この兄弟に祝福あれ   作:大豆万歳

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第38話

 兄さんが屋敷を飛び出してから、街は連日お祭り騒ぎだ。

 ケチで知られているあの領主が、街に少なくない金を出し、大々的に結婚のムードを作っているらしい。

 まるで途中で心変わりなどさせないと言うように、外堀を埋めていく勢いだ。

 そして結婚の日取りも決まり、式は1週間後に行われると発表された。

 結婚式まであと6日。

 

「ごめんください。サトウカズマ様はいらっしゃいますか?」

「はーい、いらっしゃいますよー」

 

 玄関に行ってみると、そこにはダスティネス家の執事のハーゲンさんが手紙のようなものを持って立っていた。

 

「何か御用でしょうか?」

「ええ。実は当家のポストに毎日このような手紙が投函されまして……」

 

 手紙の内容は要約すると、結婚式当日に式場であるエリス教会を魔王軍幹部が爆裂魔法で破壊するという情報を得たので、中止にしなさい。といった内容。差出人の親切な魔法使いという名と、爆裂魔法という単語で俺は全てを察した。

 そしてハーゲンさんに深々と頭を下げた。

 

「すいませんでした!あの馬鹿は、ちゃんと叱っておきますので!」

「い、いえ。これがエスカレートして領主様のもとに送られますと問題になりますので、そうなる前に伺った次第でして」

 

 用件は済んだのか、屋敷を出ていくハーゲンを見送った後、俺はめぐみんの部屋のドアを激しくノックする。

 

「めぐみーん!ちょっと話があるから出てこーい!」

 

 

 

 

 結婚式まであと4日。

 

「さあ、続いては!この鞄の中から鞄よりも大きい初心者殺しが飛び出しますよ!」

「ストーップ!」

 

 ダスティネス邸の真ん中で、人混みの中謎の芸を披露するアクアさんを捕まえて羽交い締めにする。当然ながら、アクアさんが手足をバタつかせて抵抗する。

 

「ちょっと離してよゆんゆん!これだけ人が集まっているのに芸を中断なんてできないわ!それに、初心者殺しを捕まえてもらうのに、わざわざ冒険者ギルドに依頼したんだから!」

「私達が目を離してる隙に何をやってるんですか!家の前で迷惑だって苦情が来たんです!さあ、早く帰りましょう!」

「嫌よ!ダクネスが出て来るまで、ここで毎日芸をやるわ!わかったら離して!ほら離して!」

 

 アクアさんと私の攻防は、帰りが遅いからとカズマさんがやってくるまで続いた。

 

 

 

 

 結婚式まであと2日

 

「……ただいま帰りました」

「お帰り。もう馬鹿なことするんじゃないぞ」

 

 帰ってきためぐみんが、玄関先でぐったりしている。

 俺の説教に耳を貸さなかっためぐみんは、とうとう領主の屋敷に脅迫状を送り付けた罪で、今日まで拘置されていた。それもダクネスの家の人の口利きもあって特例で釈放になったが。

 

「気持ちはわかるが、もう少し大人しくしておけよ?お前もアクアも迷惑しか掛けてないからな」

 

 因みにアクアは今日もダクネスの家に向かったようで、今ゆんゆんが連れ戻しに行っている。多少乱暴にしても良いから連れ戻すように言ってあるので、この間のように時間はかからない筈だ。

 

「ただいま帰りました!」

「ちょっとゆんゆん離してよ!痛いんですけど!」

 

 噂をすれば何とやら。アクアの肘を極めながらゆんゆんが帰ってきた。

 

「やはり私やアクアではどうにもなりません。カズマ、ゆんゆん、いい加減結婚の妨害に協力してください!ハルキが使い物にならない以上、私達で何とかしないと!」

 

 めぐみんに言われ、工房で見た兄さんの様子が脳裏に過る。

 つい先日、俺はアクアとめぐみんをゆんゆんに任せて兄さんの様子を見に行ったが、それは酷かった。

 工房の隅に山積みになった何かの試作品と設計図。

 碌に風呂も入っていないのか、体から漂う悪臭に、ボサボサの髪に伸び放題の髭。

 そして工房の中心で兄さんの目は血走り、何かに取り憑かれたように作業に没頭していた。

 俺が来ていることにも気づかず、言っている事にも耳を貸さない姿は見ていられるものじゃなかったので、そのまま帰ってくるしかなかった。

 

