僕の所属サークルであるマジック研究会は大学敷地内にある四階建てサークル棟の三階が拠点だ。
有り体に言ってしまうとただの弱小サークルである。
活動することに何かしらの強制力がある集まりというわけでもないし、メンバーの勧誘には一切力を入れていない。僕を含めても十人切ってしまうような低人数で構成されているのだから天文同好会より立場が下の、マジックとは名ばかりのお遊び連中。そう他の文科系サークルからは見られている。
内情としては名ばかり研究会なんかじゃなく、メンバーのスキルは確かなものだけど協力してネタを考えるなんてことはなく、皆勝手に練習して勝手に披露する感じ。意地の悪い連中だ。
「つまり僕は君が期待するほど凄いやつじゃあないんだ」
僕という人物のショボさを語って聞かせている間、オリヴィアちゃんは何考えているかわからない小動物のように無言でじーっとこちらを見ていた。
土曜日の昼下がりに女の子とスタバでお茶してるなんて言うと聞こえは良いが相手は5歳年下。兄妹か親戚にしか見えない構図だ。
暫く黙ってオリヴィアちゃんの様子を窺っていると、注文したバニラクリームフラペチーノを一口吸ってから。
「……だったら、なんで引き受けたんですか」
「ごもっとも」
オリヴィアちゃんは無理やりシャワーを浴びさせられた猫のような表情でうつむき、小声でぶつぶつ文句らしき言葉を吐いている。
僕としても一応、フォローを入れておく。
「一つ言いたいのは過度な期待をしないでくれってこと。僕がこうして来てるのは遊びから学べることだってあると君に知ってもらうためなんだ」
「どういう意味ですか?」
「そのうちわかるさ」
これ以上は禅問答になるのでそろそろ実習の時間にしよう。
テーブル下に置いたボディバッグからトランプデックを一組出す。
するとオリヴィアちゃんの眼がエサを前に"待て"を命令された犬のようなものへと変わる。
僕はトランプをケースから出してカットしながらオリヴィアちゃんに説明する。
「トランプに限らず、マジックには大きく分けて二種類ある。ひとつは
この前見せたカード二枚を重ねて一枚のようにめくるダブルリフトや任意のカードを一番上に持ってくるトップコントロールは実演レベルになるまで少なからず練習が必要だ。
プロのステージマジックともなれば一つ一つの技法はもちろんのこと、演者のトーク、身体の動き、視線の先まで入念に計算して行われる。当然、リハーサルは必須。
「ただマジックで何かすればいいわけじゃあない、観客を欺くためには現象以外の要素が大事になる。その一つがよく言われている"ミスディレクション"だね」
「うぅん、難しくてよくわかりません」
「要は小難しい技術が大前提となるマジックさ。そしてふたつ目は技術じゃなく才能が必要なもの、それも特別な才能がね」
カットしたデックを裏のまま机に広げると僕は努めて真剣に言う。
「さっきは自分のことを凄いやつじゃあないとか言ってたけど、あれは本当のことを黙っておきたくてついた嘘なんだ」
「本当のことって?」
「実は僕、超能力者なんだ…………ってベタすぎ?」
オリヴィアちゃんは少し気の抜けた様子でコクリと頷く。
「いくら私がバカだからってそんなお芝居には騙されません。もし私が超能力者だったら家庭教師なんて面倒なことやらずに、楽にお金を儲けるのに力を使いますから」
「随分可愛げのないことを言うじゃあないか。けど、まあ、確かにその通り」
「本物の超能力者ならテレビに出た方が稼げますよネ~?」
中々どうして気分よく煽ってくれる。
では女子中学生の鼻を明かしてやるとしよう。
「このカードの中から一枚選んで君にだけ見えるように絵柄を確認してくれ。カードの並び順を疑うなら自分でシャッフルしてもいい」
「当然、シャッフルさせてもらいます」
カードを束にしてシャッフルするオリヴィアちゃん。
完全にバラバラになったと思った頃、トランプは再びテーブル上に広げられ、オリヴィアちゃんは端から六番目のカードをピックアップした。
ここで僕は再び胡散臭い台詞を吐く。
「僕の能力は"透視"。本物の超能力者ならトランプ程度の紙切れ、裏面を覗くのは
「……当たってます」
「もちろんすり替えじゃあない。君にシャッフルしてもらってから僕はカードに触ってない」
「本当に透視した……? いやそんなわけあるはずが……」
腑に落ちないといった様子で選んだカードをテーブルに戻すオリヴィアちゃん。
このまま演技を続けても良かったが彼女にふたつ目のマジックをちゃんと説明するためタネをバラす。
僕はトランプの裏面にあるワンポイントを指差し。
「このトランプはマークドデックと呼ばれるもので、一枚一枚柄に細工がしてあって裏向きのままマークと番号の区別がつくようになっている。ほら、こうすれば分かりやすいかな」
カードを束にして裏面の左側をパラパラめくってオリヴィアちゃんに見せる。
マークドデックはそれと分かりにくいデザインのものもあるが、重ねたカードをめくった時にパラパラ漫画のように絵が変わって見えるようになっている。リフルシャッフルは禁物だ。
オリヴィアちゃんは少しふてくされた表情で。
「インチキじゃないですか」
「ズルいと思うかい? アンフェアだったかもしれないけど、確かに君は騙されたんだ。恨みっこなし」
純粋無垢な少女に賢しさを説くのは気が引けるが、賢しいことが自分の身を守る時もある。
マジックの鉄則その1。それは相手を出し抜くこと。
「そしてさっき言ったふたつ目のマジックについて訂正するよ。それは技術も才能も要らない、誰でも出来るマジックのことさ」
「技術が要らない……」
「練習したトランプマジックより練習不要のコインマジックの方が往々にしてウケたりするからね」
と、まあこんな感じで掴みはバッチリだったと思う。
なんだかんだマークドデックに興味を持ったのか、オリヴィアちゃんが貸してほしいと言ったので快く渡した。
それから他のセットアップだけで行えるセルフワーキングのトランプマジックをいくつか教えた。
しかしいくら技術が要らないマジックとはいえ手順を覚える必要はあるわけで、オリヴィアちゃんは覚えるのを断念した様子で頭を抱えてしまう。
「う、うーん。誰でもって言ってましたけど、私にはまだ無理そうです……」
「一つずつやっていけばいいよ」
覚える気があるなら、だけど。
っと、オリヴィアちゃんのバニラクリームフラペチーノが空になってる。
「何か注文してこようか?」
すると彼女は結構です、と首を横に振ってから切り出した。
「せっかく街に来てるんですし、もっとお出かけしましょうよ」
お出かけ、とは。