「ただいまー」
土木工事のバイトを終えた和真が、屋敷に帰ってきた。王都から帰ってきて以来、和真はダクネスに言われた通り働いている。毎日は流石にキツイということで、週5の頻度でバイトに出ている。そして和真がバイトに行っているということは……。
「痛い……」
ダクネス直々の鍛錬を受けためぐみんが、テーブルに突っ伏して死にかけている。何をやってきたのか気になって聞いてみたところ。走り込み(それも街の外壁周辺で)とスクワット、腕立て伏せに懸垂に上体起こしを限界までやらせているらしい。走り込みの時に重りでも背負わせようとしたらしいが、めぐみんの体力を考えて却下したとダクネスは言っていた。めぐみんの体力を考えているのなら、走り込みの距離をもう少し短くするべきではないだろうか。俺はタンドリーチキンを作りながら訝しんだ。
とまあ、3名ほど生活リズムが少し変化して数日が経過した。
「それでは冒険者サトウカズマさん、サトウハルキさん。今回お呼び立てしていた件ですが……」
冒険者ギルドから呼び出しを受けた俺と和真に、重い袋を抱いていたルナさんが満面の笑みを浮かべ──
「今回は賞金が高額なので支払いが遅れましたが……。こちら、大物賞金首『魔王軍幹部シルビア』の討伐報酬、3億エリスとなります!サトウさんが倒した魔王軍幹部はこれで4人ですよ!?サトウさんは、このアクセル冒険者ギルドのエースです!……さあ、これをどうぞ!」
『おおおおおお!』
その様子を見守っていた冒険者達から歓声が上がる。
和真は周りの冒険者に余裕の笑みを浮かべながら、ずっしりと重い袋に手を伸ばす。
「アクア達を呼んでくる」
「うん。お願い」
俺は和真に用を伝え、冒険者ギルドを後にする。
「魔王軍幹部の討伐報酬が出た!?」
「それも3億ですって!?」
ギルドからの呼び出しの用件を伝えると、アクアとめぐみんが目を飛び出す勢いで驚く。ダクネスとゆんゆんは良い方の用件で呼ばれて安堵したのか、ホッと胸を撫でおろす。
「それで、この後はどうする?ギルドで宴会でもするか?」
「「賛成!」」
「右に同じく!」
アクアとめぐみんは手を思いっきり挙げて賛成し、遅れてゆんゆんも賛成する。そしてダクネスは……。
「まあ、今日くらい良いだろう」
ダクネスが賛成すると言うや否や、アクアとめぐみんは屋敷を飛び出していった。
「と、いう訳だ」
ギルドに戻った俺は、和真に屋敷でのことを簡潔に説明する。すると、和真はギルドにいる冒険者達を見渡すと、袋から金を一掴み取り出して叫んだ。
「宴の始まりだああああ!」
『ヒャッハー!』
冒険者達の歓声がギルド中に響き渡り、拳を掲げた。
「おいハルキ。こんだけ功績挙げたら親御さんも許すんじゃねえか?」
「お前は何を言ってるんだ」
酒を浴びるように飲んで顔が真っ赤になったヘインズが、ジョッキ片手に絡んできた。
「とぼけんじゃねえよ。お前とダクネスが風呂も寝るのも一緒になる仲まで進展したってカズマが言ってたぜ。親御さんに挨拶も済ませてんだろう?」
「見せつけるように並んで酒飲みやがって!式はいつだ?」
便乗して、セドルが肩を組んできた。酒臭いから止めろお!
