により警察機構自体が圧力で押さえつけられているという事か。

 もう少し、言葉を変えればよかったかもしれない。今後、腹の探り合いをする際には気を付けた方が良さそうである。

 まぁ、既に共和国側へはフェイを使って動かす用意は出来ている。

 後は帝国側が動ける状況さえ作れば――という状況。ここで余計な事をされてしまえば、計画が全て水の泡だ。政治的な問題も絡む以上、超法規的な事でもない限り、遊撃士協会は動けない。だからこそ、根回しをしているのだ。

 

「だとしても、情報を売る相手を選ぶ権利は私にあります。それともなんですか? 貴方方は一を救う為に十を切り捨てますか?」

 

「なるほど、そう言う事か。ところで、お前さんはこれから予定はあるかな?」

 

「あと数時間ほどで帝国へ向けて発たなければなりませんね。上客と会合の予定がありますから……。それが何か問題でも?」

 

 シャルの返答に男は懐から手帳を取り出すと、それを見せて来る。

 内容はこれまでにシャルが既に掴んでいる誘拐事件が大多数だが、少しばかり気になる要素が見受けられた。

 警察はまだ人身売買のブローカーまで出て来ている現状には気付いていないのか。

 いや、放火による火事などの事故を結び付けるに至っていないという事と考える方が筋が通る。しかし、ここまで無差別に子供とは何がしたいのやら。

 

「これが今の俺達が集めた情報だ。上からの圧力で動けなくなっているがな」

 

「だから、ここに来たと? 藁にもすがる思いで?」

 

 深く椅子に腰かけると睨み合い。腹の探り合いが始まる。

 だが、そんな空気もすぐに吹き飛んでしまった。

 

 

 

「ただ今戻りました。長期に渡り、不在でしたが何事もないようで安心しました」

 

 

 

「この状況を見て、何事もないなんてよく言えるな。それで成果は?」

 

「こちらの要求は全て飲んでいただきました。報酬に関してはこちらの要求を飲む代わりに、裏取りに関するお手伝いを依頼されましたが、まぁ予定通りかと」

 

 椅子は用意する。だが、椅子を用意する代わりに首を飛ばす材料を揃えろ。

 まぁ、妥当な所か。共和国側の深い部分に椅子を手に入れられたのならば、今後の共和国内分での諜報が楽になる。色々な情報の操作もだ。

 フェイが完璧な仕事をこなしてくれたのだから、あとは此方の仕事。

 鉄血宰相相手にどこまで行けるか分からないが、やるだけやるとしよう。

 

「すいません。予定より早いですが、そろそろ仕事の時間なので、あとはそちらの助手のフェイに話をしてください。これでも、忙しい身なので」

 

 フェイからの報告があった以上、ここで時間を潰す理由はない。

 それよりも、帝国で交渉内容のまとめ。及び、最後の詰めを行う方が時間を有意義に使える。子供達がどこまで掴んでいるのかも気になる所というのもあるが……。

 出来る事ならば、情報局内部に動かせる私兵を今後の為に置いて置きたいのだが、鉄血宰相にこちらが有能であり、利用価値があると思わるのが交渉最低条件だろうか?

 忠実なる狗が多いあの男が食えない人間を欲するか分からないが……。

 

「なるほどな。なら、ここは一旦引かせて貰うとするか。それで、いつ頃戻る予定だ?」

 

「そうですね。早くて三日。遅くとも一週間という具合でしょうか?」

 

 交渉が失敗すればすぐにとんぼ返りする事になるかも知れない。

 もっとも、その場合はその場合で別の策を考えてはいるのだが……。

 

「成功する事を祈っているよ。その方が、こちらも動き易くなりそうだ。あぁ、名乗ってなかったな。セルゲイだ。機会があれば、頼ってくれ」

 

