エルフ「ウチの夫が黒騎士で最強な件について」   作:紅乃 晴@小説アカ

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はじめての出会い

 

 

 

「はぁ…はぁ…!」

 

 

風よりも早く!そう心を急かしながら、私は石畳の階段を駆け下りていた。

 

堅牢に作られていたはずの城内には、絶え間なく轟音と怒声が響き渡っている。この百五十年の時の中、敵を一切寄せ付けなかった砦は、すでにその意味を失くしつつあった。

 

 

「姫さま!!お急ぎを!!」

 

 

急かされるまま階段を駆け下りた私は、強力な結界で封印された扉を、今まさに開けようとしている側近の近くに身を縮めた。

 

 

「まさか夜襲を仕掛けてくるとは…人間どもめ!」

 

 

フェルデニア大陸の中央にまたがるイオニア山脈の麓「ラーニエ地区」にエルフ族が住う国は存在していた。

 

山脈を境目に東西に分断される大陸。

その東側を領土としているのが人族だ。

 

東側の大部分を治めるアスレニア大国と、四分の一の領土を守るエヴロビ共和国。

 

その二大大国を相手に、エルフ族はうまく付き合ってきた。イオニア山脈から西側にしか自生しない薬草や果物、自然豊かな恵みを元に人族とは交易を続けてきた。故に、エルフ族は多種族ある魔族の中でも国家として機能していた。

 

しかし突如として、その穏やかな均衡は破られた。

 

城壁の外には数えきれない松明と、邪悪な笑みを染められた人族の大軍がいて、大砲を城へ撃ち込んできたのは目が覚めるような悲報だった。

 

エルフ族の兵士たちも襲撃してきた人族と戦ったが、友好関係であった相手の裏切りに、私たちはあまりにも脆く、城門と城壁が突破されるまで、一刻もかからなかった。

 

 

「姫さま!扉が開きましたぞ!」

 

 

側近である爺やが、怯えている私の手を取って開け離れた部屋へと引っ張ってゆく。

 

振り返った先では、私に仕えてくれた侍女が手製の槍を構えていた。石畳を降りてくる松明の軍勢。直感的にわかった。彼女が決死の戦いに挑もうとしていることが。

 

 

「セレーナ!!」

 

 

私は友でもある侍女の名を叫んだ。すると、彼女はこちらに一瞥して笑みを向けた。死ぬ気はないと、言葉にしなくてもしっかりと伝わった。死ぬことは許さない。この部屋に入る前に約束したことだ。

 

彼女が私と共に歩いてくれた日から、その約束を違えたことはなかった。必ず無事でいてくれるはずだ。

 

手を引かれた私が向かった先は、王族に伝わる秘術が施された場所だった。

 

松明を部屋の隅に立てかけると、爺やは継承されてきた魔術書を開き、呪文を唱えはじめる。

 

淀みなく唱えられた詠唱に連動して、床に施された魔法陣が光り輝いた。地下の部屋だというのに風が巻き上がる。魔法陣は爛々と光を増してゆき、ついには極光となって、吹き抜けの天井から天へと光が登った。

 

 

「これは…」

 

「これが、我ら〝エルフ族〟に伝わる秘術、『次元渡り』です。さぁ、姫。これでお逃げを!」

 

 

魔法陣の中心にできた穴から、まるで引き寄せるように風を渦巻かせている。爺やの言葉に頷くと、私は心にある恐怖心を押し殺して魔法陣の中心に向かった。

 

穴に手を入れる。

 

その先がどこに、何に繋がっているかは分からない。

 

けれど、後ろに振り返って戻ることは叶わない。そうすれば、ここまで私を守り通してくれた兵や、私を守るために戦ってくれている友を裏切ることになる。

 

私は死ぬわけにはいかない。

この国の心を生き残らせるためにも。

 

 

「居たぞ!!」

 

 

風が渦巻く部屋に怒号が響く。視線を後ろに向けることなく、誰かが私の背中を押す。

 

 

「爺や!!」

 

「申し訳ありません。共に行く約束を無碍にしてしまい、この爺や…一生の不覚」

 

 

そう言って彼は、部屋に押し入ってきた兵士たちに手をかざした。足元に魔法陣が浮かび上がり、彼はエルフが得意とする水と風の攻撃魔法を呼び覚ます。

 

 

「嫌っ!!嫌です!!私ひとりで…私を一人にしないでよ!!爺や!!」

 

 

押し殺していた恐怖が溢れ出した。

 

嫌!嫌嫌嫌!絶対に嫌だ!!

 

こんな暗い場所に、こんな冷たい場所に一人ぼっちで残されるなんて。

 

向かわされるなんて…耐えられない…!!

 

自分でもわかるほど、気概と気力で取り繕っていた「姫」の仮面が崩れ落ちてゆく。

 

自分は世間知らずな小娘でしかないのに…!!

