僕、持館慎二が女子中学生相手の家庭教師アルバイトを始めてから一ヶ月。
オリヴィアちゃんとは生徒と教師の関係であるが、学校のそれと違って歳もそこまで離れていないため授業は相当緩い。
もちろん完全にサボらないよう軽く注意したりするものの、年頃の少女が相手だ、お喋りはどうしても多くなる。
そして学生が相手となれば学校の事を話してもらうのが一番やりやすい。友達のことだとか、休み時間の過ごし方だとか。
僕が家庭教師しに行く時間帯は夕方よりも少し早めなので、練習が厳しめの運動部には入ってないだろうというのが僕の見立てだったが、オリヴィアちゃんが所属している部活はその名前を聞いてもピンと来ないものだった。
「遊び人研究会……?」
オリヴィアちゃんが転校してきたばかりの頃、色々とあって結成された若干三名による学校非公式の同好会だとか。
しかし何をする同好会なのかはよく分からない。
「名前は気にしないで下さい。要するに遊ぶための部なので」
「僕の通ってた中学にゲーム部はあったけど、そういうイメージ?」
「遊びなら何でもやってますよ。手押し相撲とかけん玉とか」
ゲームというよりはお遊戯といった感じらしい。
放課後に街でふらふらするよりはよっぽど健全か。
すると今度はオリヴィアちゃんの方から質問が。
「もっち先生は何かやってないんですか? 大学と言えばサークルじゃないですか」
「一応マジック研究のサークルに入ってるよ」
「ええっ!? マジック!?」
途端に眼をキラキラさせるオリヴィアちゃん。
喰いつかれると分かってたから今日まで黙ってたんだけど、まあいいか。
「いったいどんなのやるんですか、人体切断とか!?」
「僕はそういう大掛かりなやつは苦手で練習してないんだ。僕の専門はトランプさ」
「ちょっと見せてくれません……?」
「勿論いいけど、今日カード持ってきてないんだよね」
するとオリヴィアちゃんは机の引き出しを漁り始め、発見した物を僕に突きつける。
透明のプラスチックケースの中に見える赤と白の網目状の模様がプリントされたカードの束。
受け取って中身を確かめる。五十二枚のスートとジョーカー二枚、枚数に問題は無い。
「これでやれませんか」
「配管工のおじさんで有名なとこが出してるプラスチック製のやつか、まあマジック向きじゃないんだけど……オーケイ、やってみよう」
デックをカット、シャフル。
マジシャンぽさを演出するためにヒンズーではなく空中リフルでシャッフルをやると食いつきが良くなる。
交ぜ終えたデックを裏のまま右手で持ってショーを開始。
「まずは超簡単なのから。カードを上から一枚めくるよ、クラブの3だね」
めくったカードを裏に戻す。
「そして今度は上から裏のまま引いて、袖をトントンとカードで叩く。すると」
「すると……?」
「おまじないをかけられたカードはこの通り、ハートのエースに大変身」
「ええっ!? なんで!?」
オリヴィアちゃんは目を丸くしている。いい反応だ。
タネ明かしにもう一枚カードを引いて見せるとオリヴィアちゃんはあっと声を漏らす。
「ダブルリフトって呼ばれる技術さ。最初にめくったカードが二枚重ねになってただけなんだ」
「……なんだか子供だましですね」
「中学生に通用すれば充分なんだけど、タネのショボさにがっかりしてるみたいだし次は本格的なのをやろうか」
再びシャッフルをしてから裏向きのままデックを扇状に広げる。
「この中から好きなカードを一枚引いて、僕に見せて」
「んー、これ」
「スペードのジャックだね。じゃあこの引いたカードを山札の真ん中に差し込んで、そう」
デックを纏め、右手から左手にスプリングでパラパラとカードを移動させる。
これはただの演出。
「そしてパチン、と指を鳴らす。そして一番上のカードをめくると、スペードのジャックが上に移動する」
「嘘!?」
もちろんフィンガースナップも演出。
その後もいくつかのパターンでアンビシャスカードを披露したが、オリヴィアちゃんは驚きを通り越して感心したようなリアクションに変化していった。
やろうと思えばいくらでも出来るが僕はマジック教室をしにここに来てるわけではない。デックをケースに仕舞って彼女に返却。
「そろそろ勉強に戻ろうか」
「……あのっ」
何か言いたげな様子のオリヴィアちゃん。
すると彼女は突然、床に腰を落とし、背中を丸め、頭を下げた。
「私を弟子にして下さいっ!」
ブロンド少女に似つかわしくない完璧な土下座姿である。
僕が土下座させたわけじゃないとはいえオリヴィアちゃんの母親が見たらパワハラか何かだと思われかねないため、とりあえず椅子に座ってもらい話を聞くことに。
「それで弟子って? 自分で言うのもなんだけど、そんなに凄いマジックじゃなかったでしょ」
「マジックもそうですけど、もっち先生って色んなことを知ってるじゃないですか」
「5年ちょっとはオリヴィアちゃんより人生の先輩だからね」
「なので、もっち先生には遊びの師匠になってもらいたいんです……!」
ふむ、なんとなく話が見えてきたぞ。
ビシッと人差し指を突きつけて魂胆を言い当てる。
「つまりオリヴィアちゃんは僕から教わった遊びで遊び人研究会の他の子にマウント取りたいんだ?」
「うぇふぇあっ!? しょ、しょんなことナイデスヨ~~」
僕から視線を逸らし挙動不審に身体を震わせるオリヴィアちゃん。面白いくらい動揺しまくりだ。
それにしてもううむ、どう答えたものか。
「そんなの僕としてはどうでもいいけど、ここには仕事で来てるしね。授業に支障きたすほどフリータイムの時間は割けないよ」
「だ、だったら家庭教師じゃない日にやりませんか。土日とか!」
いやまあ確かに土日は都合つきやすいし無味乾燥なまま月曜を迎えるよりは何かしらやった方がQOLが上がるのだろうけど、やけにグイグイ来るなあ。
ここが一つの分水嶺になるであろうことはこの時点の僕でも薄々察していたが、最近じゃ妹のようにすら思えてきた少女の熱意を前に首を横に振ることなど僕にはできなかった。
僕が承諾したことをわーいと喜ぶオリヴィアちゃん。こっちまで嬉しくなるような気がする。
しかし冷静に考えると、彼女の方からお願いしてきた形なので何も問題はないものの、これが逆だったら完全に僕はやばいやつだ。
なんだよ休みの日に遊びを教えてあげるから弟子になれって、まさしく不審者の口上ではないか。
僕が澤田の言うようなロリコンだったら自分の身が危ないかもしれないとかオリヴィアちゃんは思わないんだろうか。
などと考えながら授業再開のために講師用テキストを鞄から取り出していると。
「あっ、そうだ。連絡しやすいようにLINE交換しましょう」
「……え?」
「まさかもっち先生、大学生なのにLINEも入れてないんですか?」
「いや、やってるけど……」
「じゃせっかくだから"ふるふる"で交換しましょう。一度やってみたかったんですよー」
ともかく、事実として僕のLINEの連絡先に女子中学生のそれが追加されたということは確かである。
底なし沼に落ちた時は下手にもがくなとベア・グリルスもよく言うが、僕自身何か妙な深みに沈んでいってる気がするのは気のせいだろうか。