エルフ「ウチの夫が黒騎士で最強な件について」 作:紅乃 晴@小説アカ
青い眼差しと称えられるエルフの女王。
「アルディス・フィン・ルィンヘン」。
私は今とても不満です。
とってもとっても不満です。
「とっても不満なのです」
「口に出さなくてもわかってるから勘弁してください」
4LDKの部屋の中で夕食を取る私たち。
この部屋にいる時間が王や黒騎士という枷から解き放たれて、自由な自分で居られる空間だ。
衛士は黒騎士から普段の姿に戻れるし、私も女王なんていう堅苦しい振る舞いから解放される。なんのしがらみもなく、今のような不満を自分の全てで表現できるのだ。
「だから断っただろう?ダークエルフからの話」
「それでもなの!!」
不満げに机を優しく叩きながら私は衛士に抗議する。まったくあのダークエルフ、黒騎士を見る目が明らかにソレなのだ!!
私にはわかる!!同族…まぁ肌の色に違いはあれど、同じ境遇から救ってくれた騎士に恋心を抱く気持ちはわかるのだ!!
そして衛士はその視線に全く気がついていない。それが由々しき問題です!!
隙あらば噛み付かんばかりの肉食獣のような目にまったく気づかずに!一度の求婚を断ったからと安心しているから、私はものすごく心配なのです!
衛士の作った回鍋肉をお箸で口に運びながら、その不満を億劫なく出す。
まぁ側近の子は、ザックスに夢中のようだけど、あの女王はかなり手強い上にしつこい。
何かと理由をつけて黒騎士に会おうとするし、それに黒騎士も応じるし!!まったく!!まったく!!
「深淵を覗く時は、深淵にも覗かれているのよ…」
「お前は何を言ってるんだ」
唸り声と共に異世界で読んだ本の一節を言うが、衛士は首を傾げるばかりだ。
とりあえず、あのダークエルフの魔の手から衛士を守らなければ。しかし、同盟関係でいる以上、彼女を無碍にすることはできない…くっ、万事休すか!
「姫さまの思うところは私にもわかりますけれどね」
そう言ったのは、私の隣で食事を取るセレーナだ。フォークとナイフを使って、白米と回鍋肉を器用に食べる彼女は、私と衛士の関係を知る唯一の理解者。
わざわざ次元渡りという片道切符まで使って異世界にいる私を迎えにきた彼女に隠し事などできるはずもない。セレーナの時間が空いた時は、こうやって自室に招き、三人で食事を取る機会を設けていた。
「ああ、姫さま。おいたわしい…次元渡りをするまでは、まるで新縁の令嬢のような立ち振る舞いをしていたというのに」
自室で寛ぐ私を見て、セレーナが述べた感想がそれだった。
セレーナ、貴女も衛士たちの世界の暮らしに触れれば分かりますよ。清潔なサニタリー、美味しいご飯、衣食住に困らない生活…なにより、争いのない世界がどれだけ素晴らしいか。
「まぁ、風呂上がりにTシャツと下着姿で闊歩してる姿を見たから、そう思うのも仕方ないか」
「あれが至高のお風呂上がりスタイルなのよ。熱いお湯で汗を流した後に飲む牛乳は嗜好なの。この世の全てを浄化できるまであるわ」
とくにお風呂が最高。しかも温度を維持できる湯沸かし器という魔法のような機能があるの。こちらの世界であの適温を維持しようならどれほどの労力を要するのか…。
「…あの格好を城内で目撃されたら弁明のしようがないです」
「エルフの正装よりマシね」
壁に掛けられているエルフの正装を一瞥して吐き捨てる。何あれ、もはや衛士たちの世界のネグリジェじゃない。胸のほとんどを曝け出した上に、インナー以外すべてレースで丸見えという代物。あんなまのを着て城を歩き回ってるほうがよっぽどだ。痴女よ痴女。
「清らかさを表す服を痴女と切り捨てるエルフがいるらしい。あ、ここにいたか」
「ネ、ネグリジェ…?」
呆れる衛士と、ネグリジェの意味がわからないセレーナと共に、夕食は進む。
エルフ族が食するグリーン系ハーブの料理と見比べると、かなり茶色みが多い料理ではあるが、グリーンよりも濃い系の方が美味なのだ。カロリーとの相談にはなるが。ちなみに私が作ると黒系の何かが錬成される。
わ、私だって作れるんだから!!お湯を注ぐやつは!!
