「ま、待ってください!」
臨戦態勢になった俺達とハンスの間に、ウィズが両手を広げて立って待ったをかける。そしてウィズは、話し合いによる解決を提案した。それがおかしかったのか、ハンスが笑った。
「相変わらずリッチーになってからは腑抜けているな、ウィズ。俺達の仲間を片っ端から狩りまくっていたお前が、話し合いで解決しようなどと!『見敵必殺』を座右の銘にしていた、『氷の魔女』と恐れられていたお前は一体何処に行った?」
「あ、あの頃は、私も周りが見えていなかったというか……」
ニヤニヤと笑みを浮かべるハンスにそう言われ、ウィズが恥ずかしそうにもじもじする。武闘派なウィズ……駄目だ、普段の姿からはとても想像できん。
「ウィズ。ソイツは魔王軍の幹部、俺達冒険者の敵だ。それに、そいつが源泉に毒を混入したら街の住人にまで被害が出る。だから、そこをどいてくれ」
和真はウィズの肩に手を置き、諭すように言う。
「街の……住人……」
和真の言葉から何か思い出したのか、急にウィズが無言になって考え込む。
そして、ハンスの顔から笑みが消え、顔を青くすると回れ右で源泉に駆け出そうとした。
「『カースド・クリスタルプリズン』」
「ッ!?あああああああ!?」
それを、ウィズが魔法で止めた。
右脚を凍らされ、地面と繋がれたハンスが悲鳴をあげる。
「……ウィズ?」
ウィズの放つ圧力に怯えたのか、それとも魔法の余波で寒くなったのか、和真が小さく震えながら半歩下がる。
「和真さん。私はハンスさんの言う通り、魔王軍と相互不干渉の関係にあります。ですが、それは冒険者や騎士など戦闘に携わる人間以外を殺さないことに限ります。モンスターを狩ることで生計を立てている冒険者は、自分も狩られる覚悟を持つべきです。そして騎士は税を取る対価に、住民の命を守っています。命のやりとりもやむを得ません。……ですが」
ウィズはハンスを無表情で見据え、告げる。
「ハンスさんの作戦は、戦闘に携わらない方々の命も奪います。何より、ハンスさんが擬態できるのは捕食した相手だけ。管理人のお爺さんに擬態していた時点で私の敵だと認識すべきでした。……私も加勢します。どうぞ和真さん、指示をお願いします」
そうウィズは告げるが、和真はその威圧感にまだ震え続けていた。実際、俺も凄く怖い。
──それが、まずかった。
「やむを得ん!」
ハンスは自分の右脚を切り離して片足立ちの状態になり、右脚の付け根から紫色のゼリーのような物体が零れ落ちる。そして、不要になった人間の皮膚に罅が入り、はじけ飛ぶ。
「カ、カカ、カズマ」
「ねねねねえ、カズマさん」
「は、はい、和真ですすす」
いやまあ、魔王軍の幹部なんだから凄いスライムだとは思っていた。
「何この……何?」
だけど、だけども。
「何と立派なスライムだ!毒さえなければ、我が家のペットにしたというのに!」
俺達の住む屋敷並みに大きいとか聞いてねえぞオイ!
