「この街の危険が危ないみたいなの」
「言葉は正しく使え。一晩中泣いてたと思ったらどうしたんだ急に」
翌朝。宿の1階で朝食を食べていると、アクアがそんなことを言ってきた。
アクアが一晩中泣いていた理由を簡単に説明しよう。
あの後、アクアは
その時のアクアは、子供のように泣きわめいていた。何で1つ良いことがあると悪いこともセットになって起きるんだと。私が一体なにをしたんだと。
「私は、この街を守るために立ち上がるわ!という訳で、皆も協力してくれるわよね!?」
「勿論」
『……』
俺以外は腕を組み、黙考する。そして待つこと1分前後。
『協力します』
アクアが今回の件に関わった以上、湯治どころではないと判断したようだ。
全員が協力すると言ったのが嬉しかったのか、ガッツポーズをとるアクア。序にアクシズ教に入信しないか揉み手して訊ねるが、『それとこれとは話が別』ということで断られて肩を落とす。
そして朝食を済ませて移動し、アルカンレティアの警察署。ちょうど近くを通りかかった警察官の男性に声をかけてみる。因みに、ウィズは宿で待機している。理由については後で話す。
「捜査に協力する?」
「はい。うちのアークプリーストが昨日の件で温泉を汚染した犯人にだいぶ怒っているようでして」
「ああ、そちらの青髪の女性のことですか?う~む……」
男性はそう言って顎に手を当てて唸る。そうだよな、アニメやドラマの探偵みたいにそう簡単に捜査に協力なんてさせてもらえないよな。相手からすれば俺達は素人なわけだし。
「どうする?」
「あの、一応冒険者登録をしてあるので、腕はそれなりに立ちます。仮に犯人が凶悪であっても、対処できます」
「そうですか……では、念のために皆さんの冒険者カードを見せてください」
俺達は順に冒険者カードを差し出し、男性も目を通していく。そう、このためにウィズは宿に待機してもらった。ここはアクシズ教の総本山。万が一冒険者カードを見せて、ウィズがアンデッドだとバレようものなら、プリーストが集団ですっ飛んできてウィズを退治するかもしれない。
「《冒険者》のサトウカズマさん。《傭兵》のサトウハルキさん。……《アークウィザード》のめぐみんさんと、同じく《アークウィザード》のゆんゆんさん」
めぐみんとゆんゆんのところで一瞬言葉に詰まったような素振りを見せたが、2人の黒髪と紅い瞳を見て紅魔族だとわかったのか、なるほど、と頷いた。
「そして。《アークプリースト》のアクアさんに、《クルセイダー》のダスティネス……ダスティネス!?」
瞬間。男性がこれでもかと目を見開き、ダクネスと手元の冒険者カードを交互に見比べる。
「しょ、少々お待ちください!上の者に掛け合ってきますので!」
男性が駆け足で警察署に入り、待つこと数分。
「お待たせしました!」
先ほどの男性が、後ろに上司と署の偉い人と思われる人を連れて戻ってきた。
まずは
「なんか、浅見光彦になった気分だな」
「だね」
小声でそう言う俺と和真の横では、ダクネスが捜査の進捗状況を訊ねる。どうやら、被害にあった温泉で汚染される前後に来た客の聞き込みを行ったらしい。そして、集めた情報を元に容疑者の似顔絵を描いている途中らしい。
「この男性が?」
「はい。被害のあった全ての温泉で、目撃されています」
ダクネスが俺達にも見えるように手に取った似顔絵の人物は、浅黒い肌に短い茶髪の男性。こいつが容疑者か。すると、和真が無言で挙手した。
「……この男性、昨日風呂で見かけました」
瞬間、和真に視線が集中する。注目された和真はビクッと肩を跳ねると、より詳しい情報を口にした。筋肉質で、背は高い。そして、この街に長いこと潜伏していたらしい。
捜査本部の警察官達が一斉に立ち上がり、和真に一礼する。それに続いて署長が一礼すると。
「では、直ちにこの男性の手配を行います!ご協力ありがとうございました!」
『ありがとうございました!』
捜査本部に、感謝の言葉が響いた。
そして細かい手続きを終え、俺達の宿泊している宿。……の、めぐみんとゆんゆん、ウィズの3人が泊まっている部屋。
「さて、和真」
「はい」
「昨日何があったか、洗いざらい全部話せ」
「実は……」
部屋の真ん中で正座させられ、俺達に取り囲まれて縮こまる和真。和真は小刻みに震えながら、少しづつ話していった。
