それから朝はモンスター討伐に出かけ、昼は祭りの準備に奔走し。数日が経過し、ついに──
『この日を楽しみにしていたアクセルの皆さん、準備はよろしいですか?今ここに、女神エリス&アクア感謝祭の開催を宣言します!』
『うおおおおおおーっ!』
拡声の魔道具により開催宣言が街中に響き渡る。
それと共に、空には祭りを祝うかの様に魔法が打ち上げられ、地上ではそれに負けじと歓声が沸き起こっていた。
「とうとうこの日が来たか……」
迎えた祭りの開催日。
俺は昨日まで働いていた分を取り返そうと、紅魔の里からアクアが持ち帰ってきたゲームで思いっきり遊び、外の騒ぎで夜が明けたのに気が付いた。
腹を空かせて階下に下りると、そこには朝食を食べるめぐみんとゆんゆんがいた。
「おはよう。兄さんとアクアは出店があるからわかるけど、ダクネスももう行ったのか?」
「ええ。やっぱり、心配なのでしょうね。ハルキがいるとはいえ、アクシズ教徒が何かやらかさないと決まったわけではありませんから。カズマはこれからどうしますか?一緒に行きますか?」
「すまん。昨日の夜からゲームしてて一睡もしてないから、夕方まで寝るわ。アクシズ教徒が何かやらかしてて、俺の手を借りたいと思ったら叩き起こしてくれていいから」
「わかりました。では、私はゆんゆんと出かけますので」
「カズマさん。おやすみなさい」
「おう、おやすみ~」
「……ああ、カズマ。ちょっと待って下さい」
2人と簡単な予定の確認を終え、部屋に戻ろうとした所で、めぐみんに呼び止められた。
「お祭り3日目の夜は空いてますか?」
「ん-……特に予定はないな」
「それでは、花火大会を見に行きませんか?」
「わかった。何事もなくお祭りが開催できたらな。それじゃあ、今度こそおやすみ」
~少年熟睡中~
そして、夕方。
やってきたのは街の商業区。入り口には大きな横断幕が張られ、女神エリス感謝祭の文字が大きく踊り。
その隣には、女神アクア感謝祭の文字が小さく並んでいた。
ただ、今回の目的は女神アクア感謝祭のほう。
兄がちゃんとアクシズ教徒達のストッパーになっているのか。その結果を確かめるべく、俺はアクシズ教団に割り当てられた区画に向かった。
「取れたて新鮮なタコ焼きいかがですかー!大ぶりに切ったタコが、こりこりして美味しいですよー!」
「かき氷いかがっすかー!イチゴにレモンにパイナップル、小豆味やところてんスライム味もありますよー!」
「射的いかがっすかー!的に命中させて倒せば、豪華景品がもらえますよー!」
些細な違いはあるが、そこでは日本の祭りに近い光景が広がっていた。射的の的と聞いた瞬間嫌な予感が頭を過ったが、的になっているのはゴブリンやコボルトのような雑魚モンスターから、初心者殺しや冬将軍のような強力なモンスターが使われていた。
そして、肝心の兄さんはというと──
「目玉焼きにキャベツマシマシと、麺堅めの青のり多めくださーい」
『はいよろこんでー!』
アクシズ教徒数名と出店で焼きそばを作っていた。真新しさからか、珍しさからなのか、ここは他の出店の中でもダントツと言ってもいい賑わいようだった。ノリが若干居酒屋っぽいのには目を瞑ろう。
「ハルキがアクシズ教徒になってくれて、本当に良かったですよ」
「そうだな。ハルキの働きかけが無ければ、今の光景は見れなかったかもしれないな」
近くのベンチで焼きそばを食いながらそんな事を言うめぐみんとダクネス。ちょうど焼きそばを口にしていたゆんゆんは、ダクネスに続くようにうんうんと頷く。
めぐみんの隣に座っていたアクアが自慢げに胸を張るが、そもそもこういった事はお前がやるべきだと思うんだが。それを自分の手柄のように無言で主張するんじゃない。
客の列に入って待っていると、俺の番が来た。
「セシリーさん。大盛況ですね」
「ええ、お陰様で。貴方も1ついただきますか?」
「じゃあ、大盛りに目玉焼きとマヨネーズでお願いします」
「はい。大盛りに目玉焼きとマヨネーズ1つくださーい」
『はいよろこんでー!』
「そういえばダクネス。1つ確認したかったことがあるんだけど、いいか?」
「…………いいぞ」
俺は焼きそばを1つ購入し、ベンチの近くに移動すする。
