「鈴音~、やーい鈴音~」
なかなかに大きな声だが、しっかり、深く積もった雪は音を吸収する。
「こらぁ!鈴音出てこい!」
降り積もった雪に吸収された先程の声とは異なる、ドスのきいた声が上がった。
またか、と思う。どうせお使いだろう。自分で行けば良いのに。養父が鈴音にさせてくれる仕事はせいぜいお使いだ。
どうせ仕事をさせられるのだ。少し遊んだところで罰は当たるまい。
鈴音は音を立てないように木の上から雪に飛び降りる。
鈴音は音を立てることなく動くことと、気配を誰も感じることが出来ないように消すことを得意としている。
息を抑えてゆっくり呼吸をしたら簡単だ。
鈴音とは逆方向を見ている養父の後ろにゆっくり忍び寄る。養母には気付かれたが、別にかまわない。彼女は鈴音のこうしたいたずらをよく見逃してくれる。
「バア!」
後ろから驚かすとこうして驚いてくれる。昔鬼狩りをしていたらしいがこんなビビりが本当に鬼を狩っていたのだろうか。
急に頭が痛くなり、頭を抑えてうずくまる。げんこつで殴られたようだ。十二歳になるかならないかの娘をなんだと思っているのだろう。
「これ、売りに行け」
渡されたのは精巧な彫り込みの施された文箱だ。三つほどある。
「あと、食材と竈門んとこの炭を買ってこい」
養父はそう言うと、ついでとばかりに花札のような耳飾りを渡してきた。金具が壊れたために治して欲しいと炭治郎から渡された物だ。
今日、炭治郎に返す約束になっている。
「義父さんが返しに行けば良いのに」
そう言っても養父は何処吹く風だ。年寄り扱いすると怒るくせにこういうときは「若いやつが行け」等という。理不尽だと思うのは鈴音だけではないだろう。(書いた作者もそう思う)
だが、何をしようと養父に勝つことだけは絶対にできないので、しぶしぶ文箱の入ったカバンを背負う。
炭治郎の耳飾りを持ったことを確認すると、追加で何か言われる前にとっとと下山することにする。逃げるが勝ち、何か言われると本当に面倒だ。
◇◇◇――――◇◇◇
さすが正月前だ。すでに閉まっている店もちらほら見える。幸いなことにいつも細工物を買ってくれる店はまだ開いている。なのでさっさと売りに行く。お金がなくては何も買えない。
炭治郎がいつくつるのかは分からないので、まず食材から買おうとすると、大騒ぎしている場面に出くわした。
皿を割った犯人が誰なのか、と言うことでもめているらしい。鈴音には興味のない話題なのだが、養父母から噂は拾えるだけ拾えと言われているので第三者、野次馬に加わる。
「あ!炭治郎」
犯人にされていた青年の視線をたどると、確かに炭治郎がそこにいた。
「猫の匂いがします」
お願いされた炭治郎が皿の匂いをかいでだした結論だ。
「ほらな!」等と行っている連中は無視する。それよりも炭治郎は人気者なのでさっさと捕まえないと他の誰かに取られてしまう。待つのは絶対にイヤなので誰かが捕まえる前に捕まえようとちかよる。
「あ!鈴音ちゃん」
話しかける前に気付かれる。どこかうずうずした様子で手を差し出してくるのでその手に耳飾りを乗せた。
元通りに直せたことにホッとしているようだ。養父が直せないわけはないのだが、それでも父親の形見となると不安で仕方ないのだろう。本当なら自分で直したかったようだ。一週間前、しつこく直し方を訊いてきたのでよく分かる。
「炭ちょうだい。いつもと同じ量」
お金を数えながら言うと、炭を渡されて
「お金はいいよ」と言われた。
「は?」と聞き返すと、「耳飾りを治してくれたお礼」と言って、他の客の所へ行ってしまった。
これでいいのか、と思うが炭をくれた本人がいいと言っているので良いのだろう。
ふと、視界の端に入った山を見た。
炭治郎とその家族が住んでいる山で、何の変哲もない。
なのに、今はなんだか胸騒ぎがした。