「おい和真!こいつらに何を吹き込んだ!」
俺が大声で訊ねると、和真はジョッキの残りを一気に傾けると、満面の笑みで答えた。
「包み隠さず事実を述べただけですが?」
ここが宴会の席じゃなかったら頭からバケツで水を浴びせてやるところだった。
その後、俺は絡んでくる酔っ払い共への弁明が忙しく、酒を飲むどころではなくなってしまった。
ギルドでの宴会から数日後。
「和真、アクアが大事そうに抱えている物を見てくれ。あれを見てどう思う」
「真っ黒な点に目をつむれば、どう見ても鶏の卵だ」
一体どういうことかとアクアに訊ねると、アクアは得意げに。
「こないだ1人で留守番してたら、私達の活躍を聞きつけた行商の人が来てね?『凄腕の冒険者である貴方方にとっておきの品があるのです!』って言われたの。今後も魔王軍と渡り合うつもりなら、使い魔にドラゴンはいかがですかって言われて、なるほどねって思ったわけよ」
こいつは胡散臭い。詐欺の臭いがプンプンする。
「おバカなカズマは知らないでしょうけど、ドラゴンの卵っていうのは市場に出れば貴族と大金持ちが先に手に入れちゃうのよ。それを安く譲ってくれる人が現れたら、そんなの買うしかないでしょう?それに、鶏の卵だと思って食べたら実はドラゴンの卵で、凄くレベルが上がったって事例はあるそうよ。今まで取引したお客さんの中にもいたんですって!」
誰かここに鏡を持ってきてほしい。全身映せるくらいでかいやつを。
「……金額は」
「最低でも億はするけど、私の持ち金全部と交換よ!金持ちのステータスとして飼うんじゃなくて、凄腕の冒険者達に育ててもらって、来るべき魔王軍との戦いに役立ててほしい、だって!」
駄目だこいつ。
生まれてくるドラゴンの名前も決めてあると宣うアクアに眩暈を覚えた。360度どこからどう見ても鶏の卵なのに、何で買ったんだこの馬鹿は。
「というわけで、孵化するまで私はクエストに参加できないからね。ねえカズマ、ちょっと手が離せないから、晩御飯持ってきて食べさせて」
その日の晩御飯はカルボナーラだった。
翌朝。アクアがゆんゆんを連れてドラゴン用の首輪を買いに行った頃。
「お早う!我が親愛なるビジネスパートナーは在宅か?」
屋敷の外から、バニルが声をかけてきた。
「何の用だ」
「うむ。此度の商談に関することなのだが、我輩としては屋敷の中で話したい。外でするのは少々まずいのでな」
よろしいか?と、バニルが訊ねると、和真達が頷いたのでリビングまで入れる。
「商談に関することって言うと?」
「今回、我輩は貴様ら兄弟の商品の知的財産権をそれぞれ3億エリスで買うと契約した。そして、その金も集まりつつある。だが1つ問題があった。金を片方に先に渡すか、まとめて渡すか。それに関する文言を契約書に書いていなかったのだ」
我輩としたことがついうっかり。と、わざとらしく額に手を当てるバニル。
「そこで、貴様らに問おう。金は片方に先に渡すか、両方一気に渡すか。どちらが良い?」
俺は懐から6面ダイスをバニルに手渡す。
「偶数なら俺、奇数なら和真に先に渡してくれ」
「あいわかった。いざ!」
バニルが投げたダイスが、テーブルの上を転がる。そして結果は──
「ふむ、2か。では、鎧娘と一線を超えられそうで超えられない小心者よ。貴様は近いうちに大金持ちになるであろう」
「今度余計な事言ったら口を縫い合わすぞ」
「おお、怖い怖い」
バニルはそう言って肩を竦めると立ち去る。と思ったら、ダクネスの方を向いた。
「ああ、それと。絶賛両片思い中の男との混浴を経験して以来、1人での湯浴みに物足りなさを感じる筋肉娘よ。汝にも用がある」
「誰が筋肉だ!」
顔を真っ赤にしたダクネスが吠えると、バニルは美味である、とダクネスに礼を述べた。
「此度の商談を円滑に行うため、障害となる物事がないか占ってみた所、汝に破滅の相が出た。故に、1つ忠告に参ったしだいだ」
「……破滅の相だと?」
表情を引き締めたダクネスが聞き返し、俺達は占いの具体的な内容を聞き逃すまいと黙る。
「うむ。汝の家が、父親が、これから大変な目に遭うだろう。そして、あまり頭のよろしくない汝は、自分を犠牲にすれば万事解決すると短絡的な行動に出るだろう。その行動は誰も喜ばず、父親は後悔と無念を抱いて余生を送るだろう。残念なことに、良い回避方法は存在しない。その時が来たならば、全てを投げ捨てて我輩のビジネスパートナーの片割れと駆け落ちし、どこか遠い地でやり直すが吉である。だが……」
バニルはそこで、視線を俺の方に切り替える。
「貴様が更なる売れ筋商品を開発すれば、どうにかなるかもしれんぞ?」
何故に俺?しかも更に商品を作れと?そこにどんな因果関係があるんだ?