「温泉での破壊工作ももう直ぐ終わりだって、仲間に報告しているのが着替えているときに聞こえました」
「おう」
「それで、長い寿命を持つ俺達にとって、10年や20年待つのは何でもない事だからなって言っていたから、これはヤバいやつだと悟ったと同時に厄介事には巻き込まれたくなかったので、その……さっき署に行くまで黙ってました。ごめんなさい」
言い終えた和真は、それはそれは綺麗な土下座で許しを請う。
この馬鹿をどうしようか。話し合っていたところで、めぐみんが待ったをかける。
「カズマカズマ。先程、仲間に報告しているのが聞こえたと言っていましたね。その仲間の人相は、覚えていないのですか?」
「そういえば、そうだな。どうなんだ、和真」
「……」
和真は土下座の状態を維持したまま暫し沈黙し、口を開く。
「…………ウィズと同等か、それ以上のおっぱいの持ち主であった以外、覚えてません」
『うわぁ……』
瞬間、女性陣からゴミを見るような視線が和真に突き刺さる。そして、俺はキレた。
俺は骨を鳴らし、和真を見下ろす。
「皆、ちょっと部屋の外で待っててくれ。この馬鹿にきついの叩き込むから」
「嫌よ。私にもやらせなさい」
「私も1発やっていいですか」
「私も2,3発やらせてくれ」
アクアが肩を回し、めぐみんが杖を振り、ダクネスは骨を鳴らす。優しいウィズとゆんゆんは和真の擁護をするものだと思ったが、視線を逸らすのが精一杯のようだ。更に、自分の胸を隠すように腕を組んでいる。
「あ、あの。事件に進展があって署の人達が宿に来るかもしれないので、なるべく加減してくださいね?」
おずおずと手を挙げ、ゆんゆんが勇気を振り絞って和真の擁護をする。確かに、と俺達は頷き、和真は涙目+上目遣いで制裁の軽減を訴える。
「わかった。アクア、筋力増加の支援魔法をかけてくれ。それと和真、立て」
「『パワード』」
「う、うん」
和真は立ち上がって痺れた足をさすり、アクアの支援魔法が俺の体を強化する。俺は懐からサングラスを取り出して装着し、和真の襟首を思いっきり掴んで右手を振り上げる。すると、和真が顔を真っ青にして抵抗する。
「兄さんちょっと待って!それはマズい!それはマズいって!」
「3!」
「せめてデコピンとかそういう軽いやつに!」
「2!」
「ゆんゆん!ウィズ!兄さんを止めてええええ!」
「1!」
「へぶうっ!?」
振り下ろした右手は和真の頬に命中し、衝撃で和真の顔が一瞬不細工になる。そして床に膝から崩れ落ちて横たわり、頬をフリーズで冷やす。
俺が和真にビンタを叩き込んで皆も納得したのか、署の人が来たら何時でも行動できるよう、この部屋で待機することに。そして、1時間が経過した頃。
「お客様。署から警察の方がいらっしゃいました」
「あ、はい。どうぞ」
宿の従業員に案内されて来た警察官が、入り口で一礼すると報告する。
「現在、街中の温泉から汚染されたお湯が次々と湧き出ております!」
それを聞いたアクアが、部屋を飛び出して行った。
「源泉が怪しいと思うの」
街のプリーストと協力して温泉の浄化を終えて帰ってきたアクアが、部屋に入るなりそう言った。アクア曰く、温泉の汚染は一時的なもので、直ぐに収まったらしい。
「源泉って、確かアクシズ教団の本部の裏手の山の中にあるっていう?」
俺の言葉にアクアが頷く。
アクシズ教団本部である大教会。その裏手には、街の財源である源泉が湧き出る山があるという。当然ながら、警備も厳重になっているはずだ。
「確かに、あの短時間で1つ1つの温泉に毒物を混ぜるのは無理がありますね。手配がなされて焦り、本来の計画をすっ飛ばして直接源泉を汚染した。と考えるのが自然でしょう」
「でも、問題は警備が厳重な場所にどうやって侵入したかという事よね……」
ゆんゆんが言うように、どうやって侵入したかを皆が考える。警備の人間を懐柔したか、人質を取って脅したか、それとも変装したか。
と、装備を手にした和真が立ち上がる。
「今こうしている間にも汚染されてるかもしれない。今すぐ源泉に行こう!」
そして、大教会の裏手の山の入り口で。
「ねえ、私アクシズ教のアークプリーストなんですけど!ほら、これを見て?ねえ、私の冒険者カードをちゃんと見て!」
「いやあ、いくらアクシズ教徒のアークプリーストでも、ここから先は通せないんですよ」
