女子中学生とわざわざオフである休日に会うことになり、マジック講義を行うはずが街ブラに切り替わる羽目に。
このようなパターンを1ミリたりとも想定していなかったといえば嘘になるが、まさかというのが本音だ。
僕としては適当にあしらって終わり――というと言葉が悪いけど――な腹積もりであっただけに、オリヴィアちゃんと行動を共にするとなると行き先が悩ましい。
何せ歳が五歳も離れている女の子。ジェネレーションギャップというか、グッとくるツボがわからない。
流石にデパートのおもちゃコーナーや中古ゲームショップで騙せるような年齢じゃないってことはわかるが、僕にどうしろと。
向こうはリードしてもらって当然といったご様子で。
「それで、どこに行くんですか?」
と期待いっぱいの眼差しを向けてくる。困った。
僕は微妙な気持ちを表情に出さないよう努めてオリヴィアちゃんに訊き返す。
「どこか行きたいとこはある?」
「やだなー、年上なんですから先生がリードしてください。私はどこでもオーケーなので」
リードってなんだ。デートじゃないんだから。
こんな調子で単なる課外授業のはずが勝手にハードルが上がるという無間地獄。
黙っていても事態は好転しないため、少しばかり考えてから行動を開始。
大通りのスタバから駅まで引き返して高架下に入る。
そして階段を上がった先が目的地となる。
生活用品、日用品など圧倒的な品揃えを誇る店内を見渡し、オリヴィアちゃんは僕に問う。
「なんですかここ……?」
「百円均一ショップだよ。知らない?」
「知ってまーす」
オリヴィアちゃんはバカにされたと思ったのかとてもゲンナリした表情だ。
しかしそのような反応をされるのは想定している。
「もしかしてオリヴィアちゃん、百均ってイメージだけで粗悪品ばかりのショボい店だと思ってるんじゃあない?」
「そりゃそうですよ。あっ、もしかして私が日本の言葉わからないと思ってます? こういうのを安かろう悪かろうって言うんですよね」
「ならその認識を覆してあげよう」
オリヴィアちゃんを連れ店の奥へ進んでいく。
陶器、インテリア、キッチン用品なども一見の価値はあるのだが、今回オリヴィアちゃんに見せたいのはこれである。
おもちゃ類やパーティグッズが並ぶコーナーにある一面を前にして言う。
「これが百均の神髄さ」
その一面には百均オリジナルのマジックグッズがズラリと並べられており、まさしく圧巻の光景と言えよう。
下手なおもちゃ屋のマジックコーナーより凄いラインナップに思わず息を呑むオリヴィアちゃんだったが、すぐにハッと我を取り戻した表情になり。
「確かにいっぱいありますけど、しょせん百均の道具ですよね」
「そんなことないさ。例えばこのトランプなんかは百均の凄さがわかりやすい」
「ええ? 普通のトランプでは?」
陳列されていたトランプの箱を取ってオリヴィアちゃんに渡す。
彼女が言う通り、マジックグッズでさえないようなごく普通のトランプだ。
凄いのはトランプの品質である。
「実はそのトランプ、エンボス加工がされているんだ」
「ラスボス勝とう?」
わざとボケて言ってるようにしか見えないおとぼけ顔のオリヴィアちゃん。
突っ込みを入れたくもなるが、聞きなれない言葉なのは間違いないのでスルーする。
「エンボス加工だよ。オリヴィアちゃんが持ってるプラスチック製のトランプは静電気が原因でカードがくっつきやすいって弱点がある」
わかりやすい例としては小学生が休み時間によくやる下敷きで頭をこすると髪がくっついて浮くというやつだ。あれと同じ現象がプラスチックカードで起こる。
普通のトランプゲームをする分にはプラスチック製でも全く構わないが、カード一枚一枚を操るマジックにおいてカード同士がくっついて意図しないカードを操作してしまうなんてことあってはならない。スピード以上に精密であることが大事だ。
そこでマジック用の紙製トランプにはエンボス加工というカードに凹凸ができる特殊加工がなされており、それによってカード同士のくっつきを防止しているわけだ。つまりエンボス加工は凄い。
