「何で暴れさせるだけで止めを刺さないか身をもって理解した。止めを刺さないんじゃなくて、刺せないんだ」
アクセルの街への帰り道、どことなく沈んでいるダクネスを連れ、先程の戦闘を振り返っていた。
クーロンズヒュドラの大きさは、俺達の住む屋敷よりも少し大きい程度。
俺達は先手必勝とばかりに、めぐみんの爆裂魔法を叩き込んでやった。そしてクーロンズヒュドラの首は吹き飛んだ。
だが、ビデオテープを巻き戻したようにヒュドラは再生し、俺達に襲い掛かってきた。和真はそれを見て撤退を選択し、俺達もそれに同意。ヒュドラの攻撃から命がけで逃げてきて今に至る。
「馬鹿ねー。めぐみんの爆裂魔法で仕留められなくても、あんた達が変身して戦えば済む話じゃない」
「何回殺せば死ぬかわかんない敵に、制限時間のある力を使えるわけねえだろ」
馬鹿はお前だ。と和真に言い返され、アクアは馬鹿って言った方が馬鹿だと子供じみた反論をする。
「ですが、どうしましょう。ヒュドラの動きを封じ、尚且つ死ぬまで殺し続けるとなると骨が折れますよ」
「ってことは、それなりに人数が必要だな」
「王都から派遣される騎士団の人達に頼んでみますか?」
「そうね。ヒュドラも当分は湖を瘴気で汚染する作業にかかりっきりだろうから、その間に騎士団の人達が来るのを待ちましょう」
「な、なぁ……」
ギルドまでの道中、議論を交わす俺達にダクネスが申し訳なさそうに話しかけてきた。
「私が無理に戦いを押し付ける形になってしまったのだが、その……怒っていないのか?」
「大物賞金首や魔王軍幹部を相手に戦うなんて今更だから、怒る要素なんてないよ」
「……そうなのか?」
頷いて答える皆に、ダクネスはありがとうと言ってはにかんだ。
そして到着した冒険者ギルド。そこで俺達が事の経緯を話すと。
「またアクアさんがやらかしたのか!?」
「どうすんだよ!クーロンズヒュドラなんて大物、俺達じゃどうしようもできねえよ!」
「実家に帰らせて!」
「手配書をもっと回せ!街の冒険者全員に手配書を回すんだ!」
ギルド内が、阿鼻叫喚と化した。どういうことか事情を知るため、俺達は窓口にいたルナさんに声をかける。
「ルナさん。確かに討伐には失敗しましたけど、ここまで騒ぎになるんですか?あとは騎士団が来るのを待つだけだと思うんですけど」
「それがですね、タイミングの悪い事に王都の方で大事件が発生したとのことで……。騎士団はその後始末に追われ、こちらに構っている暇がないそうなんです」
「王都で大事件?」
「はい。と言っても、事件が発生したのは少し前で、今は一応の解決を見せ、事なきを得たようです。現在は、王都の混乱の収束と事件を起こした犯人捜しのため、騎士団を駆り出しているそうで……」
少し前、王都。嫌な予感が俺と和真、ダクネスの頭を過った。そしてそれは、ルナさんが見せた手配書によって現実のものになった。
「何でも、王都で銀髪盗賊団と命名された連中が王城に侵入し、宝物を盗み出したらしいんです」
手配書には、仮面を被った怪しげな男と、口元を覆った銀髪の青年、フードを目深に被って口元を覆った人物の似顔絵が描かれていた。
賞金額は2億エリス。
なんてこった、魔王軍幹部に次ぐ賞金をかけられてしまった。
「2億エリス……2億エリスか……」
「大丈夫かダクネス。目がヤバいことになっているぞ」
普段は金に興味を示さないダクネスが、手配書を手に血走った目で俺を見る。
「まあ、そんな訳で派遣を予定されていた騎士団がいつ来るのか分からない状況なんです」
つまり俺達のせいですね、本当にごめんなさい。どうしよう。国を救うためにやったのに、そのせいでこの事態を招いたから罪悪感が……。
「ですが、希望もあります。王都の騎士達がわざわざ紅魔の里まで出向き、腕利きの占い師に犯人の行方を占ってもらったところ、この街に潜伏していることがわかったんです!しかも、この街には紅魔の里の占い師にも勝る超腕利きの占い師がいるんですから!」