「申し訳ありません。この先には、温泉の管理をしている人しか立ち入れませんので」
俺達は、警備をしている街の騎士から足止めをくらっていた。
アクアにカードを押し付けられている騎士は、カードよりも完全武装状態の俺達を警戒しているようだ。まあ、当然の反応か。
「汝、敬虔なるアクシズ教徒よ……。聞きなさい、これは必要な事なのです。正しい行いなのです。貴方方が私を通す事で、この街が……」
「「すいません。自分たち、エリス教徒なんです」」
「何でよー!なんでこの街で生活してるのにエリス教徒やっているのよ!」
エリス教徒であるとカミングアウトした騎士2人に、アクアが吠える。
このままアクアに任せていても埒が明かない。ダクネスの家の権力を使いたいところだが、冒険者らしい活躍がしたいとか言ってごねるだろう。
「……しょうがねえな。俺がちょっと交渉してくる。兄さん達はここで待ってて」
そう言った和真が、アクアと入れ替わるように騎士達の前に立つ。
「貴方もアクシズ教のアークプリーストですか?」
「いやいやまさか、俺はしがない《冒険者》ですよ。……まあ、それはそれとして。街中の温泉が汚染されたというのは、ご存知ですか?」
「ええ。管理の人も、それを聞いて源泉の方に向かいました」
それがどうした、と騎士の片割れが訊ねる。
「そうですか……ところで、万が一俺達を通した場合、2人にはどのような処分が?」
「何って、分厚い始末書を書いて上司に提出することになると思いますよ」
ふむふむと和真が頷く。
「では仮に、その管理の人が実は温泉に毒物を混ぜた犯人で。今こうしている間にも温泉に毒物を混ぜていたとしたら、果たしてどうなりますかね?」
「どうって、源泉が汚染されたら街中の温泉が汚染されるに決まっているじゃ」
言いかけたところで、騎士達がハッとする。そこにすかさず和真が畳み掛ける。
「ええ。街中の温泉が汚染されてしまうでしょう。そしてお2人は、犯人を見逃したとして厳しい処分が下されるでしょう。それにより職と信用を失ったお2人は、この街から追い出されるかもしれません」
騎士達の顔が青ざめて震え、冷や汗をかく。そして女性陣が和真から遠ざかる。
「お、おい。通した方がいいのか?」
「待て!そもそも、全部この男の推測でしかないだろ!」
「でもどうすんだよ!推測どおりだったら、俺達解雇されちまうよ!」
「それはそうだけど……」
「だいたい、お前は怪しいと思わなかったのか?あの管理人の爺さん、温泉が汚染されたってのに異様なくらい落ち着いてたぞ!」
言い争う2人に近づいた和真は肩に手を置き、笑顔で告げた。
「始末書を書くか。職と信用を失うか。お好きなほうを選んでください」
後に女性陣は、この時の和真をこう評した。
『バニルも裸足で逃げだす悪魔だった』と
和真の脅hゲフンゲフン説得の結果、俺達は山に入り源泉を目指していた。道中で汚染されて変色した温泉が見つけたり、骨と皮だけが残された初心者殺しの遺体が見つけた。警備の騎士曰く、温泉の管理人は金髪の老人だそうだ。とてもじゃないが、初心者殺しをあんな風に倒すことなんてできないだろう。アクアは管理人の爺さんがかなりの強者であるとか言っていたが。
「……見つけた!あの男だ!」
千里眼を使用して人影を捉えると、和真が大声で相手を指差す。男の近くを見れば、パイプが途切れていた。あそこが源泉と見て間違いないだろう。
慌てて駆け出した音で気づいたのか、男がこちらを振り向いた。そして近づくと、男は不思議そうな表情を浮かべていた。
「おやおや。ここは温泉の管理者以外立ち入り禁止です。どうやってこちらへ?」
平然とそんな質問をする男に、アクアが指を突きつける。
「とぼけようったって、そうはいかないわよ!よくも街の温泉を汚染してくれたわね!成敗してあげるから覚悟なさい!」
「温泉を汚染?私はこの温泉の管理をしているだけです。一体何を根拠にそのようなことを……」
堂々ととぼける男に、アクアが手配書を突き出す。
「これ、あんたよね!浅黒い肌に、短髪で茶色!背が高く、筋肉質!しかもこの人相!365度どこからどう見てもあんたよね!」
「他人の空似でしょう。それと、5度多いですよ」
