エルフ「ウチの夫が黒騎士で最強な件について」   作:紅乃 晴@小説アカ

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夫婦の馴れ初め

 

 

異世界の大都市。

 

信じられないほどの構造物が立ち並び、発展した都市部から離れていない場所だった。

 

連れられるまま門をくぐったその先は、広さを誇る敷地内には森と思えるほどの木々があり、川があり、都市部の中とは思えないほどの自然があった。

 

 

「ふむ、さて…あんさん。割とめんどくさいことに巻き込まれてるねぇ」

 

 

異世界に飛ぶ体験をしたばかりの私は、オークの魔の手から助けてくれた人族の青年に言われるがまま、この大きなお屋敷に連れてこられ、広間の中で壮麗な人族の女性と顔を合わせていた。

 

 

「ばっちゃん。ということはやっぱり彼女は…」

 

 

後ろに控える青年が心当たりがあるような素振りで言うと、歳を重ねている女性は火を点した煙管から煙を立ち上らせたまま頷いた。

 

 

「裏側の世界の人間だねぇ。それもウチらのように正規の扉じゃなく、裏口から来た類だね」

 

 

そう言った人族の言葉を、私は自然と理解していた。異世界だと言うのに青年や、目の前にいる女性の言葉が理解できるのは不可思議だと思っていた。その答えを知った私の胸に、希望が溢れた。彼らは、私が次元渡りで異世界に来たと言うことを知っているのだ。

 

 

「裏口とは…どういうことでしょうか?」

 

 

帰れるのかもしれない。そんな期待を胸に押しとどめながら、私は問いかける。そもそもの話、次元渡りは魔法に秀でるエルフ族でも秘術扱いのモノだ。その魔法で至った異世界への扉が〝裏口〟とは、どういう意味なのだろうかと純粋に疑問に思ったからだ。

 

 

「この世界と、あんさんがいる世界はコインの裏と表。ひっくり返せば別の顔が出てくる。ウチらはコインをひっくり返すが、あんさんのやったやり方はコインを〝裏返す〟ことだね」

 

 

煙管から芳醇な香りの煙をくゆらせながらそう言った。

 

裏返す…?正規ルートが〝ひっくり返す〟というなら、裏返すも同じ意味ではないはないか?

 

 

「ひっくり返すと裏返す。似てるようで全然違う。ひっくり返す手順は認められてるけどね、裏返すのは大きな代償を伴う」

 

「一族の魔石…」

 

 

そこで私は気がつく。あの次元渡りで使われた魔力の総量はエルフの国を数年維持できるほどの膨大なエネルギーであったことを。

 

 

「ま、そうなるね。正しい道なら何ら問題はない。その道をこじ開けたが故に、高く代償を払った訳になる」

 

「じゃあ、正しい道があるなら、帰れるということですか!?」

 

 

耐えきれずに私は胸に沸いた希望を口に出してしまった。あれほどの膨大なエネルギーを消費してようやく叶う次元渡りだ。それが代償なしで出来るというなら、自分の国に帰れる可能性も大きくあり得る。

 

 

「ことはそんな簡単じゃないねぇ。正規の道とは言え、ルールはある。あんさんがこっちにくる時に見た儀式と同じように」

 

「どうすれば帰れるのですか!?私は、私はどうしても帰らなければならないんです!!」

 

「帰ってどうするんだい?」

 

 

細く、煙を口から吹いて女性は私を真っ直ぐな眼で見通して来た。その眼に、私は言葉を返すことができなかった。

 

 

「…裏返すなんて真似をしてでも、あんさんを逃したっていうことは、今のあんさんが手ぶらで帰ったところでどうなるかなんて目に見えとる」

 

 

あの有様だ。エルフ国は人族の手に落ちている。そんな中、私が一人で帰っても出来ることは何もない。力も知恵も、何もかもが足りない。そんなことはわかっている。けれど、焦りが止まらない。帰れるとわかっているのに、帰っても何もできないという無力さが、私に行き場のない怒りを覚えさせた。