 

 

「甘ったれたことを言わんでください!!貴方はエルフ族の王女!!貴方を失うことは、エルフの滅亡と同じ!!」

 

 

そんな私の弱さを、爺やは一喝した。

 

私の体は穴へと吸い込まれる。彼の背中がどんどん遠ざかってゆく。

 

ああ、嫌…こんな別れ方なんて…!!

 

押し入る兵士たちを風で八つ裂きにしながら、彼は途方もない歳月を刻んだ顔を振り向けて、穏やかな笑みを浮かべた。

 

 

「お行きなさい、姫。貴女ならば、必ずこの国を…」

 

「爺やぁあああ!!!!」

 

 

彼の笑みが遠くなり、見えていた景色が遠くに輝く星のように小さくなる。

 

風と暗闇の濁流に揉まれる私は、か細くなった意識を保てずに、手放すことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

気がつくと、とても冷たい場所に私は横たわっていた。

 

息が苦しい。

 

顔を上げると自分の顔が水に浸かっていたことがわかった。大きな水たまりに体が投げ出されている。

 

痛む体をなんとか起き上がらせる。水を存分に吸ったドレスが重い。壁を這うように立ち上がると、視線を前へと向けた。

 

細い路地。両側を信じられないほどの絶壁で囲われた場所だ。自然界では存在しないほどの垂直の壁。

 

かすかに体内に残る土の魔法をみなぎらせて、私は聳え立つ垂直の壁の構造を調べた。

 

 

「土…粘土……これ以上はわからない…とてつもなく複雑な素材で出来上がっているわ…」

 

 

見上げるとクラクラするほどの絶壁だ。突起や、何かわからない箱のようなものが壁に引っ付いていて、さらに上の方には階段らしきものが備わっているように見える。

 

 

 

「ここは…まさに、異世界といったところね」

 

 

 

爺やが行った秘術は「次元渡り」。それは元の世界に伝わるワープや、瞬間移動とは根本的に異なるものであり「異世界への移動」なのだ。

 

エルフ王族が代々受け継いできた魔力が宿ると言われる魔石と、術を発動した者の詠唱により発動する。その術は国を数年維持できる魔力と引き換えに、文字通り対象者を異世界へと飛ばす力があるのだ。

 

 

「爺や…セレーナ…みんな…」

 

 

心細さと冷たさで私の頬に涙が落ちていた。

 

次元渡りは禁術。元の世界に帰ることは叶わない。仮に帰れたとしても、この世界と元の世界の時間の進む感覚も違う。それは多くの文献に残されている事実。

 

この世界から向こうへ戻った際は、こちらで過ごした時間が10年でも、向こうでは100年経っているという事もありえるのだ。

 

無事に帰れる保証もない。

私を命がけで守ってくれた彼らに会うことも。

 

 

「泣くのはダメ…ダメよ…私は、エルフ王族の生き残り…必ず…元の世界に帰らなければならない…!!」

 

 

流れ落ちた涙を泥だらけになった手で拭う。

 

泣くのはやめだ。

私は生き残らなければならない。

生きて、必ず元の世界に戻り、エルフ族を復活させる使命があるのだから。

 

とにもかくにも、まずはこの世界の情報を…。

 

 

『運よく追いつくことができたようだ』

 

 

くぐもった声。

太く低い声に背筋が凍った。

 

振り返ると、そこには緑色の肌をした大きな人形の化け物が立っていた。

 

オークだ。

 

それも人族側に寝返った、魔族の裏切り者だ。

 

魔獣の毛皮を乱雑に身に纏ったオークは、鼻が曲がりそうな獣臭を放ちながら、ギラギラとした真っ赤な目を向けてきた。その眼差しに足が震える。

 

 

「ま、まさか次元渡りの穴を通ってきたの…!?」

 

『お前には確実に死んでもらわなければ困るのさ。人族の奴らが言っているのだからな…』

 

 

どこまで、腐っているというの…!!

 

ここまで追いかけてきた敵の執念に、私は歯を噛み締める。人間たちにとってオークは捨て駒。次元渡りにオークを放り込んだ以上、敵は確実に私を殺しにきている。

 

体に魔力を通すが、この世界のマナが余りにも薄い。地と風を司る魔力を生み出すことできない。魔法が使えなければ、力に優るオークが圧倒的に有利で、私は…。

 

 

「くっ…!!」

 

 

私の思考を絶つように、オークが振り下ろした巨大なアックスは唸り風を上げた。咄嗟に右へと避けるがドレスの一部がズタズタに引き裂かれる。

 

動きづらい…!!引き裂かれたドレスを手で引き裂く。あらわになった足を見て、オークが醜悪に満ちた笑みを浮かべた。

 

 

『安心しろ。俺もお前も、もう元の世界には帰れないんだ。だから、貴様を殺す前にたっぷりと楽しませて貰ってから、この世界で暴れてやるとするさ』

 

 

路地の先に見える色鮮やかな色彩を放つ光を背後に、オークは刃を振り上げた。

 

どうすればいいの…!!