「で、セレーナに来てもらったのは他にも理由がある」
夕食からデザートへとシフトしたあたりで、改めて衛士は話を持ちかけた。対するセレーナは、フォークを使って出されたデザートを一口。目が見開かれる。
「こ、このホワホワとした甘味はいったい…!!」
「ふふ、美味しいでしょう?セレーナ。これはモンブランというお菓子なのよ。ワ…ヤァグリ?(和栗)というきのみを使っているらしいわ」
「ヤァグリ…なんと香ばしく、濃厚なのか…」
「話聞いてる?ねぇ?」
漢字は難しいのよ!!発音とか!!
他にもメロンや、リンゴ、苺と美味が溢れている。この世界でも似たような果物はあるが、甘味がまったく違うのだ。たぶん加工の仕方の問題だろうけど。
デザートの素晴らしさに舌鼓を打ちつつ、私とセレーナは衛士の話に耳を傾ける。
「人族が魔族の交配に手を出した」
「アイツが言っていた錬金術のことか」
ハーブティーを飲みながらセレーナが答えたこと。それは私も気になっていたことだった。すでに人族は、ジャイアントオーガーの効率的な交配方法の知識を持っていたのだとか。効率的なオーガー…育成ゲームでいう性能のようなものだろう。
衛士に聞いたら「だいたいそれで合ってる」と、呆れた様子で答えてくれた。
「俺がこの世界にきたのは、人族の躍進理由を探るためだ。あの男が言っていたことが事実なら、人族の都市部に向かうしかない。だから、二人に許可を…」
「 「ダメです」 」
衛士の提案を、私とセレーナは同時に却下する。パタリと机に伏せた衛士を見るのは数回目ね。
「黒騎士の正体はバレないようにするからさぁ!ほら!俺って変身魔法も使えるし!」
「この状況下で人族はかなり警戒心を高めてるぞ。イオニア地下鉱山からやってくる人族が、東側の領土防衛のために封じ込めの戦線を作り上げているとも言う。お前がエルフ国から離れるのは危険だ。それにどうやって都市部に潜入する」
衛士の悪あがきに、セレーナは今の情勢を伝えて斬って捨てた。
活発になったエルフ国の反撃に危機感を抱いたアスレニア大国が、こちらの動きを牽制するために封じ込め作戦を展開しようとしているのは、私にも伝わっていることだ。
衛士はセレーナの言葉にしばらく考えるようなそぶりを見せてから、真面目な顔で答える。
「…黒騎士式突撃戦術で戦線を崩壊させ、敵の兵站庫を手当たり次第爆破し、闇夜と炎に紛れて都市部へと潜入する」
「ゴリ押しにも程があるだろう!?」
ヤダ旦那の顔かっこいいと思うのも束の間、脳筋全開な答えを出す衛士にツッこむセレーナ。彼女の言葉に私も大きくうなずく。
そもそも、黒騎士とは人の形をした災厄だ。
嵐や地震、火事とも言ってもいい概念的な部分がある。
そう言った影響は、衛士の精神面にも作用するようで、ドラフを襲おうとした者や、人族の軍勢にも一切の容赦をせず残忍になれるのも、その影響が出ているからだろう。
「なら、正当な理由で人族の都市に向かうしかないかぁ…」
「そういえば、近々南方の方に工作隊が偵察任務に出るらしいな」
「偵察任務、か」
閃いたような顔をする衛士。そのまま席を立って食事の後片付けをし始める夫の姿を見て、私は何か嫌な予感を感じたのだった。