それってバニルの事ですね分かります。あいつのことだ、賞金のために俺と和真を切り捨ててギルドに突き出すだろう。
ルナさんは実績のある俺達に期待していますと言うように拳を握りしめ。
「そんなわけで、サトウさんもご協力お願いしますね!」
俺達は、暫く引きこもって大人しくすることにした。
運良く梅雨ということで当分雨が続くため、それを口実にヒュドラ退治の準備という名目で工房と屋敷を往復する生活を始めて数日が経つ。
「最近、クリスを見かけないな。俺達が言ってもダクネスが止まらないから、クリスの助力を得たいんだが」
「言われてみれば確かに。どこで何をやっているのか、手紙くらい寄こして欲しいもんだね」
結び目がほどけないよう、フックにロープを付けながら、和真と俺は姿を見ないクリスの事を話す。王都を出てアクセルの街に帰ってきていると思っていたが、暫くあいつの姿を見ていない。まさか、こうなることを見越してどこか違う街に身を潜めているのか?それとも、街にいるけど変装して別人に成りすましているのか?少なくとも、俺と和真がこうしていられるという事は捕まってはいないのだろう。
「……そういえば和真。お前、去年冬将軍に殺されてエリス様に会ったって言ってたな」
「ああ、あったねそんな事。アクアにエリス様の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいと思ったから覚えてる」
「俺が紅魔の里で昇天してエリス様に会ったのも覚えてるか?」
「それはもうバッチリ」
なら言っても大丈夫だろう。王都でクリスに言いそびれたあの話題を。
「俺、その時に外見があまりにも似てたもんだからエリス様の事をクリスって呼び捨てにしてしまったんだよ」
「マジで?今思えば、エリス様とクリスって驚くほど似てるよね。服装を変えて頬の傷跡を消せば、ほぼ一致する程度には」
もしかしたら。と、和真が冗談でも言うような軽い感じで。
「エリス様が下界で活動している時の姿が、クリスだったりして」
「それなら、今の内に謝っといたほうがいいぞ。初対面でやらかした色んな事とか」
「初対面で下着を盗んで申し訳ありません、エリス様。その後下着を振り回して申し訳ありません、エリス様」
工房の神棚を指さして言うと、和真は速やかに土下座してエリス様への謝罪の言葉を口にした。
「いや、それよりもダクネスだ。アルダープの屋敷から帰ってきてから、様子がおかしい」
「確かに、異様にヒュドラ討伐に執念を燃やしてるし。俺達の賞金の額を聞いて目の色変えてたし」
最近のダクネスはおかしい。めぐみんが連日爆裂魔法を放つために湖に向かうため、帰りの足として同行しているだけと思いきや、最近は1人でヒュドラに立ち向かってはボロボロになって帰ってくる。そして、ボロボロになった鎧を俺が毎日修理している。
実家で金絡みの何かがあったのか。俺と和真に、そんな疑惑が浮かんだ。
しかし、あいつの家は仮にも大貴族だ、金に困っているようには見えない。それに本人曰く、自分の家は清貧を心掛けて無駄遣いをしないと言っていた。となると、ダクネスが求めているのはヒュドラを倒したという実績なのだろうか。いや、それだと俺達にかけられた賞金に目の色を変えたのがわからない。
「兄さんと結婚するとき周りに口出しさせないために、ヒュドラを倒したいのかも」
「それは無い」
きっぱりと即答で否定すると、和真は生温かい目を俺に向けて肩に手を置くと諭すように。
「兄さん、両片想いは見ているほうがイライラするから。今夜でも2人っきりになってダクネスに告白してきてよ。邪魔する奴らは俺の手首を捻るように痛い痛い痛い!!」
和真の手を取り、捻り上げる。
「これ以上余計な事言ったら手をJ・ガイルにするぞ」
「悪かった!俺が悪かったから手を離して!これ以上は本気でマズいから!」