「何とかするって言っても具体的に──」

 

 何をするんだと。そうめぐみんに問おうとした時、玄関の扉がノックされた。

 

「はーい」

 

 またハーゲンさんが来たのだろう。そう思って扉を開けるとそこには……。

 

 

 

 

『ハルキ!このジャイアント・アースウォーム討伐はどうだ?こいつなら私を吞み込んでヌルヌルに、いや、こいつが相手なら不器用な私でも剣を当たられると思うのだが!』

 

 無心で槌を振るう俺の頭の中で、ダクネスとの思い出が蘇る。

 

『いいかハルキ。私は騎士であると同時に乙女だ。だから筋肉が硬いと言われたらちょっぴり傷つくし、怒るぞ』

 

 振り払おうと作業に打ち込むが、それに反してダクネスとの思い出が蘇ってくる。

 

『……ああ、ハルキか。いや、実は知り合いに最近結婚した人がいてな。それを理由に父が見合い話を持ち掛けてきたものだから、つい張り手を……』

 

 槌を振るう手を止め、筆を走らせて設計図を描くが、止まらない。

 

『もう嫌だ。ここ最近父が毎日のように見合い話を持って来る。……いっそのこと、ここでお前と既成事実をこさえてそのまま結婚してしまおうか』

 

 その瞬間、俺の手の中で筆が枯れ枝の如くへし折れた。予備の筆を出したところで喉の渇きを覚えた俺は、工房の外にある井戸から水を汲み、口にして一息つく。

 続いて湧き上がる、後悔の念。

 なぜ俺はダクネスに想いを伝えるなり既成事実をこさえるなりしなかったのか。今までも機会は幾らでもあったと言うのに。

 身分の違いか?単純に振られるのが怖かったのか?いや、どれもそうだが一番は……。

 

『パーティーを組むなら、人間関係には気を付けろ。男女関係が拗れて解散したって例があるからな。実際、俺が前にいたパーティーもそれで解散しちまった』

 

 異世界(こっち)に来て間もないころに酒場の冒険者から聞いた、パーティーを組むうえでの助言が頭を過った。

 つまり俺は、あのパーティーの人間関係を壊さないようにと気を遣っていたのか。

 

「それがこのざまか。本末転倒じゃねえか」

 

 自分のこれまでの行いに拳を握りしめ、歯をギリギリと食いしばる。いっそこのまま井戸に身投げしてしまおうか。

 

「これはこれは。あの小僧の言った通り、随分と荒れているな。まるで暴風雨のようだ」

 

 背後から聞こえた声に振り向くと、そこにはタキシードの上にエプロンというミスマッチな格好をしたバニルが立っていた。

 

「何の用だ?」

「おっと、我輩を睨まないで頂こうか。今の貴様を揶揄うような趣味は持ち合わせていないのでな」

 

 いいから質問に答えろと、俺はバニルの喉元にダガーを突きつける。しかしバニルは態度を崩さず続ける。

 

「明後日、貴様の弟の屋敷に戻れ。そこで商談を行うぞ」

「こんな状況で商談をやれってのか?」

「こんな状況だからこそやるのだ。すでに小僧から許可は得ている。あとは、貴様だけだ」

 

 どうする?と、ダガーが刺さるのもお構いなしにバニルは1歩近づいてくる。

 

「……それでダクネスを救えるんだろうな?」

 

 ダガーを引っ込めて問いかけると、バニルは口の端を吊り上げる。

 

「うむ。それどころか、貴様の努力で全てが救われるぞ!」

 

 芝居がかったバニルの回答を俺は訝しんだ。だが、今の俺にできることといえば、願いを叶える代償に相応の対価を要求する、目の前の悪魔(バニル)を頼るくらい。

 

「……わかったよ」

「宜しい。では、貴様の努力が報われる日を待っているがよい」

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