 名刺を渡されるのだが、クロスベル警察を頼る予定はない。

 左と右。帝国と共和国に繋がった議員に圧力をかけられ、ろくに動く事もままならず、マフィアだって野放し。まぁ、セルゲイ班の噂が正しければ有能なのだろうが。

 だとしても、現状はこちらの計画に乗って貰う事はないだろう。

 動かせる兵が足りなかった時程度に考えて置けば――。

 

「そろそろ、出立の時間かと。無事に交渉が終わる事を願っております」

 

 フェイのその言葉に促される形で、事務所を後にし、帝国へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「相変わらずどれだけ広いのやら……。一応、オペラホールには顔を出しておいた方がいいわよね。前回の公演の事もあるのだから……」

 

 突然の怪我でオペラの舞台を降板。

 サブであったとしても、それは大問題である事には変わりなく、舞台メンバーには大きな迷惑をかけた事には変わりない。

 特に主演のクロチルダの一声がなければ、もう舞台には立てなかったかもしれない。

 とは言った物の、何と言って謝ればいいのやら。

 チェックインしたホテルのロビーでそんな事を考えていると、背後の階段から誰かがゆっくりと降りて来る気配を感じる。

 

「あら……? 久しぶりね。マリア。もう、怪我の調子はいいのかしら? 随分と酷い怪我をしたと聞いたのだけれど……」

 

 何故、こういう時に限って会ってしまうのだろう。

 まだ何と言って謝ろうか考えている途中だったのに……。

 まぁ、会ってしまったからには仕方ない。こうなれば、なんとでもなれだ。

 

「その節はどうもご迷惑を……。馬に乗っている最中、誤って落馬をしてしまって……」

 

「そう……。でも、無事なようで何よりだわ。次の機会こそ、貴女と舞台を共にできると嬉しいわ。ところで、このあと時間はあるのかしら?」

 

「すいません、人と会う約束がありまして……」

 

「そう、残念ね。これからオフだから食事でもと思ったのだけれど……」

 

 ただなんだろう。悪い人ではない事は分かっているのだが、この人は苦手だ。

 上手くは言い表せないのだが、からかわれているというか。何と言うのか、普通に話をしていても、何か腹の探り合いをしている気分になる時があるのだ。

 まぁ、次からはこのホテルは止めておこう。

 ただ、オペラの役者である以上、下手なホテルにも泊まる訳にもいかないし……。

 何か手を考えておくか。

 

「それで、貴女のお相手とは誰なのかしら? 殿方だったり?」

 

「違いますから。私は身を固めるつもりはありませんし、これからもないと思います」

 

「そう? 貴女みたいな子ならどこからでもお呼びがかかりそうだけど?」

 

「全て丁重にお断りしていますから」

 

 今後の事も考えればそれは足枷になる。

 動きが取れない諜報員など何の役にも立たない。

 それにもとより“男”には興味がない。

 私の本分は別にある。

 

「そう。いい話が出来るといいわね。――彼、一筋縄ではいかないと思うけれど」

 

 えっ?

 彼が一筋縄ではないかない。とはどういった意味なのだろうか?

 私は誰と会うかなんて事は一言も話していない。それなのに、まるでそれを知っているかのような言いぐさ。どういう事なのだろうか?

 だが、それを聞く事は出来なかった。何故なら、そこにはいなかったからだ。

 

「私の目的を知られていた? 気のせい……ですよね?」

 

 近くを探そうとも考えるのだが、流石に待たせるのは不味いだろう。

 鉄血宰相なんて相手にそんな事をすれば話が拗れてしまうだろう。

 せっかく、これまで突き詰めて来たモノが全て台無しになってしまう。

 

「仕方ありませんね。バルフレイム宮に急ぎましょうか……」

 

 

 

 

 

 

 ここに来るのはもう何度目か分からないが、あまりこの場所の空気は好きではない。

 自分の怒りが抑えきれなくなりそうなのも一つの理由だ。

 そんな静かな怒りを抑えながら、指定された場所へと向かうと予定より早いのだが、そこには既に鉄血宰相の姿があった。

 

