新生活2日目。ギルドの隅のテーブル席。そこに俺とダスト、キースは座っていた。
「それじゃあ、結果を報告する」
「おう」
今日は、ダストから依頼されて兄さんとダクネスの行動を観察した結果の報告日。そして、予定通りならば例の店が見つかっている日だ。
「結果から言えば、噂は真っ赤な嘘だ」
「2人がこっそり外泊したとかは?」
「ない」
「夜中に物音や声がしたとかは?」
「聞き耳で探ってみたけど、なかった。せいぜいアクアとめぐみんの寝言が聞こえたくらいかな」
「マジかー……」
俺の報告を聞き、ダストが天井を仰ぐ。
「ま、男女関係が拗れてパーティーが解散したり壊滅しかけるなんて話もあるからな。そういうわけにもいかないんだろ」
「だな」
「さて、俺からの報告は以上だけど、そっちはどうだった?」
俺が問いかけると、ダストはニヤリと笑みを浮かべてサムズアップする。
「見つけたに決まってんだろ」
「心の底からありがとう」
俺はそのまま手を差し出し、固い握手を交わす。
「それじゃあ、行くぞ。期待に胸とアレが膨らむぜ」
そして俺達はギルドを後にし、ダストの案内の下、例の店へと向かう。
一見すると、大通りから外れた路地裏にある、小さな店。
「あれか?」
「おう。あれが例の」
俺の質問にダストが答えている途中で、店から一人の男性が出てきてって……!
「兄さん……っ!?」
「おう、カズマ。ダストにキースも、ここで何してんだ?」
店から出てきたのは、まさかの兄さんだった。想定外のエンカウントイベントに、場の空気が気まずくなる。
帰るか、それとも何事もなかったように通り過ぎるか、コソコソと相談しあう俺達を、兄さんは生温かい目で見てくる。兄さんが不意に1歩踏み出すと、俺達はビクッと震える。そして俺達の横を通り過ぎるとき、静かに言った。
「ようこそ。大人の世界へ」
大人の世界。その言葉の響きに、俺は衝撃を受けた。日本では13歳から公共交通機関なんかを利用するときは大人料金を払わなければいけないのに、法的に大人扱いされるには更に7年も待たなければならなかった。昔は15歳で成人となり、大人の仲間入りをしていたというのに。
隣を見れば、ダストとキースも同じように衝撃を受けたのか硬直していた。異世界でも、大人の世界という言葉は年頃の青少年の心を揺さぶるらしい。
少ししてダストが復活し、続いてキースが復活する。そして俺達は何故か手櫛で髪を整え、襟を正すと店内に1歩踏み込んだ。
「いらっしゃいませー!」
多くの男が、女性とはこうあるべきと夢に見るような、そんな魅惑的な体の女性。
そんな体の、途轍もなく綺麗な体のお姉さんの出迎えを受けながら店に入ると、やはりと言うべきか、中には男性客しかいなかった。
飲食店だと言うのに、客達のテーブルには食べ物や飲み物は何一つ置かれていない。
客達は皆、それぞれテーブルで、アンケートのような紙に一心不乱に何かを記入していた。
「お客様は、こちらのお店は初めてですか?」
その言葉に、俺達は頷く。
お姉さんはそんな俺達に微笑を浮かべ。
「……では、ここがどういうお店で、私達が何者かもご存知でしょうか?」
俺達は再び頷いた。
それに満足したように、お姉さんがテーブルにメニューとアンケート用紙を置く。
「ご注文はお好きにどうぞ。勿論、何もご注文されなくても結構です。……そして、こちらのアンケート用紙に、必要事項を記入して、会計の際に渡してくださいね?」
俺達はアンケート用紙とペンを手に取り、必要な項目に記入していく。
夢の中での自分の状態とは、夢の中では王様や勇者、年端もいかない少年になりたい、などらしい。中には、女性側になりたいという客もいるとか。
相手の設定は、自分への好感度、性格、口癖etc.何でも誰でも設定できるらしい。
そして住所と就寝時間。指定した時間帯にお店の人が来て希望の夢を見せるらしい。
途中まで記入していたキースが、おずおずと尋ねる。
「……あ、あの、大丈夫なんですか?その、条例とか、色々……」
「大丈夫です。夢の内容まで取り締まる法はありませんから」
なんて事だ、素晴らしいじゃないかサキュバスの淫夢サービス。
「ところで、あなたがサトウカズマさんですか?」
「は、はい」
お姉さんから急に名前を呼ばれてしまった。あれ?俺っていつの間にか有名人になってた?