「王都で迷惑かけた分働いて返済するってやつ。あれ、あとどのくらいで完済になるんだ?」
「そうだな……今日まで十分な働きを見せたから、このお祭りが終わったら完済。という事にしよう」
「ありがとうございます!」
これでようやくアイリスに会える。そしてアイリスに会ったら色んな話をしよう。そんでもって、中途半端なままだったゲームの決着をつけよう。
そして、その日の夜の会議で売り上げの集計を行ったところ。予想に反してアクシズ教徒の出店は軒並み黒字を出し、かなりの売り上げになった。兄さんのおかげで祭りは大成功になりそうだから、今度贈り物でもしよう。それも、できる限り長く形として残るような物を。
お祭り2日目の朝。
「そういえば。ハルキとダクネスはお祭りの間、デートに行かないんですか?2日目になっていう事じゃありませんが」
朝食の席で、めぐみんが言った何気ない一言。しかしその時、俺の中に電流が走る。
言われてみれば、俺とダクネスは晴れて恋人になった。だから、デートくらいするべきだと。めぐみんは言いたいのだろう。
だがめぐみんに訊ねたい。デートする暇が俺達にあるか?と。
俺は祭りの間出店があって忙しいし、領主代行をやっているダクネスは言わずもがな。
そこはまあ仕方ないとして、更に訊ねたい。
デートって具体的に何をすればいいの?
そもそも、俺は日本にいた頃につき合っている人はいなかった。どんな学校生活を過ごしていたかと聞かれれば、こう答えよう。本とゲームが恋人でした。そんな俺がいきなりデートしろと言われてできると思うか?断言しよう、無理だ!
さっきの質問はともかく、これは口に出せない。言った瞬間、喧嘩を売られたと判断しためぐみんに怒られるだろう。
つまり、さっきのめぐみんの質問に対する理想的な返答は──。
「俺は出店があるし、ダクネスは領主代行で忙しい。だから無理だろうな」
「ハルキの言う通りだ。まあ、行けても花火大会くらいだろうな」
「夫婦揃って働き者ですね」
わざとらしいため息の後でそう言って皮肉るめぐみん。
「ねえめぐみん。そもそもハルキさんとダクネスさんって、デートとか経験しているんじゃない?本人達がそう思っていないだけで」
「ああ、恋愛物のお話でよくあるパターンか」
すかさず、ゆんゆんと和真のフォローが入る。それを言われて、めぐみんはぐうの音も出ないようだ。2人のフォローが心に沁みる。
それから時間は過ぎ、お祭り2日目終了の時刻。
「それじゃあ、今日はお疲れ様でした」
『お疲れ様でした~』
今日も大盛況だった出店も終了し、それぞれの帰路につく時間となった。
『デートに行かないんですか?』
ふと、俺の脳裏に今朝のめぐみんの発言が蘇る。
冷静に考えてみれば、俺が日本にいた頃にお祭りでやってたことと言ったら、和真をはじめとした近所の子供の保護者役。同年代で一緒にお祭りに行く相手なんていなかった。ましてデートなんて夢のまた夢。
だけど、今は
万が一却下されたとしても、その時はその時だ。次のお祭りまで待てばいい。
意を決した俺は、セシリーさんに訊ねる。
「セシリーさん」
「はい。なんでしょう」
「明日のお祭りなんですけど、嫁とデートに行っていいですか?」
「……ちょっと待ってください。すいませーん」
帰ろうとしていた他のアクシズ教徒をセシリーさんが呼び戻す。
「デートに行くのはどの時間帯ですか?朝からですか?昼からですか?それとも夕方からですか?」
「花火大会に合わせて夕方頃にしようと考えてます」
「夕方頃か……」
「どうします?」
「いきなり言われてもなぁ~……」
「言いだしっぺのハルキさんが抜けるのはちょっとねぇ……」
再び話し合いを始めるアクシズ教徒の皆さん。どうせやんわりと断られるんだろうな。
「良いですよ。ただ、お相手の都合がついたらの話ですけど」
「あ、ありがとうございます。本当に急な話をしてすいません」
あっさりと許可が出て少し拍子抜けした。
「じゃあ。俺は明日の夕方に抜けますので、その後のことは皆さんに任せました」
『任されました』
ニヤニヤ笑いながらデートを楽しんでこいだの、式は是非ともアクシズ教会でだのと好き勝手に言うアクシズ教徒の皆さん。あの、俺の嫁はエリス教徒なんですけど、いいんですかね?