「どうやら、お待たせしてしまったようですね。誠に申し訳ありません」

 

「気にするな。それで、君からの報告とは何かな? 書面では伝える事が出来ないという事だったのだが。わざわざ、こうして時間を取ったんだ。聞かせて貰えるかな?」

 

「では、建前は不要ですね。貴族の中で不穏な事に手を貸している輩がいるようでして、それらを排除するのにお力をお貸ししたいのですが……。貴族に対する牽制と皇帝の権威を知らしめるには絶好のチャンスかと」

 

「なるほど、という事は例の誘拐事件の裏で動いている輩に対する情報収集が大詰めに入ったという事か。それで、何が望みかな?」

 

 まさか、こちらが提示しそうとしていた情報の内容まで見抜かれるとは、少しなめてかかり過ぎていたかもしれない。色々とダミーは掴ませていた筈なのだが……。

 こちらの出身辺りも完全にばれていると踏んだ方がいいか。だが、そうだとすれば逆に面白い事になりそうである。

 

「そうですね。今後、設立される予定の情報部内部に私個人の部隊を設置させて頂けると嬉しいのですが……。部下の選別及び、作戦実行権限などの諜報活動を主とした部隊を……。破壊活動に関してはそちらの子供達に任せたいと思っているのですが」

 

 軽く手を合わせて鉄血宰相に微笑んでみせる。

 それに対し、鉄血宰相は軽く笑ってみせると、一言こう発した。

 

「意外だな」

 

「意外ですか? 私が今更、自分の過去に拘りがあるとでもお思いになられましたか?」

 

「いや、その手の輩にはそう言った理由で動く者も多いのでな。だからこそと考えたのだが、なるほど。わざわざ、用意していたモノが無駄になったかな?」

 

 鉄血宰相がマリアに対して一通の封筒を手渡してきた。

 首を傾げながら、その封筒を開けるのだが、開けた瞬間表情が凍り付く。

 マリアがこれまで隠し続けて来た過去。それがそこに全て記載されていたからだ。

 身内ならばとここまでするとは思わなかったが、相手が相手だ。情報網をフルに動かされたら仕方がない。とは言え、どこから“生き残り”とばれたのか。

 あそこにいたという証拠はない。なにせ、村自体が消されたのだ。

 つまり、試していると考えるのが筋か。マリアのオペラデビュー以前の過去が存在しない事を踏まえた上での可能性として……。

 

「この世界、そのような事は良くある事かと思われます。それに、宰相も私の様な人間のほうが扱いやすいのではないですか?」

 

「どういう事かな?」

 

 試すような言いぐさ。

 鉄血宰相の子供達は皆が皆、この男を信奉している訳ではない。だが、身内である事には変わりない。何より、駒として動かしにくさがある。

 

「利害関係。それで動く人間の方が御し易いかと。全ては帝国の未来の為に」

 

 敵の敵は味方などと思うつもりは毛頭ない。

 目の前の男も所詮は敵。だからこそ、利用し合う。ただで利用されるつもりはない。

 鉄血宰相の事だ。どうせ、答えは決まっているのだろう。

 陛下に直接、面会できるような身分であればこんな苦労はする必要がなかったのだろうが……。もう少し、土台を考えた方が良かったか?

 

「確かに一理あるな。何より、例の事件に関しては陛下も気を病んでおられる。だからこそ、早急に解決する必要があるが……潜られては厄介だ。私から陛下の方に進言しておこう。――ところで、共和国の方面への根回しをしたのは君かね?」

 

「さぁ、私には知る由もない話です。ただ、心当たりなら一つ。教会が少しばかり、動きを見せておりまして、そちら方面からの働き掛けではないかと」

 

 やはり、共和国側との交渉が終わっていた事がばれていたか。

 流石といった所なのだろうが、実に面倒臭い。

 ここは教会にスケープゴートにでもなって貰うとしよう。借りなら幾らかあるし、現状は癪だが彼女の望んだとおりに進んでいる。

 レインだったか? 精々、利用させて貰うだけだ。

 