アクアの質問を鼻で笑っていた男性は俺と和真、ダクネスとめぐみん、ゆんゆんの順に見渡し、ウィズと目が合ったと同時に明後日の方向を見る。当の本人はというと、顎に手を当てて男性をジッと見て悩んでいる。
「知り合いか?」
「ちょっと待ってくださいね。後少し、後少しなんです……」
男の下手な口笛を聞きながらこめかみをトントン叩き、ウィズがうんうんと唸る。
「とにかく!私は温泉を汚染するような毒物の類は持ち合わせておりません!わかったなら、街へとお戻りください!今なら皆さんがこちらに来たことは口外いたしませんので!」
こちらに背を向けたまま男がそう言った瞬間、ウィズの頭上で電球が点灯した。
「思い出しました!この人、ハンスさんです!私と同じ魔王軍幹部の1人で、デッドリーポイズンスライムの変異種です!確か、ハンスさんは擬態能力を持ってたはずです!恐らく、それで管理人の人に化けてここまで来たんだと思います!……ごめんなさい。ハンスさんはスライムですから『人』と言うのはおかしいですよね。『方』とか『員』と言うべきでしたね。ああでも、今は人に擬態されているから外見に合わせて『人』と言ったほうがいいでしょうか……」
「おいウィズ!なんでお前がここにいる!どこかの街で店やるとか言ってただろうが!温泉街に来る暇があったら働け!」
ウィズに情報をペラペラと話されて本性を現したハンスがこちらを振り向き、ウィズに食って掛かる。
「ひ、酷い!私だって頑張って働いているんです!……何故かその分だけ貧乏になってしまうのですが……」
ウィズが謎の応戦をするが、今はそれどころじゃない。
ハンスは深いため息を吐き、ゆっくりと首を振る。
「……はぁ。この計画は、それなりの年月をかけてこの街を調査し、下準備を終えてようやく実行した計画だったんだが。……ウィズ。確かお前は、魔王城の結界の維持以外では魔王軍に協力しない。その代わり、俺達に敵対もしないっていう、相互不干渉の関係だったはずだ。それが一体、どうして俺の邪魔をした?」
「ええっ!?わ、私、ハンスさんの邪魔なんてしてませんよ!?ちょっとハンスさんのことを紹介しただけじゃないですか!」
「それが邪魔だったんだよ!」
天然なのか、それともわざとなのか。
正体がばれたハンスは、腰を落として身構える。
「どうするんだ、ウィズ。このままここでやり合うか?それとも見逃すか?」
ハンスが警戒しているのは、ウィズ1人の様だった。
そこに、無視されたのが気に入らなかったのか、アクアとめぐみんがウィズの横に並び立つ。
「無視は良くないなぁ、ハンス。言っておくが、俺達は只の冒険者パーティーじゃないぜ。お前の仲間のベルディアとバニル討伐に貢献した冒険者パーティーだ。聞いた事はないか?」
「……確かに。少し前にベルディアとバニルが討伐されたと新聞に載っていたが、そうかお前達か。ああ、それと思い出したぞ。お前、あの街の宿の混浴にいたな。如何にも雑魚らしい風貌だから放置していたが、あれは演技だったか」
ハンスは嬉しそうに口角を吊り上げ、こちらも見据える。
「……和真、相手がスライムなのわかってるだろ?」
「勿論。スライム=雑魚という認識をダクソで改めておいて正解だったよ」
皆に聞こえない程度の小声で、聞き耳を使って俺と和真は会話する。
スライムというのは、元々厄介なモンスターだ。物理攻撃はまず通じないし、魔法にも強い。その上悪食で、何でもかんでも捕食する。もし張り付かれようものなら、鎧の隙間から入り込んで消化液で溶かされるか、口や鼻を塞がれて窒息死してしまう。しかもあいつは街中の温泉を汚染させる猛毒の持ち主。触れれば即死は免れないだろう。
そして和真が小声で作戦を口にする。
まず、めぐみんの爆裂魔法で仕留め、破片をゆんゆんとウィズの凍結魔法で凍らせる。それを俺と和真、ダクネスの3人で手早く1か所に集めて、アクアの浄化魔法で綺麗にする。めぐみんが爆裂魔法を詠唱している間、俺達の役割は時間稼ぎだ。
山の中で火炎魔法を使ったら山火事になるリスクもある。妥当な作戦だろう。
どうだ、とドヤ顔をする和真に俺はサムズアップで返す。
「さあ、掛かってくるがいい勇敢な冒険者よ!この俺を楽しませてみせろ!」
ダクネスの冒険者カードですが、本名がばれて隠す必要もないから年を越す前にカードの更新をしたということにしておいてください。
次回。綺麗になっちまったよ…