──そして、ある日。
「いません!部屋に行ったらもぬけの殻でした!」
「またか!もう行くなって言ったのに、あのアダマンタイト頭は!」
俺達の制止を聞かず、単身でヒュドラに挑みに湖に行くダクネスを何とかしようと、俺達は交代で見張りを立てていたのだが……。
「何で寝てんだこのサボり魔がああああ!!」
「仕方ないじゃない!私だってゼル帝の孵化で忙しいんだから!」
「だったらそれを寄こせ!焼いて食ってやる!」
「止めて!卵を温め始めてそれなりの日数が経ってるから、今割ったら大変な事になってるから!」
卵を抱えて亀のように丸くなるアクアを無視して、俺達は話し合う。
「ヒュドラだって学習しますし、ダクネスの負う傷も深刻なものになってきてます。そろそろ私達が行動に移さないとマズいですよ!?」
「……俺と和真は寄るところがあるから、めぐみんとゆんゆんでダクネスを連れ戻して来てくれ。ヒュドラに遭遇しても戦わずに逃げてくるんだ。あと、安全なところまで逃げたらこのポーチの中のポーションを全部あいつの頭からかけてやれ」
ポーチを受け取っためぐみんは、ゆんゆんと一緒に屋敷を出て行った。そして和真はアクアに説教中のため屋敷に残っていた。
残った俺は覚悟を決めて、部屋からエリス紙幣を持ち出して財布に突っ込んで屋敷を出た。
翌日。
俺と和真は朝早くから屋敷を出て、ヒュドラのいる湖に向かっていた。
案の定、昨日はボロボロのダクネスをゆんゆんとめぐみんが見つけ、帰りの間中質問攻めにあっていたらしい。
あいつはヒュドラ討伐を諦めるつもりはないらしい。
という訳で、俺は助っ人を呼んできた。その助っ人を見て、遅れて来たダクネスが固まる。
「おっ、ララティーナが来たぞ」
「遅かったな、ララティーナ!」
「よし、ララティーナ。一旦落ち着こう。いえ落ち着いてくださいダクネス様!」
俺が呼んだ助っ人とは、アクセルの街の冒険者達。ダクネスは口々に自分を揶揄い始めた冒険者達を見て、どういうことだと俺に掴みかかってきた。
「お前が毎日ヒュドラ討伐に1人で行ってるから、その手伝いを頼んだだけだ!」
「ッ!?」
それを聞いたダクネスが手を離し、皆を見回すと。
「そうだぞ。昨日ハルキがギルドに飛び込んできて、ララティーナのために力を貸してくれって頭下げたんだぞ?」
「ハルキには世話になってるし、ハルキの金で高い酒飲んで美味い料理食ったんだ。それで借りを返さなかったら罰が当たるからな。ララティーナの我儘の1つや2つ、聞いてやるよ!」
そんな声が、冒険者達の間から投げかけられた。言われたダクネスは、照れくさそうに顔を赤くして小声でぽつりと言った。
「あ、ありがとう……」
「おいダクネス、もう少し大きな声で言わないと皆に聞こえないぞ。ほら、勇気を出してもう1度」
大きな声でのリピートを強要する俺を涙目で睨みながらも、ダクネスは暫しもじもじしたりはにかんだりする。そして意を決したのか、笑みを浮かべながら。
「皆、ありが」
「カズマさん!!カズマさーん!!なんか、ヒュドラが起きるのがこの前より早いんですけどー!?」
ダクネスのお礼の言葉を、アクアの悲鳴が遮った。いつの間に湖に入っていたんだ。
それを聞いた和真がキレた。
「お前、何で俺の合図を待てないんだよ!!今凄く良い雰囲気だったのに水を差しやがって!!」
「アクアさんのせいで台無しだよ!!」
「泳いどる場合かーッ!」
「だって!だって!!早く帰ってゼル帝の誕生を……!」
最悪のタイミングで邪魔されたダクネスが、恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして小刻みに震える。そんなダクネスを女性冒険者達が慰め、男性陣は和真と同じようにアクアにキレた。
「あーもう!各自配置について!戦闘開始だ!」
アクアを追いかけてきたクーロンズヒュドラが、水飛沫を上げて姿を現した。