とりあえず百均にしては本格的な代物だと理解したらしいオリヴィアちゃんは。
「じゃあ他の商品は何が凄いんですか」
「まあ、全部が全部凄いってことはないんだけど、例えばこの予言マジックなんかもコスパがいいと思うよ」
一から六までの間で相手に任意の番号を選んでもらい、それに対応するマークのカードを予言するというマジック。
このマジックのいいところは完全フリーチョイス、演者が後出しで対応できるため相手に何番を選ばれても問題ない点にある。
客に腕の良いマジシャンと思わせるにはフェアだと信じ込ませるのが手っ取り早い。本当にフェアかどうかは重要じゃない。
「僕が中学生の頃はこういうの百均で売ってなかったからね。いい時代になったもんだ」
「先生まだ二十歳にもなってないでしょ。お爺さんみたいなこと言わないで下さいよ」
「いやあ、僕なんかオリヴィアちゃんからしたらおじさんでしょ」
「…………そんなことないですけど」
オリヴィアちゃんはどこかバツが悪そうに社交辞令を述べる。
それから彼女に他の百均マジック道具解説をしたが、購入したのは僕が最初に好評したエンボス加工トランプのみに留まった。
で、もちろんこれで終わりというわけにいかず、当然のように次はどこに行くのか訊いてくるオリヴィアちゃん。
こちらとしては女子中学生をあまりあちこち連れまわしたくもないため、行動範囲を絞ることに。
百均を出て、階段を降り、高架下を歩いていった先のゲームセンターに入店。
休日にも関わらず客足が多くないものの、筐体音で騒がしい店内は箱入り娘にとって物珍しい光景らしくオリヴィアちゃんはキョロキョロ視線を動かしていた。
「デパートのゲームコーナーとは全然雰囲気違うんですね」
「こっちはガチガチのゲーマー向けだから」
業界的に厳しいせいか、駅近くのゲームセンターはこの一店舗のみだ。一昔前は他に三店舗ぐらいあったのだけれど。
とはいえ少し歩けば全国展開されてるアミューズメント施設のビルがあり、ここと違って最新作をちゃんと入荷してくれるため格ゲーや音ゲーをやる層の多くはそっちへ行く。
ここを利用するのは暇つぶしがしたい客。平日は定年退職済であろう高齢のおじさん方が古臭い筐体で遊んでいるのが日常である。良くも悪くもステレオタイプなゲームセンターといった感じ。
僕は国民的人気キャラクターのぬいぐるみが並べられてるクレーンゲームの筐体を指差し。
「なんか欲しいのあったら取ってあげるよ」
「あっ、それよりゲーセンならアレやりたいです!」
「アレって?」
「カーリング!」
笑顔で僕に向かってそう言うオリヴィアちゃん。
多分、というか間違いなくエアホッケーのことだろう。
新台入荷が乏しい店にせよ、ここは腐ってもゲームセンター。エアホッケー台ぐらい当たり前のように存在する。
といってもホテルのゲームコーナーに置いてあるような年季の入りぶりで、手入れもおざなりなのか台のあちこちに細かい傷が入っている有様だ。
筐体に百円玉を二枚投入して早速ゲームを開始。ルールは6点先取。
「先攻は譲るよ」
「レディファーストなのはいいですけど、私は容赦シマセーン!!」
ファーストストライクで勢いよく円盤を弾き飛ばすオリヴィアちゃん。
直線的な軌道なので合わせるのは容易だったが、思いのほか球威があったためこちらが弾き返す前に甘いリターンとなってしまう。
「もらったァ!」
オリヴィアちゃんは斜めに鋭いスマッシュを放ち、円盤は壁面を反射して僕のゴールに吸い込まれていった。
エアホッケーで遊ぶのなんて数年振りだから、なんて言い訳するつもりじゃないけど女子中学生をナメてたね。
こういう時、僕が映画に出てくる魔法使いのようなマジシャンだったらアクションシーンもばっちりこなせたのだろうけど、"運動"の二文字から遠のきつつある文科系大学生にはシーソーゲームに持ち込むのが精いっぱい。
結局、4-6でオリヴィアちゃんに敗北してしまった。
そこそこの疲労を覚えている僕に対し、オリヴィアちゃんは余力を感じさせる元気な笑顔で。
「やったぁーー! 私の方が強い!!」
ちょっと悔しい。