 

脚力を使って逃げようにも、ここはあまりにも狭い。魔法は全く役に立たない!!

 

 

『まずは邪魔足を切り落としてから、慰め者にして———』

 

 

爺や…セレーナ…ごめんなさい…。せっかく二人が助けてくれた命を…!!

 

心の中で彼らへの謝罪をした私に襲いかかってきたのは、アックスの斬撃……ではなかった。

 

ねっとりとした液体が頭から振りかけられる。突然のことに私は足をもつれさせてしまい、水溜りへ腰を落とした。

 

目の前へ視線を向けると、そこには下半身から上が〝花を咲かせたように吹き飛ばされた〟オークの亡骸が立っていた。

 

 

「全く、なんでこんなところにオークが居るんだ?まだ〝時期〟じゃないってのに」

 

 

オークの紫の血に染まった私が見た光景。

 

漆黒よりも闇。

 

お伽話にでも出てきそうな美しい黒の剣。

 

それを構えた青年が、血を振り払って剣を下ろした姿があまりにも見事で。

 

その瞬間から、私は彼に心を奪われていたのかもしれない。

 

 

 

エルフ族の姫、アルディス・フィン・ルィンヘン。

 

異世界から来たる黒騎士、黒乃宮 衛士。

 

 

それが、私にとっての運命の……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何を書いてるんだ?」

 

 

横から覗き込んできた衛士に気がついて、私は大急ぎで書き込んでいたノートを閉じた。

 

 

「あー!見ちゃダメ!ダメだからね!乙女の花園よ!?」

 

「自分で乙女って言っちゃうあたりがなぁ」

 

 

日記帳はどんな女の子でもいい花園なの!!威嚇するように唸る私に観念したのか、衛士は追及せずに掃除の続きを始めた。

 

4LDKの部屋は、衛士が元々住んでいた場所であって、私は転がり込んできた身だ。けれど、驚くほど綺麗に整理されている。こちらの世界にきて、たまにの休日。ゆっくり休めばいいのに、〝向こうの世界〟の習慣が取れていないらしい。

 

まぁ私にとっては胸を撫で下ろすことだけれど。衛士と異世界で出会って、彼の世界を知るためと、文字の練習も兼ねて書き始めた日記はもう数冊に及ぶ。どれも見せられたもんじゃない。ところどころにポエミーなセリフはあるわ、黒歴史はあるわで、衛士に見られたら死ねる自信がある。

 

 

「まぁ、分からないのかしらねぇ?魔族ですら虜にする私の美貌が」

 

 

話題を切り替えるように淡い黄金の髪をさっとなびかせる。見よ、現代社会の叡智で作られたシャンプーでバサバサ気味だったキューティクルが蘇ってる様を!ハーブから作ったシャンプーもどきでは再現できない輝きを!!

 

 

「掃除機をかけるから退いてくれない?」

 

「ねぇ、酷くない?少しは反応してくれてもいいじゃない!?」

 

「ハイハイ、可愛い可愛い」

 

「もっと心を込めて!!はい!!もう一度!!」

 

「めんどくせぇー!!」

 

 

そう言って私が座るソファーにガンガンと掃除機のヘッドをぶつけてくる。わっはっはっ!歴代最強と言われる黒騎士様がザマァないわね!!

 

 

「そんなめんどくさい女を嫁にした時点で負けなんですー!!はい!私の勝ちぃー!!」

 

 

いぇーい、と勝ち誇ったようにVサインをする私を見て、ため息をついた衛士はソファー周辺の掃除を諦めたのか踵を返す。そして去り際に小さくつぶやいたのを私は聞き逃さなかった。

 

 

「そんなの、会った時からわかってたっての」

 

「え?何?なになに?なんて言ったの?」

 

「ええい!二度は言わん!」

 

「ええー!!ケチー!!言いなさいよ!!」

 

「絶対やだ!!」

 

「衛士の頑固者ー!」

 

 

誰も知らないエルフ女王の部屋の中。掃除機を問答無用でかけてゆく衛士に抱きつきながら、私の穏やかな休日は過ぎてゆくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒騎士。

 

この世界に伝わる伝承に現れる災厄の前兆。

 

天使と悪魔。光と闇。そして人間と魔獣。

 

300年に一度、漆黒をも凌駕する闇を撒き散らしながら現れる騎士は、魔獣の大軍を率いて人々を混沌と災いの渦へと誘う災害。

 

彼の者が振るう剣は豪剣。

 

その一閃は空を裂き、大地すら破るという強者。

 

従える者。打ち破った者に、世界を制する権限が与えられるとまで渾名されるソレは、まさに最強の一角と言われるに相応しい力を持っている。

 

 

 

 

そして——。

 

 

 

 

 

「エルフ族女王、アルディス」

 

人族の戦士が頭を垂れる。

 

エルフの戦士が頭を垂れる。

 

多くの魔族がひれ伏す。

 

その玉座に座るエルフの女王の隣には、漆黒の黒騎士が従事しているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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