 

俯いてしまった私を見て一息ついた女性は、後ろで退屈そうに座っていた青年に一声かける。

 

 

「正規の道が開くのはもう少し後になるねぇ。それまでは、衛士。アンタが面倒を見るんだ」

 

「ええ!?俺が!?」

 

 

その反応は当然だった。なにせ見ず知らず…それも異世界からの異種族だ。逆の立場だったら私も同じように驚くし、相手が人族から牢獄からの極刑もあり得る。私はそう言った環境で育って来たのだから。

 

けれど、ここについて来たのも行く宛がなかった事もある。得意とする土と風の魔法もマナが少ないが故に練ることも生み出す事もできない。あのまま一人で都市を彷徨い歩いていたら3日も持たずに野垂れ死ぬことは明白だった。

 

それに青年が出した真っ黒な剣と、濃い魔力についても…。

 

 

「アンタが連れてきたんだろう?なら、責任を持つのが務め。これもまた、黒騎士の使命さ」

 

 

ふと、女性の言葉に私の中にあった疑問が吹き飛んだ。何と言ったのか?顔を上げると、女性は不敵に笑っている。

 

 

「黒騎士…?」

 

「なんだい。あんさん知らんでノコノコついて来たんかい?」

 

 

後ろを見てみな、と再び煙管を咥える女性の背後。そこには真っ黒な騎士甲冑が飾られていた。紛い物なら一瞬で分かる。しかし、それはハッキリと感じられた。禍々しいほどの魔力、伝説で彩られた書物に出た黒騎士の甲冑と姿形が細部まで一致していた。

 

 

「我が、〝黒乃宮家〟は代々と続く「黒騎士」の執行者だよ。で、そこの衛士は、75代目の黒騎士。あんさんたちの世界では約百五十年後に現れる災厄の前兆さ」

 

「え、ぇえええーー!?」

 

 

さすがに私も言葉を遮って悲鳴をあげることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒騎士。

 

あらゆる文献と伝承で語り継がれる黒甲冑を身に纏った騎士。

 

300年に一度、世界の均衡を保つために現れる邪神ー魔王ーの側近として知られる黒騎士は、歴代の勇者を苦しめた逸話を持つ比類なき剣の冴えを持つと言われている。

 

黒騎士が現れるのは魔王復活の前兆と伝説で語り継がれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

その正体は現代社会に住む22歳の若者。

 

名は「黒乃宮 衛士」

 

私が彼と出会えたのは、まさに奇跡だった。

 

異世界に渡った私を襲おうとしていたオークを七分咲きのザグロにした彼は、75代目の黒騎士にあたる…らしい。

 

衛士の祖母にあたる彼女との話し合いが終わり、なし崩し的に私は彼が住むマンションに連れて行かれた。彼の正体を知る関係者から話を聞いたときは、さぞかしポカンとした顔をしていただろう。

 

そもそもの話。

 

異世界の三百年は、衛士が住む世界での五十年にあたる。

 

五十年に一度、 肉体の最高期を迎えた頃合いで、衛士は数ヶ月の異世界転移をし、黒騎士として世界の均衡を補完した後に勇者に討たれて現実世界に帰ってくるという仕組みになっていると、衛士のお父様から話された。

 

黒乃宮の一族は、遠い昔に神との契約により魔王の側近として働く対価として、現実世界での繁栄を約束されているようで、黒乃宮家に縁がある者も例外ではなく、四天王や魔王族の幹部が転移する者もいるようだ。

 

私から見た異世界では、黒乃宮は国から見ても古く歴史を持つ名家であり、国の確立にも大きな影響を及ぼしているとか。よって、黒乃宮が住む地域一帯には、政府直属の不動産が多く参入しており、昔ながらの街並みや、観光作りにも力を注いでいる。

 

魔族の幹部に転移する者も繁栄の影響があり、四天王がそれぞれ商店街で魚屋や、八百屋を経営していると聞いた時は思わず卒倒した。

 