既に人の形の面影もなく、巨大なスライムとしての本来の姿を取り戻したハンスは、辺りに生えている木々を片っ端から飲み込んで吸収していく。
「わ、わああああーっ!源泉が!源泉があああっ!」
あの姿になっても作戦を忘れていなかったのか、巨大化する時に飛び散ったいくつかの破片が源泉に落下した。それを見たアクアが源泉に向かって駆け出し、手を突っ込んで浄化魔法をかける。
「ハルキ、私の大剣と鎧を預かっておいてくれないか。スライムが相手では鎧も剣も意味がない」
「わかった」
「ウィズ!ゆんゆん!2人の凍結魔法でハンスを氷漬けにできないか!?」
「無理です!」
「私もゆんゆんさんと同意見です。ですが、ハンスさんがもう少し小さければなんとかできます」
「だったら、私の爆裂魔法で」
「山が汚染されるから却下だ!」
温泉の浄化をしているアクアに向かって駆け出しながら、俺達は作戦会議を行っている。こうしている間にも、ハンスはアクアのいる源泉にじわじわと近づいている。
「皆!何か使える物はないか?手持ちの道具を出してくれ!」
「杖と石鹼と洗剤があります」
「露店で買った人形と石鹼と洗剤があります」
「杖とダガーと石鹼と洗剤があります」
「石鹼と洗剤とお土産の肉饅頭がある」
「石鹼と洗剤と武器がたくさんある」
「俺は刀と弓と石鹼と洗剤がある」
何で石鹼と洗剤しかないんだ!ふざけてんのか!
……いや、待て。あるじゃないか!使えそうな道具が!和真も同じ考えが思いついたのか、ダクネスのお土産の肉饅頭を1個掴んでハンスの近くに投げ飛ばす。すると、ハンスは近くの木ではなく肉饅頭のほうを取り込んだ。やっぱり、スライムの本能である食欲には逆らえないようだ。
「俺と兄さんがこれを投げて、ハンスを源泉から出来るだけ遠ざける。俺が合図を出したら、めぐみんは爆裂魔法でハンスを吹っ飛ばしてくれ。その後で、ウィズはゆんゆんから魔力を死なない程度に吸い取って、ハンスを凍らせてくれ。そしたらアクアがそれを浄化。ダクネスは飛び散る破片から皆を守ってくれ!」
『了解!』
「《投擲》!《投擲》!《投擲》!」
「《投擲》!《投擲》!兄さん、今肉饅頭がすんごいカーブしたんだけど!?」
「口より手を動かせ!言いだしっぺのお前が遊んでるんじゃねえ!」
俺と和真はダクネスのお土産を抱え、《投擲》スキルを使って投げ込む。後ろではめぐみんが爆裂魔法を何時でも撃てるように待機。ウィズはゆんゆんの魔力を吸い取っていた。ダクネスはまだかまだかとその時を待ち、アクアは源泉の浄化を必死で行っている。
そして、お土産もなくなったと同時にウイズは魔力の補給を終えた時、和真が右手を挙げる。
「やれ!めぐみん!」
「『エクスプロージョン』!」
めぐみんの爆裂魔法がハンスを木っ端微塵に吹き飛ばすのと同時に、ダクネスが俺達を庇うように立ち塞がる。そして。
「『カースド・クリスタルプリズン』!」
ウィズの凍結魔法でハンスが氷漬けになり。
「『ピュリフィケーション』!」
アクアの浄化魔法で、汚染された源泉とハンスは、綺麗になった。
ハンスとの激闘を乗り越え、翌日の昼過ぎ。
アクセルの街にある、俺達の住んでいる屋敷の居間。
「ううっ……私、頑張ったのに。どうして皆に石を投げられないといけないのよ……!」
暖炉の前のソファーでうつぶせに寝そべり、帰ってきてからずっとアクアが泣いていた。
アクアが言う通り、本当にこいつは今回頑張った。それはもう頑張った。……
具体的に言うと、山を丸ごと浄化し、温泉を只のお湯に変えてしまった。序に言うと、ウィズがその余波で成仏しかけた。
何というか、ハンスの当初の目的を俺達が代わりに完遂させてしまったわけだ。
本来なら賠償金は途方もない額になるが、やったのがアクシズ教のアークプリーストであるアクアであることと、一応は街を救ったということで、ハンスの賞金はそのまま賠償金となり、何とかそれで許してもらった。そして、本来なら3泊4日の予定だったところを切り上げて、今日帰ってきた。