「以上だ。では、節穴女神が来る前に我輩は帰るとしよう」
と言い残し、バニルは屋敷を出て行った。
それから更に日が経った日の夜。
ノックも何の前触れもなく、突然ドアが開けられた。
そして、執事服を着た男性が許可もなく屋敷に入ってきた。
「このような時間。それも食事中に申し訳ありません。実はダスティネス卿に、我が主、アレクセイ・バーネス・アルダープ様より火急の用があり、こうして参上したのですが……。しばし、お時間をよろしいでしょうか?表に馬車を用意してあります。詳しくは、我が主の屋敷にて」
その男は、外を示す。
「……ちょっと出かけてくる。私の帰りが遅ければ、玄関の鍵は掛けておいてくれ」
「わかった。行ってらっしゃい」
ダクネスはいきなり来た事に対して眉間に皺を寄せていたが、ぐっと堪えて大人しく同行していった。尚、曲がったナイフについては見なかったことにする。
「……何だったんでしょうか、あの人は?」
「アルダープって、街の領主のおっさんだよな。ってことは、実家絡みで何かあったのか?」
「何事もないと良いんですけど……」
和真達は表情を曇らせて黙り込み、何事もないことを祈っていた。そんな中、俺は。
「ねえハルキ。ダクネスの分のハンバーグを頂戴?この前カズマにやらせたら、シチューを鼻から食べさせたのよ?」
「はいはい」
今日も卵を離そうとしない、空気の読めない1名の相手を俺はしていた。
翌朝。
「皆!!賞金首モンスターを狩るぞ!!」
昨夜はあのまま帰ることのなかったダクネスが、開口一番にとんでもない事を言いだした。
「お前、朝帰りしたと思ったらどうしたんだ急に。というか、昨日の件はどうなったんだ?」
「き、昨日の事はお前達が気にすることじゃない!貴族の柵というやつだ、巻き込まれたくなければ首を突っ込むな」
「はいはい。で、その賞金首モンスターってなんだ?」
「こいつだ」
ダクネスが見せてきた紙には『クーロンズヒュドラ』という賞金首モンスターのイラストや習性など、詳細な情報が書かれていた。
「そいつはアクセル近くの山に住み、普段は深い眠りについているモンスターだ。体内に蓄積した魔力を使い果たすと湖の底で眠りにつき、周辺の大地から魔力を吸い上げ始める。魔力の蓄積が完了するのにかかる年月は10年ほど。その間、周辺の土地は枯れる。だが最近、その土地から雑草が生え始めたらしい。つまり、ヒュドラが魔力を吸い上げる必要がなくなったということだ。目覚めの兆候だな」
「こんなもん狩るとか正気か?」
横から紙を覗き込んでいた和真が、嫌そうに顔を歪める。
「正気だ。お前達の変身能力と、めぐみんの爆裂魔法が合わさればできるだろう」
そう簡単に上手くいくものなのか。ダクネスは倒せると言っていたが、少し不安だ。だいたい、ヒュドラってのは俺達のいた世界でも凄いモンスターという存在だったはず。
「……どうする?」
「まあ、迷惑かけた分働いて返済することになってる俺は断れないな」
他のメンバーに目を向けると、めぐみんは杖を振り回してやる気がありますアピール。そんなめぐみんを見て、不安そうなゆんゆん。そして、アクアは卵を大事そうに抱えて丸くなり、全力で拒否していた。
「あの、万が一倒せなかった場合、ヒュドラを怒らせてしまうだけでは……?」
「そこは問題ない。今までであれば大軍で囲み、暴れさせることで魔力を消耗させ、魔力切れになったヒュドラを眠りにつかせていた。当然今回も周期に合わせて、王都から騎士団が派遣されることになっている」
ゆんゆんがおずおずと手を挙げて質問すると、ダクネスが答える。失敗しても騎士団という保険があるのか。
……まあ、それならやれるだけやってみるか。
俺とゆんゆんもダクネスの提案に乗り、残るは全身から拒絶のオーラを放つアクアのみ。
「(ゆんゆん、めぐみん、出入り口。兄さん、ダクネス、アクア押さえる。俺、卵回収)」
和真がそれぞれを指さし、ジェスチャーで指示を送ると、全員が頷く。そしてめぐみんとゆんゆんは出入り口に立って退路を塞いだところで。
「「確保!!」」
「いやー!」
俺とダクネスが押さえようとするが、アクアはじたばたと藻掻く。そして和真はアクアの正面に立つと。
「『スティール』!」
「あああああっ!!」
手を突き出し、お得意の『スティール』を発動。すかさず俺とダクネスはアクアの腕と肩を掴んで押さえつける。
「ゼル帝を返しなさいよ、この引きニート!」
「おおっと、兄さんとダクネスを振りほどいて俺に掴みかかれば、この卵は落ちて割れるぞ?あと、俺は週5でバイトに行ってるから引きニートじゃない。引きニートなのはお前の方だ。穀潰しが」
吠えるアクアと、卵を頭上に掲げてアクアを見下ろす和真。弁解の余地はないほどに悪役だな。
「こいつの命が惜しければ、俺達に協力してもらおうか!」
「鬼!悪魔!ロリコン!」
アクアは泣く泣く、俺達についてくることにした。