「教会か。まぁ、今はそういう事にしておこう」

 

 『今は』か。

 これは納得しては貰えなかったという事だろう。

 どれだけ要求を呑んで貰えるか分からないが、ここからが粘り所という所だろう。

 元より、この作戦が実行される上で領邦軍に動かれては厄介だ。その辺りの統制に関してもきっちりと抑え込んでおかなければならない。

 その上、他国との合同作戦になる。面倒な事が起きなければいいのだが……。

 

「では、いいお返事を期待しております」

 

「こちらも、なるべく早く返事を出せるように努力をしよう」

 

 小さくお辞儀をすると部屋を後にする。

 そして、曲がり角を曲った瞬間、大きなため息を吐いてしまった。

 どこまで見抜かれていたのか分からないが、情報局以外にも何かあるのかもしれない。それを叩かれても埃のように出さないのだから大したものである。

 しかし、問題は回答にどれだけ時間がかかるかといった所か。

 推定では宰相が根回しをするのに二日。各貴族の説得に一日。流石にあの資料を公開して、ごねるような事はあるまい。同類とみなされる可能性もあるのだ。

 あとは、誰が作戦の実行指揮をとるか。

 

「考えた所で仕方がないわね。動ける状況は作ったし、あとはなるようになるか」

 

 推測では大規模な軍が動かせず、作戦に必要な人員が出らない事になる。

 となれば、自然と小回りが利く遊撃士教会に話が回って来るという寸法だ。そこまで上手く話しが進めればこの事件は一騎に収束へと向かうはずである。

 政治屋共の意地の張り合いで犠牲になった子供は浮かばれないが……。

 

「さて、返答が頂けるまでの間どうしましょうか。此方側に知人はおりませんし……そうだ、久し振りに顔でも見せに帰りましょうか」

 

 久し振りの再会。サンドイッチを用意して、花を用意して……。

 確か、ハーモニカを愛用していたからハーモニカを用意するのもいいかもしれない。

 喜んでくれるかは分からないが、これまでも色々と用意して無駄になっているだけに。

 そう思いながら、帰郷の用意の為に百貨店や中古屋を巡るショッピングを開始する。

 そして、粗方の用意が終わり、荷物をまとめた所で宰相からの返答が届いた。

 内容は予想通り、作戦自体は此方に任せるというもの。成功した暁にはそれなりの地位を用意するという事だ。つまり、失敗すれば尻尾きり。面白い。

 

「さて、準備は整いましたし、動くとしますか。その前に寄るべき場所がありますけど」

 

 宰相からの手紙を焼却し、それを灰皿へと入れるとホテルを後にする。

 そして、故郷であるある場所へと予定を変更して足を運ぶのだった。

 ここへ来たのは実に……実に遠い昔だった気がする。

 あの頃と何も変わらない。静かで……何もない。何一つ残っていない。

 まるで、時間が止まってしまったかのようだ。思わず、唇を噛み締める。

 

「久し振りですね。随分と顔を出せないですいません。色々とあったものですから……」

 

 一言では表せないほど、色々と変わってしまった。

 何もかもが。砕け散り、奪われ、何も残っていない。

 それでも、マリアは微笑みながらこう続ける。

 

「これ、ハーモニカです。きっと、貴女に似合うと思ったんですけど……」

 

 箱からハーモニカを取り出すと、それを地面にそっと置いた。

 高価なハーモニカ。でも、吹き手がいなければただのガラクタだ。

 本当に私は何がしたかったのだろうと思わず、嗤ってしまう。もう、どこにもいない人間に対して何をしているのだろうか。

 ここにいた人達はもうどこにもいない。

 お墓すらない。誰も訪れることのない。

 

「帰りましょうか。そろそろ、次の手を打つ必要性があります。きっと、今の私を見たら、貴方達は幻滅するでしょうね。遊撃士を目指しながら、道を踏み外したあげく、こんな容易く人を見捨てる私を……」