今、和真はめぐみんと一緒にウィズをバニルの所に運び、帰りに日課をこなしてくると言っていたので屋敷にいない。……こうして考えてみると、バニルはこうなることを見通してウィズを連れていくよう頼んだのかもしれない。今頃、和真にウィズの分の宿代やらの入った袋を渡しているのかもしれない。そしてそれを和真に追及され、すっとぼけている姿が思い浮かぶ。
残る俺とダクネス、ゆんゆんでアクアの相手をしているのだが、ずっと泣かれていては話が進まない。
「なあアクア。今夜はハンス討伐の祝勝会を屋敷でやろうと思うんだが、何が食べたい?今回の戦闘の一番の功労者であるアクアが食べたいのを何でも作るからさ」
泣き止んだアクアの耳が、『何でも』という単語に反応してピクピク動いた。
「何でも作ってくれる?」
「ああ。材料が手に入ったらの話だけど」
アクアが仰向けになり、顎に手を当てて考える。そして、選ばれたのは──
「…………水炊きがいい」
「仰せのままに」
「──以上が、今回の騒動のまとめになります」
高鳴る胸の鼓動を深呼吸で落ち着けつつながら、届けられた報告書に目を通していく。
街中の温泉の浄化をたった1人で行い、魔王軍幹部ハンスの猛毒で汚染された源泉、及び撃退時に飛び散ったハンスの破片を全て浄化。通常ならば、腕利きのアークプリーストを大勢集めて数か月要するはずの浄化を。
そして、それを成し遂げた方の外見は、水色の髪と瞳。そして羽衣を纏った、見目麗しい女性。……間違いない。歓喜のあまり発狂しそうな頭を理性で抑える。
「どうなされますか?この街の信者達には……」
「無論、知らせる。但し、内密にだ。またあの御方がこの街に遊びに来るかもしれない。その時、気を遣わずにお越し頂ける様、無暗に声をかけたりしない様、細かく注意を促しなさい」
「かしこまりました」
続いて、浄化された源泉。報告によれば、非常に強力な聖水が湧くようになった。それも、温泉を経営するよりも利益が上がるほどの。あの御方が浄化されたのだ、それぐらいの効果があって当然だ。
「……そういえば、多額の賠償を背負わせてしまった様なのですが、教団の者をアクセルの街に送り、賠償金のお金を何らかの形でお返しするというのはいかがでしょうか。セシリーが、恩返しのためにアクセルの街に向かいたいと言っていましたが」
「……そうだな、そうするか。本来であれば、街を救ってくださった事を感謝し、賠償など背負わせてしまったことを深く謝りたいのだが……それはまたいつか、この街にお越しいただいた時にでも」
報告に来たプリーストが深く頭を下げると。ハッとした様に目を見開く。
「ああ、それと、あの御方からゼスタ様に伝言があります」
「伝言?」
「はい。『汝、他宗派の神と信徒への礼節を失うなかれ』とのことです」
「ふむ……」
つまり、我々の他宗派への行いが罰当たりであったと。いやはや、この歳になって、礼節を説かれるとは思わなかった。
伝言の意味を頭の中で反芻し、そして、名案が浮かんだ。
「……こうしよう。源泉の浄化は、今まで他宗派への礼節を欠いた我々への罰であったと。しかし、あの御方は更生のチャンスとして、聖水が湧くようにしてくださったと。街の信者達にはそのように知らせよう」
「はい」
プリーストが筆を走らせ、紙に書き終えるのを確認すると、私は立ち上がって部屋の扉に手をかける。
「……どちらへ?」
「街に住まうエリス教徒の方々に、今までの非礼をお詫びして、頭を下げてくる」
「お供します」
「ありがとう。では、行こうか」
この日を境に、これまでの行いが嘘だったように、アクシズ教徒達は大人しくなった。始めのうちは訝しむような視線を、特にエリス教徒から浴びていた。しかし、徐々にアクシズ教徒が改心したという認識も広まり、人々もそれを事実として受け入れていった。それに伴い、信者の数も少しづつ増えていくのだが、それはまた別のお話。
かなり駆け足ですが、これにてアルカンレティア編終了