現「黒騎士」でもある衛士は、普段は一等地にあるマンションオーナーであり、自堕落な生活をしつつ、黒騎士としての鍛錬を積んでいたのだ。

 

世界の理を破って逃げてきた私を助けてくれた衛士。最初は価値観の違いや、私自身のエルフ王族の責務なんかで話が噛み合わなかった事もあったけれど、異世界の生活に馴染んで、なんやかんやあり入籍。

 

すっかり現代日本の生活に馴染んでしまった。

 

いっそのこと、衛士と共に異世界で第二の人生を歩もうかと思い始めていたところ、次元渡りを使ったセレーナが私を探しにきた。

 

そして予定より早い人族の暴走を危惧した黒乃宮が、神との規約を適用したことにより、魔王復活より一足早く衛士が黒騎士として転移。

 

夫婦である故に、私の補佐をしつつ、異変が起こりつつある異世界の調査を行うことになったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「けど、あの噂はどうにかならんのかな」

 

 

食後の片付けをしながら、衛士は肩を落としたように言う。それは私も思うところがあるが、弁明する余地が無いのも事実。

 

やれ私が悪魔と契約して黒騎士を従えているだとか。

 

やれ私が魔王としての素質があるから黒騎士が仕えているだとか。

 

単なる夫婦ですけど何か?

 

と言うか、新婚ホヤホヤな私たちを呼び戻しておいてその言い草は何かと問いただしたくなるが、それは私自身の出生の問題もあるからとやかく言えない。

 

現代社会の住み心地の良さと、衛士や他の人たちの暖かな生活に陶酔しきって、王としての責任をすっかり忘れていたなんて口が裂けても言えない。言えないったら言えないのだ。

 

 

「まぁ、エルフ王族から見たら、そっちのほうが都合がいいんじゃないかな」

 

「奇異の目で見られるこっちの身にもなってくれよ…」

 

「一振りで異世界のグランドキャニオンを形成できる腕を持ってて、奇異の目を向けられないなんてありえる?」

 

「ないな」

 

 

はぁー、とため息をついて食器を洗う衛士。

 

彼はここ最近の中で、歴代最強とも言える実力を持った黒騎士だ。普段は完全に世捨て人みたいな感じだけど。

 

コンビニ袋片手にオークを八つ裂きするような力を待ってる。そんな彼を危険視しない奴は、頭がおかしいか、腕に相当自信があるものくらいだ。

 

 

「さらっと旦那のことをディスるのやめてくんない?」

 

「あら、そういうところも私好きだけど?」

 

「くぅ…惚れた弱みってやつでそう言われると嬉しいと思う自分が悔しい」

 

 

おまけにプリンも追加しちゃうぜ、と食後のデザートをつけてくれる。できた旦那を持てて私は幸せだ。

 

ちなみに、この4LDKの部屋は局所的には現代社会と繋がっている。たとえば食材を保管する冷蔵庫や、テレビのアンテナと光熱機器関連だ。部屋の内装は、こちらの世界であり、複製した家具家電をこちらに再配置しているだけだ。

 

時間の流れはなるべく差異がないように、衛士のお婆様が術式で補助をしてくれているけれど、永続的には出来ないらしい。

 

故に、ある程度解決したら衛士は元の世界に帰らなければならないのだ。

 

え?私?もちろん後任を決めてさっさと帰ります。だって、今更文明レベルが違う元の世界で暮らしていけるわけがない上に、旦那と離れ離れになるのはごめんなのだ。

 

私にもやっと見つけた人並みの幸せがある。三百年周期で世界の滅亡と再生を巡って戦うことになる世界で生きるのはノーサンキューなのだ。

 

神様との契約もしっかり合意を取ってる。あっちからしたら、時期黒騎士候補のための嫁探しの手間も省けるらしい。

 

黒騎士の子孫を続かせるためには、こちらの世界にいる魔力素質が強いか、あるいは騎士の素質がある者に限定されるらしい。

 

それに衛士のお母様。前代の黒騎士である衛士の父の奥様は、過去の勇者パーティにいた女騎士だ。

 