 

 八を助ける為に一を見捨てた。作戦実行時までに更に一を見捨てる。

 これが最善であるとは分かっていても、やはりそれを割り切るのは難しい。

 何より、元……いや、これは今更関係ないか。自身で決めた道なのだ。

 

「きっと、私は貴女のように善人じゃないので女神の下へはいけないでしょう。だから、さよならです。もう、私がここに足を運ぶ事はないでしょう」

 

 今後、鉄血宰相や共和国側と腹の探り合いになる。

 そこで過去を突かれればそれは弱さになる。

 だからこそ、断ち切らなければならない。未練を。

 それが私の覚悟だった筈だ。言いたい事があるのなら、責められるのなら全部あの世で受け止める。会えるのならば……。

 

「さて、帰ったらまずは遊撃士協会との交渉ですね。どれだけの人材を派遣できるかを確認しなければなりませんから……」

 

 出来る事ならば、A級遊撃士を五名以上は貸し出して欲しいモノだ。

 最悪、裏ルートで名の通った人間。傭兵団辺りでも動かせばいいのだが、流石に大規模な行動となると目立つ。

 となると、やはり若手。有望株辺りに要請するのがベストだろうか。

 警戒されては本も子もないのだから。

 ロッジの位置は大方絞り込めた。そして、内通しそうな共和国議員、帝国貴族どもには全て処分する用意は済んだ。

 この一件が終われば今後はこれまでのように好き勝手出来るような状況ではなくなる。

 これまで以上の物を相手にしなくてはならなくなる。

 この大仕事を終えて、ようやく舞台に立てるというものである。

 その為の最終試験のようなものなのだ。鉄血宰相に試されている。

 

「さようなら。カリン、レオンハルト、ヨシュア」

 

 そう小さく呟くとその何もない場所を後にする。

 百日戦争。その原因となったハーメルという小さな村。

 全てを政治的理由でなかった事にされた悲劇の舞台。

 マリアにとって全ての始まりの地であり、全ての終わりの地でもある。

 地図から消された村。それが今のこの村の在りようだ。

 

「帰ったらフェイに温かいお茶を入れて貰って、久し振りにワインでも空けましょうか。この一連の動きの成功を祈って」

 

 確か、年代物のワインが一本。保管してあったはずだ。

 丁度いい機会。これまでのフェイの働きに報いるという意味でも。久々にフェイに手料理を振る舞うのもいいかもしれない。

 ワインにあったモノを……というより、やはりワインに合うなら外食の方がいいだろうか? あぁ、財布がどんどん寒くなっていく。分散させているバンクから資金を迂回させる必要がありそうだ。今後の為にも……。

 

 

 

 

 

 

「成功なされたようでなによりです」

 

「共和国側はフェイに一任していたから貴女の助力があっての事だ。まぁ、どうやら鉄血宰相は私が根回ししている事に気が付いていたみたいだが……」

 

「なるほど、ですが流石に貴女。いえ、貴方様が――という所までは突き止めてはいないでしょう。顔も知られていない訳ですし、一介の情報屋。流石に性別を偽っているとまでは」

 

「そうだといいが。まぁ、食えない相手というのは良く分かった。今後は気を引き締めるとしよう。次の一手の準備は整っているのか?」

 

 次の一手。

 既に帝国と共和国からの了承は取り付けた。

 あとは教団を掃討するだけだ。その為に必要な準備。情報網の構築だろう。

 向こう側にこちらの情報が筒抜けになり、逃げられる事だけは避けたい。

 これは救出作戦でもあるが、同時に掃討作戦でもある。

 だからこそ、慎重に事を運ばなければならない。

 今後の方向性に思いを馳せながら、フェイとシャルは乾杯すると赤ワインを口に含むのだった。




文章の量を減らすか悩み中
次回あたりからオリキャラを軽く紹介して行く予定
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