何事も言ってみるものだな。まあ、さっきセシリーさんが言ったように、ダクネスがやっぱり無理だと言ったら、急だけど明日報告しよう。
そして、屋敷の俺の寝室で。
「というわけで、明日は夕方に花火大会を見に行くか?」
「ああ。私もハーゲンとバルター殿に訊ねたら、許可が降りた。……寧ろ行ってこいという圧力を感じた」
俺の腕を枕にして横になっているララティーナが、首を縦に振る。でも少し痛かったから、頭を少し腕から離してやってほしかったな。
「それで、明日は花火大会を見に行く以外に何かするか?」
「そうだな……近くの出店で食べ物買って食って。その後のんびり花火でも見るってのはどうだ?」
「それはいいが、虫の襲撃はどうする?」
虫の襲撃。
毎年、お祭りの時に焚かれた篝火に釣られて平原や森から活発化した虫が街へ飛来してくる。奴らは街の上空を旋回しながら襲撃の機会を窺う。そのど真ん中に花火大会で爆発魔法や炸裂魔法を撃ち込む。
そしてこの国において、夏の花火は集まってきた虫に対する宣戦布告の合図。
そうなったらもう大変だ。爆発魔法や炸裂魔法が撃ちだされた次の瞬間、襲い掛かる虫達。俺達冒険者は、虫の襲撃から街を守るために戦わなければならない。
「虫の襲撃がないことを女神アクアと女神エリスに祈ろう。もし襲撃が来たら、その時は防戦に加わろう」
「私とのデートはどうするのだ……」
むすっと拗ねたララティーナが、俺の頬を軽く抓る。仕方ないだろ、お互い冒険者なんだから。
「防衛を手早く終わらせて、それから再開すればいいじゃないか」
「……」
抓った頬を、ララティーナが左右に捻る。やだ、嫁が可愛くて生きるのが辛い。
「……デートが終わって屋敷に帰ったら、いっぱいイチャイチャするから、それで許してくれ」
「っ!?」
耳まで赤くなったララティーナが俺の頬から指を離し、顔を両手で覆って小刻みに震える。
「何で震えてるんだよ」
「黙れ、このケダモノ。あんな、あんな事をこの私にしておいてぇ……」
初夜の事を思い出し、恥ずかしさのあまり震えていたようだ。正直、俺もやり過ぎたとは思っている、けど、俺は悪くない。全部あの時のララティーナが可愛かったのが悪い。
……おっと、最近してなかったから思い出したら何がとは言わないがきたな。落ち着け、俺。それは明日にとっておけ。
俺は狼になるのを必死に堪え、ララティーナを抱きしめる。瞬間、震えがピタリと止まる。
「おやすみ、ララティーナ」
「……お、おやすみなさい……」
俺はララティーナの耳元で囁き、そのまま眠りについた。
今投稿している小説の他にもう1つ書きたい衝動が湧き出て辛い。
セシリーが陽樹の出店の手伝いをやっている理由:お祭りに出せそうな淡水魚が中々見つからず断念した