世界平和を取り戻したあと、剣術の修行のためと言って姿を消したという噂は子供の頃に聞いたことがあった。

 

剣術の修行は嘘で、戦乱時に上官の罠で襲われそうになったところを爽快と現れた黒騎士に救われ、惹かれたそうだ。勇者が魔王を討つ前に共に世界を離れて結ばれる約束をしていた彼女は、今やご近所が羨むおしどり夫婦として異世界で過ごしている。

 

ちなみに衛士が歴代最強と言われているのは、剣術としては黒騎士に匹敵するほどの腕前を持っていたお母様の修行あってのことらしい。思い出すと発作が起こるようなので詳しくは聞いていない。

 

 

「とにもかくにも、今は時期早々にはじまった人族の蛮行の正体を調べるしかないわね」

 

「そうだな。まだ魔王の復活も先だ。聞いた話じゃ30年前くらいに起きてから平気で二度寝するから」

 

 

なんとも現代人っぽい魔王だ。

 

魔王も神様の一部というらしいが、正確なことは衛士たちでもわからないらしい。

 

しかし、人族の蛮行被害は割と深刻だ。

 

下手をすると、魔王が復活する前に、世界滅亡の危機に直面するまである。衛士たちや、神様たちもそれだけは何としても食い止めなければならない。だから、今回のような特例を許してくれたのだ。

 

 

《姫さま、姫さま》

 

 

コンコン、と4LDKの玄関口を叩く音が聞こえる。

 

私と衛士は顔を合わせると、すぐさま行動を開始した。指先に魔法陣を作り上げて、衛士は黒騎士の格好へ、私はエルフ族の服へと着替える。

 

部屋の内装も視覚操作で王族の部屋へと変え、身支度を整えてから扉に手をかけた。

 

 

「姫さま、夜分に申し訳ありません。早々に話しておきたいことが」

 

「構いません。内容を聞かせてください」

 

 

文官であるエルフの女性は一礼すると、手に持っていた手紙を読み上げる。どうやら、人族が夜間に移動を始めたようだ。

 

向かう先は、ラーニエ地区の端にあるダークエルフの拠点。反撃を開始した魔族の中核を担うエルフたちへの交渉材料…あるいは戦意を削ぐための供物にするのが目的らしい。

 

 

「わかりました。今から兵を派遣するには時間がありません。黒騎士」

 

「ハッ」

 

 

私が呼ぶと、黒騎士となった衛士が膝をついて応じる。ヤダ、様になっててホントかっこい……じゃない。しっかりしろ、私。

 

 

「人族に我が領土を蹂躙させるわけにはいきません。わかってますね?」

 

「すべては貴女の思うままに」

 

 

簡潔に述べると、衛士は真っ黒なマントを翻してすぐに部屋を去ってゆく。ワープ魔法はかなり高度な魔法だというのに、指差しひとつで可能にしてしまうのだから、歴代最強は伊達ではない。

 

 

「……姫さま。なぜ、黒騎士は貴女に…」

 

 

文官から発せられる言葉。しかしその目は、真実を知りたいと思っている力強い目だ。そんな彼女の目を見て、私はいつも通りに答える。

 

 

「それは、彼が私にすべてを捧げてるから、ですよ」

 

 

そう答えて、私は部屋の扉を閉める。

 

内装も4LDKの部屋に元に戻して、服装も……胸元や下腹部を最低限隠しているだけ、下手な水着よりも際どいエルフの民族衣装。

 

普段なら楽な寝巻きに着替えるところだが、今日はこれで旦那の帰りを待つことにしよう。

 

ルンルンと寝室に向かい、愛しい夫を待つ私は知らなかった。

 

 

《黒騎士は王女の肉体を手中に納めている》という新たな噂が城内に広がっていっていることを。

 

まぁ…あながち間違ってないから構わないけれど

 

 

「やめてください死んでしまいます」

 

 

それを知った衛士から、しばらくお預けを食らったことは、二人だけの秘密だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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