「実は、貴方のお兄さんから『料金を多めに払うから、サトウカズマが来たら渡してほしい』と頼まれていたものがあります。……こちらです」
「あ、ありがとうございます」
お姉さんが
隣のダストとキースに覗き見されていないか両脇を見ると、2人はアンケートに一心不乱に記入していてそれどころではなかった。
「……アクアに気づかれると大騒ぎになるので、この住所を記入されたし……?」
その紙には兄さんからの伝言と、兄さんの工房の住所が書かれていた。そして文面を見て、理解した。
仮にこのまま屋敷の住所を記入した場合、アクアにサキュバスの存在を感づかれるだろう。そしてあいつがサキュバスの出どころを調べ、万が一にもこの店にたどり着くかもしれない。
それはマズい。非常にマズい。
もしそうなったら、店にお世話になっている男性冒険者と、アクアに協力してサキュバス討伐に乗り出した冒険者の間で戦争になるだろう。それはなんとしても避けなければならない。
「では、皆様3時間コースを御希望ですので、お会計、それぞれ3千エリスをお願い致します。それと、お酒等はお控えくださいね?泥酔されて、完全に熟睡されていると、流石に夢を見せることができませんから」
「ほれ、ご注文の打刀だ」
「ありがとうございます」
期日ぴったりに来た御剣に、工房で白布に包んだ打刀を手渡す。御剣は白布を捲って打刀を手に取る。
「試しに素振りしてもいいですか?」
「いいぞ。外でやってくれ」
御剣は刀を腰に帯びると、外に出る。
「ふっ!」
深呼吸をすると抜刀して上段に構え、振り下ろす。
「はっ!」
そのまま下段から振り上げ、突き、払い、袈裟斬りと続けていく。
「どうだ?」
「最高です。やっぱり、日本人には刀が一番しっくりきますね。魔剣グラムを転生特典に選んだ僕が言えたことではありませんが」
納刀すると、苦笑しながら頬を掻く。アクアに今度言ったらどんな反応をするだろうか。
「あっ!今の発言は、アクア様には内緒にしてください。女神の怒りを買った人間って、大抵悲惨な目に遭いますので」
俺の考えを読んだのか、御剣が手を合わせて頼んできた。
「わかった。あとは、この魔法の掛かった札に銘を書いて張れば完成だ」
「はい。銘か……大俱利伽羅……へし切長谷部……」
御剣は札と刀を交互に睨み、うんうんと唸り声をあげる。
「……飛天、御剣……よし、決めた!飛天、っと」
御剣は札に嬉々として銘を書き、柄に張り付ける。
「それじゃあ、僕はこれで」
「おう。じゃあな」
そして、夜。
「2人とも、お帰りなさい!喜びなさいな、今日の晩御飯は凄いわよ!蟹よ!さっき、ダクネスの実家の人から、これからもそちらで娘がお世話になるのならって、引っ越し祝いに、超上物の霜降り赤ガニが送られてきたのよ!しかも、凄い高級酒までついて!パーティーメンバーの皆様に、普段娘が世話になっているお礼です、だってさ!」
屋敷に帰ると、アクアが満面の笑みで出迎えてくれた。
「あわわ……貧乏な冒険者稼業を生業にしておきながら、まさか霜降り赤ガニにお目にかかれる日が来るとは……っ!今日ほどこのパーティーに加入して良かったと思った日はないです……」
「そんなに高い蟹なのか?」
霜降り赤ガニに手を合わせて拝み始めためぐみんに尋ねると、拳を振り上げて力説した。
「当たり前です!分かり易く喩えるなら、この蟹を食べる代わりに今日は爆裂魔法を我慢しろと言われれば、大喜びで我慢して、食べた後に爆裂魔法をぶっ放します。それぐらいの高級品なのですよ!」
「結局ぶっ放すのは変わんないのか」
アクアが嬉々として人数分のグラスを持ち出し、それぞれに渡していく。
「悪い、アクア。今日は少し仕事が残っているから、工房で寝る。だから、酒も今日は遠慮しておく」
「俺も。兄さんの手伝いするから遠慮しとくわ」
「ほーん?ハルキはともかく、カズマも工房でお仕事?明日は猛吹雪ね!」
「まあ。借金返済のために鍛冶スキル取得して、それで何か商品作って売ろうと思ってさ」
貰ったグラスに水を注ぎ、俺と和真は酒はいらないと断る。
和真の言うことは、あながち嘘ではない。但し、サキュバスの淫夢サービスを利用するために工房で寝泊まりする、という動機も含まれているだけだ。
「その分、蟹はたっぷり頂くよ」
「というわけで、頂きます」
俺は蟹の脚を割って身を取り出し、酢に付けて頬張る。瞬間、ふんわりと甘い、濃縮された蟹特有の旨味が口に広がる。
見れば他の皆も、黙々と無言で蟹を食べていた。本当に蟹を食っている時って静かになるんだな。
「カズマカズマ、ちょっとここにティンダーちょうだい。私が今から、この高級酒の美味しい飲み方を教えてあげるわ」
言いながら、早々に蟹味噌を平らげていたアクアが、小さな手鍋の中に炭を入れ、その上に金網を置いて簡易的な七輪を作った。
カズマが炭に火を点けると、その上に蟹味噌が少し残った蟹の甲羅を置く。そのまま甲羅の中に、高級酒だと言ってた酒を注ぎ、待つこと暫し。
甲羅に軽く焦げ目がつく程度に炙り、熱燗になったそれを一口啜り……。
「ほぅ……っ」
実に美味そうに息を吐いた。
行動は完全におっさん臭いが、全員がゴクリと喉を鳴らす。
落ち着け俺、落ち着くんだ。ここで酒を飲んだら、久しぶりのサキュバスのサービスが受けられなくなってしまうぞ!
心配になって和真を見れば、酒を飲みたい欲を堪えるように、蟹の身を味わっていた。
「!?これはいけるな、確かに美味い!」
惑わされるな俺!
「ダクネス、私にもください!いいじゃないですか今日ぐらいは!私だって酒を飲みたいんです!」
「駄目だ、子供の内から酒を飲むと頭がパーにと聞くぞ」
ダクネスに言われ、めぐみんがアクアとダクネスを羨望の眼差しで見つめる。
「2人とも、念の為に聞くけど、本当にいいのね?このお酒が明日も残ってるとか思わないことね。私が全部飲んじゃっても文句言わないでよ?」
「言わねえよ。一昨日、高い酒を地縛霊に飲まれちゃったんだろ?その分、今日は存分に飲め」
和真の言葉に、アクアは言質は取ったと言わんばかりに飲む。
俺と和真はそのまま蟹をたらふく食べると、立ち上がり、自分の使った食器を洗って片付ける。
「ダクネス、ご馳走さま。じゃあ、風呂浴びたら行ってくる」
「じゃあな。アクア。さっきはああ言ったけど、酒はほどほどにしておけよ?」
俺と和真は、そのまま自分の部屋に行って着替えを用意して移動した。
そして、工房にて。
「……サービスの開始まで、少し時間があるな」
「猥談でもする?」
布団の上で俺と和真はゴロゴロと寝転がり、暇を持て余していた。
「猥談か……夢の内容でも暴露するか」
「ごめん、いくら身内でも性癖暴露大会はちょっと……」
言いだしっぺが何を言ってるんだ。
「そういえば兄さん、前にめぐみんに言ってたよね。『この街が気に入っている』って。その理由ってもしかしなくても、例の店があるから?」
「もろち、じゃなかった、勿論。まあ、表向きは『工房の移転に金がかかる』のと、『初心者からベテランまで、客のレベルは問わない以上、ここの方が都合が良い』って言ってるけどな」
「どれも兄さんらしい理由で」
「そりゃあお前、生物の三大欲求である食欲、睡眠欲、そして性欲。この3つを一辺に満たしてくれる素晴らしい店があるんだぞ?お前は知らないかもしれないが、他の街を拠点にしている冒険者でも、あの店を利用するためにこの街に来たり、高レベルであるにも関わらずこの街を拠点にする冒険者もいるくらいだ。そもそも、ギリシャ神話の原初の神々の中に性と愛を司る神がいるように、性欲は全ての源なんだ。だから、あの店にハマってしまうのはしょうがないことなんだ。わかったか?」
「うん。早口で息継ぎなしに言うことから熱意がよ~く伝わった」
だから離れろと、和真がジェスチャーで伝える。無意識に身を乗り出していたようだ。
「肝心の鍛冶スキルだが、どうする?明日の朝、スッキリした状態で武器の整備を目の前でやって教えようか?」
「うん。それでいこう」
「わかった……そろそろだな。じゃあ、良い
「おやすみ~」
俺と和真は毛布を被り、そのまま目を閉じた。
翌朝。
『コケコッコー!』
「……おはよう、和真」
「おはよう、兄さん」
鶏の鳴き声を目覚ましに、俺と和真は目を覚ます。和真の様子を見ると、すっきりしたような、穏やかな表情をしていた。
「初めてサービスを受けた感想は?」
「……俺、心の底からこの世界に来てよかったと思ってるよ」
和真は満面の笑みで、サムズアップをする。また1人。いや、ダストとキースを含めて3人、サキュバス店の常連が増えたか。良き哉良き哉。
「じゃあ、早速始めるぞ。そこに座って待ってろ」
「うん」
俺は井戸から水を汲み、そこに砥石を浸す。浸している間に砥石を置く台と、今回研ぐダガーを用意する。暫く待ち、砥石を台に置いて動かないように固定する。
「じゃ、始めるぞ」
ダガーの切っ先を砥石にあて、俺はダガーの研磨を始め──ようとしたところで、とんでもない邪魔が入った。
『デストロイヤー警報!デストロイヤー警報!機動要塞デストロイヤーが、現在この街へ接近中です!冒険者の皆様は、装備を整えて、冒険者ギルドへ!そして、街の住人の皆さんは、直ちに避難してくださーいっ!!』
陽樹と和真の夢に出た女性の性格。
陽樹:普段は頑固な堅物だけど、偶に女性的な面を見せてギャップ萌えでこちらを悶えさせる女性
和真:ダラダラ過ごしていても怒らず、甘やかして甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる女性